捕鯨問題

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捕鯨問題(ほげいもんだい)とは、クジラおよびイルカの捕獲の是非に関する国際的な論争、摩擦問題である。

目次

[編集] 概要

基本的には、今後捕鯨を行うことに賛成か、反対かの対立構造となっている。

捕鯨推進国は、主に食糧として捕鯨をしている国々で、日本ノルウェーアイスランドフェロー諸島などが主要な推進派である。

捕鯨反対国は、かつて灯火燃料や機械油の供給源として捕鯨をしていた元捕鯨国である欧米諸国が中心となっており、これに与するNGOも多い。

また、この問題は一時期、欧米諸国の自然保護団体を始め、彼らに同調した自動車産業団体や、農産物生産者等によって利用され、反日運動やジャパンバッシングなどの一つとして、過激な運動やパフォーマンスもある。グリーンピースの船と日本の捕鯨船との衝突事故も起きている。

捕鯨推進派である日本国内にも、捕鯨反対派NGOが存在することや、捕鯨問題を扱う国際捕鯨委員会に捕鯨をしたことのない国家が参加していることなどが、問題を更に複雑にしてしまっている。

[編集] 争点

現時点での捕鯨を巡る争点は、下記の7つである。

  1. 資源としてのクジラ
  2. 自然保護問題としてのクジラ
  3. 知的生物としてのクジラ
  4. 文化としての捕鯨
  5. 原住民生存捕鯨
  6. ホエールウォッチングとの対立
  7. 人道的捕殺問題

以下で、それぞれの争点について詳述する。

[編集] 資源としてのクジラ

国際捕鯨委員会(IWC)が捕鯨に制限をかけた段階において鯨はあくまでも資源としてとらえられていた<ref>国際捕鯨取締条約前文</ref>。

捕鯨推進派はその考えを踏まえてクジラを有効利用することや増えすぎた鯨による他の漁業資源の減少を避けるための必要性(鯨食害論)を説き反対派はクジラ資源の枯渇を説く。

近年の科学的調査の結果、シロナガスクジラなど依然として絶滅の危機にある種もあるが、ミンククジラなどごく一部の種では多少の捕鯨によって絶滅が危惧される可能性は少ないということが分かってきた。ただし「ミンククジラは増加している」とする主張についてはその主張を裏付ける数値的データは公表されてはいない。ミンククジラ個体群が遺伝的に隔離されたいくつかの系群に分かれている可能性が高くこれらを一緒くたにしてミンククジラの資源量を論じるのは個体数の少ない系群に対して過剰捕獲を起こす恐れがあり危険との指摘が日本人研究者から出されてもいる。

捕鯨賛成派は「増えてきたクジラを間引くぐらいならば問題はない」と主張するが反対派は「科学的調査は長期的なデータがなくまた捕鯨国によるごまかしもあるために信頼できない」「合法的鯨肉を隠れ蓑として禁漁種の鯨肉が流通している状況が改善されるまでは全面禁漁が妥当」と批判している。

こうした両者の一見科学を基盤に置いたかのような議論にも双方の感情的な解釈による対立は多く混入している。また両者とも一般向けの啓蒙にあえて種を規定しないでは増えている、或いは絶滅寸前だという論調を展開するため紛らわしくなっているという点もある。同様のことは両陣営で行われており、捕鯨を巡る議論は複雑な政治的駆け引きと工作の迷宮と化しているといえる。

[編集] 自然保護問題としてのクジラ

大別すると「漁業による海洋の過剰搾取の問題」と「海洋の状況悪化による問題」とがある。また、派生的に「鯨食害論」という主張も捕鯨推進側から主張されている。

これらの争点については、「公海の利用は自由である」という考え方から「公海の利用は国際社会の合意の範囲内でのみ行い得る」という考え方へと国際世論が徐々に転換しつつあることとも関係している。日本の主張は、基本的に「公海の利用は自由」とする原則に立脚しているが、日本の捕鯨(や漁業)を批判する国々の多くは「公海の利用には国際社会の合意が必要」という考えを利用している。なお、過去には多くの国が公海捕鯨を行ってきたが、現在ではノルウェーを含む日本以外の捕鯨国は、原則として近海捕鯨・沖合捕鯨しか行っておらず、公海での捕鯨をめぐる争点は主として日本のみを対象としたものとなっている。

[編集] 海洋の過剰搾取問題

過剰搾取問題は、「人間による捕鯨を含む漁業によって海洋生態系が撹乱されている」という観点からの問題提起である。捕鯨は、海洋生態系ピラミッドの頂点に立っていた鯨類をバイオマス換算で半分以下まで減らしたという推測があり、その結果海洋生態系はかなりのダメージを受けている可能性があると指摘されている(鯨類の餌としての水産資源消費も鯨類のバイオマス総量に比例して激減していると推測されること、鯨類の死体を経由しての生態系ループもまた激減していること、などが理由)。これまでの人類による海洋の過剰搾取を見直す必要があるという主張があり、「過剰搾取・過剰漁獲のシンボル」として捕鯨が否定されるという流れである。

なお、この問題は単に鯨類だけの問題ではなく、特定魚種の集中的漁獲などともからんでいる。日本は、たとえばクロマグロ(ミナミマグロやタイセイヨウマグロを含む)について現在も同様の問題を抱えていると指摘されているため、なおさら日本の捕鯨に対する風当たりは強くなっている。

[編集] 海洋の状況悪化という問題

海洋の状況悪化という問題は、化学物質汚染などの理由から海洋生態系の状況は悪化しており、オゾン層破壊による紫外線の増加(そして、紫外線の増加に伴う、海洋生態系ピラミッド最下層の植物性プランクトンへのダメージ、そこから生態系ピラミッド上層に向けての悪影響)によってこれから更に悪くなる可能性が強いという指摘である。そこから「海洋の利用は抑制に転じるべき」という結論が引き出されている。

[編集] 鯨食害論

日本鯨類研究所は世界中の鯨が食す魚の消費量は2.8から5億トンと推定し、これは世界中の人間による漁獲量9千万トンの3倍~6倍であるとした上で、鯨のみを保護する事によって海洋生態系に悪影響を与えると主張している。これがいわゆる「鯨食害論」である。

対して、捕鯨反対派は「北太平洋のミンククジラ個体群がオキアミよりも、サンマイワシなど群居性の中小型魚を多く捕食していたことは専門家にとっては古くからの常識であり一般向けの動物学啓蒙書籍にも広く記されていた事実であったにもかかわらず最近になって調査捕鯨の成果として人間の食料になる魚類の大量捕食が判明したかのような広報がなされた」と指摘、また「鯨類の総バイオマス量が激減している以上、鯨類が消費する水産資源も激減しているはず」などと反論している。

[編集] 知的生物としてのクジラ

捕鯨反対派のなかには、クジラの巨大な容積や、音波によって同族間の緊密なコミュニケーションをとっているらしいこと、ヒトと同起源の哺乳類である事を挙げて、「知能が高い動物を食べるのは残酷である」と食のタブー的主張する者もいる。

それに対し、推進派は、芸をするブタなどを例に挙げ、「ブタも高度な知能を持っているが、なぜ食べることが許されるのか。クジラが駄目でブタが良いというのは、単なる文化的差異に過ぎない」と反論する。また、脳や神経の細胞分布などから、知能はイヌ程度だと推定されるとする分析結果もある。また、心理学的な立場からブタは「知能」を持っていると簡単には言えない、クジラのデータもまだ足りず、知能の定義の問題になるが、基本的に人間を含む動物にとって「知能が優れている」という事は「身体機能のある部分の機能が突出」している以上の意味はなく、クジラの巨大な脳は複雑な海中の環境に適応したもので、豚や犬、人間と比較するものでもない(それぞれの動物は枝分かれした進化の突端に過ぎない、参考「系統樹」)。

一方で、知能の高低で殺してよいもの、そうでないものを決めるのは利己的、恣意的な考えであり、知能が低ければ例え人であっても殺めてもよいという考えに結びつくというイデオロギー面からの批判もある。実際、クジラを巡る知性と残酷の問題は科学的な知能の概念よりも宗教的、とりわけキリスト教的観念に近いという指摘もあり、神を信仰しない民族は知性が欠落しているが故に獣同然に扱って良いという考え方も、反捕鯨国には見られた歴史がある。事実、タスマニア諸島の先住民族のタスマニアアボリジニは英国人によるスポーツとしての人間狩り等によって19世紀に絶滅した。

「家畜は神が人に与えたもうたもの、クジラはそうではない」という反論をする者もいる。しかしこの意見を強要することは一元的な宗教観を押し付けることにもなってしまう。実際問題としてクジラの知能信仰は偶像崇拝に近いものがある(ただし、宗教に近いものならば、それを侵す権利もないという主張もある)。

ここまで来ると宗教・政治の問題になるので、国際捕鯨委員会(IWC)等公式の場ではほとんどこの系統の主張がなされることはないが、反捕鯨国のマスコミ、NGOの論調より、このような価値観が反捕鯨の世論の形成の根底にあることが窺い知れる。

[編集] 文化としての捕鯨

これはクジラ=知的生物論とも重複する部分ではあるが、クジラを食料として捕獲してきた捕鯨国には「食文化としての鯨肉食」が存続するのに対して、反捕鯨国の多くはクジラを食料としてきた歴史が途絶えて久しいため、「クジラを捕食の対象とする食文化を理解できない」という問題がある。

過去に捕鯨歴がある反捕鯨国の多くもまた、当初は沿岸捕鯨からスタートしている。しかしそれらの原始的沿岸捕鯨は資源の枯渇を招き、徐々に沖合・遠洋へと漁場をシフトしていった。この時期にはまだ冷蔵冷凍の技術がなかったため、漁場のシフトに伴い漁場から鯨肉を持ち帰ることができなくなり、保存のきく鯨油や資材(ヒゲなど)のみを対象とするように産業構造の変化が引き起こされた(過去に捕鯨歴がある反捕鯨国について「鯨肉食文化が存在しなかった」とするのは誤り)。

対して日本では江戸時代鎖国政策によって遠洋航海が可能な船の建造が厳しく禁じられていた為、沿岸鯨類資源の枯渇は沖合い・遠洋捕鯨へのシフトにはリンクせず、産業としての拡大を諦めるという方向に向かった。その結果、鯨肉が入手できる状況が続いたことから、鯨肉食文化が維持された。これは、明治以降の沿岸捕鯨の近代化・沖合捕鯨の開始・南極海商業捕鯨にも引き継がれた(それらの捕鯨は輸出向けの鯨油の確保による外資稼ぎが主目的だったが、鯨肉も持ち帰られ、利用された)。なお、沿岸捕鯨が廃れなかった理由は異なるが、ノルウェーなどに鯨肉食文化が残り、現在も捕鯨推進国となっている事情も類似している。

その点でクジラを『食料』と見る文化が生き残っているか、そういう文化が生き残っておらず時に愛護・愛玩の対象となる『動物』と見るかという対立を生じている。そして、このことが捕鯨を『伝統文化』ととらえるか否かの判断基準となっているため、非常に情緒的な対立を生む要因となっている。

また捕鯨国側に、自国のナショナリズムに訴える為に捕鯨問題を利用している面が見られる(それは、反捕鯨国側でも同様である)。捕鯨国側では、捕鯨禁止に反対する論理として、文化としての捕鯨という点が訴えられ、鯨肉食や捕鯨問題に元々関心が薄い層も鯨食文化を肯定する状況も起きている。

また、これは、韓国における犬食や、アメリカの北方先住民(いわゆるエスキモー)による捕鯨・アザラシ狩猟などの問題でも同様の対立が発生しているものであり、背景に民族・文化がからむため非常に厄介な問題であるといえる。

[編集] 原住民生存捕鯨

現代でも、グリーンランドやアラスカ、ロシアなど北極圏に住む北方先住民などは、原住民生存捕鯨として、ある程度の捕鯨を行うことが認められている。これらのような世界各地の先住民による伝統捕鯨は、「原住民生存捕鯨」というカテゴリでIWCでも認められており、反捕鯨国も支持している。なお、この原住民生存捕鯨は、原則として伝統的な捕鯨手法に基づくものとされている(ただし致死時間の短縮に寄与する銃器の使用などは認められている)。

だが、2002年のIWC下関会議では、原住民生存捕鯨枠には反捕鯨国が含まれる一方で、日本に対しては捕獲枠がいっさい認められておらず、調査捕鯨も引き続き反捕鯨国からの非難の対象であったこと、また先住民には絶滅危惧種であるホッキョククジラなどの捕獲は認める一方で、日本に対しては絶滅の危機に直面しているわけではないミンククジラの捕獲も許さないという対応の差から、日本はこの要求に対して「反捕鯨国による二重基準である」と反発し、生存捕鯨の採択を否決に持ち込んだ。この為、生存捕鯨枠の運用は2002年より5年間、停止を余儀なくされている(ただし、日本が求める沿岸捕鯨は、日本の伝統捕鯨とは捕獲方法も対象鯨種も異なり、「原住民生存捕鯨」と同じカテゴリで認められる可能性はない。日本側も「第三のカテゴリの捕鯨」であると主張していた)。

以上のように、先住民捕鯨については、反捕鯨国が「クジラを獲らせろ」、捕鯨推進国が「獲らせるな」と主張するという、ねじれ現象が生じている。これについて捕鯨推進派は、「アメリカは絶滅危惧種の鯨の保護より、自国民である北方先住民の利益を優先させている」と主張している。反捕鯨国側にとってこの問題は、国内の少数民族政策とも関係しており、非常に扱いが難しい問題となっている。

なお、この論点に多少かかわりあう新しい事象として、日本は2000年からの第II期北西太平洋鯨類捕獲調査において、IUCNレッドリストで「絶滅危機」(EN : Endangered)に分類されているイワシクジラの調査捕鯨を開始した(『日本捕鯨協会 捕鯨問題Q&A』)。イワシクジラの生息数は5万~6万頭と考えられており、年間100頭程度の捕獲はイワシクジラの安定的な生息には影響を与えないというのが日本の主張であり、これが更に問題を混迷させる一因となっている。

[編集] ホエールウォッチングとの対立

また近年、鯨類を観察する対象とするホエールウォッチングが産業として成立し成長してきたことと関係して、その対象である鯨類を殺傷する捕鯨との対立がクローズアップされつつある。

ホエールウォッチングがそれなりに有力な産業として行われている地域の中には、たとえばブラジルなどのように、捕鯨よりもホエールウォッチングのほうが経済的に効率が良いと主張している国もある。ホエールウォッチングは、船をチャーターし、宿泊し、お土産を買うというような形で地元経済に貢献しており、それらは間違いなく持続可能な産業である。ただし、必ずしも上手くいくとは限らず、またホエールウォッチングがクジラのストレスになるような事例も少なくはない。

また、世界的にはまれな事例ではあるが、特にホエールウォッチングと捕鯨が近隣で行われている場合、船に寄ってくる友好的な鯨が捕鯨によって捕獲されてしまうことがあったり、捕鯨によって鯨が船を恐れるようになりウォッチングボートも避けるようになるということから、捕鯨産業とホエールウォッチングとの間には、対立する要素がある。現実的な利害対立がなくても、それぞれの背景には捕鯨支持・捕鯨反対という考え方の違いが横たわっていると考えられており、感情的な対立が生じることもある(これは日本でも、太地の捕鯨と那智勝浦のホエールウォッチングとの間での争いとして顕在化したことがある)。

[編集] 人道的捕殺問題

捕鯨行為の残虐性も争点のひとつとなっている。

一般の食肉用家畜の屠殺においては専用の道具(主に屠殺銃)および炭酸ガス麻酔法を用いた安楽死が行われるのに対し、捕鯨においてはそういった専用施設内での殺処理が行えない。そのため、致命傷を与えそこなった場合には失血などによって死ぬまで長い時間がかかる場合があり、こういった方法とならざるを得ない捕鯨に対して、偏見による批判が加えられる場合がある。この争点は、しばしば「牛や豚を食うのも鯨を食うのも同じだ」という主張に対しての「家畜類を殺すこととクジラを殺すこととの違い」を理由とした反論とされる。

日本の調査捕鯨における致死時間は長く人道的捕殺ではないと批判されたこともある。致死時間の長さの一因について日本鯨類研究所は「年齢測定のために耳垢栓を無傷で入手する必要があり、致命傷を与えうる部位のうち頭部を避けて捕鯨砲を打ち込んでいたため」と説明、その後独自に開発した効率の高い爆発銛の使用や、耳垢栓を損なう可能性を甘受して頭部に致命傷を与えることを厭わないとする政策転換で対応、その後は陸上野生動物のケースに劣らない即死率と平均致死時間を達成している、と反論している[1]。 日本鯨類研究所が発表したデータによれば、2005-2006年の調査捕鯨において、平均致死時間(銛命中から致死判定まで)は104秒、即死率は57.8%である(抗議団体の妨害を受けていない場合)[2]。ノルウェーが発表した2000年のデータでは、平均致死時間が136秒、即死率が78%である[3]

この問題、つまり「殺すのならば残虐な殺し方は避けるべきである」という主張は、クジラのみにかかわるものではなく、他の家畜類についても同様に主張されてきたものである(そのため、家畜類の屠殺法については、前述のような新鋭技術が取り入れられている)。キーワードは「人道的捕殺((the) humaneness of (the) killing operations)」。

[編集] 汚染の問題

政治的な議論とは別に、沿岸域の鯨肉・海豚肉は、消費者にとって食品安全性に問題があることが指摘されている。

人間・自然由来の海洋の化学物質が生態系ピラミッドの上位者であるクジラ類・イルカ類の体内に濃縮されること、特に、年齢を重ねるごとに脂溶性の物質が脂肪細胞に蓄積されることが、研究によって明らかになっている。その主たるものは、水銀および有機塩素系化合物(PCB等)であり、反捕鯨派は、鯨類の汚染が深刻であると指摘する。事実、近海捕獲のハクジラ類の皮・内臓は汚染がひどいとされ、厚生労働省は「食用に不適切な種類や部位を明らかにすべき」「(ものによっては)何らかの摂食指導が必要と考えられる」としている。アメリカ合衆国東海岸のセントローレンス川河口域では、イルカの一種であるベルーガの死体が打ち上げられた場合「産業廃棄物として処理しなければならない」とされているという(ただし、当該地域のベルーガについては、これを食用とする文化はない)。それほど海棲哺乳類の化学物質汚染はひどくなってきている。ここではクジラの問題として語られるが、生態系ピラミッドの上位である他のマグロやカジキなどの魚類(蓄積の値はクジラほどではないと言われるが)にも同様の危険がある。

なお、沿岸域・北太平洋域の鯨類と比べると、南極海ミンククジラ(クロミンククジラ)の汚染値は低い。

[編集] 捕鯨の経緯

[編集] 日本における捕鯨の経緯

貝塚などから鯨骨が発見されたことから、日本の鯨肉食文化は縄文弥生時代から存在したと考えられているが、古い時代の鯨肉食文化が捕鯨によるものか寄りクジラの利用によるものかについては、論争がある。漂着・座礁したクジラを利用したというものは、通例「捕鯨」の範疇には含めない。縄文時代の場合、イルカ漁が行われていたことについては石川県真脇遺跡で大量に出土したイルカ骨の研究によって証明されているが、クジラ漁については確かな証拠はまだ得られていない。弥生時代のクジラ漁については、長崎県壱岐の原の辻(はるのつじ)遺跡から出土した弥生時代中期の甕棺に捕鯨図らしき線刻のあるものが発見されており、韓国盤亀台の岩刻画にみられる先史時代捕鯨図との類似性もあることから、日本でも弥生時代にクジラ漁が行われていた可能性が高いと考えられるようになった。北海道では、オホーツク文化期(本州の飛鳥・奈良・平安時代に併行する時期)の鳥骨製針入れに、綱付きの離頭銛を用いてクジラ漁をしている様子を線刻したものがある。

その後は網で取るなどの方法も考案され、鯨組の成立などによる操業の大規模化は行われたが、一貫して人力捕獲であるという点では、明治時代になって機械化されるまで、あまり変化がなかった。そのため、捕獲対象は必然的に、ツチクジラセミクジラなどの、比較的小型のクジラであった。

江戸時代末期になり、鯨油や鯨のひげ・歯などを採取するために、現在は反捕鯨国であるアメリカイギリスなどの欧米諸国が、こぞって日本近海に大捕鯨船団を派遣してきた(この頃の遠洋捕鯨は「アメリカ式捕鯨」と呼ばれる帆船捕鯨。「白鯨」などで描写された様式の捕鯨である)。

その結果、小型鯨の個体数は激減し、旧態依然たる日本の古式捕鯨は、壊滅的打撃を受けた(ちなみに、アメリカ海軍提督ペリーからの開国要求や、その後締結された日米和親条約は、アメリカ捕鯨船への補給を名目としたものであり、小笠原諸島に居住している米国系日本人は、定着したアメリカ捕鯨船員の子孫である)。

ただし、この論点について、「欧米諸国の遠洋捕鯨船団が対象とする捕獲鯨種と日本の沿岸捕鯨が対象とする捕獲鯨種とは重なっておらず、日本の沿岸捕鯨対象鯨種の資源枯渇は欧米の遠洋捕鯨とは無関係」とする指摘がある。また、「日本の沿岸捕鯨の資源枯渇は欧米の遠洋捕鯨に先立ってはじまっている。そのことが捕獲鯨種転換を引き起こし、網取法の開発などの捕獲技術の変遷の原因ともなった」と指摘する説もある。欧米の遠洋捕鯨と日本の沿岸捕鯨との関係については、現時点では確言することが困難であり、今後更なる研究が必要である。

その後、明治時代になり、近代捕鯨法が導入された。当初はアメリカ式捕鯨を導入しようという動きもあったが<ref>金華山漁業株式会社(鮎川町史1巻に記載あり)</ref>、国際的にノルウェー式捕鯨に移行する時期であり、定着したのはノルウェー式捕鯨であった。日本の古式捕鯨法は海難事故<ref>1878年(明治11年)の太地における海難事故「大セミ流れ」</ref>もあって絶滅し、また捕鯨対象鯨種も千葉県和田浦におけるツチクジラ捕鯨を除いて全面的に刷新されている。沿岸捕鯨が近代化され沖合捕鯨へと漁場を拡大するのと平行して、日本も昭和にはいってからは南氷洋南極海)まで船団を派遣して捕鯨を実施するようになった。

太平洋戦争が始まると、捕鯨は一旦中止されるが、日本の敗戦により戦争が終結すると、進駐してきた米軍主体のGHQ(連合国軍総司令部)は、国民総栄養失調状態の日本の食糧事情を改善するため、大量かつ容易に確保が可能な蛋白源としてクジラを挙げ、捕鯨を推進した。そのため、南氷洋での本格的な捕鯨が復活し、これは昭和中期まで続いた。

この間、乱獲による資源枯渇が明らかになり、次々と禁漁種の指定が行われる(1937年セミクジラが禁漁に、1947年コククジラが禁漁に、1966年ザトウクジラとシロナガスクジラが禁漁に、など)。それでも捕獲鯨種の転換をしての乱獲がとまらなかったため、1970年代には、もうこれは基本的にクジラは全部禁漁にした方が良いのではないかとする捕鯨反対論が台頭した。IWCにおいても捕鯨禁止が議論されるようになり、1988年、日本はついに商業捕鯨から撤退、生態系調査名目の調査捕鯨に切り替えたものの、これも「擬似商業捕鯨」として非難を浴びている。日本は沿岸捕鯨の復活を訴え続けてきたが、2007年のIWC総会でも認められず、政府代表団は「日本の忍耐は限界に近い」と脱退をほのめかした発言をしている(ただし、日本に対して「南極海捕鯨をやめるなら沿岸捕鯨を認めてもよい」とする妥協案は提示されたことがある。この提案については、日本側が一蹴している)。

[編集] 他国における捕鯨の経緯

現在では捕鯨文化を持たず多くが反捕鯨側に立っている国々にも、過去には捕鯨を行っていた国々が含まれている。

それらの国々の捕鯨も、最初は沿岸捕鯨からスタートした。しかしながら原始的な沿岸捕鯨でも鯨類資源に与える影響は重大であり、早い時期から資源の枯渇を引き起こしていた。日本とは異なり、それらの国々では遠洋航海が禁じられていなかったため、沖合捕鯨・遠洋捕鯨へとシフトしていった。また、その結果として鯨肉を持ち帰ることができなくなり、鯨油・ヒゲなどの産業的資源のみを目的とする方向に特化していった。最終的には、鯨類資源の減少とそれに基づくコストアップ、またそれらの産業的資材が石油などによって取って代わられたことから、大規模な遠洋捕鯨の時代は終焉を迎えた。それらの国々の多くは、1930年代からの捕鯨協定<ref>1937年の国際捕鯨取締協定、1946年の国際捕鯨取締条約など</ref>が機能せず大型鯨類の激減を食い止められなかったということに対する反省として、強い反捕鯨志向を帯び、今に至っている。

捕鯨問題は、独自文化と食料的自立を否定する動きととらえる捕鯨国側と、家畜の生産国並びに捕鯨を動物虐待ととらえる反捕鯨国側の文明的・経済的な衝突であると考えることもできる。このことからも、捕鯨問題の解決に向けた努力は、多種多様な人種や文明、経済の対立の発生をどうやって乗り越えればよいかという大きな問題の試金石となりうるもので、非常に重要な意義をもっている。

その一方で、自国民による捕鯨やアザラシ狩猟を是として他国民による捕鯨を否とするアメリカの二重基準問題や、従来の感情論むき出しの議論に加え、利権や政治的思惑から過去に捕鯨文化と全く縁のなかった国々が(捕鯨を推進する側、捕鯨に反対する側、双方として)続々と参加してきたことにより、問題の複雑化に拍車がかかってしまったIWCでの議論をどう導いていくかなど、関係各国はさらに難しい対応を迫られている。

このような強いバッシングに対抗する形で、北欧諸国は、改めて商業捕鯨を行っていることのカミングアウトをした。ノルウェーはもともと商業捕鯨モラトリアムを留保していたが、公的には1993年から改めて開始された。アイスランド2006年に、公的に商業捕鯨を行っていることを認めた。

[編集] 注釈

<references/>

[編集] 関連項目

[編集] 関連書籍

[編集] 外部リンク・参考文献

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