大日本プロレス
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大日本プロレス(だいにほんぷろれす)とは、
- 1995年に元全日本プロレスのグレート小鹿が神奈川県横浜市に設立したプロレス団体である。後述。
- 1978年秋に設立が計画されたプロレス団体である。計画では、西鉄ライオンズなどに所属していた元野球選手で野球評論家の豊田泰光が社長に就任し、大相撲から千代の富士と高見山がプロレスラーに転向。フジテレビで放送される予定で、国際プロレスと合併する話も持ち上がっていたという。資金は千代の富士の後援会の人物と漫画原作者の梶原一騎が出資。元プロレスラーのユセフ・トルコが中心になって設立に動いていたが、資金調達の面で計画は頓挫したと伝えられる。
本項では、1について詳述する。
| 種類 | 株式会社 |
| 略称 | 大日本プロレス(BJW) |
| 本社所在地 | 〒220-0073 横浜市西区岡野1-13-5 横浜西口サンエースビル7F |
| 設立 | 1994年12月 |
| 業種 | |
| 事業内容 | プロレスリングの興行及び関連企画の運営 |
| 代表者 | 代表取締役社長 小鹿信也 統括部長 登坂栄児 |
| 主要子会社 | 有限会社四つ葉工芸 レスラーズ運輸 |
| 外部リンク | http://www.bjw.co.jp/ |
| 特記事項:道場所在地 横浜市都筑区池辺町4347 | |
旗揚げ戦は1995年3月16日神奈川の横浜文化体育館で行われた。派手なデスマッチが特徴。
バーリ・トゥードを行っていた時期もあったが、旗揚げ当初から常にデスマッチ団体を標榜している。
また、デスマッチ以外のレスリングでも、高い技術を持つ選手がハイレベルな試合を繰り広げる。
一方で、試合以外のイベントの開催や、養護施設の慰問を積極的に行うなど、ファンサービスにも力を入れている。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 団体スローガン
- 「デスマッチ・メジャー宣言」
- 「ファンNo.1宣言」
- 2006年、「大日本のファンは素晴らしい」と言えるような団体を目指して宣言。ファンとの交流の場を増やす等、ファンサービスを強化。
- 「ONE MORE BJ」
- 2007年、インディー団体としての原点に立ち返りつつ、更なる一歩を踏み出す。
[編集] 中継番組「大日大戦」
詳細は大日大戦を参照
[編集] スポンサー
- ネオプラス
- 神奈川オートバイ事業共同組合
- チケットぴあ
- テレビ埼玉
- GyaO
- ショップ・マニフィカ(東京テレビランド)※2007年にCM出演
- ソフト・オン・デマンド(2005年まで)
[編集] タイトルホルダー
- 大日本プロレスが認定している王座と保持者(2008年12月現在)
- BJW認定デスマッチヘビー級王座・・・佐々木貴(第20代王者)
- BJW認定タッグ王座・・・関本大介&佐々木義人(第23代)
- 過去に存在した王座
- BJW認定大日本ヘビー級王座
- BJWジュニアヘビー級王座
- BJW女子王座
[編集] 現在の所属&参戦選手
[編集] 所属選手
- 伊東竜二
- 関本大介
- "黒天使"沼澤邪鬼(スクール・オブ・デス教頭)
- アブドーラ小林
- シャドウWX
- MEN'Sテイオー(スクール・オブ・デス理事長)
- 大黒坊弁慶
- 谷口裕一
- 井上勝正
- 今井計(旧、豹魔)(スクール・オブ・デス劣等生)
- 山川竜司
- 石川晋也(練習生)
[編集] 他団体&フリー参戦選手
- アパッチプロレス軍
- KAIENTAI-DOJO
- イーグルプロレス
- 近藤博之
- ZERO1-MAX
- 666
- ユニオン・プロレス
- isami(スクール・オブ・デス生徒)
- 格闘探偵団バトラーツ
- 大阪プロレス
- O'zアカデミー
- フリー
- 木村響子
- 松永智充
[編集] 主な参戦外国人選手
大日本プロレスでは、外国人のデスマッチファイターを「バカガイジン」と敬意を込めて呼ぶことがある。
- マッドマン・ポンド
- MASADA
- ネクロ・ブッチャー
- マイク・サンプラス
- ジェイソン・レイ
- マッドドック
- 2・タフ・トニー
- Mr.インサニティー
- クレイグ(非バカガイジン)
- JCベイリー
- ヘイン・ブラザーズ(コーク・ヘイン&サム・ヘイン)
[編集] スタッフ
[編集] 過去の所属選手
[編集] 過去の参戦選手
- 他団体参戦選手
- 神風(ZERO1-MAX所属)
- アステカ(プロレスリング華☆激所属)
- TAKAみちのく(KAIENTAI-DOJO所属)
- 大石真翔(KAIENTAI-DOJO所属)
- 旭志織(KAIENTAI-DOJO所属)
- スポット参戦選手
- フリー参戦選手
- 外国人選手
- アブドーラ・ザ・ブッチャー
- クレイジー・シーク
- CZW軍(2000年~2001年)
- ザンディグ
- ジャスティス・ペイン
- ワイフビーター
- ネイト・ヘイトリッド
- ジョニー・カジミア
- トレント・アシッド
- ラッカス
- ニック・ゲージ
- ニック・バーク
- ヴァン・ハマー
[編集] タッグチーム
現在の主要タッグチーム
- 伊東竜二&佐々木貴
- 葛西純&"黒天使"沼澤邪鬼「045邪猿気違'S(ゼロヨンゴ ジャンキーズ)」
(「スクール・オブ・デス」での登場の場合、「理事長」としてMEN'Sテイオーが加わる。このとき、葛西は「校長」、沼澤は「教頭」。) - シャドウWX&マンモス佐々木「チームあんこ型」
- 近藤博之&井上勝正「チーム若作り」
- 2・タフ・トニー&マッドマン・ポンド「バカガイジンズ」
- 宮本裕向&isami「ヤンキー二丁拳銃」
- 田中将斗&黒田哲広(FMW軍)
(6人タッグの場合は、この2人に金村キンタローが加わる。) - 関本大介&佐々木義人
(6人タッグの場合は、この2人に井上勝正・Hi69などが加わる。) - 山川竜司&金村キンタロー
- 宮本裕向&忍
- MEN'Sテイオー&怨霊
- 谷口裕一&大黒坊弁慶
- 大石真翔&旭志織
過去に存在したタッグチーム
- 山川竜司&本間朋晃
- BADBOY非道&葛西純「赤まむし」
- ザンディグ&葛西純「CZW JAPAN」
- アブドーラ小林&"黒天使"沼澤邪鬼&大黒坊弁慶「スキンヘッダーズ」
- アブドーラ小林&関本大介「マッスル&ファットです」
- 関本大介&MEN'Sテイオー「メンズクラブ」
- 金村キンタロー&アジアン・クーガー「チーム紀伊半島」
- 谷口裕一&MIYAWAKI
[編集] 試合会場
[編集] 主要会場
大日本では、各会場ごとにポジショニングを分け、それぞれの会場に合わせた興行を行っているのも特徴である。
- 横浜文化体育館
- 旗揚げ戦の会場となった場所で、現在でも年2回開催。
- デスマッチヘビー級選手権試合が必ず行われる。
- 後楽園ホール
- 埼玉・桂スタジオ
- 2ヶ月に1回のペースで開催。
- 首都圏の屋内会場では、規制が最も緩い会場の為、新世代デスマッチファイターの発掘や、後楽園ホールではできないような試合形式など、「実験的な」カード編成が行われる会場。
- この自由度を利用して、2004年には、18歳未満入場禁止の興行を開催している。
- 川崎市体育館
- 桂スタジオとは対照的に、蛍光灯が使えない等の規制が多く、その中でいかに質の高い試合を提供できるかが求められる会場。
- 札幌テイセンホール
- 晴海埠頭客船桟橋特設リング
- 2005年、秋葉原駅前特設リングで開催されていたファイヤーデスマッチを、首都圏では4年ぶりに復活させた会場。
- 横浜・赤レンガ倉庫1号館
[編集] その他の会場
[編集] 過去に使用されていた会場
[編集] デスマッチ
大日本プロレスにおけるデスマッチを参照。
[編集] 別ブランド「横浜プロレス」
横浜プロレスを参照。
[編集] その他の業務
[編集] 飲食店
[編集] 運送業「レスラーズ運輸」
- 2005年5月19日、アブドーラ小林を社長に、引越し業を取り扱う運送会社「大日本プロレス運輸」を開業。
- しかし、新日本プロレスと業務提携をしている「プロレス運輸」から商標権の侵害を理由に裁判を起こされた為、同年12月、社名を「レスラーズ運輸」に改称した。
- 主に一人暮らしの女性からの依頼が多いらしい。
- また、「蛍光灯無料引取りサービス」を実施し、集まった蛍光灯は、当然の事ながら、デスマッチで破壊される。
[編集] スポーツジム「横浜マッスルファクトリー」
[編集] 四つ葉工芸
統括部長の登坂栄児が社長を務める子会社。主にTシャツなどのオリジナルグッズの製作・販売を行う。
- 主なオリジナルグッズ
[編集] 自主興行「ドリーミン・プロジェクト」
- リングアナウンサーの村上健が主催する自主興行。
- デスマッチはないものの、大日本所属・参戦選手の一部や、大日本OBらが多数参戦する。
[編集] 参考資料
[編集] 新日本との抗争
1996年に、当時日本中でドームツアーを行うなど絶大な人気を誇っていた新日本プロレスに対し宣戦布告。 長州力、武藤敬司らをはじめとする新日本の「インディーはプロレスではない」という姿勢に対しグレート小鹿が「インデーを舐めるな」と反発したものだった。 愛知県大会などで乱入を繰り返した末、97年新日本の1・4ドーム大会で対抗戦が行われた。
愛知県大会では小鹿をはじめとする選手たちが土足でリングに乱入し新日本ファンから大ブーイングを浴びた。
余談だが、乱入直前彼らは強い緊張感を感じていたという。まだ時間があるからと立ち寄った喫茶店で小鹿がクリームソーダを注文。緊張でそれどころではない選手たちはとりあえず「俺も」「俺も」と注文し、皆でクリームソーダを飲んでいたとその一員であった田尻は語っている。
[編集] 外部リンク

