大英博物館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この項目ではブルームズベリーにある大英博物館について記述しています。1881年に分離した大英自然史博物館についてはロンドン自然史博物館を、1973年に分離した図書館についてはについては大英図書館をご覧ください。

大英博物館だいえいはくぶつかんThe British Museum)は、イギリスロンドンにある博物館

大英博物館の正面玄関

目次

[編集] 概要

世界最大の博物館のひとつで、古今東西の美術品書籍など約700万点が収蔵されている。収蔵品は美術品や書籍のほかに、考古学的な遺物標本コインオルゴールなどの工芸品、世界各地の民族誌資料など多岐に渡る。イギリス自身のものも所蔵・展示されている。余りに多岐にわたることから、常設展示だけでも、一日で全てを見ることはほぼ不可能である。

世界中の博物館との連携による巡回展プロジェクトや、途上国の博物館への技術協力なども進められている。教育プログラムも充実しており、学校との連携プログラム、家族向けプログラム、大人向けプログラム、障害者や移民・亡命希望者など社会的弱者のためのプログラムなどがある。また、「アジア美術ディプロマ」という大学院修士課程レベルのコースも博物館教育プログラムの一環として提供されている。

来館者の約56%が外国人観光客といわれている。このため各国語版のガイドブックも充実しており、入り口脇にあるミュージアムショップでは公式ガイドブックが販売されているが、この中には日本語版も見られる。

[編集] 特色

大英博物館のコレクションは、多くが個人の収集家の寄贈によるものである。また、創設以来、入場料は無料である。ただし寄付は受け付けており、館内には来館者向けに方々に募金箱が見られ、世界各国何処の通貨でも構わない旨が各国語で記載されている。

大英博物館は国家機関に準じてはいるが、政府とは独立しイギリス議会に直属する組織で、カンタベリー大主教庶民院議長、大法官で構成する理事会(Trustees)によって運営される。

[編集] 沿革

大英博物館の起源はハンス・スローン卿のコレクションにさかのぼる。

医者であり、個人としては当時最大の博物学的コレクションを持つ収集家であったハンス・スローン卿は遺言で彼の死後、収集した美術品や稀覯書8万点のコレクションを、総合的に一括管理し一般人の利用に供することを指示した。管財人達はイギリス議会に働きかけ、議会はすでに国に所有されていたコットン蔵書と、売りに出されていたハーレー蔵書を合わせて収容する博物館を設立することを決定した。博物館の設立には宝くじ売り上げがあてられることになり、1753年に博物館法によって設立され、一般向けには1759年1月15日、開館した。初代館長は著名な医者で発明家でもあったゴーウィン・ナイト(Gowin Knight)。

グレート・コート

当初はモンタギューハウスで開設していたが、コレクションが増えるにつれて手狭になり、1823年ジョージ4世が父親から相続した蔵書を寄贈したことが契機となってキングズライブラリーが増設された。1857年には6代目館長(主任司書アントニオ・パニッツィのもとで、現在も大英博物館を象徴する建造物となっている円形閲覧室が中庭の中央部に建設された。

しかし、コレクションの増加に追いつかないため、1880年代自然史関係の収集物を独立させた自然史博物館がサウス・ケンジントンに分館として設立された。

[編集] 図書館機能

1973年には図書部門がロンドン国立中央図書館等と機能的に統合されて大英図書館となり、1997年に書庫と図書館機能は完全に独立しセント・パンクラスの大英図書館新館に移った。旧大英博物館図書館は書庫を取り払って円形閲覧室のみを残し、現在は博物館の各室を繋ぐ自由通路であり、ミュージアムショップやレストランを附設する屋根付きの中庭(グレート・コート:ノーマン・フォスター設計)とされている。

また、館に収蔵されている美術品や書籍などのうち展示されていないものを、事前予約をすれば実際に見ることができる、スチューデント・ルームと呼ばれる部屋が館内に数カ所ある。

[編集] 備考

収蔵品には、大英帝国時代の植民地から持ち込まれたものも多く、今日では文化財保護の観点や宗教的理由から国外持ち出しが到底許可されないような貴重な遺物も少なくない。『パルテノン・スキャンダル—大英博物館の「略奪美術品」—』(ISBN 978-4-10-603540-1)などにも示されているが、しばしば収蔵品の返還運動もおこされている。

このような事情にも絡み、イギリス人自身にも「泥棒博物館」や「強盗博物館」などとも揶揄されるが、逆に大英博物館に一堂に会したことで研究が進むこともある。ロゼッタ・ストーン1802年より大英博物館で公開されているが、20年後の1822年にフランス人ジャン=フランソワ・シャンポリオンが解読に成功、後の古代文字(ヒエログリフ)解析に大いに役立った。ちなみにシャポリオンがエジプトへの調査旅行に初めて行ったのが1828年のことで、彼が大英博物館でロゼッタ・ストーンに出会わなければ、考古学史もあるいは違ったものになったかもしれない。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB