掛川市
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| 掛川市のデータ | ||
| 国 | 日本 | |
| 地方 | 中部地方、東海地方 | |
| 都道府県 | 静岡県 | |
| 団体コード | 22213-5 | |
| 面積 | 265.63km². | |
| 総人口 | 115,334人 (住民基本台帳人口、2007年1月末日) | |
| 隣接自治体 | 袋井市、森町、島田市、菊川市、御前崎市 | |
| 掛川市役所 | ||
| 所在地 | 〒436-8650 | 静岡県 |
| 掛川市長谷一丁目1番地の1 | ||
| 電話番号 | 0537-21-1111 | |
| 外部リンク | 掛川市の公式サイト | |
| 位置 | <td colspan="2" style="border-style: solid none none solid; border-color: #aaa; text-align: right;">北緯34度46分8秒||
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掛川市(かけがわし)は、東海地方の中部、静岡県西部地区の市。
目次 |
[編集] 概要
小型の城下町から発達した地方都市である。天正時代には山内一豊の城下町であったため、この縁で高知市(高知県中部)との交流関係が深い。江戸時代には掛川藩の城下町となり、東海道掛川宿、日坂宿の宿場町でもあった。
牧之原台地のすぐ西に位置しており、緑茶の栽培は全国屈指の産出量を誇る。牧之原市が成立するまでは、荒茶の生産量全国1位であった。
東海道新幹線掛川駅や東名高速道路掛川インターチェンジとともに工業団地(東部工業団地、旧大東町における上土方工業団地)の誘致に成功、拠点都市としての性質を強めると同時に製造品出荷額1兆円を超える県内有数の工業都市となり、脆弱であった財政基盤は大幅に改善された。
「スローライフ」を宣言しており、郊外化やスプロール現象の促進とは正反対で、中心市街地の活性化で個性を強化する路線を掲げており、中心市街地活性化法(TMO)の実践が顕著である。
2005年4月1日に、旧掛川市、大東町、大須賀町の1市2町が合体合併して、現在の掛川市となった。郡においては、佐野郡(さやぐん)、又は小笠郡の一角である。
2006年、財政力指数が1.033となり、初めて普通交付税不交付団体となった。
[編集] 地理
牧之原台地の西に位置する。南北に約30km、東西に約16kmの距離がある。
[編集] 都市名の由来
- 中心部を流れる逆川の流れが、切り立った崖のように見える点から「缺けた川」と呼ばれ、次第に略されて「懸川」となり、「掛川」と改名された。
- 地元では、「かけがわ」を発音する際、「け」にアクセントをおいて発音する。しかし、JR(東海道新幹線)の駅内放送やテレビ番組のアナウンスでは「川」にアクセントをおかれている。
[編集] 地名の由来
- かつては、高知県高知市のはりまや橋の近くにも「掛川町」が存在した。これは、掛川から高知に移住した山内一豊の家臣が、居を構えた事に由来する。高知市の掛川町は、現在では「はりまや町」となっている。
- 高知市には山内一豊が建立した「掛川神社」も存在する。この神社は、一豊が高知に入城した際、掛川城の北東(鬼門)にある龍尾神社を高知城の北東に勧請したものであり、掛川に因んで命名された。
- 掛川市の「大坂」は、大坂(明治以後の大阪)から移住した住民が多かったために付けられた地名だといわれている。
[編集] 歴史
鎌倉時代には「懸川」として歴史書に描かれた。室町時代には戦国大名今川氏の配下の朝比奈氏の城下町として発展し、また信州塩尻に至る塩の道の始点であった。
[編集] 戦国時代から江戸時代まで
- 1567年:朝比奈氏の手引きで掛川城に篭城した今川氏真を徳川家康が攻撃した。
- 1581年(天正9年):徳川家康が高天神城を攻め落とした。
- 1590年(天正18年):山内一豊が掛川城に入る。天守閣の完成は1596年(慶長元年)。
- 1601年(慶長6年):山内一豊が高知城に移った。
- 江戸時代には掛川藩が樹立され、その城下町となった。藩政時代には、譜代大名が入れ替わり入っていた。
- 1854年(嘉永7年):東海地震(幕末)が発生し、掛川城が崩落。
[編集] 明治時代から第二次大戦まで
- 1868年(明治元年):明治維新で駿府藩の領土に編入された。
- 1871年(明治4年)8月29日:廃藩置県で静岡県(~1871年12月25日)に属した。
- 1871年(明治4年)12月26日:浜松県に転属した。
- 1876年(明治9年)8月21日:浜松県と静岡県(~1876年8月20日)が合併し、以降は静岡県に属する。
- 1889年(明治22年)4月1日:町制施行により掛川町となった。
- 1889年(明治22年)4月16日:東海道本線掛川駅開業。
- 1893年(明治26年):南郷村の一部を掛川町に編入。
- 1895年(明治28年):掛川町南郷地区の一部が分立し西南郷村を設置。
- 1896年(明治29年):城東郡と佐野郡が合併して小笠郡を設置。
- 1914年(大正3年):大須賀村が横須賀町に町制施行、改称。
- 1925年(大正14年):大池村を掛川町に編入。
- 1932年(昭和7年):雨桜村と垂木村が合併し桜木村を設置。
- 1940年(昭和15年)6月1日:二俣線(現天竜浜名湖線)開通。
- 1942年(昭和17年):三浜村、三俣村が合併し睦浜村を設置。
- 1943年(昭和18年):南郷村を掛川町に編入。
- 1943年(昭和18年):佐束村と岩滑村が合併し、佐束村(新制)を設置。
[編集] 第二次大戦後
- 1950年(昭和25年):上内田村を掛川町に編入。
- 1951年(昭和26年):掛川町、西南郷村、栗本村、西山口村が合併し掛川町を設置。
- 1954年(昭和29年):掛川町、曽我村、東山口村が合併し、市制を施行して掛川市(旧制)となる。
- 1954年(昭和29年):西郷村、倉真村が合併し三笠村を設置。
- 1954年(昭和29年):桜木村、和田岡村が合併し北小笠村を設置。
- 1955年(昭和30年):佐束村、土方村が合併し城東村を設置。
- 1955年(昭和30年):大坂村、睦浜村が合併し大坂村(新制)を設置。
- 1955年(昭和30年):東山村、日坂村を編入。
- 1956年(昭和31年):横須賀町と大淵村が合併して大須賀町となる。
- 1956年(昭和31年):大坂村と千浜村が合併して大浜町となる。
- 1956年(昭和31年):中村を城東村に編入。
- 1956年(昭和31年):笠原村を大須賀町と磐田郡袋井町に分割、編入。
- 1957年(昭和32年):北小笠村、原谷村、原田村を編入。
- 1960年(昭和35年):三笠村を編入。
- 1973年(昭和48年):大浜町と城東村が合併して大東町となる。
- 1979年(昭和54年):掛川市が生涯学習都市宣言を行う。
- 1983年(昭和58年):ヤマハレクリェーションつま恋にてつま恋ガス爆発事故が発生する。
- 1985年(昭和60年)9月27日:大須賀町が非核平和都市宣言を行う。
- 1988年(昭和63年)3月13日:東海道新幹線掛川駅開業。
- 1993年(平成5年):東名高速道路掛川インターチェンジ供用開始。
- 1994年(平成6年):掛川城天守復元。第一回「一豊公&千代サミット」開催。
- 1997年(平成9年)3月14日:大東町が核兵器廃絶平和都市宣言を行う。
- 2000年(平成12年)4月:大須賀海岸にてマッコウクジラが座礁
- 2002年(平成14年)6月:掛川市郊外の小笠山総合運動公園にて2002 FIFAワールドカップ™が開催される。
- 2003年(平成15年):市内の各会場にて第58回国民体育大会「NEW!!わかふじ国体」が開催される。
- 2003年(平成15年):天皇明仁、皇后美智子が行幸。
- 2005年(平成17年)4月1日:旧掛川市、大東町、大須賀町が対等合併し、新制の掛川市が成立。戸塚進也が初代市長に就任。
- 2007年(平成19年)3月23日:掛川市が非核平和都市宣言を行う。
- 2007年(平成19年)4月14日:突風により民家等74棟が被災。
[編集] 政治・行政
[編集] 行政
[編集] 三役
[編集] 暫定市政
[編集] 戸塚市政
| 代 | 氏名 | 任期 | 会派 | 期・備考 |
|---|---|---|---|---|
| 0 | 大倉重信 | 2005年 - 2005年 | 無所属 | 市長決定まで市長職務執行者。旧大東町町長 |
| 1 | 戸塚進也 | 2005年 - | 無所属 | 元衆議院議員 |
[編集] 監査委員
[編集] 農業委員会
[編集] 教育委員会
[編集] 議会
| 代 | 氏名 | 任期 | 会派 | 期・備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 菅沼茂雄 | 2005年 - 2006年 | 親和会 | --- |
| 2 | 加藤一司 | 2006年 - | 親和会 | --- |
- 委員会構成
- 議会運営委員会
- 常任委員会
- 総務委員会
- 経済建設委員会
- 文教厚生委員会
- 第1回掛川市議会議員選挙(新制。2005年)結果
| 会派名 | 計 |
|---|---|
| 計 | 30 |
| 親和会 | 23 |
| みどりの会 | 4 |
| 日本共産党掛川市議員団 | 2 |
| かけがわ21 | 1 |
[編集] 市政の混乱
[編集] 人事
[編集] 市町村合併
[編集] 農業用水目的外転用
- 2003年、農業用水である大井川用水を市内の事業所が工業用水として目的外転用した問題が発覚した。『サンデープロジェクト』などの報道番組や経済誌等で特集報道され、「水泥棒」とのセンセーショナルな表現も一部で散見されるなど、大きな問題となった。
- 2004年3月、静岡県から2007年までの暫定的な小笠工業用水の水利権許可を受ける暫定対応を実施した。また、大井川用水路、牧之原用水路の水を工業用水に正式に流用することで抜本的な解決を図ることになった。静岡県、静岡県大井川広域水道企業団による長島ダム使用権の工業用水一部転換申請が認可され、2007年1月9日、東遠工業用水道企業団が発足し、2007年4月1日工業用水の給水開始を目指している。<ref>目的外転用自体は、東遠地域での工業用水未整備、地下水の塩水化、農業用水の余剰など、複合的な要因で発生した問題であり、一概に悪と決めつけることはできない。問題の発覚から解決に至るまでは寸感_経済建設部付参事_1に詳しい。
</ref>
[編集] ごみ処理
- 掛川市・菊川市衛生施設組合 環境資源ギャラリー(掛川市満水)
- 掛川市環境保全センター(掛川市浜野)
- 沿岸部(大東・大須賀地区)のごみを処理する。
[編集] 警察
- 静岡県警察 掛川警察署(市内全域を管轄)
[編集] 犬のおまわりさん制度
- 掛川市内を管轄する掛川地区防犯協会が導入した制度。
- 市民が飼い犬を散歩させる際、専用の腕章を着用し、専用のリードを使用する。散歩中に不審者や犯罪行為を発見した場合、掛川警察署に通報する制度。
[編集] 消防・防災
- 掛川市消防本部
- 掛川消防署 - 市北部の旧掛川市域を管轄。
- 南消防署 - 小笠地区消防本部南分署より改組。市沿岸部の旧大東町域と旧大須賀町域を管轄。
- 掛川市消防団
- 市町村防災行政無線を市内全域で運用。屋外スピーカーの設置のほか、全戸に個別受信装置を配布している。
[編集] 市歌
[編集] 市章
桔梗をモチーフに掛川の頭文字Kを図案化したもの。一般公募により決定された。
桔梗は掛川藩藩主であった太田氏の家紋であり、旧掛川市の市章や市花にもなっていた、掛川のシンボルであり、市内の学校の校章デザインにも多く採り入れられている。
[編集] 市の木
[編集] 市の花
[編集] 市の鳥
[編集] 市のCM
- 2004年度
- 「浦野くんの夕暮れ自転車散歩」
- 第3回しずおかふるさとCM大賞静岡県教育長賞受賞
- 2005年度
- 「ひろがった浦野くんの自転車散歩みち」
- 第4回しずおかふるさとCM大賞静岡県知事賞受賞
- 2006年度
- 「掛川市在住 浦野タカユキ、14歳。」
- 第5回しずおかふるさとCM大賞エントリー
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内の姉妹都市
[編集] 海外の姉妹都市
[編集] 一豊公&千代サミット
[編集] 大東サミット
[編集] 産業
[編集] 農業
全国最大規模の緑茶の栽培地であり、緑茶を用いた土産物も多い。尚、掛川茶振興協会による緑茶の産地表示は、下記の通りである。
- 掛川茶
- 掛川市内と、同市に隣接する境界地域で生産された荒茶を100%使用した商品。
- ただし、境界地域の荒茶を使用する場合、市内産の荒茶を50%以上含有しなければならない。
- (※「境界地域」とは、市境に隣接して気候や土質、地形、栽培管理、製造方法などが市内と同様の地域。)
- 掛川産掛川茶
- 掛川市内で生産された荒茶を100%使用した商品。
緑茶以外では、メロン、いちご、トマト、バラの栽培が盛んである。
[編集] 工業
- 工業出荷額:9183億円(2002年3月時点)
[編集] 商業
中心市街地の主な商店街・飲食店街には、連雀、塩町、肴町、中町などがある。掛川城の周辺では人力車が運行され、自動販売機にまで「なまこ壁」があしらわれており、旧城下町らしい街並が整備されている。
[編集] 市街地の建設規制
地区計画による城下町風街づくりの規制に、以下の物がある。
- 建物の用途
- 葛川下俣線、駅前通り線、掛川駅大手線に面する建物の一階は、店鋪などの用途に限定する。
- 建物の壁面の位置
- 都市計画道路の道路境界から1m以上離す。
- 建物の高さ制限
- 高度利用地区以外の軒の高さ制限は15m。
- 建物の形態
- 道路に面する部分は城下町風のイメージで統一。
- 塔、屋外階段、付属する建物は主建物と一体化。
- 外壁は白、黒、自然素材色。
- 見え掛かり部分は石張り。
- 附帯設備
- 道路、公園からの景観を妨げない位置に設置。
- 広告物
- 屋外広告物は城下町風のイメージに調和させる。
- 屋上広告塔は全面禁止。
[編集] 主な企業
- NECアクセステクニカ
- 多古満(通称たこまん)
- 土井酒造場
- 山下工業研究所(ブランド名「Ko-ken」。ソケットレンチの世界三大メーカーの一社)
- 掛川信用金庫
- 掛川市農業協同組合
- 遠州夢咲農業協同組合(本店:静岡県菊川市)
- パナソニック モバイルコミュニケーションズ(本社:神奈川県横浜市)
- オスラム・メルコ(本社:神奈川県横浜市)
[編集] 関連組織
[編集] 一部事務組合
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[編集] 第三セクター
[編集] 学校
[編集] 大学
- 東京女子医科大学大東キャンパス
[編集] 高等学校
[編集] 中学校
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[編集] 小学校
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[編集] 地域
[編集] 言語
- 一般的な日常会話(口語)としては、市内全域で遠州弁が話されている。又、旧遠江国に属しながらも、大井川を越えた旧駿河国に程近いという位置から、一部では静岡弁(駿河弁)も話されており、遠州弁と静岡弁の混在したアクセントも見受けられる。
- 公式な場での発言、あるいは書き言葉(書記言語)としては、市内全域で日本語(共通語)が使用されている。
[編集] 通信
市内全域がNTT西日本静岡支店の営業区域である。市外局番は市の大半の地域で0537であるが、市南西部の本谷地区、山崎地区は0538である。
[編集] 交流
[編集] 地域SNS
掛川市役所が、地域ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)用のウェブサイトとして「e-じゃん掛川」を開設した。掛川市役所IT政策課情報化推進係を中心として運営が行われている。さまざまなコミュニティが存在し、地域住民間の交流を深める狙いがある。2006年12月現在、SNSへの会員登録は市民以外にも開放されており、会員からの招待がなくても登録可能である。
[編集] 医療
市内全域で医薬分業が浸透している。特に、掛川市立総合病院では、処方箋を処方箋薬局に対しファックスで送信するサービスを実施しているため、かかりつけ薬局に行けば、即時に薬を受け取る事ができる。
[編集] ガス
市内中心部では、静岡ガス系の都市ガス会社、中遠ガスによって都市ガス(13A、熱量46MJ)が供給されている。郊外では戸別または集中方式によるLPガスを使用している。
[編集] 思想
[編集] 報徳思想
- 二宮尊徳(幼名二宮金次郎)とその弟子たちが提唱した経済学説・農村復興運動「報徳思想」が盛んである。二宮尊徳の弟子たちによって遠州地方に報徳思想が説かれ、現在では全国団体である社団法人大日本報徳社が掛川に置かれ、各地、各事業所の報徳社(社団法人)を統括している。
- 遠州地方から起業家が多く輩出される理由として、一説には浜松を中心とした「やらまいか精神」と、掛川を中心とした報徳思想が起業家に大きな影響を与えたためとされる。
- 掛川駅北口には、明治天皇愛蔵の二宮金次郎立像(2005年現在、明治神宮蔵)を模した二宮金次郎像が建立されている。
- 遠江国報徳社(後の大日本報徳社)社長岡田良一郎(1839年~1915年)が、全国初の信用金庫である掛川信用金庫の前身「勧業資金積立組合」や、静岡県立掛川西高等学校の前身「冀北学舎」を設立した。
- 報徳思想は、あくまで農村復興運動や、幕府や藩の財政再建などの理論的支柱となった経済学説である。希に混同されるが、あくまで学説・思想であり、宗教宗派などとは一切関係が無い。そのため、全国各地の報徳社も宗教法人ではなく社団法人である。
[編集] 生涯学習
- 旧掛川市長の榛村純一が、生涯学習と都市造りを結び付け、全国初の「生涯学習都市宣言」を行った。(2005年の新設合併によって失効)
- 向都離村の社会が地域と両親を否定するとの考えに立ち、土地条例、30億円の市民募金による東海道新幹線掛川駅建設など、生涯学習をキーワードとし、様々な市の事業と有機的に結び付けた。
[編集] スローライフ
- 榛村市政時代に、ファストフードに代表されるライフスタイルやモータリゼーションに対して異議を唱え、勤労・分度・推譲を重視する報徳思想と絡めた、「歩行文化・スローライフ・報徳文化都市宣言」を行った。スローライフシティを宣言した都市は、掛川が全国初である。
- 2005年11月には、「スローライフ月間 in 掛川」が開催され、国土交通省都市地域整備局局長澤井英一、千葉大学法経学部教授新藤宗幸、ジャーナリスト筑紫哲也、掛川市(旧制)市長榛村純一、地域活性化研究所代表川島正英によるシンポジウムが行われた。
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
※ かつてはこれ以外に、海岸部を静岡鉄道駿遠線が走っていた。1914年に中遠鉄道として開業し、1967年8月に廃止された。
[編集] バス路線
- 市内を、しずてつジャストラインと遠州鉄道の営業区域の境界線が走る。
- 2006年10月にしずてつジャストラインの系列である「秋葉バスサービス」が大須賀・大東地区を走るようになった。
- 掛川市中心部には掛川市市街地循環バス「スローライフバス」が走る。「スローライフバス」は「北回り」と「南回り」があり、一方通行路線のため、逆戻りはできない。
- 2007年4月よりコミュニティバス東循環線が運行されている。
- 旧掛川市域にはしずてつジャストラインの系列である「掛川バスサービス」もある。
- 高速バスは東名ハイウェイバスの他、中部国際空港にアクセスする中部国際空港線(しずてつジャストライン)、e-wing(遠鉄バス)が利用可能。
[編集] 主な道路
[編集] 旧街道
[編集] 文化・芸術施設
[編集] 娯楽
トランポリンの普及に力を入れており、全日本トランポリントーナメント競技選手権大会が開催されている。
[編集] 娯楽施設
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[編集] 観光
[編集] 観光地
[編集] 祭事
- 掛川納涼まつり(7月末)
- 掛川祭(10月)
- 三の丸楽市(第四土曜に開かれる物産市)
- 高天神社例大祭
- 遠州横須賀凧揚げ祭
- 遠州横須賀三熊野神社大祭(4月)
- 小笠神社矢矧祭
- 大浜公園桜まつり
- 砂の祭典
- 功名が辻フェスタ in 掛川(開催期間:2006年1月21日~12月17日)
[編集] 名産品
- お千代御膳
[編集] 伝承
[編集] 掛川を舞台にした作品
[編集] 映画
- 蒼き伝説 シュート!(大島司原作、武上純希脚本、西尾大介監督、東映、1994年)
- 影武者(黒澤明・井手雅人脚本、黒澤明監督、1980年)
- 菊次郎の夏(北野武脚本・監督、1999年)
- シュート!(大島司原作、橋本以蔵脚本、大森一樹監督、松竹、1994年)
- 名門!多古西応援団(所十三原作、渡辺千明・我妻正義・橋本以蔵脚本、橋本以蔵監督、1987年)
[編集] ドラマ
[編集] 小説
- 功名が辻(