日本銀行
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日本銀行(にっぽんぎんこう―通称として「にほんぎんこう」を用いることがある。英語名: Bank of Japan―日本銀行券での表記はNIPPON GINKO)は、日本銀行法に基づく認可法人であり日本国の中央銀行である。
日銀(にちぎん)と略されることが多い。
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[編集] 沿革
- 1882年(明治15年)6月 - 日本銀行条例公布。
- 1882年(明治15年)10月10日 - 開業。
- 1942年(昭和17年)2月24日 - 日本銀行法(昭和17年法律第67号。以下「旧法」)公布。
- 1942年(昭和17年)5月1日 - 旧法に基づく法人に改組。日本銀行条例、兌換銀行条例の廃止。
- 1949年(昭和24年) - 5月、東証一部に上場。翌6月には大証一部、名証一部にも上場。
- 1960年(昭和35年)5月 - 東証、大証、名証から上場廃止。
- 1963年(昭和38年)2月 - 店頭登録(現ジャスダック市場に公開。)。
- 1997年(平成9年)6月18日 - 旧法の全部を改正する日本銀行法(平成9年法律89号。以下「新法」)公布。
- 1998年(平成10年)4月1日 - 新法施行。
[編集] 位置
日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。出資者には出資口数を証した「出資証券」が発行されるが、出資証券はジャスダック証券取引所に上場され、株券に準じて取引されている。証券コードは8301。取引の1単元は100株(便宜上の呼称。正しくは100口)。2005年(平成17年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人39.2%、金融機関2.7%、公共団体等0.3%、証券会社0.1%、その他法人2.7%となっている。株式会社と異なり、出資者は経営に関与することはできず、役員選任権等の共益権はない。また、自益権に相当する剰余金の配当も、払込出資金額(1株の額面金額に相当。1口あたり100円。)に対して年5分(5%)以内に制限されている。なお、売買価格は株式市場における実勢価格であり、「額面の出資金額」とは異なる。
[編集] 役割
1998年、日本銀行法の全面改正によって、「国家経済総力の適切なる発揮を図るため国家の政策に即し通貨の調節、金融の調節及び信用制度の保持育成に任ずる」、「専ら国家目的の達成を使命として運営せらしむる」機関として位置づけられていた旧法制定当時(太平洋戦争下)の国家総動員・戦時立法色を払拭して、日本ひいては国民経済の発展のために資するための機関と位置づけられて、政府からのその独立性が明確とされた一方で、円で生活している国民の危惧を排せるような、金融政策の透明化が不可欠のものとして求められるようになった。
[編集] 機能
- 発券銀行として日本銀行券の発行および管理を行う。
- 公定歩合操作、公開市場操作、支払準備率操作等の手法により金融政策を実施し、通貨流通量を調整することで物価と国民経済を安定させる。
- 日本銀行の当座預金を使って銀行などの金融機関同士の取引の決済を行う。つまり銀行の銀行である。
- 国庫金の出納を行う政府の銀行である。
- 内国為替業務による円滑な資金決済や、日銀特融などの制度担保(「最後の貸し手」)により金融秩序の安定を図る銀行の銀行としての役割を果たす(預金や融資の取引の相手方は、日本銀行法の定めに基づき指定された金融機関等に限られる)。
- 各国中央銀行や公的機関との間の国際関係業務(外国為替市場への介入を含む)を行う。
- 金融経済情報の収集および研究を行う。
[編集] 通常業務
- 商業手形その他の手形の割引。
- 手形、国債その他の有価証券を担保とする貸付け。
- 商業手形その他の手形(日本銀行の振出しに係るものを含む。)又は国債その他の債券の売買。
- 金銭を担保とする国債その他の債券の貸借。
- 預金契約に基づいて行う預金の受入れ。
- 内国為替取引。
- 有価証券その他の財産権に係る証券又は証書の保護預り。
- 地金銀の売買その他前各号の業務に付随する業務。
[編集] 政策決定
日本銀行の最高意思決定機関は、政策委員会である。政策委員会は9人の委員からなる(総裁、2人の副総裁と6人の審議委員。)。政策委員会は、通貨及び金融の調節に関する事項(金融調節事項)の方針決定、その他の業務の方針の決定、役員(監事及び参与を除く。)の職務の執行を監督する。政策委員会には、政府から財務大臣と経済財政政策担当大臣(又はその指名する財務省と内閣府の職員)が適宜出席する。この政府からの出席者は、意見を述べる事ができ、又、金融調節事項に関する議案を提出し、その議決の延期を求める事が出来る。ただし、これらの者に議決権はなく、延期の求めも委員の議決によってその採否が決められる。
2006年12月現在のメンバーは、執行部が総裁福井俊彦、副総裁武藤敏郎、副総裁岩田一政、審議委員が春英彦、福間年勝、西村清彦、須田美矢子、水野温、野田忠男である。
[編集] 構成
[編集] 役員
日本銀行には役員として、総裁(1人)、副総裁(2人)、審議委員(6人)、監事(3人以内)、理事(6人以内)、参与(若干名)が置かれる。
総裁、副総裁、審議委員は、衆参両議院の同意を得て内閣が任命する。監事は内閣が任命する。理事、参与は政策委員会の推薦に基づいて財務大臣が任命する。
総裁、副総裁、審議委員の任期は5年、監事、理事の任期は4年、参与の任期は2年である。
理事を除く役員は、法に列挙された事由に該当する場合(破産手続開始の決定を受けた時、禁錮以上の刑に処せられた時など)を除き、在任中、その意に反して解任される事がない。
- 総裁:日本銀行を代表し、政策委員会の定めるところに従い、日本銀行の業務を総理する。
- 副総裁:総裁の定めるところにより、日本銀行を代表し、総裁を補佐して日本銀行の業務を掌理し、総裁に事故がある時はその職務を代理し、総裁が欠員の時はその職務を行う。
- 監事:日本銀行の業務を監査する。監査の結果に基づき必要があると認める時は、財務大臣、内閣総理大臣又は政策委員会に意見を提出する事が出来る。
- 理事:総裁の定めるところにより、総裁及び副総裁を補佐して日本銀行の業務を掌理し、総裁及び副総裁に事故がある時は総裁の職務を代理し、総裁及び副総裁が欠員の時は総裁の職務を行う。
- 参与:日本銀行の業務運営に関する重要事項について、政策委員会の諮問に応じ、又は必要があると認める時は、委員会に意見を述べる事が出来る。民間から、金融界を中心とする財界人と学者があてられる。
日本銀行の職員数は平成17年3月末現在5,052人。職員は総裁が任命し、「みなし公務員」とされる。
日本銀行の統一金融機関コードは、0000。SWIFTコード(国際送金用の電信コード)は、BOJPJPJT。
[編集] 歴代日本銀行総裁
| 代 | 氏名 | 就任日 | 出身 | 前職等 |
| 1 | 吉原重俊 | 1882年10月6日 | 鹿児島県 | 大蔵少輔(次官) |
| 2 | 富田鐵之助 | 1888年2月22日 | 宮城県 | 大蔵大書記官 |
| 3 | 川田小一郎 | 1889年9月3日 | 高知県 | 三菱事務総監 |
| 4 | 岩崎弥之助 | 1896年11月11日 | 高知県 | 三菱財閥総帥 |
| 5 | 山本達雄 | 1898年10月20日 | 大分県 | 郵便汽船三菱会社(現日本郵船) |
| 6 | 松尾臣善 | 1903年10月20日 | 兵庫県 | 大蔵省主計局長、大蔵省理財局長 |
| 7 | 高橋是清 | 1911年6月1日 | 東京都 | 特許局初代長官 |
| 8 | 三島彌太郎 | 1913年2月28日 | 鹿児島県 | 横浜正金銀行頭取 |
| 9 | 井上準之助 | 1919年3月13日 | 大分県 | 日本銀行はえぬき第1号、横浜正金銀行頭取 |
| 10 | 市来乙彦 | 1923年9月5日 | 鹿児島県 | 大蔵次官、大蔵大臣 |
| 11 | 井上準之助 | 1927年5月10日 | 大分県 | |
| 12 | 土方久徴 | 1928年6月12日 | 三重県 | 日本銀行、日本興業銀行総裁 |
| 13 | 深井英五 | 1935年6月4日 | 群馬県 | 國民新聞社外報部長、松方正義蔵相秘書官 |
| 14 | 池田成彬 | 1937年2月9日 | 山形県 | 時事新報社論説委員、三井銀行筆頭常務取締役 |
| 15 | 結城豊太郎 | 1937年7月27日 | 山形県 | 日本銀行、 日本興業銀行総裁、商工組合中央金庫初代理事長 |
| 16 | 渋沢敬三 | 1944年3月18日 | 東京都 | 第一銀行副頭取 |
| 17 | 新木栄吉 | 1945年10月9日 | 石川県 | 日本銀行理事 |
| 18 | 一万田尚登 | 1946年6月1日 | 大分県 | 日本銀行最長在職。「法王」と呼ばれる。 |
| 19 | 新木栄吉 | 1954年12月11日 | 石川県 | 東京電力会長、駐米大使 |
| 20 | 山際正道 | 1956年11月30日 | 東京都 | 大蔵事務次官、日本輸出入銀行総裁 |
| 21 | 宇佐美洵 | 1964年12月17日 | 山形県 | 三菱銀行頭取 |
| 22 | 佐々木直 | 1969年12月17日 | 山口県 | 日本銀行 |
| 23 | 森永貞一郎 | 1974年12月17日 | 宮崎県 | 大蔵事務次官、東京証券取引所理事長 |
| 24 | 前川春雄 | 1979年12月17日 | 東京都 | 日本銀行 |
| 25 | 澄田智 | 1984年12月17日 | 群馬県 | 大蔵事務次官、日本輸出入銀行総裁 |
| 26 | 三重野康 | 1989年12月17日 | 大分県 | 日本銀行 |
| 27 | 松下康雄 | 1994年12月17日 | 兵庫県 | 大蔵事務次官、太陽神戸銀行頭取、さくら銀行会長 |
| 28 | 速水優 | 1998年3月20日 | 兵庫県 | 日本銀行理事、日商岩井会長、経済同友会代表幹事 |
| 29 | 福井俊彦 | 2003年3月20日 | 大阪府 | 日本銀行副総裁、富士通総研理事長、経済同友会副代表幹事 |
[編集] 本支店
- 本店 1店
- 内部組織として15の局室研究所(2室12局1研究所)が置かれている。
- 支店 32店
- 国内事務所 14ヶ所
- 本支店所属の国内事務所 12ヶ所
- 電算センター(東京都府中市)
- 発券センター(埼玉県戸田市)
- 海外駐在員事務所 7ヶ所
[編集] 本支店の管轄地域
括弧内は、本支店所属の国内事務所。管轄地域も付記
[編集] 不祥事
- 1998年3月11日 - 日本興業銀行と三和銀行からの高額の接待の見返りに、金融動向に絡む日銀の機密情報を公表前に流したり、新しい資金取引への入札参加を認めたりするなどの便宜を図っていた疑いで、営業局証券課長が逮捕された(日銀接待汚職事件)。
この事件に伴い、松下康雄総裁と、当時その後継と目されていた福井俊彦副総裁(その後、富士通総研理事長を経て、2003年日銀総裁に就任)が辞任し、日商岩井相談役の速水優が総裁に、時事通信社の藤原作弥と日銀理事の山口泰が副総裁に就任した。 - 2004年11月25日 - 前橋支店の行員数名が、上司等の管理者の離席の際に、同年11月1日に新しく発行された紙幣のうち、希少価値があるとされるいわゆるゾロ目の紙幣(4枚)を抜き出し、自分らの所有するゾロ目でない紙幣と無断で交換していたことが一般人からの通報に基づく内部調査により判明。
当該職員らに最高で1週間の休職処分などの懲戒が科され、日本銀行も組織として謝罪した。
- 2004年12月 - 前述の前橋支店での不祥事に続き、神戸支店でも同様の不祥事が発生していたことを発表。さらに前橋支店の不祥事の後、特別調査が行われたが、その際「行っていない」と虚偽の申告をしていた、とのこと。<ref>[1]日銀課長ら新札すり替え Yomiuri online</ref>
- 2006年4月20日 - 日本銀行は職員2150人を調査したところ、半数に航空機を利用した出張でごまかし清算があったことを発表した。
[編集] 日本銀行出身の著名人
- 翁百合 (エコノミスト)
- 大塚耕平 (衆議院議員)
- 金子兜太 (俳人)
- 木村剛 (日本振興銀行会長)
- 斎藤精一郎 (経済学者)
- 齋藤弘 (山形県知事)
- 塩崎恭久 (衆議院議員、内閣官房長官)
- 鈴木淑夫 (エコノミスト)
- 半井小絵 (気象予報士)
- 平山征夫 (元新潟県知事)
- 深尾光洋 (経済学者)
- 三木武吉 (衆議院議員)
- 山下泉 (日本郵政公社理事、かんぽ生命保険社長予定者)
- 吉野俊彦 (エコノミスト)
[編集] 脚注
<references/>
[編集] 関連
[編集] 外部リンク
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