参謀本部

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この項目では一般的な参謀本部について記述しています。大日本帝国陸軍の参謀本部については参謀本部 (日本)をご覧ください。

参謀本部(さんぼうほんぶ)とは、ドイツ語Generalstab の訳語の一つである。これは平時から有事に対する戦略戦術を研究準備する軍人参謀幕僚が中核となる。)から成る常設の独立した組織である。各国における成立の沿革上、陸軍海軍とで異なった名称を用いられることもあり、それに対応して参謀局、軍令部、作戦部、幕僚監部など種々の訳語が充てられることもある。

そもそも、参謀本部とは、プロイセン王国(ドイツ)で発展し、普仏戦争におけるプロイセンの勝利によってその真価が認められ、各国に導入された。日本においても明治政府はその軍制を急遽フランス式からプロイセン式に変更したことはよく知られている。軍制は「軍政」と「軍令」に分けられ、例えて言えば陸軍省が「軍政」を、参謀本部は「軍令」をつかさどる。しかし軍政と軍令を明確に分けることは当然のことながら不可能で、広範囲にあいまいな領域が生じ混乱を招くことともなった。実際の作戦部隊であるラインに対し、スタッフと言われる。(但し、こう解釈すると陸軍省もスタッフに入るので必ずしも適当とは言いがたい)

[編集] 参謀本部の例

個々の機関は沿革上、「参謀本部」と称されない又は訳されないこともあるが、実質的意味における参謀本部としては次のものなどがある(改称されたものや廃止されたものも含む)。

日本陸海軍の軍令機関の変遷
日付陸軍海軍根拠法令
1871年(明治4年)7月
兵部省陸軍参謀局
兵部省職員令
1874年(明治7年)6月18日参謀局「参謀局条例」
1878年(明治11年)12月5日参謀本部旧「参謀本部条例」
1884年(明治17年)2月軍事部
1886年(明治19年)3月18日
参謀本部
明治19年勅令
1888年(明治21年)5月12日陸軍参謀本部海軍参謀本部明治21年勅令第25号
1889年(明治22年)3月7日参謀本部海軍参謀部明治22年勅令第25号・同第30号
1893年(明治26年)5月19日海軍軍令部明治26年勅令第37号
1933年(昭和8年)10月1日軍令部昭和8年軍令海第5号
1945年(昭和20年)10月15日
(廃止)
昭和20年軍令海第8号など

[編集] 関連項目

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