半ズボン
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半ズボン(はんズボン)とは広義には丈の短い衣類のズボンの総称を指す。ただし、通常は1960年代から、1990年代前半にかけて日本で多用された、小学生以下の男子用の股下2-3センチの短い丈のズボンを指し、以下で詳述する。
- 成人男性用の丈の短いズボン→短パンを参照
- 女性用の丈の短いズボン→ホットパンツを参照
- 1990年代後半以降に一般化しただぶだぶで中途半端な丈のズボン→ハーフパンツを参照
- 半ズボン全盛期からあった、カッチリした中途半端な丈のズボン→バーミューダショーツを参照
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[編集] 発祥
中世以前のヨーロッパには、服装による大人と子供の区別はなかった。服装による区別があるとすれば、身分による区別であった。つまり、貴族であれば大人も子供も貴族の服装をし、農民であれば大人も子供も農民の服装をしたのである。そもそも大人と子供の区別も曖昧で、酒場で労働する子供も見られた。子供は大人の未熟な姿に過ぎなかった(「現代児童文学が語るもの」NHKブックス 宮川健郎著)。 大人と子供の服装による区別が始まったのは、身分制度の解体が始まった17世紀であった。
当時の大人たちは、子供に大人とは異なる価値観、可愛らしいとか、元気なものといった特別な存在として考えようとしたのであった。そうした中で、半ズボンは子供らしさを引き立てる衣装として成立する。1925年にハンガリーで発表された児童文学『ほんとうの空色』の終章でも、主人公の少年が半ズボンを卒業し、夢多き少年時代と別れを告げる場面がある。
いっぽう、フィリップ・アリエスは、「<子供>の誕生-アンシャン・レジーム期の子供と家族生活」の中で「・・・私たちはと言えば、今や遅くまで子供扱いされる恥ずかしさの象徴としての半ズボンを、実に長い間穿いていた。」と語っている。
[編集] 日本における半ズボン
[編集] 半ズボンの伝来
[編集] 半ズボン全盛期
既製品としての半ズボンの普及が始まったのは、1950年代後半である。当時は地位が高かった百貨店が、子供服として半ズボンの販売を開始し、都市部を中心に普段着として広まった(朝日新聞2005年7月30日)。もっとも、当時は黒い半ズボンが主流であり、半ズボンの象徴と見られがちなデニム生地の登場は、1970年前後を待つこととなった。
1969年に『ケンちゃんシリーズ』の放映が始まる。この時期、少年向けドラマの主人公は、必ず半ズボン着用であった。
1970年に大阪万博を参観した当時小学校5年生の徳仁親王(現皇太子)も、デニム半ズボンを着用していた。これを受け、小学生男子を象徴する衣服の地位を獲得した。
半ズボンは、基本的には春から夏にかけての衣装であるが、半ズボン全盛期は冬も半ズボン姿で脚を露出していた男子児童を多く見られた。制服または標準服の小学校のほとんどは冬も半ズボンを穿かせていた。そのため、上はジャンバー・セーターにマフラーなど厚着なのに、下は半ズボンにハイソックスという格好の男子児童が半ズボン全盛期の冬場に多く見られた。
小学校を卒業すると半ズボンも卒業する者が多かったが、この時期は中学生男子向けの股下2-3センチの半ズボンも市販されていたので、中学生になっても半ズボンを着用する者もいた。これは犯罪だが半ズボンを着用して小学生と偽り、子供料金で電車・バスに乗車する者もいた。 なお、30年にわたる半ズボン全盛期でも、前半と後半とでは趣が異なる。前半の半ズボンは、生地も薄いものだったが、1984年に厚手のデニム生地が投入された。また、半ズボンは立ったり座ったりするのに窮屈だとの批判は当初からあり、そういう子供のためにジョギングパンツが用意されたのも1984年頃である。
なお、半ズボンを着用する子供が多々扱われたのは、子供向け娯楽番組だけではない。大人向けの映画やドラマでも多く扱われ、婦人向け生活情報誌などでもグラビアの子供はほとんどが半ズボンを着用していた。また、子供向けの図鑑・教科書などの教材でも、挿絵・写真として登場する子供は男の子の場合たいてい半ズボンを着用していた。なお、女児の場合は無論スカートだが、とりわけ小学校低学年以下の場合、しばしば短い丈が多かった。
[編集] 半ズボン文化の衰退
[編集] 全地球的現象
バブル期に、日本の子供ファッションは、海外トレンドの影響を受けた。海外トレンドは、全て丈長で出揃っており、日本のトレンドもこれに追随することになった。(読売テレビ・ニューススクランブル2007年5月4日)
ヨーロッパでは、かなり遅くまで半ズボンが残っていたが、1970年代のアメリカ映画には、半ズボンを着用した少年は、ほとんど登場していない。
韓国の中央日報が入手した1983年撮影の、当時11歳の金正男は、金正日の隣で半ズボン姿で写っている。
[編集] 概要
1991年、衣料メーカーのナルミヤ・インターナショナルが「子どもがおしゃれに興味がない筈ない」で当てた。おしゃれを追求した場合、被服面積が広いほうがバリエーションが豊富になり、被服面積の狭い半ズボンは否定される。 1993年にファッショントレンドの変化に追随した衣料業界がハーフパンツを投入し、代わりに半ズボンの売場面積を縮小させる動きがあった。
さらに学校も体操着をハーフパンツに改めつつある。これは女児の標準的体操着であったブルマーが嫌われたことに関連し、男女の体操着共通化の結果であるといえる。
1970年代には、既にバーミューダショーツタイプのズボンが現れていたが、爆発的な普及を見ることはなかった。
[編集] 半ズボン・ヒーローの消滅
1970年代前半の「ケンちゃんシリーズ」、1980年代前半の「あばれはっちゃく」シリーズ。これら少年ドラマの主人公は必ず半ズボンを着用していた。両番組とも国際放映の作品であり、半ズボン文化が確立した背景では、同社が貢献している。
しかし、1985年9月の「あばれはっちゃく」シリーズの突然の打ち切りで、半ズボン・ヒーローは不在になった。国際放映も、少年ドラマをほとんど制作しなくなった。
ハーフパンツを着用する子供達は、半ズボン・ヒーローを知らない世代となる。
[編集] 制服半ズボンの公立小学校
東京都台東区、大阪市内、大阪府南部、奈良県、滋賀県、北陸、中国・四国、南九州地方等の公立小学校の指定標準服に、折襟またはイートンブレザーの学童服に半ズボンの組み合わせが見られるところがある。ただし、往時の半ズボンより現在の制服の半ズボンは股下の長さがほんの数センチではあるが丈が長めにデザインされている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク

