吹田市

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吹田 から転送)

<tr> <td style="border-color: #aaa; border-style: none none solid; background-color: #f0f0f0; text-align: center;">市の木</td> <td colspan="2" style="border-color: #aaa; border-style: none none solid solid">クスノキ </td></tr> <tr> <td style="border-color: #aaa; border-style: none none solid; background-color: #f0f0f0; text-align: center;">市の花</td> <td colspan="2" style="border-color: #aaa; border-style: none none solid solid">サツキ </td></tr>

</td><td colspan="2" style="border-style: solid none none solid; border-color: #aaa; text-align: right;">東経135度31分10秒
北緯34度45分23秒
吹田市のデータ
日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府 
団体コード 27205-1 
面積 36.11km²
総人口 354,174
(2006年9月1日)
隣接自治体 大阪市東淀川区淀川区
豊中市箕面市茨木市摂津市 
吹田市役所
所在地 〒564-8550  大阪府
 吹田市泉町一丁目3番40号
電話番号 06-6384-1231 
外部リンク 吹田市ホームページ 
位置

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吹田市(すいたし)は、大阪府中北部にあるガンバ大阪のホームタウン。

1960年代、なだらかな千里丘陵千里ニュータウンが建設されて巨大なベッドタウンになった。2005年2月28日現在、総世帯数は14万8704世帯に上る。

アサヒビール創業の地で工場がある。1970年に大阪万博が行われ、太陽の塔がある。古代から続く歴史ある町で、企業、学術、医療、運動施設の集積地でもある。

JR吹田駅は市の代表駅だが、JR京都線(東海道線)の新快速快速とも停車しない。吹田市内には13の駅があるが、すべて各駅停車のみが止まる。

関西圏の高速道路の要衝である吹田ジャンクションを擁し、名神高速道路中国自動車道、および近畿自動車道が接続している。

目次

[編集] 地理

  • 大阪府の中北部に位置し、北摂地域の市の一つ。
    • 位置 
      • 東端(吹田市青葉丘南) 北緯34°48'22" 東経135°33'22"
      • 西端(吹田市芳野町)  北緯34°45'04" 東経135°29'13"
      • 南端(吹田市南吹田2丁目)北緯34°44'42" 東経135°30'29"
      • 北端(吹田市藤白台5丁目)北緯34°49'52" 東経135°30'18"

  市域の北側は、なだらかな千里丘陵で占められ、南側は淀川安威川神崎川や、千里丘陵を源流とする川から運ばれた堆積物で作られた平地になっている。標高は、1.5メートルから115.7メートル。市域は、東西に6.4キロメートル、南北に9.6キロメートルと南北に長くなっていて、面積は36.11km²である。 吹田市域の地質は、北部の千里丘陵の大阪層群(千里山累層)の古期洪積層と、南部の安威川・神崎川沿岸低地の沖積層の2つから構成される。北部の洪積層は、約200万年前~1万年前に土砂が堆積し安定した地層。南部の沖積層は、約1万年前以降にできた比較的新しい地層になる。 かつては海がすぐそばまで迫っており、高浜といった地名が今に残る。海運など交通の要衝でもあった。

神崎川と安威川の合流点
正雀川
常光円満寺
  • 自然の湖はないが、釈迦ヶ池、新からま池、宮ヶ谷池、竜ヶ池、牛ヶ首池、王子池、高町池などかつての水田用のため池が、いまも多く残る。これらのため池には準絶滅危惧種の「ベニイトトンボ」が生息している。
  • 断層 佛念寺山断層上町断層帯)-東隣の豊中市北部から南へ続き吹田市との境をとおり、吹田市南部で市内に入る。吹田市内では江坂付近を経て、南の大阪市内の上町断層本体へつながる。また、吹田市域のすぐ北に高槻有馬構造線がある。どちらの断層でも地震が発生したら、吹田市内では震度7以上との予測がある。
  • 5つの鉄道路線がある。市の南を、JR京都線、阪急京都線が東西に。また、市の西を、阪急千里線、北大阪急行電鉄が南北に通り、北部を大阪モノレールが東西に通っている。鉄道が通らないところには、阪急バスが走り、各駅を結ぶネットワークになっている。 道路では吹田インターチェンジ(名神高速・近畿自動車道・中国自動車道)があるほか、新御堂筋など大阪市との間の道路も整備されている。新大阪駅(新幹線)、大阪空港にも近く、市域全域に市街地が広がっている。

[編集] 気候

典型的な瀬戸内海式気候区の気候で、温暖ではあるが雨が少ない。吹田の地名は水田から来ていると考えるられるほど、かっての稲作地帯ではあるが、昔から雨が少ないことは多数のため池が象徴的に表している。2004年度の統計としては、晴天日数が223日もあり、わずか0.1ミリ以上の降水日でも87日しかない。

平均気温 最高気温 最低気温 平均湿度 平均風速 降水総量
2000年 17.7 38.3 -0.5 67 1.6 1139.6
2001年 18.5 40.2 -1.3 66 1.6 1032.0
2002年 17.6 38.1 -2.7 66 1.6 829.0
2003年 17.4 36.3 -2.8 68 1.5 1421.0
2004年 18.5 38.6 -1.8 64 1.5 1365.5

[編集] 歴史

  • 有史以前
    • 化石が市内2カ所で発見されている。
    • 旧石器時代ごろからの石器が、市内で発掘されている。このごろから人が住んでいたようだ。
  • 奈良時代 「次田堀川」(すきたのほりかわ)の記述が行基年譜に見受けられる。行基が吹田に堀川や垂水布施所を築いた。
  • 736年天平7年)行基が、常光円満寺(吹田市元町)を開いたと伝えられる。その他、行基開祖と伝えられる寺院がいくつかある。
  • 744年天平16年)市内で 難波宮(難波京)の瓦を焼いていた。七尾瓦窯跡。
  • 785年延暦4年)和気清麻呂により神崎川淀川を直結させる工事が行われ、西国から船で大阪湾、神崎川をとおり京都へむかう河港として発達した。もともと、西国街道、亀岡街道なども通っており、陸路・水路とも西国と京都を結ぶ交通の要衝として発達した。


泉殿宮
  • 869年(貞観11年)泉殿宮(いずどのぐう)が創建される。吹田市西之庄町。



  • 応仁の乱以降の戦国時代の戦火で、吹田市内のおもな神社、寺院が焼失し、町屋にも大きな被害が出たとの記述が歴史書に見受けられる。


  • 1610年慶長15年:江戸時代初期)応仁の乱の戦火により焼失していた「吉志部(きしべ)神社」が再建される。再建したのは朝鮮半島からの渡来してきた吉志一族の子孫だった。
  • 1706年宝永3年)吹田村の一部が江戸幕府直轄地の天領から「仙洞御料」(上皇の領地)に。この仙洞御料時代の壮大な庄屋が明治時代に改修され「西尾邸」(吹田市内本町)として残っている。吹田村の他の地域は、旗本柘植氏・竹中氏)の領地に細分されていた。吹田市域の他の村も天領、高槻藩淀藩、旗本領などが複雑に入り組んだ「入組支配」が行われた。
  • 1798年寛政10年) 摂津名所図会に「吹田の渡し」が描かれる。


  • 1876年(明治9年)大阪~京都間に鉄道が開通。吹田駅開業。
  • 1878年(明治11年)神崎川が付け替えられ現在の流れの位置になった。
  • 1880年(明治13年) 釈迦ヶ池に鴨猟に来ていたプロイセン王国の皇孫を住民が殴打し外交問題となる事件が発生した。
  • 1889年(明治22年)
    • 佐井寺村と片山村が合併して、千里(ちさと)村となる。
    • 少路村、東村、南村、吉志部岸辺村、七ツ尾村が合併して岸部村となる。
    • 榎阪、垂水村が合併して豊津村となる。
  • 1891年(明治24年)アサヒビール創業(現吹田工場竣工)。
  • 1908年(明治41年)4月 吹田村は吹田町となる。


 

  • 1928年(昭和3年)1月16日 阪急 淡路~高槻町(現在の高槻市駅)間が開通。吹田町駅(現在の相川駅)、正雀駅開業。
  • 1934年(昭和9年)生活貧窮者の保護、医療施設「大阪市弘済院」が現在の古江台に移転する。
  • 1934年(昭和9年)室戸台風により豊津小学校と岸部小学校の校舎が倒壊。生徒多数が犠牲になる。
  • 1936年(昭和11年) 府道 大阪高槻京都線が開通。産業道路と呼ばれる。神崎川の水運、鉄道輸送に加え道路ができたことで、これ以降、JR京都線(吹田操車場)、神崎川、産業道路沿いに工場が建ち始める。
  • 1940年(昭和15年)4月1日に4町村(三島郡吹田町、千里村、岸部村、豊能郡豊津村)が合併し「吹田市」誕生。当時の面積20.45km2、人口63,181人。



岸部地下道


国立民族学博物館

[編集] 行政

吹田市役所

平成13年(2001年)4月1日、「地方分権一括法」によって一定の権限が都道府県から委譲される「特例市」に移行した。

[編集] 行政機構

  • 市長
    • 副市長
    • 会計管理者

[編集] 歴代市長

在職期間 氏名 出身 備考
1 1940年7月2日-1942年9月8日 川端信治郎 市会選挙1期
2 1942年11月7日-1947年 山崎隆義 官選1期
3 1947年4月6日-1951年4月23日 岡本太郎 公選1期
4 1951年4月24日-1955年5月27日 木村熊次郎 大阪府 公選1期・日本社会党所属
5 1955年5月28日-1959年4月30日 山口冨次郎 大阪府 公選1期
6 1959年5月14日-1963年4月30日 村田静夫 鹿児島県 公選1期
7 1963年5月14日-1967年4月28日 村田静夫 鹿児島県 公選2期
8 1967年5月14日-1971年4月25日 山本治雄 大阪府 公選1期・自由民主党民社党推薦
9 1971年5月14日-1975年 榎原一夫 大阪府 公選1期・日本社会党日本共産党推薦
10 1975年-1979年 榎原一夫 大阪府 公選2期・日本共産党推薦
11 1979年-1983年 榎原一夫 大阪府 公選3期・日本共産党推薦
12 1983年-1987年4月 榎原一夫 大阪府 公選4期・日本共産党推薦
13 1987年4月-1991年4月 榎原一夫 大阪府 公選5期・日本共産党推薦
14 1991年4月-1995年 岸田恒夫 公選1期・日本共産党推薦
15 1995年-1999年 岸田恒夫 公選2期・日本共産党推薦
16 1999年-2003年 阪口善雄 公選1期・自由民主党民主党公明党社会民主党推薦
17 2003年-現職 阪口善雄 公選2期・自由民主党民主党公明党社会民主党推薦

[編集] 市役所出張所

  • 千里出張所
  • 山田出張所
  • 千里丘出張所

[編集] 財政

国からの財政支援である地方交付税(普通交付税 )を受けていない。いわゆる不交付団体。

[編集] 広域行政

  • 北摂
    • 豊能 緊急児童医療「豊能広域こども急病センター」-箕面市にある。小児科医、小児科病院の減少に対応するため豊能地域の4市2町(豊中市・吹田市・池田市・箕面市・豊能町・能勢町)が共同で設立した。各市の市民病院や、大阪大学医学部小児科と国立循環器病センターの協力も得て運用している。
    • 三島 大阪府の三島府民センターが茨木市にある。大阪府税事務所などが入っている。

[編集] 行政機関

[編集] 警察

  • 1880年(明治13年)  茨木警察署の吹田分署として設置される。
  • 1926年(大正15年)  茨木警察署から独立し、吹田警察署に昇格した。

その後、第2次世界大戦後の警察法の制定改正により、大阪府吹田警察署と改称した。 現在、吹田市南部の吹田市穂波町13番33号に吹田警察署の庁舎を置く。 この吹田警察署の最寄り駅は阪急吹田駅になるが約700メートルほど離れている。 このほか、吹田市内に交番が17ヶ所、警ら連絡所が5ヶ所、交通詰所が1ヶ所がある。

[編集] 消防

吹田市消防本部(西消防署内に併設)が吹田市全域をカバーする。 吹田市内の消防署は以下の通り。

  • 南消防署
    • 南正雀出張所
  • 北消防署
  • 西消防署
    • 千里出張所
  • 東消防署
    • 岸部出張所

[編集] 市外局番6800番台地域の変遷

大阪府豊中市(庄内地区を除く)及び吹田市(旧新田村に限る)の市外局番は1973年3月31日まで068だったが、局番変更が下記のように行われた。いずれも平成11年1月1日に市内局番が4桁化されている。

  • 06-391~393、398-FGHJ→06-331~333、334-FGHJ→06-6331~6336-FGHJ
    • (但し神崎川以北の豊中市域が対象。豊中庄内局完成により大阪三国交換局から分離。6335、6336は06化以降に新たに追加された。6398局は現在は大阪市淀川区(大阪三国局)内で再割り当てされている)
  • 068-31~33-FGHJ→06-831~833-FGHJ→06-6831~6837-FGHJ
    • (6834~6837は06化以降に新たに追加された)
  • 068-41、43、44-FGHJ→06-841、843、844-FGHJ→06-6840~6846、6848~6850-FGHJ
    • (6840、6842、6845、6846、6848~6850は3桁時代に新たに追加された)
  • 068-52~55-FGHJ→06-852~855-FGHJ→06-6852~6858-FGHJ
    • (6856~6858は06化以降に新たに追加された)
  • 068-62~64-FGHJ→06-862~864-FGHJ→06-6862~6868-FGHJ
    • (6865~6868は06化以降に新たに追加された)
  • 068-71~73、75~78-FGHJ→06-871~873、875~878-FGHJ→06-6871~6873、6875~6879-FGHJ
    • (6879は06化以降に新たに追加された)

[編集] 経済

[編集] 産業

[編集] 特産品

  • 吹田クワイ かつては天皇家にも献上されていた。現在は保存会によって守られていて、生産量もわずかしかない。

森鴎外の小説「伊沢蘭軒」のなかに以下のような部分がある。

春庵は重て問うた。「そんなら京都にお出なさつた時、一番お好であつたものは何でしたか。」 「それはあの吹田(すゐた)から出まする慈姑(くわゐ)でございました。」 「宜しい。お安い御用です。そんなら吹田の慈姑は是非持つて帰ります。しかしそれだけでは、なんだか物足りないやうですね。も一つ何かお望なさつて下さい。」

  • タケノコ 千里丘陵はもともと竹林だったため、良質のタケノコが採れる。
  • 生一丁 アサヒビールが吹田工場だけで製造していたビール。現在は生産されていない。

[編集] 主な産業

産業別人口、販売額を見ても、第3次産業商業の比重が非常に高いのが吹田市の産業の特徴になっている。大正から昭和にかけて、「ビールと操車場の町」といわれていた時もあった。アサヒビールのビール工場は現存するが、1984年(昭和59年)2月に東洋一を誇った吹田操車場は廃止された。
アサヒビール吹田工場
  • 産業人口
    • 産業別の就業人口比率
      • 1次産業 0.1%
      • 2次産業 21.8%
      • 3次産業 76.0%
  • 事業所数 11783所   従業員数 143,306人       2001年10月1日
    • 工業事業所数 217所  製造品出荷額  264,265百万円  2003年12月31日
    • 商業事業所数 3479所 年間商品販売額 1,805,145百万円 2002年6月1日
    • 農家数 276戸     経営耕作面積  9,587ha     2000年2月1日

[編集] 吹田に本社があるおもな会社

JR京都線沿線から安威川神崎川沿岸に阪神工業地帯の一部をなす工場群が集中する。 また、昭和40年代に区画整理された江坂駅周辺は、大阪市副都心の様相をなし、多数の会社が本社機能を置いている。

[編集] JR京都線から神崎川沿い

このほか、アサヒビール山崎製パン大日本インキ大日本住友製薬ダスキン日本触媒オリエンタル酵母工業三島製紙紀州製紙NEOMAXなどの工場がある。

[編集] 江坂周辺

かつてはダイエーアシックスカルチュア・コンビニエンス・クラブ(TSUTAYA)、ローソンがこの地区に本社を構えていた。

[編集] 放送

[編集] 鉄道

吹田機関区

かつて東洋一を誇った吹田操車場の廃止後も、JR西日本をはじめ各社の車両基地があり、吹田市は鉄道の町という一面がある。また、吹田操車場跡には、大阪駅北側の再開発に伴い梅田貨物駅機能の一部が移転する計画がある。JR吹田駅から岸辺駅を経て、千里丘駅まで続く広大な吹田操車場跡地の再開発の行方が注目される。 主な鉄道施設は以下の通り

[編集] 商業

吹田市内の商業地域としては、大正時代から駅前に自然発生的にできた商店街や、千里ニュータウンの計画的なショッピングセンターがある。さらに、各沿線の各駅ごとや、大規模な店舗を中心としたものなど、各地がバラバラに発達していて吹田市の核となるような場所はない。また、大阪市(梅田など)に近すぎたため、近郊の茨木市や高槻市のように独自の大型商業拠点が発達しにくい面がある。なお、千里ニュータウンには核になる千里中央駅周辺の商業施設があるが、場所が豊中市になる。

旭通商店街
旭通商店街など、大正時代に駅が現在の位置に移転してから発達した商店街がある。駅ビルを含む吹田さんくすは、1979年(昭和54年)10月に再開発されたもの。吹田さんくすの中核店はダイエーになる。周辺の商店街には、「旭通商店街」、「新旭町通商店街」、「錦通り商店街」、「栄通り商店街」、「中通り商店街」、「本通り商店街」、「千日通商店街」、「新旭町通食品街」、「片山商店街」がある。駅北側も遅れて再開発されたが北摂地域で最も高いビル「メロード吹田」は、ほとんどが住宅であるなど商業施設はあまりない。駅北側では、昔からの商店街「片山商店街」の方が活気がある。
    • 岸辺駅 以前は駅前の商店はまばらで、大阪学院大学に伴う学生街もあまり発達しておらず、近くの阪急正雀駅の摂津市側の商店街を利用する人が多かった。しかし、現在では、駅前の工場跡地が再開発され、平和堂を中核に、薬局、レストラン、カラオケ、さらには温泉も建設され、活気づいている。
    • 千里丘駅 駅は摂津市にあるが、吹田市からも徒歩圏内にあり、吹田市側にも商業施設が広がっている。また、駅からは1キロほど離れているが大規模店舗の「イズミヤショッピングセンター千里丘店」を中心に商店が集まっている。
  • 阪急京都線沿線
    • 相川駅 駅は大阪市東淀川区にあるが吹田市民の利用も多い。JR吹田駅から商店が続き、大阪市側の駅前にも商店街がある。
    • 正雀駅 岸辺駅前と重複するが吹田市側には最近商店も開店した。しかしそれでも、摂津市側の、正雀駅前商店街、正雀本町商店街などは、吹田市民もよく利用する。吹田市側には「万代百貨店」、摂津市側には「ライフ」がある。
  • 阪急千里線沿線
    • 阪急吹田駅 東のJR吹田駅から続く商店街が、南の吹田簡易裁判所方向へもひろがる。また、駅の西側の内環状線沿いに「ライフ」「ミドリ電化」「吹田郵便局」など。
    • 豊津駅 西の江坂方向へ商店街が続く。駅前から西へ「ハース」「ミスギヤ」「シンコー」。近年、駅東側に「ライフ」が出店。スーパーマーケットが多い。
    • 関大前駅 学生街特有の商店が多い。
    • 千里山駅 大正時代に千里山駅ができてから、民間での開発が始まったニュータウンで商店街がある。「阪急千里山マーケット」「ピーコック千里山店」も。
    • 南千里駅 千里ニュータウンの吹田市内南側地域の中心。駅の商業施設には、「阪急オアシス」があり、南に少し離れて「ジャスコ」「ミドリ電化」がある。
    • 山田駅 再開発でユニクロなどのはいる商業ビル「Dew 阪急 山田」ができた。
    • 北千里駅 千里ニュータウンの吹田市内北側地域の中心。駅ビルの商業施設「Dios」に「サティ」「大丸ピーコック」など。
  • 御堂筋線、北大阪急行沿線
    • 江坂駅 東急グループが「東急ハンズ江坂店」など商業施設を発達させた。そのほか「スーパーKOHYO」「グルメシティ」「上新電機」など。多数のローソンに、飲食店も多数ある。現在、吹田市南西地域の中心地とも言える。江坂も参照。
    • 緑地公園駅 駅は豊中市にあるが吹田市側の線路に沿って北側に「ニッショー緑地公園店」「アオキ千里総本店」がある。また、駅から南に10分ほど行ったところに大阪で一番有名な古本屋「天牛書店」がある。


一方、店舗面積が1,000平方メートル以上のいわゆる大規模店舗は、吹田市内に42店舗(2004年度)。その内訳は、スーパー17店、小売市場3店、専門店12店、ホームセンター4店、その他6店になる。特に店舗面積が1万平方メートルを超える店舗が4つ、そのうち最大の1店舗は2万平方メートルを超える。


吹田市内の商業地の地価(ベスト5)-都市計画法に基づく商業地の指定場所のみ。

いずれも2004年度の公示地価から、一平方メートルあたりの価格。

[編集] 卸売業

吹田市内の卸売業の売り上げは、吹田市内の小売り業の5倍以上あり、大阪のベッドタウン北摂の市の中では、多い方である。しかし、1991年あたりをピークに年間の販売額は減少を続けている。そうした厳しい状況の中で吹田市内での卸売り額が多い分野は、電気機械器具や、食料・飲料といったものになっている。

2002年の吹田市内商業の年間販売額(万円)

  • 卸売業-152,030,044
  • 小売業--28,484,409
  • 合計---180,514,453

吹田市内の卸売業の推移(万円)

  • 1988年 151,244,837
  • 1991年 234,103,788
  • 1994年 194,126,068
  • 1997年 187,661,725
  • 2002年 152,030,044

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内

  • 滋賀県高島市
    • 市立少年自然の家が高島市今津町にあることから交流が始まる。2005年9月1日にフレンドシップ協定を結ぶ。
    • 2005年1月1日、交流先の今津町は高島町、マキノ町朽木村、安曇川町、新旭町と合併し、高島市となった。

[編集] 海外

[編集] 地域

  • 人口と世帯数の推移

1960年に12万人程度だった人口が、千里ニュータウンの開発で急増し、1980年には32万人となっている。その後、人口が減少に転じた時期もあるが、世帯数だけは増え続けている。

年 月 日  人 口   世 帯 数
1940/9/1  66,094  14,326
1945/9/1  64,703  14,587
1950/9/1  78,415  17,415
1955/9/1  97,887  21,234
1960/9/1  120,203  27,491
1965/9/1  197,272  53,472
1970/9/1  257,590  83,174
1975/9/1  296,090  100,465
1980/9/1  326,968  111,345
1985/9/1  345,646  121,526
1993/3/31  338,425  136,186
2000/3/31  339,596  137,778
2001/3/31  341,366  139,676
2002/3/31  342,112  141,011
2003/3/31  343,903  143,238
2004/3/31  345,456  144,915
2005/3/31  345,501  145,987
  • 年齢(歳)別人口比

0-14    14.8パーセント

15-64    70.1パーセント

65以上    15.1パーセント


  • 大阪市のベットタウンで、大阪市へ通勤している就業依存率37.2%は、大阪府下で最も高い。平成12年の夜間人口は347,400人。昼間人口は345,909人で、昼夜間人口比率99.6%である。そのうち、大阪市への昼間流出人口は65,883人。ただし、大阪市からの23,951人の昼間人口の流入もある。
  • 人口の流入では、近畿圏についで東京など関東からの流入が多い。東京からの転勤族が多いためで、吹田市内で話される大阪弁も語彙などが標準語に近いものになってきている。

[編集] 医療施設

大阪大学医学部附属病院
国立循環器病センター

[編集] 教育

吹田市内の小学校、中学校、高等学校の在校生の合計よりも、吹田市内の大学の在校生の方が多い。大学生がすべて吹田市在住ではないが、吹田市への大学の集中がわかる数字である。 2004年の生徒数

  • 小学校   20,122人
  • 中学校   9,612人
  • 高等学校  7,391人
  • 短期大学  647人
  • 大学+大学院 41,857 + 5,935 = 47,792人
  • 専修学校+各種学校  2,347 + 752 = 3,099人

少子化の影響などで生徒数が減少している。特に千里ニュータウンでは減少が大きく、当地区の小学校が2003年に統廃合され、市立小学校が37校から36校になった。ここ5年間では、吹田市全体では小学校の生徒数は微増しているが、中学校では依然として減り続けている。なお、市内には34(公立16、私立18)の幼稚園があり、園児数は微増していることから、全体としての減少にようやく歯止めがかかりつつある。

[編集] 小学校

[編集] 中学校