古河城

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古河城
茨城県)</dd>

諏訪曲輪土塁・堀
通称
城郭構造

平山城

天守構造

なし

築城主

下河辺行平

築城年

平安時代

主な改修者

松平康長

主な城主

下川辺氏、古河公方土井利勝

廃城年

明治4年(1871年

遺構

堀、土塁

位置

北緯36度11分12.76秒
東経139度41分43.75秒

古河城(こがじょう)は、現在の茨城県古河市渡良瀬川東岸にあった

室町時代後期に古河公方が置かれて古河御所(こがごしょ)の別称を持った。江戸時代には古河藩が置かれたが、明治時代の渡良瀬川の大改修の際に、城跡のほとんどが消滅した。

目次

[編集] 概要

鎌倉時代に下河辺氏の居館の一つがあったとされている。1340年北朝高師直が古河城に入ったとされている。以後、足利氏の城として機能する。小山義政の乱結城合戦では追討軍の拠点とされた。

1455年享徳の乱関東管領上杉氏鎌倉を追われた鎌倉公方足利成氏が、この城に逃れて「古河公方」を称し、下総国常陸国等の諸将の支援を受けて以後1世紀にわたり根拠とした。

戦国時代1546年北条氏康河越夜戦で古河公方足利晴氏を破るとそのまま古河城を占領して晴氏を相模国に連行する。更に1558年には古河公方家の重臣簗田晴助の居城関宿城を接収して強引に古河城に移らせた。だが、3年後晴助は上杉謙信の支援を受けて晴氏の嫡男足利藤氏を擁して挙兵する。1562年に北条氏康が古河城を取り戻すものの、不安に駆られた氏康は自分が擁立した足利義氏を古河城に戻した。その後、義氏が男子を遺さずに没したため、古河公方家は断絶する。

1590年豊臣秀吉関東平定後に古河城は破却されるものの、間もなく徳川家康小笠原秀政栗橋城に封じた際に、再び古河城を再建するように命じた。以後、古河藩歴代藩主の居城となった。以後藩主交代のたびに改築を繰り返した。特に日光街道沿いにあったために江戸幕府の成立後は徳川将軍日光東照宮参拝のたびにこの地を通過し、うち1617年1622年1629年1776年1843年には古河城で宿泊、1634年1636年1640年1642年には同じく休憩を取っている(なお将軍の休憩が短期間に集中しているのは、当時の筆頭老中大老を務めた土井利勝が古河藩主であった事と深く関わっているとされている)。

廃藩置県で廃城となり、足尾銅山鉱毒事件の影響で渡良瀬川の大改修が行われた際、城跡は川に接していたこともあり、そのほとんどが消滅した。

[編集] 構造

桜町曲輪土塁

西側は渡良瀬川に接し、残りの三方を水掘に囲まれていた。土塁に囲まれた複数の曲輪が、直線状に配置された連郭式の構造である。 何度か改築を重ねた末、江戸時代後期には、東西約0.5km、南北約2km もの広大な敷地を有した。主な曲輪は、北から順に、観音寺曲輪、桜町曲輪(丸の内)、三の丸、二の丸・本丸、頼政曲輪、立崎曲輪である。そのほかに、桜町曲輪の東側には、百間堀と呼ばれた水掘をはさんで「出城」と呼びならわされる諏訪曲輪があった。

このうち、観音寺曲輪・桜町曲輪・諏訪曲輪には重臣たちの武家屋敷、二の丸には藩主の御殿が置かれた。また、観音寺曲輪の北側に追手門、桜町曲輪の東側に御成門が置かれた。御成門周辺には、石垣も築かれた。 天守閣は建てられなかったが、土井利勝の時代に、「御三階櫓」と呼びならわされる3層のが本丸に築かれ、天守の代用とされた。

古河城の東南から南側は、通行が困難な湿地帯であったと伝わる。これらの湿地帯と渡良瀬川を生かした水に守られた要害であった。

なお、古河歴史博物館内には、精密な古河城下模型が展示されており、かつての全容を知ることができる。

[編集] 遺構

観音寺曲輪土塁

明治時代後期に行われた渡良瀬川の大改修時に、主要部分は堤防河川敷に変わった。観音寺曲輪の大半と桜町曲輪の半分、百間掘等の水掘が市街地側に取り残されたが、これらも宅地等に変わり、ほとんどの遺構は消滅した。わずかに残された遺構は、現在の桜町にある桜町曲輪土塁(「獅子ヶ崎遺構」)、および、錦町にある頼政神社(頼政曲輪から移設)境内にある観音寺曲輪土塁である。「出城」である諏訪曲輪は、河川改修時の影響が少なく、跡地に建てられた古河歴史博物館敷地内に、土塁と堀の一部が残されている。 また、乾門が中央町の福法寺の山門として、乾蔵と伝わる建造物が中央町の坂長本店の蔵として移築され現存しており、それぞれ、市文化財及び国有形文化財に指定されている。 本丸や二の丸等の主要部分の位置は、現在、渡良瀬川に架かる三国橋・新三国橋間の堤防・河川敷に相当し、堤防上に本丸跡を示す標柱がある。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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