厲王 (周)
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厲王(れいおう、生年不詳 - 紀元前828年、在位:紀元前857年? - 紀元前842年?)は、周王朝第10代王。名は胡。
厲王の在位期間は奸佞栄夷公を重用し、賢臣であった周公、召公等の諫言を退け暴政を行ったとされ、百姓は物事を口にするのを憚り視線によりその意図を伝え合ったとされる。これにより周の国勢は凋落し、朝政は腐敗を極めた。民衆の不満が募り、紀元前842年には民衆が王宮に侵入し、厲王を殺害しようとする国人暴動が発生した。事件に際して厲王は鎬京を脱出し黄河を越え—彘(現在の山西省霍州市)に逃れ、周公と召公が代わって朝政を見る共和制が施行された。
共和14年紀元前828年)に厲王が薨去し、周公及び召公により厲王の子である姫静が即位し宣王となった。
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