日本プロサッカーリーグ
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| 種類 | サッカー |
| 開始年 | 1992年 |
| 参加チーム | 31(J1:18、J2:13) |
| 国 | 日本 |
| 前回優勝チーム | J1:浦和レッドダイヤモンズ、J2:横浜FC |
日本プロサッカーリーグ(にほんプロサッカーリーグ、Jリーグ)は、財団法人日本サッカー協会が主催、社団法人日本プロサッカーリーグが主催・運営する日本のプロサッカーリーグ。日本のサッカーの活性化・実力向上と、地域と一体となったスポーツ振興を目的に掲げている。
スローガンは「Join!」(1999-2004年)「Amazing,J.」(2005-06年)、「Will Be 見せたい未来がある。」(2007年)
目次 |
[編集] リーグの変遷
[編集] Jリーグ発足以前(-1992年)
Jリーグ発足以前、日本サッカーを取り巻く環境は非常に貧弱であった。すでに日本リーグ(JSL)が行われていたが、一試合の観客動員数も人気カードで数千人、平均では千人程度であり、天皇杯全日本サッカー選手権大会等のカップ戦を含めても年間20万~30万人程。サッカー日本代表の試合でも地方の小規模なスタジアムで開催し、それでも観客席はまばらな状況であった。社会人のトップクラスのチームでも練習設備は乏しく、試合会場のピッチは芝生が剥げ、冬になれば黄色く枯れ、雨が降れば水溜りが出来るものが一般的であった。選手はごく一部を除きアマチュアで、普段は会社員としての仕事をしており、サッカーに集中出来る環境ではなかった。
しかし1980年代後半、当時のFIFA会長であったジョアン・アベランジェからアジア初のFIFAワールドカップ開催を日本サッカー協会へ打診されると、一気にプロリーグ構想が推進されていく。まもなく日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の発足が決定。初年度は10チームの参加により開始することとなり、1992年に「Jリーグ ヤマザキナビスコカップ」が行われた。
[編集] Jリーグ開幕とJリーグブーム(1993年-1995年)
1993年5月15日、華々しく開幕したJリーグは、それまでメジャーなプロスポーツと言えばプロ野球やプロゴルフ、大相撲くらいしか存在しなかった日本に大きな衝撃を与えた。試合は満員の観客が集まりテレビ中継も頻繁に行われた、Jリーグ・サッカー関連の商品も多く売れ、クラブに大きな収入をもたらした。1993年には新語・流行語大賞を受賞した。
翌94年の1試合平均観客動員数は19,598人で、この記録は2006年シーズン終了時点でも破られていない。都市部にクラブが集中していたとは言えスタジアムの整備も現在と比べて行き届いておらず、さらに平日開催も頻繁に行った上でこの観客数は、当時のブームの大きさを窺わせる。
開幕当時、Jリーグの「企業に過度に依存しない経営」、「地域住民や自治体との連携」という考えは日本において極めて異色の独自性の強いものであったが、当初は「プロ野球のサッカー版」という見られ方をされることも少なくなかった。また、この時期は選手の年俸が国際市場価格と比較して異常なほど高騰し、後にJリーグ各クラブの経営を圧迫する一因となった。
現在では批判的に見られることの多いJリーグバブルではあるが、この時期にサッカーの認知度が劇的に向上しており、日本サッカーの発展に果たした役割は大きい。また数々の大物外国人や有名監督とのパイプも多くはこの時期に築かれている。
[編集] Jリーグブームの沈静化とクラブ経営の危機(1996年-2000年)
Jリーグは1996年に「百年構想」を発表する。すなわち「企業スポーツの枠内から脱し、地域に根ざした新しいスポーツのあり方を模索する」という理念を掲げ、積極的にクラブ数を拡大して、最終的には全国に100のクラブを作ることを目標とした。
しかし、Jリーグはこの頃からブームの沈静化が始まる。観客動員数も急激に減少し、1994年に19,598人を記録した平均観客動員数も、1997年には10,131人と僅か3年で半分近くまで減少した(もっとも、プロ化以前と比較すれば数倍の数であるが)。
そしてさらに1998年には、横浜マリノスと横浜フリューゲルスの合併(事実上のフリューゲルス消滅)が発表される。横浜フリューゲルスという、当時のJリーグクラブの中では比較的人気があり、成績も上位に定着しつつあったクラブの消滅は、Jリーグの理念と日本社会のスポーツに対する考えとの乖離が生んだ悲劇といえる。また横浜フリューゲルスの事実上の後継として横浜FCが発足したが、多くのファンはこの事件に失望してスタジアムに戻って来なかった。
しかし、このような深刻な危機を迎えたJリーグではあったが、フランスW杯への日本代表の出場と日韓共催W杯の開催決定を契機として観客動員数は緩やかながらも復調の兆しが見え始める。
そして1999年にはJリーグ参加を希望するクラブの増加に応えるべく二部制を導入。これにより地方を中心に多くのJクラブが全国各地に誕生することとなった。
[編集] Jリーグの成長と地域密着の浸透(2001年-2005年)
ブームが沈静化した97年頃から1試合平均1~1.2万人程度で推移していた観客動員数は、日本開催のW杯を控えた2001年に急激に好転しその後も徐々に増加を始める。Jリーグの活動方針の柱である地域密着の取り組みが徐々に浸透していったためである。
メディアに煽られた感の強かった発足当初の人気に対し、2001年以降の人気回復は地域や地方都市のローカリズムに寄って立つ比重が非常に大きい。本拠地をフランチャイズ(独占的商業地)ではなく「ホームタウン」と呼ぶことに象徴されるとおり、地域住民に自分の街のクラブという意識を強く抱かせることでサポーターと呼ばれる熱狂的なファン層を増やし、リピーター効果によって観客数を押し上げた。また、かつてはごく少数の企業等がクラブを保有したが、現在では大手スポンサーに加え、自治体や地域の市民たちでクラブを支える経営手法をとるクラブも多数生まれた。この「地域密着」の動きは日本のプロスポーツ界全体に広がることとなった(具体例としてアルビレックス新潟#アルビレックス成功の余波も参照)。
この動きにW杯開催によるサッカーブームが加わり、Jリーグは発足当初ほどの盛り上がりはないものの徐々にファンを増やすことに成功した。また、2部リーグの開設により参入への敷居が低くなり、全国各地にJ参入(もしくはその下のJFL)を目標とするクラブが誕生した。これらの事象は、Jリーグ発足当時から目指してきた事柄が、10年以上の時間を掛けてようやく形となってきた、と各メディアで分析された。
[編集] Jリーグの現在と未来(2006年-)
Jリーグは07年現在、J1、J2合わせて31クラブが所属している。Jの将来構想委員会報告書によると、2010年までに36クラブ(J2を18クラブ)に拡張させることが望ましい、としている。また、リーグ全体の競技レベルを維持するため、当初予定されていたJFLとの入れ替えは当面行わず、ゆっくりとJ2の拡大を行っていく考えを示している。現在、Jリーグチームの存在しない山陰・九州南部には現実的にJ2入りを目指すJリーグ準会員が存在するものの、ほかのJリーグ空白地帯である東北北部・北陸・沖縄などにJリーグ所属チームが必要との声も多い(これらの地域でもJリーグに将来参加を目指しているチームはあるものの、経営面や実力面等の問題で現実的なJ2入りは当面先と見られている)。また、チーム数増加によるレベルの低下も懸念されており、外国人枠の増加なども叫ばれている。ちなみに2007年現在、東海の3チーム(名古屋、磐田、清水)は創設以来、唯一1度もJ2を経験していない地域である。
また別の問題点として、TV放送等の映像コンテンツとしてのJリーグの商品価値が90年代半ばのブーム沈静化以来回復していない点が指摘されている。巨額の放映権料を基盤とした欧州の主要サッカーリーグと比較してJリーグの市場規模は限定されていると言わざるをえない。
[編集] 沿革
- 1988年
- 1989年
- 6月、活性化委員会による最終報告書が日本サッカー協会に提出される。
- 日本サッカー協会内にプロリーグ検討委員会が設置される。
- 1990年
- Jリーグ参加条件の詳細が決定される(ホームタウン制、ホームスタジアムの確保、拠出金など)。
- 日本サッカーリーグ参加チームへJリーグ参加の要請が行われる。
- 1991年
- プロサッカーリーグ設立の報道発表
- 日本サッカーリーグ閉幕
- 社団法人日本プロサッカーリーグ設立
- 1992年
- Jリーグ開幕時に参加する、日本サッカーリーグ1部に参加したチームを中心とした10チームが発表される(詳細はオリジナル10を参照)。
- Jリーグ開幕のプレ大会としてJリーグ参加10チームにより第1回Jリーグヤマザキナビスコカップ開催(当時は旧日本リーグからの移行・準備的な要素もあり、多くのマスコミは「読売ヴェルディ」「三菱浦和レッドダイヤモンズ」などのように各チームの愛称と親会社の名前を組み合わせて紹介したが、1993年のリーグ開幕以後はJリーグの方針に沿い企業名を原則排除するようになる)。
- 1993年(→1993年のJリーグ)
- 5月15日、Jリーグ発足。
- 当初はJリーグは数年間10チームで固定し、段階的に16チーム程度に増やすことを計画していたが、Jリーグ参加を希望するチーム増加に対応するため、ジャパンフットボールリーグ加盟チームを対象にJリーグの基準を満たすか、あるいはそれに準ずるチーム整備が進んでいるチームを対象にした準会員制度(ジャパンフットボールリーグ1部=旧J1で2位以内に入ればJリーグ参入権利獲得)をスタートさせる。適用第1号は柏レイソル、ベルマーレ平塚、ジュビロ磐田の3チーム。
- 1994年(→1994年のJリーグ)
- 1995年(→1995年のJリーグ)
- 1996年(→1996年のJリーグ)
- 1997年(→1997年のJリーグ)
- ヴィッセル神戸が加盟(17チーム)
- 1998年(→1998年のJリーグ)
- 1999年(→1999年のJリーグ)
- 2000年(→2000年のJリーグ)
- J2に水戸ホーリーホックが加盟(J1.16チーム、J2.11チーム)
- 2001年(→2001年のJリーグ)
- J2に横浜FCが加盟(J1.16チーム、J2.12チーム)
- 2002年(→2002年のJリーグ)
- J2で延長戦の廃止
- 2003年(→2003年のJリーグ)
- J1で延長戦の廃止
- 2004年(→2004年のJリーグ)
- 翌年のJ1チーム増にともない、自動降格なし
- J1・J2入れ替え戦を導入
- J2の上位2チームが自動昇格とした
- 2005年(→2005年のJリーグ)
- 2006年(→2006年のJリーグ)
- J2に愛媛FCが加盟(J1.18チーム、J2.13チーム)
[編集] リーグ構成
[編集] Jリーグ ディビジョン1 (J1)
[編集] 試合方式(2007年)
- 18チームによる2回総当りホーム&アウェイ方式1シーズン(通年制 34試合)の成績で順位を決定する。
- 勝ち点は勝ち3点、引き分けは双方1点、負け0点。最終的に勝ち点の多いチームが優勝。同点の場合、得失点差→総得点→直接対決成績→抽選で決める。ただし、優勝決定の場合、抽選を行わず両クラブを優勝者とする。
- 17,18位のチームが自動的に降格し、翌年はJ2となる。16位チームはJ2の3位チームと入れ替え戦を実施する。
[編集] 2007年の参加チーム
| チーム名 | ホームタウン | ホームスタジアム | J1参加年度 |
|---|---|---|---|
| 鹿島アントラーズ | 茨城県鹿嶋市、潮来市、神栖市、鉾田市、行方市 | カシマサッカースタジアム | 1993年- |
| 浦和レッドダイヤモンズ | 埼玉県さいたま市 | 埼玉スタジアム2002、さいたま市浦和駒場スタジアム | 1993-1999年、2001年- |
| 大宮アルディージャ | 埼玉県さいたま市 | ナックファイブスタジアム大宮 | 2005年- |
| ジェフユナイテッド市原・千葉 | 千葉県千葉市、市原市 | フクダ電子アリーナ、市原臨海競技場 | 1993年- |
| 柏レイソル | 千葉県柏市 | 日立柏サッカー場 | 1995-2005年、2007年- |
| FC東京 | 東京都全域 | 味の素スタジアム | 2000年- |
| 川崎フロンターレ | 神奈川県川崎市 | 等々力陸上競技場 | 2000年、2005年- |
| 横浜F・マリノス | 神奈川県横浜市、横須賀市 | 日産スタジアム、三ツ沢公園球技場 | 1993年- |
| 横浜FC | 神奈川県横浜市 | 三ツ沢公園球技場 | 2007年- |
| ヴァンフォーレ甲府 | 山梨県甲府市、韮崎市を中心とする全県 | 山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場 | 2006年- |
| アルビレックス新潟 | 新潟県新潟市、聖籠町 | 東北電力ビッグスワンスタジアム、新潟市陸上競技場 | 2004年- |
| 清水エスパルス | 静岡県静岡市 | 静岡市日本平スタジアム | 1993年- |
| ジュビロ磐田 | 静岡県磐田市 | ヤマハスタジアム | 1994年- |
| 名古屋グランパスエイト | 愛知県名古屋市 | 名古屋市瑞穂公園陸上競技場、豊田スタジアム | 1993年- |
| ガンバ大阪 | 大阪府吹田市 | 万博記念競技場 | 1993年- |
| ヴィッセル神戸 | 兵庫県神戸市 | ホームズスタジアム神戸 | 1997-2005年、2007年- |
| サンフレッチェ広島 | 広島県広島市 | 広島ビッグアーチ、県営広島スタジアム | 1993-2002年、2004年- |
| 大分トリニータ | 大分県大分市、別府市、佐伯市を中心とする全県 | 九州石油ドーム | 2003年- |
[編集] 過去の参加チーム
過去にJ1(1998年以前はJリーグ)に所属したことのあるクラブチームを以下にあげる。(2007年の所属クラブを除く)
| チーム名 | J1加盟年度 |
|---|---|
| コンサドーレ札幌 | 1998、2001-2002年 |
| ベガルタ仙台 | 2002-2003年 |
| 横浜フリューゲルス | 1993-1998年(消滅) |
| ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ) | 1994-1999年 |
| 東京ヴェルディ1969 | 1993-2005年 |
| 京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.) | 1996-2000年、2002-2003年、2006年 |
| セレッソ大阪 | 1995-2001年、2003年-2006年 |
| アビスパ福岡 | 1996-2001年、2006年 |
[編集] 過去の優勝チーム
- 1993~95年は前後期同一チーム完全優勝の場合でも、各ステージの2位同士のプレーオフを開催し、その勝者がチャンピオンシップ(年間王者決定戦)に出場できる方式を採用し、チャンピオンシップを必ず開催することになっていた。だが、この間は完全優勝がなかった。
- 1993~95年まで(この3年間は年間4回総当りを1ステージ2回ずつに区切って開催)の第1ステージは「サントリーシリーズ」、第2ステージは「日本信販・NICOSシリーズ」として開催。
- 1995年は、14チームで年間4回総当りを行うと1チーム52試合となり、選手の健康負担が増える可能性があることから一時は1シーズン制での3回総当り(1チーム39試合)にすることも検討されていたが、当時のリーグ戦ステージ・スポンサーを含むオフィシャルスポンサーとの契約上の問題(1995年度一杯まで契約があった)から断念し、結局4回総当りを維持。代りにナビスコ杯を休止にした。
- 1996年は初の1シーズン制を採用しチャンピオンシップは開催せず、その代わりとしてサントリーカップ・96チャンピオンズファイナル と題する大会が開催される。その時はリーグ戦とナビスコカップの上位2チームずつが決勝トーナメントに進出してその年のJリーグ総合王者を決める方式を行った。
- 1997年以降は再び2シーズン制を導入し、同一チーム完全優勝の場合はチャンピオンシップを行わないことになった。(チャンピオンシップの成績はその項を参照)
- 2005年シーズンからは1シーズン制となるので、チャンピオンシップは行なわれない。
- 優勝チーム特典としてAFCチャンピオンズリーグ(※)、A3チャンピオンズカップ、並びにゼロックス・スーパーカップの各大会出場権が与えられる(なお天皇杯との2冠を達成した場合、AFCはリーグ2位チーム、スーパーカップは天皇杯の準優勝チームが繰り上げ出場する。またA3は日本で開催される場合にはJ1の優勝チーム以外からの推薦出場枠がある。2003年と2006年はナビスコ杯優勝チームが出場した)。
- ※1993年から2000年まで年間優勝クラブにはアジアクラブ選手権の出場権が与えられた。また1992年はレギュラーリーグがなく、Jリーグナビスコ杯の優勝クラブ(ヴェルディ川崎)が国内リーグ優勝クラブ扱いでこの大会に出場した。
- 2005年ガンバ大阪が優勝し、ようやく13年目にして初めて大阪を本拠地としているチーム(関西としても初)が優勝したが、東京を本拠地としているチームの優勝は今のところない(ただし、東京を本拠地とするチームは2000年昇格のFC東京が最初。なお、ヴェルディは東京に移ってからのリーグ優勝経験はない)。
- 2006年浦和レッズ初優勝。1999年の2部制移行以後、J2降格および在籍経験を持つチームが優勝したのは史上初である。
| 年 | 年間優勝チーム | 第1ステージ | 第2ステージ |
|---|---|---|---|
| 1993年 | ヴェルディ川崎 | 鹿島アントラーズ | ヴェルディ川崎 |
| 1994年 | ヴェルディ川崎 | サンフレッチェ広島 | ヴェルディ川崎 |
| 1995年 | 横浜マリノス | 横浜マリノス | ヴェルディ川崎 |
| 1996年 | 鹿島アントラーズ | (1シーズン制) | |
| 1997年 | ジュビロ磐田 | 鹿島アントラーズ | ジュビロ磐田 |
| 1998年 | 鹿島アントラーズ | ジュビロ磐田 | 鹿島アントラーズ |
| 1999年 | ジュビロ磐田 | ジュビロ磐田 | 清水エスパルス |
| 2000年 | 鹿島アントラーズ | 横浜F・マリノス | 鹿島アントラーズ |
| 2001年 | 鹿島アントラーズ | ジュビロ磐田 | 鹿島アントラーズ |
| 2002年 | ジュビロ磐田 | ジュビロ磐田 | ジュビロ磐田 |
| 2003年 | 横浜F・マリノス | 横浜F・マリノス | 横浜F・マリノス |
| 2004年 | 横浜F・マリノス | 横浜F・マリノス | 浦和レッドダイヤモンズ |
| 2005年 | ガンバ大阪 | (1シーズン制) | |
| 2006年 | 浦和レッドダイヤモンズ | ||
[編集] J1同一カード未勝利記録(リーグ戦)
1、ヴィッセル神戸(vsジュビロ磐田)(18戦) 2、京都サンガFC(vsジュビロ磐田)(13戦) 3、大分トリニータ(vsジェフ千葉)(9戦)
[編集] Jリーグ ディビジョン2 (J2)
[編集] 試合方式(2007年)
- 13チームによる4回総当りの通年制(1シーズン制 年間48試合)。1、2位のチームがJ1の17、18位のチームと入れ替わって翌年のJ1昇格。また、3位チームはJ1の16位チームと入れ替え戦をホーム・アンド・アウェー方式で対戦。入れ替え戦ではアウェーゴール方式が採用される。
- ただし上位2チームのうちどちらかがJ1参入条件を満たしていない場合は、入替え戦敗者がJ1昇格(あるいは残留)となる。上位2チームが両方ともJ1参入条件を満たしていない場合はさらに下位チームに昇格権が与えられる。(なお過去に上位2チームがJ1参入条件を満たしていないことはなかった)
- 勝ち点は勝ち3点、引き分けは双方1点、負け0点。最終的に勝ち点の多いチームが優勝。同点の場合、得失点差→総得点→直接対決成績→決定戦で決める。なお、決定戦は主催者が特に必要とした場合に実施する。行わない場合は抽選で順位を決める。
[編集] 2007年の参加チーム
[編集] 過去の上位チーム
- 2003年までは自動昇格の2位まで、2004年からはJ1・J2入れ替え戦出場の3位までを記した。
| 年 | 優勝チーム | 準優勝チーム | 3位チーム |
|---|---|---|---|
| 1999年 | 川崎フロンターレ | FC東京 | |
| 2000年 | コンサドーレ札幌 | 浦和レッドダイヤモンズ | |
| 2001年 | 京都パープルサンガ | ベガルタ仙台 | |
| 2002年 | 大分トリニータ | セレッソ大阪 | |
| 2003年 | アルビレックス新潟 | サンフレッチェ広島 | |
| 2004年 | 川崎フロンターレ | 大宮アルディージャ | アビスパ福岡 |
| 2005年 | 京都パープルサンガ | アビスパ福岡 | ヴァンフォーレ甲府(J1昇格) |
| 2006年 | 横浜FC | 柏レイソル | ヴィッセル神戸(J1昇格) |
- 二度J2に降格し、二度J1に這い上がったチームは2006年現在京都サンガF.C.のみである。しかし2006年J2降格が決定。三度J2に降格したのも史上初である。
[編集] Jリーグ 準加盟クラブ(準会員制度)
Jリーグ準会員制度とは、将来構想委員会で制定された制度でありJリーグへの入会を目指し一定の基準を満たしたクラブがJリーグ準加盟クラブとして認定される。 準加盟クラブは、JFL所属クラブだけではなく、地域リーグまたは都道府県リーグ所属クラブでも対象とされるが、JFLにおいて4位以上の成績を収めた準加盟クラブのみがJ2入会が認められる。
- 過去に準加盟申請を行ったクラブは以下の通り
| 申請年月 | 申請チーム | 所属リーグ | 本拠地 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2006年8月 | ロッソ熊本 | JFL | 熊本県 熊本市 | 承認 |
| 栃木SC | JFL | 栃木県 宇都宮市 | 審議継続 | |
| 2007年1月 | 栃木SC | JFL | 栃木県 宇都宮市 | 承認 |
| ガイナーレ鳥取 | JFL | 鳥取県 米子市・鳥取市 | 承認 | |
| FC岐阜 | JFL | 岐阜県 大垣市 | 審議継続→条件付承認 *1 | |
| FCペラーダ福島 | 東北リーグ2部 | 福島県 福島市 | 不認可 |
- *1 成績に加え、経営基盤の強化がJ2昇格の条件となる
[編集] 準加盟承認クラブ
[編集] 観客数
- 掲載順は平均観客数による。
- 所属リーグも含め、Jリーグ2006年シーズンのもの。ただし、命名権によりホームスタジアム名が変更になったものはそれに従い、通称・愛称があるものもそれに従う。
- 開催数が最も多いものか、開催数同数では座席数最大のものをホームスタジアムとし、その座席数を記載。
- ホームゲーム数:J1は17試合、J2は24試合。
| チーム | ホームスタジアム | 収容人数 | 観客数 平均(合計) | リーグ | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 浦和 | 埼玉スタジアム2002 (さいたま市) | 63,700人 | 45,573人 (774,749人) | J1 |
| 2 | 新潟 | 東北電力ビッグスワンスタジアム (新潟市) | 42,300人 | 38,709人 (658,050人) | J1 |
| 3 | F東京 | 味の素スタジアム (調布市) | 49,970人 | 24,096人 (409,634人) | J1 |
| 4 | 横浜FM | 日産スタジアム (横浜市) | 72,327人 | 23,663人 (402,270人) | J1 |
| 5 | 大分 | 九州石油ドーム (大分市) | 40,000人 | 20,350人 (345,955人) | J1 |
| 6 | 磐田 | ヤマハスタジアム (磐田市) | 16,893人 | 18,002人 (306,033人) | J1 |
| 7 | G大阪 | 万博記念競技場 (吹田市) | 21,000人 | 16,259人 (276,395人) | J1 |
| 8 | 鹿島 | カシマスタジアム (鹿嶋市) | 40,728人 | 15,433人 (262,365人) | J1 |
| 9 | 名古屋 | 瑞穂陸上競技場 (名古屋市) | 27,000人 | 14,924人 (253,702人) | J1 |
| 10 | 仙台 | ユアテックスタジアム仙台 (仙台市) | 19,694人 | 14,453人 (346,868人) | J2 |
| 11 | 川崎 | 等々力陸上競技場 (川崎市) | 25,000人 | 14,340人 (243,780人) | J1 |
| 12 | 清水 | 日本平スタジアム (静岡市) | 20,399人 | 14,302人 (243,137人) | J1 |
| 13 | 福岡 | 博多の森球技場 (福岡市) | 22,563人 | 13,780人 (234,259人) | J1 |
| 14 | 千葉 | フクダ電子アリーナ (千葉市) | 19,781人 | 13,393人 (227,680人) | J1 |
| 15 | C大阪 | 長居スタジアム (大阪市) | 50,000人 | 13,026人 (221,438人) | J1 |
| 16 | 甲府 | 小瀬スポーツ公園陸上競技場 (甲府市) | 17,000人 | 12,213人 (207,629人) | J1 |
| 17 | 広島 | 広島ビッグアーチ (広島市) | 50,000人 | 11,180人 (190,066人) | J1 |
| 18 | 札幌 | 札幌ドーム (札幌市) | 41,580人 | 10,478人 (251,476人) | J2 |
| 19 | 大宮 | 駒場スタジアム (さいたま市) | 21,500人 | 10,234人 (173,986人) | J1 |
| 20 | 京都 | 西京極競技場 (京都市) | 20,588人 | 9,781人 (166,280人) | J1 |
| 21 | 柏 | 日立柏サッカー場 (柏市) | 15,900人 | 8,328人 (199,872人) | J2 |
| 22 | 鳥栖 | 鳥栖スタジアム (鳥栖市) | 24,490人 | 7,465人 (179,151人) | J2 |
| 23 | 神戸 | ホームズスタジアム神戸 (神戸市) | 34,000人 | 6,910人 (165,834人) | J2 |
| 24 | 東京V | 味の素スタジアム (調布市) | 49,970人 | 5,705人 (136,926人) | J2 |
| 25 | 湘南 | 平塚競技場 (平塚市) | 18,500人 | 5,365人 (128,766人) | J2 |
| 26 | 横浜FC | 三ツ沢公園球技場 (横浜市) | 15,046人 | 5,119人 (122,852人) | J2 |
| 27 | 山形 | NDソフトスタジアム山形 (天童市) | 20,315人 | 5,085人 (122,042人) | J2 |
| 28 | 愛媛 | 愛媛県陸上競技場 (松山市) | 20,000人 | 4,139人 (99,334人) | J2 |
| 29 | 草津 | 敷島公園陸上競技場 (前橋市) | 19,000人 | 3,736人 (89,670人) | J2 |
| 30 | 徳島 | ポカリスエットスタジアム (鳴門市) | 21,228人 | 3,477人 (83,452人) | J2 |
| 31 | 水戸 | 笠松陸上競技場 (那珂市) | 22,022人 | 3,017人 (72,405人) | J2 |
[編集] 備考
Jリーグの1・2部制となる以前の1992年と1993年にもジャパンフットボールリーグ(旧JFL)の略称としてJ1・J2が使われたことがある。
[編集] Jリーグが主催する大会
J1、J2リーグ以外のJリーグが主催する大会は以下の通り。
- サントリーチャンピオンシップ(1993年-1995年及び1997年-2004年開催。1995年及び2005年以降は1シーズン制により消滅。)
- Jリーグヤマザキナビスコカップ(1992年から実施。1995年は実施せず。日本サッカー協会と共催)
- ゼロックス・スーパーカップ(1994年から実施。)
- JリーグJOMOオールスターサッカー
- J1・J2入れ替え戦、J1参入決定戦
- Jサテライトリーグ
- Jユースカップ
- Jリーグ U-13
- サンワバンクカップ(1994~97年開催)
- 天皇杯全日本サッカー選手権大会(2005年から、日本サッカー協会と共催)
[編集] 賞金・表彰制度
[編集] J1
[編集] リーグ戦(2005年~)
- 1位 2億円、優勝杯(銀皿)、日本サッカー協会キャプテン杯、優勝旗
- 2位 1億円、準優勝杯(銀皿)
- 3位 8000万円
- 4位 6000万円
- 5位 4000万円
- 6位 2000万円
- 7位 1000万円
[編集] サントリーチャンピオンシップ(2004年まで)
- 1位 2000万円、優勝杯(銀皿)、日本サッカー協会キャプテン杯、優勝旗
- 2位 1000万円、準優勝杯(銀皿)
[編集] J2
- 1位 2000万円、Jリーグカップ
- 2位 1000万円、Jリーグカップ
[編集] 個人賞
- 最優秀選手賞
- ベスト11
- 得点王
- 最優秀新人賞(新人王)
- 高円宮杯フェアプレー賞(チーム賞)
- フェアプレー個人賞
- 最優秀監督賞
- 優勝チーム監督賞
- 優秀主審賞
- 優秀副審賞
- Join賞
※得点王以外はJ1のみ
- いずれも12月に横浜アリーナで行われるJリーグアウォーズにて表彰される。
[編集] 試合で着用するユニフォーム
- 原則としてそれぞれのチームカラーベースの1stユニフォームを着用するが、チームカラーが重複する場合にはホームチームは1stユニフォーム、アウェーの場合は白ベースが中心の2ndユニフォームを使うことになっている(チームによっては3rdユニホームを取り入れているチームもある。以前は黒一色だけのユニホームは審判団と混同される恐れから使用が認められなかった)。
- ただ、かつての横浜フリューゲルス(チームカラー:白)やアビスパ福岡(同:銀色)、ヴィッセル神戸(同:白と黒の縦縞)は、お互いが直接対決する時以外には対戦相手とユニフォームカラーが重複しないので、アウェーの試合のほとんども1stユニフォームだけでプレーできた。
- それによる弊害もあった。1995年4月1日に開かれた第1ステージ・横浜フリューゲルス対サンフレッチェ広島(熊本・水前寺)の試合で、ホームの横浜Fは白ベースの1stユニフォームを着用しているため、広島の選手も本来紫ベースの1stユニフォームで試合するべきところを、間違えて白ベースの2ndユニフォームを持参してしまった。そのためサポーターから1stユニフォームのレプリカを借りて背番号をガムテープで貼りあわせて急ごしらえした。この後日本サッカー協会から広島に対し制裁金が課せられた。
- Jリーグ初期に白ベースのチームはフリューゲルスしか所属していなかったので、ユニフォーム使用パターン表ではホーム用しか描かれていなかった。しかし何試合かで2ndユニフォーム(青)を着用することもあった。なお現在はJリーグ所属チームの中で1stユニフォームが白ベースのチームは無い。(かつてのアビスパ福岡は2ndユニフォームと1stユニフォームのカラーを入れ替え、ヴィッセル神戸はチームカラーごと変更している)。
- 背番号に関しては1996年まで(天皇杯を除く)スターティングメンバーは1~11番、控えは12~16番(GKは1と16番)を試合ごとに変える方式が取られたが、1997年以降はかつての日本リーグやジャパンサッカーリーグと同じく、選手個別で番号がつけられるようになった。2004年に改正され、欠番などが認められるようになった。それに伴い、現在では12番をサポーター用番号として欠番とするチームもある。現在の規定を以下に示す。
- 自然数(0、00を除く)であることが条件。
- 1番はGK専用。
- 2~11番はGK以外のフィールドプレイヤー用。
- 12番以降はポジションに関係なく着用可能。
- 1~40番に関しては欠番が認められる。
- 41番以降を使用する場合、入団順に着用し、41番以降は欠番とすることができない。
- 各選手は、1年間を通して同じ背番号を着用する。
- J1リーグ年間チャンピオンチームは、日本サッカー協会のシンボルであるヤタガラスの付いたチャンピオンマーク(上部に"J"を表示)を翌シーズン、ユニフォームの袖にJリーグのロゴに代えて付けることができる。(ちなみに天皇杯優勝チームは"E"、リーグと天皇杯の二冠チームは"☆"となる。)
- 最近では背番号の下部に登録選手名をローマ字で表すこともある。これは背番号の上部がスポンサーの広告スペースであることが通常のためである。ただしAFCチャンピオンズリーグなどに出場する場合、スポンサーは1つに限られ、それが胸部に掲載されるため、野球などと同様、背番号の上部に名を表記することが多い。
- ユニフォームに記載される名は登録名に基づくため、日本人選手の場合は苗字が入ることが一般的だが、リーグへの届出をすれば名前(ファーストネーム)や愛称を入れることができる。
- ユニフォーム・サプライヤー(供給メーカー)は1996年度までミズノが全クラブに対して行っていたが、1997年度はミズノをはじめ、アンブロ、アディダス、プーマがリーグとサプライ契約していた。これに対しカップ戦などでは各チーム単位で契約となっていたため、リーグ用、カップ用それぞれ別のユニフォームを用意していることが多かった。(各チームのユニフォームサプライについてはそれぞれの項を参照されたい)。しかし1998年からは各チーム単位でスポーツユニフォームメーカーと契約となったため、どちらでも同じユニフォームが使用されている。
[編集] 試合の開催日
- J1は創設当初から2000年までは基本的に毎週土曜日が中心だった。(1993~95年の2ステージ制時代は水曜日の開催もほぼ恒常的に行われた)
- J2は旧ジャパンフットボールリーグの時代とほぼ同じように1999年、2000年の2年間は主として毎週日曜日と月1~2回程度の木曜日開催が中心だった。
- その後totoの導入に伴い、2001年は原則的にJ1、J2とも毎週土曜日中心の開催(J2は一部日曜開催あり)としたが、2002年からテレビ中継の日程調整も考慮しJ1は原則として2試合を日曜日開催とする分散型が取り入れられた。
- 祝日以外の平日開催はすべてナイトゲーム(但し初期のころ一部の試合で水曜日開催ながらデイゲームで行ったケースあり)。週末分はデイゲームが基本だが、テレビ中継への配慮からナイトゲームが1-2試合程度(夏季は週末でもほぼ全試合)行われることがある。
- 原則として最終戦は順位決定の有利・不利をなくす為、全試合とも開催日・キックオフ時間を統一している。特に2004年以後は終盤数節もそれらの試合日程を統一している。