小田原市
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| 小田原市のデータ | ||
| 国 | 日本 | |
| 地方 | 関東地方 | |
| 都道府県 | 神奈川県 | |
| 団体コード | 14206-9 | |
| 面積 | 114.06km² | |
| 総人口 | 198,930人 (2007年6月1日) | |
| 隣接自治体 | 南足柄市、中郡二宮町、足柄上郡大井町、 足柄上郡開成町、足柄上郡中井町、 足柄下郡箱根町、足柄下郡真鶴町、 足柄下郡湯河原町 | |
| 小田原市役所 | ||
| 所在地 | 〒250-8555 | 神奈川県 |
| 小田原市荻窪300番地 | ||
| 電話番号 | 0465-33-1302 | |
| 外部リンク | 小田原市役所 | |
| 位置 | </td><td colspan="2" style="border-style: solid none none solid; border-color: #aaa; text-align: right;">||
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目次 |
[編集] 概要
戦国時代には後北条氏の城下町として盛え、民政の安定ぶりから、「西の山口、東の小田原」とよばれた。 江戸時代には小田原藩の城下町、東海道小田原宿の宿場町として盛えた。箱根峠より東側の宿場町として、現在も箱根観光の拠点都市である。
1876年4月17日までは、現在の神奈川県西部と静岡県伊豆半島を範囲とする足柄県の県庁所在地でもあった。この位置関係もあって、沼津をはじめとする静岡県東部の市町村との繋がりも深い。神奈川県内では、西湘地域の中心的な都市である。
特産品としては、小田原ちょうちんやかまぼこが有名である。 また、小田原城には多くの観光客が訪れることでも有名である。 小田原城城址公園には像さん、お猿さん含め様々な動物たちが暮らしている。
一時期は東京のベッドタウン化したとも言われたが、長期不況であえなく人口動態が社会減に転じた。一時は20万人を超えた人口も20万を割り込み、新幹線通勤定期代に対する補助制度を設けるなど人口確保に忙しい。しかしながら、駅周辺あるいはその郊外での住宅、都市開発も少しずつ進んでいる。
[編集] 地理
神奈川県のほぼ南西端に位置し、酒匂川の流れる足柄平野を中心に、東は大磯丘陵の南西端である曽我丘陵と呼ばれる丘陵に、西は箱根に連なる火山の外輪山の跡である山地となっている。南は相模湾に面し、遠浅の海に小漁港が点在している。
沖合いには、関東大震災の震源地となった相模トラフが伸びている為、地震対策に力が入れられている。
気候は太平洋側気候の地域で、四季を通じて温暖であるが,冬場は海側から風が吹き込み寒い。
[編集] 隣接している自治体
[編集] 歴史
[編集] 古代
古代の相模国足下郡(あしがらのしものこおり)の地である。古名を「こゆるぎ」といい、「小由留木」「淘陵」などの字が宛てられた。「小田原」という地名は、「小由留木」の草書体を読み間違えたものという説がある。 市内千代にあった千代廃寺は相模国国府とも足柄下郡郡衙の所在地といわれる。
[編集] 鎌倉時代から天正まで
1180年に、蛭ヶ小島(伊豆国)で挙兵した源頼朝と平家方の大庭景親らとの、石橋山の戦いが行われた。
戦国時代には伊勢平氏流を称する北条早雲が小田原城を奪取し、その子孫である後北条氏は小田原城を中心に関東一円に台頭し、鎌倉府足利氏、関東管領上杉氏、常陸国守護佐竹氏、下野国国司宇都宮氏、その他関東八屋形に列せられた諸氏による当時の関東の統治体制を転覆した。なお、下野国守護小山氏は後北条氏により滅亡に追い込まれた。
1590年、豊臣秀吉の小田原攻めによる後北条氏の滅亡と徳川家康の江戸入府によって、小田原は歴史の表舞台から姿を消す。家康が関東を治めるようになった後は、藤原北家宇都宮氏流・大久保氏が小田原に入った。
[編集] 江戸時代
江戸時代には東国の要衝として、譜代大名を領主とする小田原藩が樹立され、小田原はその城下町となった。1686年以降は代々大久保氏の城下町となった。城下町・小田原は東海道の沿線であり、小田原宿は箱根の山越えを控えた宿場として東海道五十三次中最大の規模を誇った。又、小田原郊外の栢山(かやま)は、農政家・二宮金次郎の生地として有名である。
[編集] 明治維新以後
1871年8月29日の廃藩置県によって、小田原藩は小田原県となった。同年末の県合併により、相模川以西の旧相模国と旧伊豆国全域を管轄区域とする足柄県が設置され、県庁が小田原に置かれた。しかし1876年に足柄県は分割され、小田原を含む相模国部分は神奈川県に編入され、伊豆国部分は静岡県に編入されて、小田原は県庁所在地の地位を失った。神奈川県に編入された後に設置された支庁も、間もなく廃止されたが、1878年の郡区町村編制法によって足柄下郡が編制されると、足柄下郡の郡役所が小田原に置かれ、神奈川県西部の中心都市としての地位を保った。
東海道本線は当初、小田原~熱海~沼津間の急鋭地帯を避けるために現在の御殿場線経路で敷設された。これにより小田原は人及び物の流れるルートから外れてしまい、一時急速に衰退した。それを挽回しようと、小田原馬車鉄道という馬車鉄道が1888年に開通したのを皮切りに、熱海線(現在の東海道本線)・小田原急行電鉄(現在の小田急電鉄)なども開通して、次第に地位を回復させた。そのため今日では御殿場線沿線が逆に人口減の傾向にある。
1923年9月1日の関東大震災では、直下が震源地だったためにはげしい被害を受けた。1934年の丹那トンネル開通で、東海道本線はやっと小田原市街地を通るようになった。この辺は吉村昭氏の小説「闇を裂く道」文春文庫に詳しい。戦後の1964年には東海道新幹線も開通し、東京・横浜への所要時間も大きく縮んだ。
[編集] 人口
| 小田原市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 小田原市の年齢・男女別人口分布図 |
■紫色は小田原市
■緑色は全国 | ■青色は男性
■赤色は女性 |
| 総務省統計局 平成17年国勢調査より | |
[編集] 行政
[編集] 行政区域の変遷(市制施行以後)
- 1940年12月20日 足柄下郡小田原町・足柄町・大窪村・早川村・酒匂村の一部(網一色・山王原地区)が合併し市制施行
- 1948年4月1日 下府中(しもふなか)村を編入
- 田島村が国府津町に編入
- 1950年12月18日 足柄上郡桜井村を編入
- 1954年7月15日 豊川村を編入
- 1954年12月1日 国府津町・酒匂町・上府中(かみふなか)村・下曽我村・片浦村と合併
- 1956年4月1日 足柄上郡曽我村から西大井・上大井を除く地区を編入
- 1971年4月1日 橘町を編入
- 2000年11月1日 特例市に指定される
[編集] 歴代首長
- 初代市長:益田信世(小田原三茶人の一人、益田孝の次男)
- 第16代市長:小澤良明(おざわよしあき、任期満了日:2008年5月23日)
[編集] 行政機構
[編集] 財政
当初予算規模(2004年度)
- 602.50億円(一般会計)
- 696.19億円(特別会計)
[編集] 市議会
- 市議会議長:大野 眞一(おおの・しんいち)
- 市議会議員数:28人
2007年4月実施の市議会議員選挙において議員定数は-2の28議席となった。
[編集] 会派の構成
| 会派名 | 議席数 | 代表者 |
| フォーラム21小田原 | 9 | 加藤 仁司(かとう・ひとし) |
| 市民クラブ | 3 | 飯山茂雄(いいやま・しげお) |
| 公明党 | 4 | 今村洋一(いまむら・よういち) |
| グループ創和 | 4 | 志澤 清(しざわ・きよし) |
| 新生クラブ | 3 | 谷神久雄(やがみ・ひさお) |
| 日本共産党 | 3 | 関野隆司(せきの・たかし) |
無会派 2 檜山智子(ひやま・ともこ) 佐々木奈保美(ささき・なおみ)
[編集] 都道府県議会議員
- 豊島輝慶(きよし)
- 磯貝捷彦(としひこ)
2007年 4月実施の県議会議員選挙において小田原市の議員定数は-1の2議席となった。
[編集] 市以外の行政機関
[編集] 国家機関
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[編集] 神奈川県の機関
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[編集] 裁判所
[編集] 土木
- 小田原土木事務所
- 国土交通省横浜国道工事小田原出張所
- 中日本高速道路株式会社東京管理局小田原管理事務所
- 中日本高速道路株式会社小田原工事事務所
[編集] 公庫
- 国民生活金融公庫小田原支店
[編集] 経済
年間商品販売額(万円)(2004年)
- 45,899,952 (神奈川県全体の2.36%=県内第9位)
小売業売場面積(m2)(2004年)
- 255,513 (神奈川県全体の3.63%=県内第7位)
製造品出荷額(百万円)(2004年)
- 834,130 (神奈川県全体の4.49%=県内第7位)
農業産出額(千万円)(2004年)
- 427 (神奈川県全体の5.61%=県内第5位)
耕地面積(ha)(2004年)
- 1,980 (神奈川県全体の9.34%=県内第2位)
[編集] 産業
[編集] 市内の主な企業
- 本社
- メガネスーパー
- 和光ケミカル
- 小田原機器
- 小田急箱根ホールディングス
- さがみ信用金庫
- 小田原第一信用組合
- 拠点
- ライオン(小田原工場)
- 三共(小田原工場)
- 日立グローバルストレージテクノロジーズ(小田原事業所)
- 日立製作所(日立システムプラザ小田原)
- クボタ松下電工外装(小田原工場)
- 明治製菓(小田原工場・微生物資源研究所)
- 国立印刷局(小田原工場・研究所)
- 明治乳業(研究本部)
- 幸楽苑(小田原工場)
- 日本たばこ産業(小田原工場)
- ミクニ(小田原事業所)
- 富士フイルム(神奈川工場小田原サイト・記録メディア研究所)
- カネボウ化粧品(小田原工場・テクニカルセンター)
- YKK AP(神奈川工場)
- ジーエス・ユアサコーポレーション(小田原工場)
- 大日本印刷(小田原工場)
- 日本曹達(小田原研究所)
- 三菱化学(小田原工場)
- 共同印刷(小田原工場)
- ピーエス三菱(技術研究所)
- 日本新薬(小田原総合製剤工場)
- ダイドーリミテッド(開発管理センター)
- 温暖な気候により、山地の斜面を利用したミカン栽培も盛んであったが、近年は減反政策がとられ、その代替産業として、橘地区に西湘テクノパークが造成された。
[編集] 漁業
[編集] 商業
- 小田原駅周辺
- 鴨宮駅周辺
[編集] 姉妹都市・友好都市
[編集] 国内
[編集] 海外
[編集] 学校
[編集] 小学校
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[編集] 中学校
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- 私立
[編集] 高等学校
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[編集] 特別支援学校
- 神奈川県立小田原養護学校
[編集] 短期大学
[編集] 大学
[編集] 施設
[編集] ホール・集会場
- 小田原市民会館大ホール/小ホール
- 小田原城下町ホール(仮)建設予定
- 小田原市立川東タウンセンターマロニエ
- 中央公民館
[編集] 図書館
- 小田原市立図書館
- 小田原市立かもめ図書館
- 小田原市立マロニエ図書館
[編集] 博物館
- 小田原市立郷土文化館
- 松永記念館
- 尊徳記念館
- 神奈川県立生命の星・地球博物館
- 小田原城歴史見聞館
[編集] 美術館
- 小田原城ミューゼ
[編集] 公民館
- 中央公民館
- 国府津公民館
[編集] 医療施設
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- 休日診療所
- 小田原市立保健センター
[編集] メディア
[編集] 新聞
- 神奈川新聞県西総局・小田原市役所記者クラブ
- 読売新聞小田原市役所記者クラブ
- 朝日新聞小田原市役所記者クラブ
- 毎日新聞小田原市役所記者クラブ
- 産経新聞小田原市役所記者クラブ
- 東京新聞小田原市役所記者クラブ
- 共同通信小田原市役所記者クラブ
- 神静民報
[編集] テレビ
[編集] ラジオ
- NHK横浜放送局小田原通信部
- アール・エフ・ラジオ日本小田原放送局
- FM小田原
[編集] 交通
- 小田原市鴨宮は新幹線発祥の地である。
[編集] 鉄道路線
- 中央駅:小田原駅
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
- 東海旅客鉄道(JR東海)
1956年までは、路面電車として箱根登山鉄道の小田原市内線も存在した。また1896年~1922年には、人車鉄道・軽便鉄道の豆相人車鉄道→熱海鉄道も熱海へ向かう路線を小田原を起点にして保有していた。
[編集] 近隣都市への連絡
[編集] バス路線
[編集] 道路
[編集] 高速道路・有料道路
- 小田原厚木道路(小田原東IC - 荻窪IC - 小田原西IC)
- 国道1号西湘バイパス(橘IC - 国府津IC - 小田原IC - 早川IC - 早川JCT - 小田原西IC - 箱根口IC、石橋IC)
- 小田原箱根道路(山崎IC - 箱根口IC)
- 国道1号箱根新道(小田原西IC)
- 箱根ターンパイク(小田原西IC)
- 国道135号真鶴道路(早川IC、石橋IC、早川口交差点)
[編集] 一般国道
[編集] 主要地方道
[編集] 一般県道
- 神奈川県道709号中井羽根尾線
- 神奈川県道711号小田原松田線
- 神奈川県道714号栢山停車場曽我線
- 神奈川県道715号栢山停車場塚原線
- 神奈川県道716号成田下曽我停車場線
- 神奈川県道717号沼田国府津線(小田原環状道路)
- 神奈川県道718号鴨ノ宮停車場矢作線
- 神奈川県道719号鴨ノ宮停車場線
- 神奈川県道720号怒田開成小田原線
- 神奈川県道724号早川停車場線
[編集] 娯楽
[編集] スポーツ
[編集] スポーツ施設
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[編集] 遊園地など
- 小田原競輪場
- わんぱくランド
[編集] 観光
[編集] 名所・旧跡
- 小田原城
- 石垣山(笠懸山・石垣山一夜城歴史公園)
- 曽我梅林
- 小田原フラワーガーデン
- 神奈川県立生命の星・地球博物館
- 小田原さかなセンター
- 小田原街かど博物館
- 二宮尊徳記念館
- ヒルトン小田原リゾート&スパ
- いこいの森
- 根府川温泉
- 鈴廣かまぼこ博物館
- 国府津山寶金剛寺
[編集] 祭り
- 梅まつり
- 菓子まつり
- 桜まつり
- 「北条五代祭り」
- 松原・大稲荷・居神・山王神社例大祭(四社例大祭)
- 小田原ちょうちん夏まつり
- 一夜城まつり
- さかなまつり
- ツーデーマーチ
- 酒匂川花火大会
- 御幸の浜花火大会
[編集] 伝統芸能
- 相模人形芝居 1980年1月28日に国の重要無形民俗文化財に指定された。
- 寺山神社の鹿島踊り 1976年10月19日に神奈川県の無形民俗文化財に指定された。
- 小田原囃子 1976年10月19日に神奈川県の無形民俗文化財に指定された。
[編集] 名産品
[編集] 関連有名人
[編集] 小田原出身者
- 二宮尊徳、篤農家(1787年 - 1856年)
- 北村透谷、作家(1868年12月29日 - 1894年5月16日)
- 尾崎一雄、小説家・文化勲章受章者(1899年12月25日 - 1983年3月31日)
- 辻村伊助、園芸家・登山家・作家( - )
- 河野一郎、衆議院議員(1898年6月2日 - 1965年7月8日)
- 河野謙三、衆議院議員・参議院議長(1901年5月14日 - 1983年10月16日)
- 河野洋平、衆議院議長(1937年1月15日
- 加藤明、バレーボール監督
- 富野由悠季、アニメーション監督(1941年11月5日 -)
- 阿藤快、俳優(1946年11月14日 -)
- 夢枕獏、作家(1951年1月1日 -)
- 柳沢慎吾、タレント(1962年3月6日 -)
- 小宮孝泰、俳優(1956年3月11日 -)
- 関ノ戸一、大相撲・元幕内朝乃翔(1969年12月23日-)
- 島田祐子、声楽家
- 藍坊主、ロックバンド(2004年にメジャーデビュー)
- 後藤羽矢子、漫画家
- 佐藤ルミナ、格闘家 修斗
- 吉野きみか
- 天野真知、NHK横浜放送局キャスター
- 和田一夫、ヤオハン元社長
- 今宮純、モータースポーツジャーナリスト、フジテレビ フォーミュラ1中継 解説者
- 鈴木家、(最大の網元)
- 大友亀太郎、北海道の開拓者、二宮尊徳の門下生
- 田中大二郎、プロ野球選手
[編集] 小田原ゆかりの有名人
- 山県有朋、政治家
- 閑院宮春仁王、皇族
- 北原白秋、俳人・小田原に住んでいた
- 吉田茂、政治家・小田原に別荘があった
- 益田孝 昭和初期の三井財閥の重鎮で小田原三茶人の一人
- 谷崎潤一郎、作家
- 大倉喜八郎
- 野崎広太
- 久能靖、キャスター・小田原城下町大使
- 牧野信一、作家
[編集] 作品
小田原市はテレビ・劇場用映画やテレビCMなどの撮影ロケーションの誘致活動を行っている。フィルム・コミッションとよばれるこの活動の一環として、市民の希望者をエキストラに登録し、随時出演を要請している。 小田原映画祭が開催され、ショートフィルムコンテストが行われる。 フィルム・コミッション事業(西さがみ連邦共和国フィルム・コミッション)の実績は年々増加している。
また、農業・漁業・工業・商業といった産業が多岐にわたっているため、社会科の教育番組の舞台となったり教科書で取り上げられたりすることが多い。
[編集] 小田原を舞台とする映像作品
- 『天国と地獄』(監督・黒澤明、1963年)
- 『サンキュー先生』(監督・山際永三 主演・西田敏行 制作・国際放映 放映・テレビ朝日系列 1980年9月8日~1981年3月23日) 小田原市立早川小学校が舞台。
- 『ゴジラVSビオランテ』(監督・大森一樹、1989年)※セリフのみ
- 『このまちだいすき』第二シリーズ(サガセル編) (日本放送協会〔NHK〕、主演・大塚寛、1994年4月 - 1995年3月) - 小学校社会科第3学年用の学校放送番組
- 『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(監督・金子修介、2001年)
- 『クニミツの政』(週刊少年マガジン連載中)(フジテレビジョン系列、2002年)
- 『恋するトップレディ』(フジテレビジョン系列、2002年)
[編集] ロケ地
- テレビ朝日土曜ワイド劇場『火災調査官 紅連次郎』(フィルムコミッション協力で、小田原市消防本部を使用)
- 『世界の中心で、愛をさけぶ』(監督・行定勲)(小田原市立白山中学校の体育館を使用)
- NHK大河ドラマ『新選組!』(桜田門外の変のシーンで、小田原城銅門を使用)
- NHKドラマ『ちゅらさん3』(かっこおばあが恵文のタクシーを呼び出す場面でヒルトン小田原の車留めが使われた)
- 日本テレビ水曜ドラマ『ハケンの品格』(2,3話でダイナシティ内のロビンソン百貨店が使用された。)
- フジテレビ『めざましテレビ トロと旅する』(2007年3月12日~16日)
[編集] 漫画
- 『I'll(アイル)』(月刊少年ジャンプ連載終了)
[編集] 関連項目
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[編集] 外部リンク
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