徴兵制度

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徴兵制度(ちょうへいせいど, conscription)は、国家が強制的に国民を一定期間軍隊に徴集する制度である。徴兵に応じることを兵役と言う。募兵(志願兵)制度に対した言葉である。なお、一般には徴兵制度があっても志願入営は出来る。戦時の徴兵制度は参政権と関係が深いので、そちらも参照されたい。

目次

[編集] 徴兵制廃止・存続国

[編集] 歴史上、一度も徴兵制を施行したことがない国家

[編集] 現在、徴兵制が施行されていない国家

[編集] 現在、徴兵制を施行している国家

[編集] 世界各国の兵役制度の概要

[編集] 東アジア諸国

[編集] 日本

1873年国民皆兵を目指す徴兵令が出され、のち兵役法となった。大日本帝国憲法にも兵役の義務が盛り込まれた。当初は、免役率が80%と高く、肉体的に頑強な男性の中から、くじ引きでごく僅かのみ徴兵されていたが、次第に徴兵される男性が増加していき、太平洋戦争末期には、700万人以上も根こそぎ徴兵された。第二次世界大戦に敗れた1945年に廃止された。

現在の自衛隊完全志願兵制を採用している。なぜなら、憲法九条、および18条後段(苦役からの自由)との関係で、法的な問題があるからである。また、現代の戦争はハイテク化が著しく進んでおり、さらには単純な兵力の頭数で優劣が決まるわけではないため、素人の一般市民を強制的に徴兵して多少の軍事訓練を施すだけでは到底用をなさないという技術的理由、あるいは経済的(戦争を遂行するためには銃後の生産活動が必要なところ、徴兵制度を施行して労働力を強制的に徴兵で取ってしまうと生産活動に著しい支障を生じ、結局戦争遂行の目的を達成できない)、また長期的な国益(徴兵期間中の若者は学問などが当然おろそかになりがちであることや、年頃の男女の交際に著しい支障となり婚姻率の低下、ひいては出生率の低下が問題となっている現代社会にそぐわない)、現状の自衛隊も世界的に優秀な国防組織となっている、などの観点から、徴兵制の復活については一部政治家の考えから出される事はあるものの、議論は活発ではない。1980年代・1990年代・2000年代の自衛隊員の募集・応募・採用の実績は、職種により著しい差異があるが、最も競争率が低い職種では2-3倍前後、最も競争率が高い職種では60-70倍前後であり、自衛隊は応募者の中から募集条件を満たす適格者を選考・選抜して採用している状況なので、防衛省が自衛隊員を徴兵する動機も必要も無い。各年度の具体的な募集・応募・採用の実績は下記の外部リンクを参照。

なお、戦時中でも徴兵拒否者はいたとされ、俳優の伴淳三郎召集令状は受け取っていたのだが、徴兵検査にはきれいに化粧、女装をして出かけていき、その格好を見た検査官が激怒、検査場から追い出され、検査直前に醤油を大量に(一升瓶1本分)飲み、「肝臓病」を装って徴兵を逃れている(実際に同一症状が出る)。他にも灯台社の明石順三による徴兵拒否が有名。

[編集] 大韓民国

韓国軍は徴兵制と志願兵制を併用している。徴兵に応じることは、韓国の若い男性達の義務とされている。18歳の男子への徴兵検査によって判定され、1-3級までが現役、4級(補充役。公益勤務)、5級(免除。有事時出動)、6級(身体異常による完全免除)。しかし、有力家出身者の兵役回避が社会問題となっており、徐々に身体検査や等級判断が広げられ、時に本来、不適格な者までが入隊を余儀なくされる場合もあり、問題が指摘されている。また軍隊の施設や訓練生活において、体罰いじめなど1960年代そのままの風習が残り、韓国の若い男性にとって適応が一層困難となっている。 兵士の義務期間は24ヶ月(陸軍海兵隊)、26ヶ月(海軍)、28ヶ月(空軍)。兵役義務期間に違いがあるが、海軍空軍には志願しない限り配属されることがない。 以前は男性が就職適齢期に兵役につく場合が多いことから、兵役を終えた男性に限り公務員に就職する際の優遇措置が長くあったために、兵役につくことを無理やり納得させていた男性もいたが、女性団体にこの措置は女性差別だと批判され、現在は優遇は廃止された。しかし、男性に対してのみ徴兵制度を無理やり強制していることは不平等であり、その点に関して無視・放置ととられるような姿勢は極めて不公正な態度であり、男性差別であるとして一部からは批判をされている。しかし、スポーツでめざましい成績を収めたものに対しては兵役免除の特典がある(例:オリンピックでメダリスト、サッカーワールドカップでベスト16以上など)。 大学在学中に休学して兵役に就く者が多く、大学受験の浪人が制限されるなどの影響がある。ある俳優が兵役忌避をしていた事が発覚し、罪を不問に付す代わりに即時入営をしたという例がある。 近年は、良心的兵役拒否者が多数出てきて、裁判有罪判決を受ける者が続出してきており、代替役務の合法化が求められている。

[編集] 北朝鮮

北朝鮮では、男性に3年から12年の兵役義務が課せられている。以前は13年の兵役期間であったが、2006年に兵役期間が短縮された。この他国と比較して異常に長い兵役は、同国の政治方針である「先軍政治」に基づくものであり、これにより約110万人の兵士数を確保している。全人口に対する兵員の比率は世界トップクラスである(出典:エンカルタ総合大百科2007)。

[編集] シンガポール

シンガポール軍は1971年12月にイギリス軍が撤退した後に結成された。2万人の職業軍人のほか、2年間の徴兵制を男性に対して課している。徴兵の数は5万5千人に達する。徴兵検査は17歳の時に行われ、進学の場合を除いて延期・猶予は認められていない。ただし、シンガポールの「徴兵」は正式には「ナショナル・サービス」(National Service)と呼ばれており、以外の公的機関(警察や「民間防衛隊」と呼ばれる消防救急など)を選択することも可能となっている。 2004年6月15日、テオ・チーヒン国防相は、Aレベル(大学入学資格)保持者やディプロマ保持者の徴兵期間を2年半から2年に短縮することを議会で報告した。の場合、中等教育終了後、1回目の召集令状国防省から届くが、本人の意志により高等教育終了後まで入隊延期を申請することができる。高等教育は概して、ジュニア・カレッジ(2年。卒業後、Aレベル保持)、ポリテクニック(Polytechnics。高度な専門技術を身につけ、卒業後、ディプロマを保持)、技術教育研究所及び職業実習に分かれ、各課程終了後、最終的な召集令状が国防省から送付される。召集期間は、ジュニア・カレッジ及びポリテクニック修了者が2年半、並びにその他の高等教育修了者及び高等教育未満の学歴の者は2年だったが、2004年の改革により、前者の徴兵期間が最大で2年となった。前者の階級は伍長から始まり、成績優秀者は2年半で中尉に昇進するが、更に半年軍と契約することで大尉に昇進する。新兵は、3ヶ月の基礎訓練を受ける。そこにおいて、射撃、野外工作、サバイバルカモフラージュの教育が行われる。一部の兵は、その後、士官候補生教育またはスペシャリスト教育を受ける。士官候補生コースは9ヶ月、スペシャリスト教育コースは21週ある。残りの大部分は、様々な部隊に配属される。 徴兵期間終了後も、軍勤務希望者は更に10年の契約を行い、その後再契約することができ、将校は45歳、下士官は55歳で定年を迎える。一方、軍に残らず、一般社会に戻る者も、将校は50歳、下士官は40歳まで、予備役(Operationally Ready National Service)に編入され、年一度の召集に応じなければならず、13年間はIn-Camp Trainingを受けなければならない。更に毎年不定期に、主に電話を使用する「Silent」、又はテレビラジオマスメディアを使用する「Open」のいずれかの方法による非常呼集(Mobilisation)がかけられ、対象者は数時間以内に定められた装備を着用して非常呼集司令部に集合しなければならず、正当な理由なく応じなかった者は処罰される(罰金懲役)。(出典:国防省資料

[編集] 中華人民共和国

中国では政治制度上、軍隊の所有者は国家ではなく、人民解放軍は中国共産党の軍隊と言うことになっている。現在、人民解放軍の定員は大量に削減がされており、徴兵制度の軍隊であるが、就職難であること、生活苦を感じている貧困層にとっては一時的にせよ一つの就職口であり、志願者が多い。それゆえ、現在では志願者で満たされているため事実上志願制度の状態にある。中国では人民解放軍の予備戦力として民兵の規定がある。中国の「兵役法」では18歳から35歳までの男性で現役で軍に属していない者は形式上、民兵として予備役に就く事になっており、非常時に極めて多数の兵士を動員することが出来る仕組みになっている。

[編集] 台湾

台湾中華民国)では、男性に1年4ヶ月の兵役の義務がある。国民党が政権を追われ、民進党が政権を獲得した後制度改正が行われ、良心的兵役拒否権が認められるようになった(代替役を参照)。2006年現在、兵役のスリム化として1年に期限を短縮する計画が進んでいる。

兵役の義務に付く男性は身体検査、学力、学歴、家柄など様々な要素でカテゴリー化(大きく別けて「甲 乙 丙」)される。良いとされる甲に分類された者はくじ引きの時に海軍陸戦隊が追加される。近年では規定も緩和されてきたので、まれに乙の中からも選ばれる。丙に選ばれた者たちには、偏平足肥満、眼の疾患、脊椎の変形など様々な理由で体力酷使に向かない者が含まれる。彼らは通常の軍隊とは別に、在宅で政府機関や警察機関のサポートとして任務を果たす事になる。

兵種は5種類あり、陸軍、海軍、空軍、憲兵、海軍陸戦隊である。もっとも多いのが陸軍で、続いて海軍、空軍、最も少ないのが憲兵、海軍陸戦隊である。海軍陸戦隊とは、台湾の特殊部隊にあたり一番厳しく過酷とされている。憲兵の選抜方法は、通常のくじ引きとは異なり甲、乙のくじ引きの前に身長、姿勢、体格などの要素で現役憲兵の審査で選抜されている。規定は身長170cm以上ではあるが、実際のところ多くは180cm以上、容姿端麗な者が選ばれる。中華民国軍中華民国徴兵規則も参照のこと。

[編集] タイ

18才以上の男子に対して徴兵が行われる。徴兵対象者からくじ引きで選ばれる。ただし、士官学校生や一般の学校(マッタヨム3~6年)に所属し「軍事科(ウィチャー・タハーン)」を受けた者や、身体・精神に障害のある者、体力のない者は徴兵対象外とされている。

[編集] 欧米諸国

[編集] アメリカ

アメリカベトナム戦争以後徴兵を停止。名簿の作成そのものは継続されている。Selective Service System(選抜徴兵登録制度)と呼ばれる仕組みがあり、アメリカに在住している市民権及び永住権を持つ男性18歳になった時点で郵便局において登録の義務が課せられている。男性市民は登録しないと処罰(罰金刑)の対象になる他、各種の不利益(政府からの奨学金が受給できない等)が科される。永住者には徴兵拒否権があるが、この場合、アメリカの国籍は取得出来なくなる(本来は連続5年在住で帰化申請資格が出来る。軍歴が出来る事でアメリカへの忠誠を誓ったと見做され、必要滞在歴が2年に短縮される)。ベトナム戦争当時のアメリカでは、ホームレスになる若年男性が大量に現れた。住所不定になれば、召集令状の送付先がなくなるためである。ベトナム戦争以来、徴兵制復活は、選挙においては一種のタブーであり、大統領候補は、この話題には触れようとしない。アメリカ軍の軍人・兵士数は、第二次世界大戦中の1945年度は1,205万人、就業人口に対する比率は18.6%、総人口に対する比率は8.6%、朝鮮戦争中の1952年は363万人、就業人口に対する比率は6.0%、総人口に対する比率は2.3%、ベトナム戦争中の1968年は354万人、就業人口に対する比率は4.6%、総人口に対する比率は1.8%、冷戦末期の1988年は220万人、就業人口に対する比率は1.9%、総人口に対する比率は0.9%、冷戦終結後の1998年は147万人、就業人口に対する比率は1.1%、総人口に対する比率は0.5%、アフガニスタンとイラクで戦争中の2006年は144万人、就業人口に対する比率は1.0%、総人口に対する比率は0.5%である。長期的な時系列で見ると、軍の機械装備率の向上により、軍人・兵士・文民のいずれも絶対数が著しく減少し、就業人口と総人口に対する比率は、絶対数の減少率よりさらに大きく減少しているので、国防総省が徴兵する動機も必要も無い。各年度の具体的な軍人・兵士・文民の雇用者数の推移は下記の外部リンクを参照。

[編集] イギリス

第一次大戦までは志願制だったが、第一次世界大戦中に兵士不足を補うために徴兵制となった。制度的に戦後も継続されていたが、植民地からの撤退により大幅な人員過剰となり、1960年に廃止された。ちなみに、イギリスは第一次世界大戦、第二次世界大戦を通じて、良心的兵役拒否が合法的・制度的に認められていた稀有な国家である。

[編集] フランス

フランス革命市民による徴兵制度を作り上げたが、近年、冷戦の終結と共に軍事の役割が減少したと判断され、また軍事技術が複雑化・専門技能化したことにより、1990年代半ばに段階的に徴兵制を廃止した。

[編集] ドイツ

ドイツ連邦共和国西ドイツ)では、第二次世界大戦敗戦後、徴兵制は廃止されていたが、冷戦構造が深刻化する中で、1968年に徴兵制度が復活し、ドイツ連邦共和国基本法で満18歳以上の男性に兵役の義務が定められた。兵役期間は次第に短縮され2002年1月から9か月と短くなっており、良心的兵役拒否も基本法(憲法に相当)において明文規定で認められている。その代わり、老人介護施設での介護作業に従事等の社会福祉事業や環境保護活動、消防活動等に兵役期間より長い期間、奉仕することが求められていたが、2004年10月からは兵役期間と同じ9か月とされた。これらの義務は25歳までに果たす必要があるとされている。一方でドイツの場合、現在良心的兵役拒否者が社会福祉事業における貢献が大きく、徴兵制廃止の足かせとなっている。政府に良心的兵役拒否者による老人介護等の社会福祉事業への奉仕を公費で穴埋めする財政的余裕が無く、徴兵制廃止に踏み切り難いという実態がある。

[編集] イタリア

1990年頃から現代戦に適応した軍の再編成が計画され、徴兵制についても議題となった。職業軍人主体の高度化が妥当との結論に達し、2000年に徴兵制を廃止した。

[編集] ロシア

ロシア連邦においては徴兵制度が続いている。同時に贈収賄による兵役逃れも横行している。旧ソ連時代から横行していた新兵いじめの問題が、深刻な社会問題と見られるようになり、徴兵制度の行方に影響を与えている。ロシア連邦軍の特徴として平時は定員が少なく、戦時には大量動員が可能となっている点がある。2002年6月28日、ロシア下院は、代替奉仕に関する法案(代替文民勤務法)を採択し、良心的兵役拒否が制度的に明文化された。ロシア政府は、男性に2年間の兵役を義務付けているが、ソ連崩壊後の1993年に制定された新憲法は、宗教や他の信条を理由に兵役を拒否する人に対し、代替奉仕の可能性を保障している。しかし、代替奉仕に関する具体的取り決めを定めた法律は、それまで存在しておらず、軍隊からの脱走の多発や、兵役拒否するための賄賂等、汚職原因となっていた。2002年6月28日、下院で可決された法案によると、兵役の替わりに、民間施設で3年半、 または軍事施設で3年間の代替奉仕を選択することができるようになる。また、大卒の場合、奉仕期間は半分ですむ。ただし、徴兵委員会が代替奉仕者の任地を決めるため、自宅や家族の近くで働ける可能性はない。この法律は2004年1月1日から発効した。ロシアでは現在、18歳からの兵役が義務付けられているが、大学生は兵役を遅らせることが許可されている。政府は、近い将来、徴兵制を廃止し、完全な職業軍人による志願制の軍隊にする意向を示している。

[編集] スイス

スイスの男性市民は18才になると、兵役を務められる能力があるかどうかを調べる身体検査が義務付けられている(女子には兵役義務が免除されている)。そこで不可能と診断されると兵役免除となるが、それ以外は15週の兵役訓練を受ける。36才まで数年毎に補充講習を受け、18才から数えて計260日間の兵役につかなければならない。過去、国防関係者が徴兵制を廃止するために国民投票を2度発議したが、否決された。しかし、国防相が最近、再三、職業軍人制度への移行を訴えている。良心的兵役拒否は認められている。ちなみに、アインシュタインはスイス国籍をアメリカに行く前に取得していたが、「扁平足」であることを理由に兵役を免除されている。

[編集] その他のヨーロッパ諸国

その他のヨーロッパ諸国では、多くの国家で徴兵制が敷かれていたが、フランスとほぼ同時期にオランダベルギースペインなどの国でも廃止された。これにはアメリカと東側諸国との冷戦終結の背景や影響もあるが、湾岸戦争の影響による軍事思想の転換(人数さえ多ければ戦争に勝てるわけではない)も大きな要因である。一方、スウェーデンノルウェーフィンランドデンマークなど北欧諸国や、地理的に中東に近いギリシャは徴兵制度を維持している。これは、男性に対してのみ強制されており、男性差別との意見もある。ウクライナベラルーシなど旧ソ連諸国でも男性に対してのみ徴兵制が実施されている(女性は志願制)。東欧でも状況は同様であったが、EUに加盟したチェコやスロバキア、ハンガリーなどは志願制への移行が予定されている。

[編集] 中東諸国

[編集] イスラエル

イスラエルでは、国籍保持者と永住者に対して男女共に兵役の義務が課せられており、真の意味で国民皆兵国家となっている。徴兵制を取る国家においても、その殆どは男性のみを対象としていることから考えると、これは非常に珍しい事例である。

男性3年女性1年9ヶ月の兵役期間である。拒否した場合は3年の禁固刑を受けなければならない。なお、女子は良心的兵役拒否が可能であるが、条件は少々厳しい(イスラエル国籍の女優ナタリー・ポートマンアメリカハーバード大学に留学していて兵役を免除された)。男性はユダヤ教神学校を卒業し、超正統派ラビになれば、宗教上の理由で兵役を拒否できる。

[編集] トルコ

トルコは良心的兵役拒否すら認めない完全な男性皆兵制をとっており、身体障害がない限り、男性には15ヶ月間の兵役(大卒者は12ヶ月)が課され、それぞれ陸軍海軍空軍・沿岸警備隊に配属される。定期バスなどは、道端で時々、のID検査があり、兵役を逃れている者がいれば、即刻そのまま任地に強制連行される(一旦、に帰ることすら許されない)。18歳~40歳までの男性で、IDカード保持者(国籍保持者の男性)を対象に行われるが、学生の間は徴兵猶予される。一般には、20歳までに兵役に応じ、最下級の兵士(er)としての訓練と任務に就くことになる。また、大学卒業者は、兵卒ではなく予備将校として訓練を受ける。 兵役期間中の給与は安く、軍種・兵科・任地により異なるが、2006年現在、20新トルコリラ程度(約1600円)である。これはタバコ8箱程度の価値であり、一般には兵役は無償(bedava)とみなされている。これに対して職業軍人は「有給軍人(para askeri)」と呼ばれる。 以前は「代人料」を払って兵役期間を短くする制度があったが、貧富で格差が出て問題になったため、廃止されている。

[編集] 徴兵制度の現状

外務省やCIA World Fact Bookの資料によると、現在の世界では、軍隊または国防のための武装組織を保有する約170か国のうち約67か国が徴兵制度を採用している。

現在、軍事技術の高度化・専門化により、これらの技術を扱う軍人専門職化が各国で進んでいる。徴兵制度で確保した兵力は兵役期間の数年(一般に1~2年)のみ軍役に就くため、高度な技術を身につける事など出来ず、現代戦では役に立たないとの見方が一般的である。また兵士数で戦況が決まるものでもなくなってきたため、徴兵制度は一部の国を除き廃止する動きが強くなってきている。兵士数で戦況が決まるもので無いことは湾岸戦争からイラク戦争によって現実に証明されたと言える。これは逆に言えば、徴兵制度を廃止しない国は、先のドイツのように廃止できない事情があるか、徴兵に兵力増強以外の意味を見出していると見ることもできる。

日本では、内閣法制局が過去に「徴兵・兵役は日本国憲法で禁じる“意に反する苦役”であり違憲である」との見解を示している。

近年、一部(西部邁櫻井よしこさかもと未明クライン孝子、熊本マリ、一条ゆかりなど)の間で復活を主張する声が出ている。

このような徴兵制復活論者の多くは、徴兵による教育効果(協調性・忍耐力等の涵養、「男らしさ」の育成による男性の魅力向上で少子化解決?)など、軍事力以外の観点も重視しており、少年犯罪など、戦後日本社会におけるモラルの低下の一因を徴兵制廃止にあると考えている。しかし、現代の軍事状況下(上述)の国防という本来の存在意義に反していること、そもそも軍隊は(費用対効果の高い)教育機関なのかといった根本的な疑義が出されており、支持を得られていない。

[編集] 徴兵制度の弊害と問題

徴兵制度を採用している一部の国では訓練とともに莫大な費用がかかり、軍事政策に関して批判もある<ref> しかし志願制の場合徴兵制に比して高水準の給与を兵士に支払わなければならないため総額では志願制の方が費用が掛かるとする意見もある。</ref>。また、若い時期に2、3年兵役を課すことによって、その間の学力や技術の向上が妨げられ、若年労働力が奪われ産業に悪影響を及ぼし、国力として損失が出ているとの指摘もある。ドイツでは、兵役は若者の学問的向上期間を制約するとの認識もあり、批判が根強い。実際にドイツでは学力低下が著しく、他のヨーロッパ諸国に差を付けられつつある。

ベトナム戦争時のアメリカ軍などに見られたことであるが、兵士としての素質を欠く者まで徴兵されるため、軍人としての質が悪くまた士気も低いなどの欠点が垣間見えることもある。そのため、通常考えられないような事故や犯罪を引き起こす場合が多い。 また、イスラエルなど一部国家以外で、多くの国で兵役の義務が課されているのは男性のみであり、女性に対しては強制されていない(志願のみ)。この点について、男性の生命に対する差別であり人権侵害であるという批判がある。


<references/>

[編集] 徴兵制度の歴史

[編集] 古代

国民に兵役を義務として課す制度は、古代にまで遡る。中国では古くから存在し、日本では奈良時代に実施された(防人)。

古代都市国家においては兵役は自由民の義務であり権利であった。一方非自由民(女性や奴隷など)には課されなかった。ローマにおいては資産の多寡により兵役の内容が細分化され、多額の資産を有する者は騎兵、零細市民は安価で間に合う兵装、無資産市民は国家存亡の機を除き兵役の対象から外されていた。その後、マリウスの改革により、一般市民の兵役は廃され、職業軍人化が進んだ。これによりローマは地中海世界を制圧する能力を得た。

[編集] 中世

中世のヨーロッパでは、兵士は騎士傭兵中心の軍制だった。これは国王など貴族社会を中心とした制度で、国王が地方の領主・貴族の地位を保証する見返りとして軍事力を国王に提供する、あるいは財力によって軍事力を購入するという形式である。これとは別に自由民に兵役義務が課され、戦時に動員されることもあった。傭兵主力の軍隊は戦闘意欲に欠け、戦争を長引かせる原因となった。

中世の日本においても戦力の中心は武士とその郎党であった。また僧兵も無視できない戦力を誇った。日本においては傭兵は目立つ存在ではないが、それに類する雇われ戦力(例えば海賊の類)は存在した。戦国期に入り戦乱が多発するようになると特に農民が足軽として参戦するようになった。織田信長はこの状況を打破し、常備軍を自軍の編成の主とする事で勢力拡大に成功した。豊臣秀吉の刀狩り令により武士と非戦闘民は明確に区別される事となり江戸時代の終わりまで続いた。

[編集] 近世

近世には、三十年戦争当時のスウェーデンが採用して、人口の少なさを補い大軍を編成した。ただし、この制度には経済的・心理的負担が大きく、部隊の質が低くなりがちという欠点があった。結果として国民の離散・国家の荒廃を招いた。プロイセン王国(ドイツ)ではフリードリヒ大王が軍事的拡張主義を採り、人口の4%に当たる常備軍を作ったが、そのような大規模な傭兵を養える財政も無く、志願制にしてもそれほど集まる訳ではないので、徴兵制を敷いて農民を強制的に軍隊に組み込んだ。質が悪く士気が低いため、厳罰主義によって規律を保とうとしたが、困難であった。

[編集] 近代

いわゆる国民皆兵による徴兵制はフランス革命から始まる。フランス革命以降、国家は王ではなく国民のものであるという建前になったため、戦争に関しても、王や騎士など一握りの人間ではなく、主権者たる国民全員が行なう義務があるという建前になった。そしてフランス革命に伴う周辺各国との戦争に際し、兵員を確保する必要に迫られたため、ナポレオンなどによって国民軍が作られたのである。国民皆兵の制度はヨーロッパ諸国や日本に波及し、第二次大戦後は世界的に波及した。

ありていに言えば、戦争の近代化に伴って兵器が近代化(槍と機関銃の死者数の違いを思い起こしていただけると理解しやすい)によって、志願制では人員の補充ができなくなるほど戦死者が多くなったことと、国民主権の原理が発明されたことによって、国民を戦場に駆り出す大義名分が生じたために徴兵制が生み出されたのである。アメリカは南北戦争の激戦によって大量の兵士が死亡し、その欠員を補うために徴兵制が敷かれ、イギリスでは第一次大戦半ばにソンムの戦いなどで大量の戦死者を出し、その戦争を継続するために徴兵制を敷いた。

[編集] 現代

戦争の近代化と兵器の近代化の進展は、兵器の取り扱いの高度化を招き、1年から3年程度勤務する徴募兵ではその学習期間は十分とは言えない、又短期間しか勤務しない徴募兵に一から訓練をさせるため費用が掛かり過ぎるとの理由で、徴募兵の存在意義は低下した。これを予言した軍人としてはド・ゴールが挙げられる。現代においては軍人のプロ化つまり、再び職業軍人の時代が到来したと言える。

[編集] 日本の徴兵制度の歴史

明治以降の徴兵制度の経緯は徴兵令を、徴兵の教育等は兵 (日本軍)も参照

戸籍法の適用を受ける日本国民の男性は、満20歳(1943年からは19歳)の時に受ける徴兵検査によって身体能力別に甲-乙-丙-丁-戊の5種類に分けられた。甲が最も健康に優れ体格が標準である甲種合格とされ、ついで乙種合格、丙種合格の順である。丁は徴兵に不適格な身体である場合、戊は病気療養中に付き翌年に再検査という意味である。戦争が始まり、甲から順次徴兵されていった。当初、一番体格が標準的である甲種の国民が抽選で選ばれた場合に「現役兵」として徴兵されるにとどまっていた。しかし戦局が激化するにつれ、現役兵としての期間を終えた後の予備役・後備役にあった(元の生活に戻っていた)元兵士の国民も召集令状によって召集された。この召集令状(召集時に来る命令書)は用紙の色が赤いので(実際はピンク)、赤紙と広く国民に呼ばれた。通常、現役での徴兵を「徴集」、予備役・後備役での徴兵を「召集」と呼んで区別していた(もっとも混乱期には区別せずに徴集を用いることもあったが)。この招集制度が悪用された例として竹槍事件がある。令状が届けられた人らは「出征兵士を送る歌」などが流れる中、地区を挙げて送り出された。

[編集] 徴兵忌避

徴兵を逃れるには国籍の変更、亡命、免除規定の活用、身体毀損や逃亡等の方法があるが、意思的な不服従の立場から徴兵に従わないことを徴兵拒否といい、そのなかでもさらに倫理的・政治的・宗教的な信条に発する徴兵の拒否を良心的兵役忌避という。

一般的に徴兵忌避は、法律の規定によって罰せられることが多く、場合によっては、命令不服従、脱走罪、敵前逃亡罪として死刑になる国家もある。しかし現在では良心的兵役忌避を基本的人権の一つとして認め、そのための制度を構築している国も多い(兵役の代替役務として介護、消防活動などに従事することが多い)。

ベトナム戦争期のアメリカ若年男性による徴兵拒否運動が知られる。政治的な理由、宗教的な理由から徴兵拒否は行われ、ベトナム戦争当時、モハメド・アリイスラム教の教えに従うとして、徴兵を拒否した。SF作家のウィリアム・ギブスンは、徴兵を拒否してカナダに移住し、しばらくホームレスとして路上生活を経験した。元大統領ビル・クリントンカナダに留学して徴兵を巧みに回避している。『ベトナム症候群』(著者:松岡完、出版社:中公新書)によると、ベトナム戦争への徴兵に従わなかった者は57万人、うち起訴された者は2万5000人、有罪判決を受けた者は9000人。実際に処罰されたのは3000人となっている。

また、黒人解放運動家のマルコムX精神異常を装うことで、第二次世界大戦の際に徴兵されるのを逃れた。物理学者ファインマン兵役につく際に行われた精神鑑定の結果、不採用になった(『ご冗談でしょう、ファインマンさん』より)。アインシュタインは「偏平足」の診断を受けて、スイス兵役を免除されている。

児童文学作家のミヒャエル・エンデは16歳の時、召集令状を破り捨て、ミュンヘンまでシュバルツバルトの森の中を夜間のみ80km歩いて、疎開していた母の所へ逃亡。その後、近所に住むイエズス会神父の依頼でレジスタンス組織「バイエルン自由行動」の反ナチス運動を手伝い、伝令としてミュンヘンを自転車で駆け回った。

丸谷才一の小説『笹まくら』は、第二次世界大戦における徴兵忌避者が主人公であるが、そのモデルが存在するという。

アドルフ・ヒトラーオーストリアの徴兵義務を拒否し逃亡生活を送ったが、第一次世界大戦の勃発とともにドイツ軍へは積極的に志願した。著書によると、ドイツに対する帰属心が強く、オーストリアのために戦う気はなかったからという。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク



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