単性論教会

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単性論教会(たんせいろん きょうかい)は、単性説と呼ばれるキリスト教の神学思想を認める諸教会のこと。カルケドン教会(Non-Calchaedon Churchs)ともいう。

[編集] 教義

単性論はエウティケス(Eutyches)によって最初に提唱された。キリストの人性は神性によって吸収され、本性は1つとなったと考える。

しかし、今日現存する単性論派と呼ばれる教会は、エウティケスの考えとは違い、単にキリストの人性と神性は互いに混じりもせず浸透すると考えているため、単性論とは自称しないし、そう言われることを誤解だと考えている。これに反対する教義のことを両性説と呼ばれる。これら両性説教会からの見解では、近年まで両性論はネストリウス派に近いという誤解もあったが、単性論教会はマリアを神の母とみなしている。

[編集] 歴史

ローマ教皇レオ1世(Leo I)は、このエウティケスの考えを否定する書簡を、コンスタンティノープル総主教フラウィアヌス(Flavianus)に送った。その書簡の内容は次のようなものであった。

  • イエス・キリストは1つの位格しかない。
  • しかし、この唯一の位格の中に互いに融合もせず、混合しない2つの本性がある。すなわち神性と人性である。
  • この2つの本性は、それぞれ固有の能力を有し、異なった作用をするが、唯一の位格のなかに永遠に連繋をなしているものである。
  • 位格の唯一性は、結果としてこの位格に2つの本性の状態と行動とを付与する.これは「イディオマの交流」(神人共通呼称)すなわち両本性の所有するものの交流である。

449年エフェソスで、以上の事柄に関する公会議アレクサンドリア大主教ディオスコルス(Dioscorus)が議長を務めるもとで開かれた。この公会議には、ローマ教皇特使が出席しフラヴィアヌスはローマ教皇側として出席した。決議はローマ教皇および総主教フラヴィアヌス等を退ける結果となった。フラウィアヌスは虐待を受けて3日後に死に、教皇特使助祭ヒラリアヌス(Hilarianus)は苦難の後逃避に成功してイタリアに帰還した。直ちに教皇レオ1世は司教会議を招集し、このエフェソス公会議を無効とした。この公会議は「エフェソ強盗会議(Robber Council of Ephesus)」とも呼ばれる。後に東ローマ皇帝マルキアヌス(Marcianus)によってカルケドン公会議が開かれ、エウティケスの考えは公式に異端として排斥されることとなった。

この後、アレクサンドリア教会やアンティオケア教会などでは単性論派と両性論派とで分裂し対立主教が立てられた。それぞれの教会の両性論派(メルキト派)は東ローマ帝国の国教であった東方正教会アレクサンドリア総主教庁・アンティオキア総主教庁につらなり、単性論派は現在のコプト正教会シリア正教会に継承される。他、アルメニア教会、インド正教会なども単性論教会(非カルケドン教会)として現在に至っている。

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