博覧会
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博覧会(はくらんかい)とは、物品や資料などを集めて一般公開する催しのこと。様々な物品を集めて展示する博覧会(国内博覧会)は、1798年、フランス革命期のパリで開催された。1849年までにパリで11回開催され、徐々に規模が大きくなっていった。同様の博覧会がベルギー・オランダなど各国でも開催されるようになると、1849年、フランスの首相が国際博覧会を提唱し、1851年に第1回国際博覧会がロンドンで開催されることになった。(国際博覧会の項も参照)
以下において、日本における主な博覧会を歴史的に記述する。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 日本の博覧会前史
江戸時代の宝暦8年(1757年)、讃岐の平賀源内の提案、本草家田村藍水の主催で、江戸湯島で薬品会が開催された。物産会は一般公開はされなかったが、全国から薬用になる動植物、鉱物を集めたもので、日本初の物産会であった。物産会はたびたび催され、宝暦12年には湯島において源内主催の大規模な壬午の会が開かれた。
[編集] 国際博覧会への参加
1867年、第2回パリ万博に幕府及び薩摩藩・佐賀藩が出品した。水戸藩徳川昭武、渋沢栄一らがパリに赴く。 1873年のウイーン万博には日本政府として初めて公式参加し、日本館を建設した。
明治期の国際博覧会では日本の展示品が好評をもって迎えられ、日本ブーム(ジャポニズム)を広めた。
[編集] 内国勧業博覧会など
近代日本では新しい文明の成果や他国の文化を人々に伝える啓蒙的な役割を果たすことになった。1871年(明治4年)、京都の西本願寺で開催された京都博覧会(京都博覧会社主催)が国内の博覧会最初期のものである。同博覧会は以後も京都御苑などを会場に行われた。東京では1877年、上野公園で第1回内国勧業博覧会(政府主催)が開催された。内国勧業博覧会は以後、1881年(上野)、1890年(上野)、1895年(京都)、1903年(大阪)と第5回まで開催された。
上野公園ではその後も東京勧業博覧会(1907年)、東京大正博覧会(1914年)、平和記念東京博覧会(1922年)と、東京府主催の大規模な博覧会が続いた。明治大正の博覧会場はほとんど東京か京都だった(わずかに大阪、名古屋の例もある)が、1926年の新潟築港記念博以降、各地域でも博覧会が盛んになった。
また日本統治下に入った朝鮮と台湾でも、日本統治の成果を示すことを目的とした博覧会が開かれた。1915年に京城(現在のソウル特別市)で開催された始政五年記念朝鮮物産共進会を始め、1929年には同じく京城で朝鮮博覧会、1935年には台北で台湾始政四十周年記念大博覧会が開催された。
[編集] 紀元2600年万博・東京オリンピックの中止
昭和に入ると、日本で国際博覧会を開催しようとする機運が高まり、国会でも議論された。紀元2600年に当たる1940年(昭和15年)を期して日本で「紀元2600年記念 日本万国博覧会」を開催することに決まった(1934年、日本万国博覧協会創立)。また、東京オリンピックの同年開催も1936年に決定し準備が進められた。しかし、日中戦争が激化したため、参加国の減少が見込まれたこと、及び軍部の反対により、1938年に開催中止が決定した。
[編集] 日本万国博覧会(大阪万博)
「人類の進歩と調和」をテーマに1970年、大阪府吹田市で開催された。アジア初の国際博覧会で、1964年の東京オリンピックに次ぐ国家的なイベントであった。(詳しくは日本万国博覧会を参照)
大阪万博以降の国際博覧会としては以下の4博覧会がある。(国際博覧会の項を参照)
- 沖縄海洋博覧会(沖縄県名護市周辺、1975年-1976年)
- 国際科学技術博覧会(つくば万博、筑波研究学園都市(茨城県つくば市)、1985年)
- 国際花と緑の博覧会(花の万博、花博、大阪府大阪市、1990年)
- 2005年日本国際博覧会(愛知万博、愛・地球博、愛知県愛知郡長久手町・瀬戸市、2005年)
[編集] 地方博覧会ブーム
第二次世界大戦以降も各地で博覧会が開催されていたが、中でも特に成功を収め、地方博覧会ブームの先駆けとなったのは、神戸のポートピア'81(1981年)である。埋立地にインフラ整備を行い、博覧会を契機に跡地開発を進めるという発想は大阪万博に倣ったものである。大きな成功を収めて「株式会社神戸市」の面目躍如となった。その後、バブル期や市制100周年事業とも重なり横浜博覧会(1989年)など各地で地方博ブームが起こったが、バブル経済崩壊とともに沈静化し、東京の臨海部(台場地区)で行われる予定だった世界都市博覧会は中止された。これ以降も様々な博覧会は行われているが、「博覧会は必要なのか」という疑問の声も大きくなっていった。
地方博ブームだった1988年に開催された博覧会はほとんどが黒字だったが、札幌市などで開催された世界・食の祭典は運営の杜撰さが祟って90億円という大赤字を出した。
- 神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア'81、兵庫県神戸市、1981年)
- '84とちぎ博 (栃木県宇都宮市清原工業団地、1984年)
- 未来の東北博覧会(宮城県仙台市、1987年)
- 瀬戸大橋架橋記念博覧会(香川県坂出市及び岡山県倉敷市、1988年)
- ならシルクロード博覧会(奈良県奈良市、1988年)
- 青函トンネル開通記念博覧会(青函博、青森県青森市及び北海道函館市、1988年)
- ぎふ中部未来博覧会(岐阜県岐阜市、1988年)
- 食と緑の博覧会(イートピア栃木'88、栃木県宇都宮市、1988年)
- '88さいたま博覧会(埼玉県熊谷市、1988年)
- 北摂・丹波の祭典 ホロンピア'88(兵庫県三田市・篠山町(現・篠山市)他、1988年)
- アジア太平洋博覧会(よかトピア、福岡県福岡市、1989年)
- 横浜博覧会(神奈川県横浜市、YES'89、1989年)
- '89姫路シロトピア博(兵庫県姫路市、1989年)
- 海と島の博覧会(海島博、広島市広島市及び広島県内沿岸、1989年)
- 世界デザイン博覧会(愛知県名古屋市、1989年)
- 鳥取・世界おもちゃ博覧会(鳥取県鳥取市、1989年)
- サザンピア21(鹿児島県鹿児島市、1989年)
- 駿府博'89(静岡県静岡市、1989年)
- '90長崎旅博覧会(長崎県長崎市、1990年)
- SURF'90(1990年)
- コム博(北海道札幌市、1992年)
- ジェノヴァ国際船と海の博覧会(1992年)
- くらしの祭典 VOICE93 多摩博覧会(東京都、1993年)
- 世界炎博(佐賀県、1996年)
- 国際園芸・造園博「ジャパンフローラ2000」(淡路花博、兵庫県津名郡淡路町(現:淡路市)淡路夢舞台、2000年)
- 決戦関ヶ原大垣博(岐阜県大垣市、関ヶ原の戦い400年記念)
- 浜名湖花博(しずおか国際園芸博覧会、パシフィックフローラ2004、第21回全国都市緑化フェア。静岡県浜松市浜名湖ガーデンパーク、2004年)
- 長崎さるく博(長崎県長崎市、2006年)
[編集] ジャパンエキスポ制度
旧通商産業省による特定博覧会制度による博覧会のことである。2001年までに計12回開催された。現在、この制度は終了している。
[編集] JAPAN EXPO
計12回開催。和歌山県は2度開催。
- 第7回ジャパンエキスポ:山陰・夢みなと博覧会(1997年)
- 入場者数:193万人
- 第10回ジャパンエキスポ:北九州博覧祭2001(2001年)
- 2001年7月4日から11月4日まで124日間開催。
- 政令市初のジャパンエキスポ。
- 入場者数:216万人
[編集] インパク
2000-2001年にインターネット博覧会(通称インパク)が開催された。過去の博覧会とは異なり、インターネット上の仮想空間での展覧会である。森喜朗首相が提唱したIT戦略の具体化の一つだったが、成果については批判的な意見が多い。
[編集] 開催時期
上述のように、これまで日本で開催されてきた博覧会の多くは、春~秋の時期に開催された。冬中心の開催例は今のところ皆無に近い。
屋外の展示や屋外で入場を待つ観客にとって寒さを感じさせない時期としたこと、春休み・ゴールデンウィークおよび夏休みの時期などの春~初秋の行楽シーズンを良いとして、開催したと思われる。
特にこれまでの全ての国際博覧会(万国博覧会)と主要な地方博覧会(「ポートピア'81」が好例)の、「3月開幕・9月閉幕」のスケジュールが広く認知され、そのイメージで捉える人も多い。 小規模な地方博覧会の場合、「7月開幕・9月閉幕」のケースも多い。
なお、この時期での博覧会の開催については、甚だしく暑熱となる季節が含まれ、かつ多くの博覧会会場はその時期輻射熱で気温以上に暑くなっているので、熱射病などになる恐れが高まり良くないという見方もある。しかし、多くの観客は、真夏の暑さの中の博覧会を快く思うようである。
観客は、多くのケースの場合、尻上がりに増えるケースが多いようである。「3月開幕・9月閉幕」のスケジュールの場合、3月~4月中旬は様子見なのか観客は少なく、4月下旬~5月に第一次の観客数増大を招き(この中に5月に修学旅行を行う学校の修学旅行生も含まれる)、6月~7月上旬は梅雨のためか減少し、7月中旬~8月中旬が最も観客の多い時期で、最後に閉幕直前の9月に駆け込み的に観客が増えるケースが多いようである。
[編集] 展示内容と、観客が博覧会に期待するもの
展示内容は博覧会のテーマによるが、多くの場合、科学技術の成果を大衆に広く知らしめる内容や、出展企業・団体・国家政府のPRとなるような内容(例えば出展国の文化・風物を知らしめる)であることが多い。ただし、企業については、あからさまな宣伝は控えられる傾向にある。
しかし、多くの観客が博覧会に期待するものは、ある種の「お祭り」や「移動遊園地」的なものであることも多い。博覧会場に設置された遊具(観覧車・展望台など)に期待したり、科学技術の成果物ではロボット・宇宙開発・リニアモーターカーなど、特に(子供などにも)判り易くかつ派手なものに人気が集まる傾向がある。外国政府館での出展国の文化・自然に関する展示(食文化は多少人気があるが)や、庭園・植物園など「地味」な展示には人気が集まりにくい傾向にある。
また、観客で博覧会に多くを期待するのは、子供や中学生・高校生など10代の人が多く、20代以上の成人層で博覧会から何かを得ようという人は少ない傾向にある。
[編集] 博覧会の意義
博覧会という形式は19世紀から20世紀において各国で大きな役割を果たしてきたが、情報化が進展し、様々なイベントや展覧会が日常的に開催されている現在、博覧会の意義が問われているといえる。
[編集] 関連項目

