新潟市
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| 新潟市のデータ | ||
| 国 | 日本 | |
| 地方 | 中部地方、北陸地方、甲信越地方 | |
| 都道府県 | 新潟県 | |
| 団体コード | 15100-9 | |
| 面積 | 726.09km² | |
| 総人口 | 812,454人 (2007年6月1日) | |
| 隣接自治体 | 聖籠町、新発田市、阿賀野市、 五泉市、田上町、加茂市、 三条市、燕市、弥彦村、長岡市 | |
| 新潟市役所 | ||
| 所在地 | 〒951-8550 | 新潟県 |
| 新潟市中央区学校町通一番町602番地1 | ||
| 電話番号 | 025-228-1000 | |
| 外部リンク | 新潟市 | |
| 位置 | </td><td colspan="2" style="border-style: solid none none solid; border-color: #aaa; text-align: right;">||
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新潟市(にいがたし)は、新潟県北東部(下越地方)の都市で、同県の県庁所在地であり、本州日本海側唯一の政令指定都市である。
目次 |
[編集] 概要
北陸地方は元より、本州日本海側では最大規模の都市である。古くから港とともに栄え、幕末の日米修好通商条約開港五港の一つとなり、現在でも水陸の交通の要衝である。
2005年の大規模合併で面積や人口が増大。2007年4月1日に、本州日本海側初の政令指定都市に移行した。
1950年代まで、市街の新潟島中心部には堀が張り巡らされ、それに沿って柳が植えられていたことから「水の都」、「柳都(りゅうと)」などと呼ばれる。あまり一般的な呼称ではないが、観光PRなどに積極的に利用されている。
特筆すべきは、多数の漫画家を輩出していることである。その数は日本でもトップクラスといえる。
[編集] 地理
新潟の地は、信濃川と阿賀野川が日本海に流れ込む場所で、低湿な平野と、海にそって続く砂丘と、数多くの潟湖が形成された。
中心市街地は、信濃川の河口に発達している。郊外には潟を干拓した広大な水田が広がる一方、現在でも鳥屋野潟や佐潟、福島潟などの潟湖が残されている。うち、佐潟については、1997年にラムサール条約登録湿地となっている。
中心市街地は古くから、信濃川左岸側(西側)の旧新潟町、右岸側(東側)の旧沼垂町の、二箇所を中心に栄えて来た。両地域を結んでいたのが萬代橋(万代橋)であり、この橋が架けられてから、万代橋を中心に市街地が広がっていった。しかし、1950年代後半から、現在の新潟駅を中心とする地域の開発が始まった。又、鳥屋野潟周辺の小規模湖沼の干拓、旧市域の曽野木・両川・大江山地域と亀田・横越地区に跨る亀田郷や新津・小須戸地区の新津郷、白根地区などで乾田化が行われた。
1960年代から1970年代にかけては巻・西川・潟東地区に跨る鎧潟、豊栄地区では福島潟の一部も干拓されるなどして開発が進んだ。1964年6月の新潟地震以後からは、市内の国道・鉄道路線に沿った地区から、徐々に宅地化が進んでいった。このため、現在の市街地・住宅地は、海岸に沿うように北東から南西にかけて細長く伸びている。
関屋分水路の掘削により、信濃川左岸側の地域は全方向が川と海に囲まれるようになったため、「新潟島」と呼ばれることがある。また新潟島の対岸には「万代島」と呼ばれる地区があり、ここには新潟港(新潟西港)の区域にあたる佐渡汽船新潟港ターミナル、朱鷺メッセ(新潟コンベンションセンター)などが立地する。ここは、元々信濃川の中洲だったが、昭和初期に信濃川の両岸が埋め立てられた際、陸続きとなった地域である。
越後平野に位置するので、市域に占める可住地の割合が大きい。他の地方都市に比べると、数字上では人口密度が高めだが、住宅地が郊外に分散しているため、一箇所への人口集中はそれほど見られない。
郊外には農地が多い。海岸沿いの砂丘地帯は畑が多いが内陸部は水田が中心である。
越後平野の信濃川・阿賀野川下流域は、かつてはその多くが湿地帯で、現在も水田やその埋立地が多いという背景から、地盤が軟弱な箇所が多く、仮に大規模な地震が発生した際には揺れが大きくなりやすく、また液状化現象が発生する可能性が非常に高い。内閣府が2005年に発表した「表層地盤のゆれやすさ全国マップ」によると、新潟市付近の表層地盤は軟らかいため、非常に揺れが増幅し易いという調査結果が出ている(沿岸部の都市は総じて揺れ易い傾向にある)。又、これとは別に、大地震が発生した際には、関東平野・濃尾平野・大阪平野・庄内平野・秋田平野などと並んで、長周期地震動によって揺れが増幅し易い箇所であるとの研究結果もある。
[編集] 隣接している自治体
※北から東回り順に。
[編集] 気象
冬
- 日本海側気候のため、冬の湿度が高い。
- 冬の新潟は海からの風が強く、雪は横なぐりに吹きかけてくる。傘は役に立たないことが多い。
- 一般に雷は夏の風物詩と思いがちであるが、新潟を含む日本海側では、夏のみならず、冬の大雪のときも大気が不安定になって雷が鳴るため、「雪降らし」・「雪降ろし」と呼ばれ、冬の風物詩にもなっている。
- 新潟県内は全域が豪雪地帯に指定されているが、新潟市街地は広い平野の海沿いにあって越後山脈から離れているため、雪雲が山にぶつかって大雪を降らせる一般的な日本海側の降雪機序とは異なること、さらに季節風の風上に佐渡島があって壁になっていることから、日本海側の他の諸都市と比べて降雪量が少ない。また、東北・北海道にくらべて冬季の気温が高いため、厳冬期以外は自然に融解することも多い。そのため、上越市・長岡市・金沢市・富山市などに比べ、「消雪パイプ」は比較的設置されておらず、除雪での対応で事足りる。各地で記録的な大雪となった平成18年豪雪の際でも、市内の最深積雪は24cmであり例年通りだった。
| 都市 | 降雪量累計 | 最深積雪 | 1月気温 | 都市 | 降雪量累計 | 最深積雪 | 1月気温 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 札幌 | 630 cm | 101 cm | -4.1℃ | 盛岡 | 351 cm | 36 cm | -2.1℃ |
| 青森 | 774 cm | 114 cm | -1.4℃ | 仙台 | 90 cm | 17 cm | 1.5℃ |
| 秋田 | 409 cm | 41 cm | -0.1℃ | 福島 | 235 cm | 26 cm | 1.4℃ |
| 山形 | 491 cm | 50 cm | -0.5℃ | いわき | 14 cm | 6 cm | 3.6℃ |
| 新潟 | 255 cm | 39 cm | 2.6℃ | 前橋 | 27 cm | 10 cm | 3.3℃ |
| 上越 | 746 cm | 139 cm | 2.2℃ | 東京 | 13 cm | 7 cm | 5.8℃ |
| 富山 | 433 cm | 69 cm | 2.5℃ | 彦根 | 131 cm | 29 cm | 3.6℃ |
| 金沢 | 360 cm | 53 cm | 3.7℃ | 岐阜 | 52 cm | 16 cm | 4.3℃ |
| 鳥取 | 263 cm | 49 cm | 3.9℃ | 名古屋 | 13 cm | 7 cm | 4.3℃ |
| 松江 | 111 cm | 24 cm | 4.2℃ | 浜松 | 0 cm | 0 cm | 5.8℃ |
- ※降雪量累計:日ごとの降雪量を、シーズン全体で合計した量(平年値)
- ※最深積雪:一度に降る最も多い積雪量(平年値)
- ※1月気温:1月の平均気温(平年値)
夏
- フェーン現象が非常に起こりやすく、生暖かい強風が吹く。これによって異常に気温が上昇することも多い。しかしながら、夏季の平均気温はそれほど高くなく、湿度も低めである。
- 夏の日本海は太平洋と違い好天に恵まれると、波が全く無く、たらいに張られた水の状態であり冬の日本海とは全く性格が異なり、海が碧く美しい。
- 沿岸部では季節を問わず海からの風は比較的強く、立っていられない程の風が吹くこともしばしばある。これによって傘が壊れるなどの被害が出ている。
[編集] 歴史
[編集] 古代から中世まで
- 縄文時代から砂丘に人々が住み着き始めたが、現在の市域の大部分はまだ海の底だった。
- 647年 - 日本書紀によれば蝦夷防備の拠点として、朝廷によって渟足柵(ぬたりのき・ぬたりのさく)が築かれた。
- 古代から中世にかけては、蒲原津(かんばらのつ)という港湾都市がこの地に栄えた(→蒲原郡)。
[編集] 戦国時代から江戸時代まで
- 16世紀には信濃川河口に新潟、阿賀野川河口に沼垂(ぬったり)の地名を持つ港町が現れ、上杉氏と新発田氏が争奪した。
- 17世紀に、新潟島を中心とする西部は長岡藩領、沼垂を中心とする東部は新発田藩領になった(市域の一部は村上藩領)。
- この頃、信濃川と阿賀野川が合流して河口を共有するようになり、水量豊富になった新潟湊が日本海船運の中心都市として発展した。
- 1731年 - 阿賀野川の水を排水するために前年に設けられた松ヶ崎堀割が洪水で決壊し、阿賀野川の本流となった。このため、新潟湊に流れ込む水量が減少したが、周辺の排水が良くなって潟の干拓と新田開発が進んだ。
- 1768年 - 新潟町民への長岡藩の御用金徴収に対し、涌井藤四郎らの町人が蜂起し、約2ヶ月に渡って町民による完全な自治を行った。(新潟明和騒動)。
- 1820年 - 新川が開通。
- 1843年 - 新潟町は天領となり、川村修就が初代新潟奉行に任命された。
- 1858年 - 日米修好通商条約によって開港五港の一つに指定されたが、水深不足で開港が遅れた。
[編集] 明治から第二次大戦まで
- 1868年旧暦7月 - 戊辰戦争で幕府側との攻防戦の末に新政府軍が新潟町を占領し、新潟民政局を設置。
- 1868年11月5日(旧暦9月21日) - 新潟に府庁を置くことを前提に越後府が新潟府に改称された。ただし、実際に府庁が新潟に開かれたのは1869年2月26日(旧暦1月16日)。
- 1869年1月1日(旧暦前年11月19日) - 新潟港が外国船に開港。
- 1869年9月3日(旧暦7月27日) - 新潟県(4月3日(旧暦2月22日)に改称)が廃止され、水原県となる。県庁所在地は水原。
- 1870年4月7日(旧暦3月7日) - 水原県が廃止され、新潟県設置。再び県庁所在地となる。
- 1886年 - 初代萬代橋が完成した。
- 1889年4月1日 - 市制施行で新潟市が発足する。
- 1896年 - 横田切れにより被災。
- 1913年 - 木津切れにより被災。
- 1914年 - 沼垂町と合併。その後も周辺町村を合併して市域を拡大した。
- 1917年 - 曽川切れにより被災。
- 1929年 - 三代目萬代橋が完成した。
- 1933年 - 新潟電鉄(後の新潟交通電車線)県庁前~燕全線開通。
- 1945年 - 原子爆弾投下候補地となる。8月6日に広島原爆投下、8月9日に長崎原爆投下の報が伝わると、新潟県は8月11日に、新潟市民に対して「原爆疎開」命令を出し、大半の市民が新潟市から脱出した。
[編集] 第二次大戦後
- 1948年 - 栗ノ木排水機場が完成。これ以後、亀田郷の土地改良が進んだ。
- 1955年 - 新潟大火で中心市街の大部分を焼失した。
- 1964年 - この年までに市内の堀が全て埋め立てられる。新潟国体開催。新潟地震で大きな被害を受けた。
- 1972年 - 関屋分水が完成。
- 1973年 - 新潟バイパスが開通(以後、新新バイパス、新潟西バイパスなども順次開通)。
- 1978年 - 北陸自動車道・新潟黒埼IC(当時)~長岡JCT・長岡ICが開通。
- 1982年 - 上越新幹線・大宮駅~新潟駅が開業。1985年に上野駅乗入れ開始。
- 1985年 - 関越自動車道全線開通により、関東地方各地と結ばれる。
- 1986年 - 固定電話の市外局番が「0252」「0253」などから「025」に統一される。本州日本海側では初の市外局番3桁化。
- 1988年 - 北陸自動車道全線開通により、北陸地方各地と結ばれる。
- 1991年 - 東北新幹線・東京駅~上野駅開業に伴い、上越新幹線東京駅乗り入れ開始。
- 1996年 - 中核市に移行。
- 1994年 - 北陸自動車道・新潟亀田IC~新潟西IC開通により、当時の新潟市域に初めて高速自動車国道が開通。
- 1997年 - 磐越自動車道全線開通により、東北太平洋側と結ばれる。
- 1999年 - 新潟交通電車線全線廃止。
- 2001年 - 黒埼町を編入合併。合併協議中は「合併により人口が50万人を突破」と言われていたが、2000年国勢調査によると、新潟市の人口は同年10月1日現在の調査値で501,431人を数え、居住人口としては合併直前に単独で50万人を突破していた(尚、同日現在の住民基本台帳人口は490,194人)。
- 2002年 - FIFAワールドカップが新潟スタジアムで開催。
- 2004年 - アルビレックス新潟がJ1昇格。
- 2004年10月23日 - 新潟県中越地震発生。新潟市には直接的な被害はなかったものの、関東・北陸方面との交通網寸断や風評被害などで経済的な損害。
- 2005年3月21日 - 新津市、白根市、豊栄市、小須戸町、横越町、亀田町、岩室村、西川町、味方村、潟東村、月潟村、中之口村の12市町村を編入合併。
- 2005年10月10日 - 巻町を編入合併。
- 2005年12月22日~23日 - 新潟大停電。その後の小規模な停電がしばしば発生。
- 2006年10月24日 - 浜松市(静岡県)とともに政令指定都市への移行が閣議決定され、27日に政令公布。
- 2007年4月1日 - 政令指定都市に移行。
- 2007年6月4日 - オムニバスタウンに移行。
※このうち、市町村合併と政令指定都市移行については、新潟市の行政区域の変遷を参照。
[編集] 人口
| 新潟市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 新潟市の年齢・男女別人口分布図 |
■紫色は新潟市
■緑色は全国 | ■青色は男性
■赤色は女性 |
| 総務省統計局 平成17年国勢調査より | |
[編集] 行政
- 市長:篠田昭(しのだあきら)
- 市役所・区役所・出張所
[編集] 歴代市長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 1 | 小倉幸光 | 1889年5月27日 | 1891年6月3日 |
| 2 | 鈴木長蔵 | 1891年6月30日 | 1897年6月29日 |
| 3 | 1897年7月8日 | 1899年5月30日 | |
| 4 | 八木朋直 | 1899年7月24日 | 1902年9月25日 |
| 5 | 荻野左門 | 1902年11月4日 | 1904年2月20日 |
| 6 | 吉田吉次郎 | 1904年4月27日 | 1910年4月26日 |
| 7 | 1910年5月10日 | 1916年5月9日 | |
| 8 | 桜井市作 | 1916年12月28日 | 1919年1月16日 |
| 9 | 渡辺兼二 | 1919年9月22日 | 1921年9月10日 |
| 職務管掌 | 村井八郎 | 1921年9月11日 | 1922年1月13日 |
| 10 | 柴崎雪次郎 | 1922年1月14日 | 1925年5月6日 |
| 11 | 中村淑人 | 1925年8月26日 | 1929年8月25日 |
| 職務管掌 | 堀田健男 | 1929年8月26日 | 1929年11月15日 |
| 12 | 中村淑人 | 1929年11月16日 | 1933年11月15日 |
| 職務管掌 | 稲葉清之助 | 1933年12月27日 | 1934年1月29日 |
| 13 | 小柳牧衛 | 1934年1月30日 | 1937年7月24日 |
| 14 | 村松武美 | 1937年12月17日 | 1938年8月26日 |
| 15 | 井上英 | 1938年12月5日 | 1942年12月4日 |
| 16 | 1942年12月5日 | 1946年11月8日 | |
| 17 | 村田三郎 | 1947年4月7日 | 1951年4月4日 |
| 18 | 1951年4月25日 | 1955年4月14日 | |
| 19 | 1955年5月2日 | 1959年5月1日 | |
| 20 | 渡辺浩太郎 | 1959年5月2日 | 1963年5月1日 |
| 21 | 1963年5月2日 | 1967年5月1日 | |
| 22 | 1967年5月2日 | 1971年5月1日 | |
| 23 | 1971年5月2日 | 1975年5月1日 | |
| 24 | 川上喜八郎 | 1975年5月2日 | 1979年5月1日 |
| 25 | 1979年5月2日 | 1982年12月14日 | |
| 26 | 若杉元喜 | 1983年1月30日 | 1987年1月29日 |
| 27 | 1987年1月30日 | 1990年10月9日 | |
| 28 | 長谷川義明 | 1990年11月18日 | 1994年11月17日 |
| 29 | 1994年11月18日 | 1998年11月17日 | |
| 30 | 1998年11月18日 | 2002年11月17日 | |
| 31 | 篠田昭 | 2002年11月18日 | 2006年11月17日 |
| 32 | 2006年11月18日 | 現職 |
[編集] 行政区域の変遷・市町村合併
新潟市は、新潟町・沼垂町と周辺の14町村が合併して形成された市であるが、現在においても市域近郊の市町村がベッドタウン化したり、周辺市町村とも経済的な繋がりが強い。
2007年4月1日の政令指定都市移行により、以下の行政区が設置された。
詳細については新潟市の行政区域の変遷を参照。
[編集] 市庁舎の変遷
1881年、西堀通六番町に初代新潟市役所庁舎(竣工当初は新潟区役所)が完成。1911年に二代目市庁舎に建て替えられたが、1941年の大火で焼失、1942年に三代目市庁舎が完成した。しかし、これも1955年10月1日に発生した新潟大火で焼失したため、1958年に鉄筋コンクリート造の四代目市庁舎が建てられた。しかしこれも老朽化し手狭になったことから移転・新築することになり、市制100年を迎えた1989年、旧新潟県庁本庁舎立地の学校町(白山神社そば)に現在の五代目市庁舎が完成した。本庁第1・2分館は、旧県庁分館を改修して使用している。
尚、その後西堀通の旧市役所立地には1993年にNEXT21が完成した。また2004年に開館した新潟市歴史博物館(みなとぴあ)の本館は、二代目市庁舎をモデルに建設されたものである。
[編集] 政治
[編集] 衆議院
[編集] 新潟県議会
[編集] 新潟市議会
- 議長:佐藤豊美(新潟クラブ)
- 副議長:関口松柏(市民共生ネット)
- 会派(議席):新潟クラブ(21)・市民クラブ(17)・日本共産党議員団(10人)・市民共生ネット(8人)・公明党市議団(6人)・改革ネット(5人)・にいがたつゆ草(5人)・無所属連合(4人)
[編集] 国家機関
[編集] 司法機関
[編集] その他の国家機関
- 国土交通省北陸地方整備局
- 国土交通省北陸信越運輸局
- 第九管区海上保安本部
- 厚生労働省新潟労働局
[編集] 姉妹都市・友好都市等
姉妹都市
- ガルベストン市(アメリカ合衆国 テキサス州)- 1965年1月28日提携
- ハバロフスク市(ロシア ハバロフスク地方)- 1965年4月23日提携
- ウラジオストク市(ロシア 沿海地方)- 1991年2月28日提携
- ビロビジャン市(ロシア ユダヤ自治州)- 2005年8月30日提携 (1992年から続く旧豊栄市との姉妹関係を継承)
友好都市
交流協定都市
友好交流のある都市
上記のように、環日本海地域との繋がりが深く、市内の案内板では英語、中国語の他に朝鮮語、ロシア語表記の物が目立つ。
[編集] 国際機関
- ロシア領事館新潟
- 駐新潟韓国総領事館
[編集] 経済
[編集] 新潟市の業務管轄地域
新潟市は、本州日本海側で最大規模の都市であるが、県レベルのプライメイトシティに留まっており、地方レベルの業務集約が弱い。所属する地方としては、中部地方(社会科・地理での分類)、北陸地方(五畿七道の分類)、関東甲信越地方(経済ブロックの分類)、信越地方(郵政関係)北信越地方(衆議院比例代表区北陸信越ブロック)、東北地方(国土形成計画法による分類)などが見られ、「北陸地方」または「信越地方」の場合に地方を管轄する業務中枢が置かれる場合があるが、絶対ではない(→甲信越地方、中部地方#地方内の分類、東北地方#新潟県を東北地方に編入する場合、新潟県なども参照)。
すなわち、新潟市の後背経済圏は新潟県内にほぼ限られてしまっており、地方全体を統括する機能をあまり持っていない。ただし、新潟市の政令指定都市化で存在感が増し、歴史的につながりの深い山形県の庄内地方・置賜地方、福島県の会津地方、長野県の北信地方などの隣接地域に経済圏をはじめとした影響拡大が起きることが期待されている。
所属地域の曖昧さによる地方レベルの業務管轄機能の弱さから、道州制の議論において州都になるのは困難ではないかと言われている。また、新潟市と同様、今の新潟県の明確な位置づけが困難な可能性がある。それもあってか一県で「新潟州」になってはどうか、という意見もある。ただ、道州制の具体的な構図がいまだほとんど示されていないため、この議論も深まってはいない。
[編集] 経済状況
新潟市は、周辺地域とともに新潟都市圏を形成しているが、2005年3月の合併により、主な通勤・通学圏内の市町村が新潟市へ編入されたため、市域人口と比べて都市圏人口はそれほど大きくない。2000年国勢調査の統計値をもとにした都市圏人口は、都市雇用圏(10%通勤圏)で約95万人、10%通勤・通学圏で約99万人となっている。1.5%都市圏では約135万人。
以上のような定期的な人の移動を基準にした都市圏に対し、不定期的な人の移動、すなわち経済圏人口は約150万人規模と言われている。これらは既存政令市に比べて小さいが、中核市の中では最大級であった。
市内にはかつて新潟証券取引所があった。主に県内主要企業の株式の売買が行われていたが、閉鎖。2000年3月に東京証券取引所に統合された。
都心部のオフィスビルは、10階建て前後の中低層ビルが主流であり、高層オフィスビルは31階建、21階建がそれぞれ1棟あるのみである。一方で、ここ数年は人口の都心回帰現象が見られ、中高層マンションの建設は活発化している。特に眺望の良い信濃川沿いにはマンションが多く立地している。また、景気回復傾向と政令市特需が相まって大規模な民間開発計画が相次ぎ、一部は既に建設が始まっている。
[編集] 新潟市に本社を置く企業
特に記載がない企業は中央区に本社が所在する。
- サービス業
- 第四銀行
- リンコーコーポレーション
- 新潟日報(西区)
- 食品製造
- 餅 : 佐藤食品工業(サトウ食品)(東区)
- 米菓 : 亀田製菓(江南区)、栗山米菓(北区)、三幸製菓(北区)
- 和菓子 : 丸屋本店、大阪屋(東区)
- アイスクリーム : セイヒョー(北区)
- 蒲鉾 : 伏見蒲鉾(北区)、一正蒲鉾(東区)、大長蒲鉾、竹徳かまぼこ、マルス蒲鉾工業、大富
- 麺 : 関本製麺製粉工場
- 製造業
- 建設業
- その他
- 北日本建材リース(重仮設材リース)(北区)
[編集] 鉱工業
機械工業、金属工業、製紙業、化学工業、食品加工業など多種多様な工業が盛んであり、北陸工業地域の中核となっている。
古くは海岸線沿いや水田地帯の小規模ガス田、1950年代以降の東新潟油ガス田や阿賀沖油ガス田の開発に見られるように原油、天然ガスの採掘が活発に行われてきた背景から、一時は石油精製業が大きな地位を占めていたが、老朽化した製油所の廃止により現在ではほとんど行われていない。
[編集] 農業
新潟市では平地が広く、砂丘が発達していることから、次のような農作物が栽培される。
[編集] 地域
[編集] 健康
- 平均年齢:43.3歳(2000年)
- 男性平均年齢:41.5歳(2000年)
- 女性平均年齢:44.9歳(2000年)
[編集] 固定電話の市外局番について
現在の新潟市内の固定電話には、3つの単位料金区域=MA(行政上の市町村域とは別に制定されている。電話の通話において家庭電話からの通話料金が税別で昼間3分8.5円のエリアで、国内の多くのMAにおいては基本的に市外局番無しで区域内の相互通話できる)が混在し、これに伴ない025・0256・0250の3つの市外局番が存在する。 その上更に、各MAは周辺各市町村の行政域の一部にまで食い込んでいる。
3つのMAの管轄領域は以下の通り。
- 025-2DE、-3DE 新潟MA区域(新潟市の大半の市域、及び聖籠町の一部を含む)
- 0250-2E、-38、-4E、-5E、-6E 新津MA区域(新潟市南~東部の一部、及び五泉市のほぼ全域、阿賀野市の全域を含む)
- 0256-7E、-8E、-9E 巻MA区域(新潟市南~西部の一部、及び燕市の一部、長岡市の一部、弥彦村の全域を含む)
新潟県内で最初に市外局番の3桁化が行われたのは旧新潟市を主体とした新潟MA区域である。1986年11月1日に局番の逼迫対策、及び同一MA区域内を市外局番無しで通話可能とするため、旧0252-DE・0253-DE・02537-E・025374-・025375-・02538-E・025385-の地域が「025-CDE」に統一化された。
尚、新潟県内には市外局番「025」を使用している地域が複数あるが、このうち市内局番200・300番代が新潟MA区域に割り当てられている。 また、3桁化当時、市外からの天気予報番号であった「025-177」の単位料金区域を「025新潟MA区域」に設定するために市内局番100番代も新潟MA区域に割り当てた。 その結果、県内で新潟MA区域以外の「025区域」が発生したため市外局番「025」では天気予報地域の識別ができなくなってしまった。 これに伴い、市外からの天気予報番号は昔の「0252-177」に戻された。 そのため、この新潟MA区域の「100番代」は現在もNTTの方形区画を表記する 単位料金区域別市外局番等一覧表・東日本一覧表において、正式に新潟MA区域の番号帯として割り当てられているが、これは有名無実であり、 現在「025-177」をダイヤルすると、通話料金無料のテープ音声で、 「下後・新潟地方 0252-177」「魚沼・南魚沼十日町地方 0257-177」「上越・糸魚川地方 0255-177」の各番号が案内される。
3つのMA管轄領域中、現新潟市域に割り当てられている市外局番・市内局番は以下の通り。
- 025 - 新潟MA区域のほぼ全域
- 200番代 -北区、中央区、東区、西区、江南区、秋葉区(覚路津)、西蒲区(巻大原)、北蒲原郡聖籠町(位守町、亀塚、蓮潟、蓮野、東港、別條)
- 300番代
- 360番代 - 南区(白根北部)
- 370番代 - 南区、西区(黒埼)、西蒲区(中之口地区、五之上)、中央区(200番台逼迫により一部使用)
- 380番代 - 北区(豊栄)、江南区(亀田、横越)
- 0250 - 新津MA区域の一部
- 秋葉区(覚路津を除く)、江南区(阿賀野[収容局・京ヶ瀬])
- 0256 - 巻MA区域の一部
- 西蒲区(中之口地区、巻大原、五之上を除く)、西区(木場の一部)
[編集] 市外局番の統一化について
前述の通り、市内には3つの市外局番とMAが混在しているが、現在のところ、市外局番の統一化の予定は決まっておらず、これからの課題となろう。
現在の日本国内における市内局番割り当てでは、いわゆる「0発信」扱いとなる000番~099番、及び「1XY 特番」となる100番~199番は使用できないため、新津など0250を使用する地域は桁数を1桁だけ変更することでは他の市域とのMAの統一はできない。市外局番の統一は次にあげる2つの方法が有力と見られる。
[編集] 秋葉区0250エリアを025-3DEに変更する方法
「0250」エリアのうち、秋葉区で使用されている市内局番は21~25、38、61の7局番で、「025」局は300番台に大幅な余裕があることから、秋葉区は「0250」の末尾の「0」を「3」に置き換え、前出の7局番を300番台へ改番し(ただし市内局番321・338は新電電事業者が使用中のため、市内局番21・38は市内局番を大幅に変更する必要がある)、西蒲区の一部など0256局の地域については市外局番の桁数を1つずらす方法をとることで、新潟市全域の市外局番を「025」に統一でき、当該地域を新潟MA区域へ編入することで市内のMAを統一することができる。
この複数の市外局番およびMAの統一化については、巻MAに関しては、現長岡市に編入合併された旧寺泊町地区の一部を長岡MA区域(市外局番0258)に分割編入する課題こそあるが、区域新設合併した燕市でも同MAと三条MAとで分断されているため、それぞれ三条MAと新潟MAに分割編入することで解決可能である。
しかし、新津MAについては全て新潟MAとするのか・単純に分割するのか・分割し残った区域をその周辺MA(津川・新発田)と組み合わせるのかによっても番号変更の影響の及ぶ範囲が異なり一筋縄では済まない側面もある。
- 同案で変更した場合の電話番号
- 025-2DE-FGHJ→025-2DE-FGHJ(変更なし)
- 025-3DE-FGHJ→025-3DE-FGHJ(変更なし)
- 0250-DE-FGHJ→025-3DE-FGHJ(Dコードは2・4・5・6とDEコード38 ただし市内局番21・38は市内局番も大幅な変更を要する。)
- 0256-DE-FGHJ→025-6DE-FGHJ(Dコードは7・8・9)