朝鮮民主主義人民共和国
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- 朝鮮民主主義人民共和国</dt>
- 조선민주주의인민공화국</dt>
-
(国旗) (国章) </dd>
- 国の標語 : 강성대국
(朝鮮語:強盛大国)</dd>- 国歌 : 愛国歌</dd>
- </dd>
公用語 朝鮮語 首都 平壌 最大の都市 平壌 国家主席
- 朝鮮労働党総書記
- 最高人民会議常任委員会委員長金日成1
金正日2
金永南3内閣総理 金英逸 面積
- 総計
- 水面積率世界第97位
120,540km²
0.1%人口
- 総計(2004年)
- 人口密度世界第48位
22,697,553人
188人/km²GDP(自国通貨表示)
- 合計(Xxxx年)
xxx,xxx北朝鮮ウォンGDP(MER)
- 合計(Xxxx年)世界第xx位
xxx,xxxドルGDP(PPP)
- 合計(2003年)
- 1人当り世界第98位
228億5,000万ドル
1,000ドル独立 日本から
1948年9月9日通貨 北朝鮮ウォン(KPW) 時間帯 UTC +9(DST: 無し) ccTLD KP4 国際電話番号 850 </dd>
- 注1:故人だが、「永久主席」と宣言されている。
注2:金正日は国防委員長の地位にあり、事実上の最高実力者である。
注3:国家主席職の廃止以降、最高人民会議常任委員会委員長の職が国家元首にあたる。
注4:割当てのみで未使用。国内のイントラネットでは使用されている。 </dd> - 国の標語 : 강성대국
人口は約2300万人とされる。また数多くの人権問題があり、2005年には国連総会本会議において「北朝鮮の人権状況」決議が採択されている。
軍国主義ともとれる国政や言論の自由や基本的人権の尊重がなく、数多くの政治犯収容所(強制収容所)が存在しているとして、また自国民を殺害し圧政を敷いているとしてアメリカを中心とした国際社会から非難されている。予てよりアメリカのテロ支援国家に指定されているが、日本赤軍を匿っているとされる問題(よど号ハイジャック事件等参照)や拉致問題に依るところが大きい。
日本では「北朝鮮」と呼ばれる。この国の呼称方法については、暫定合意内容を参照のこと。
目次 |
[編集] 国名
正式名称は、조선민주주의인민공화국(Chosŏn Minjujuŭi Inmin Konghwaguk。片仮名で表すと「チョソン・ミンジュジュイ・インミン・コンファグク」)。漢字表記は朝鮮民主主義人民共和國だが、1948年の建国当初から漢字を廃止している同国では、漢字表記はあくまで「外国語」の扱いである。漢字を使用していないため、他に地名や人名の漢字表記も外国語扱いであり、公式の名簿での漢字名は存在しない。
公式の英語表記は、"Democratic People's Republic of Korea"、略称は"D.P.R.Korea"あるいは"DPRK"。ほかの英語表記として、世界的には"North Korea"がよく用いられる。ただし、朝鮮民主主義人民共和国自身は、"North Korea"は国名ではなく地域名であり、朝鮮民主主義人民共和国への蔑称であるとして"North Korea"を使いたがらない。北朝鮮政府や朝鮮総聯などは「共和国」と呼ぶことが多い。
日本語表記は「朝鮮民主主義人民共和国」。英語のNorth Korea同様、実際には朝鮮半島北部を表す「北朝鮮」(きたちょうせん)と呼ぶことが一般的である。North Koreaと同様、朝鮮民主主義人民共和国自身や、その在日本公民団体である朝鮮総聯は嫌っており、「共和国」や、「朝鮮」を朝鮮語読みした「チョソン」を用いた上で、推奨している。
このような北朝鮮側からの動きを受け、長らく多くのマスメディアは報道時に、冒頭で一度は正式名称と略称を併称し、2度目以降は「北朝鮮」のみを用いるという呼称方法を採用し、双方が妥協する状態となっていた。冒頭での呼称は、テレビなどアナウンスの場合は「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」という形式であり、新聞など文の場合は「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」という形式であった。
しかし、2003年頃からは、単に「北朝鮮」と呼ぶのが一般的になっている。背景には、2002年9月17日に行われた小泉純一郎首相(当時)の北朝鮮訪問およびそれを契機とする拉致問題に関する世論の高まりがある。現在では「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」などの呼称を採用しているマスメディアは、ほとんどなくなっている。さらに略して「北」と表現する場合もある(「北」は、冷戦下にソビエト連邦を指した呼称でもある)。
韓国では自国の一部を占拠している暫定統治機構として、伝統的に「北韓」と呼称しているが、近年では朝鮮民主主義人民共和国という正式名称を使用する例も出てきている。
[編集] 歴史
[編集] 共和国成立以前
詳細は朝鮮の歴史を参照
朝鮮半島は、歴史的に何度も様々な国が分裂、統一を繰り返してきた。また、朝鮮民主主義人民共和国の占有する半島北部の一部は漢、元など半島外の勢力による支配を受けたり、高句麗のように半島北部から中国東北部にまたがる勢力をもった国家が存在したこともあって、その歴史は複雑である。ただし、高麗王朝以降は統一国家が持続し、朝鮮王朝期には、朝鮮の地域範囲が確定した。また、住民の均質化も進行していき、現在では朝鮮民族としてほぼ均質化された人々が、朝鮮全土に広がって居住している。
朝鮮半島(大韓帝国)は、1910年に明治政府による朝鮮併合によって姿を消し、日本に領有されることとなった。第二次世界大戦において宗主国の日本が敗北し、1951年のサンフランシスコ講和条約により日本は朝鮮半島の領有を放棄したが、終戦直後から、北緯38度線以南をアメリカに、38度線以北をソ連に占領され、それぞれの軍政支配を受けた。その後、米ソ両国は朝鮮の信託統治実現を巡って決裂し、それぞれの支配地域で政府を樹立する準備を開始した。その結果、1948年8月15日にアメリカ軍政地域単独で大韓民国が樹立された。これに対して同年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国が成立した。両国の成立によって朝鮮半島の分裂は固定化された。
[編集] 共和国成立後
詳細は朝鮮民主主義人民共和国の歴史を参照
南北朝鮮の両国は、互いに「朝鮮における唯一の正統な政府」であると主張して対立を深め、遂には1950年に北朝鮮が韓国に対して侵攻することにより朝鮮戦争に至った。朝鮮全土を破壊した戦争は1953年に休戦を迎えたが、軍事境界線が制定されたことで朝鮮の分断が確定化された。朝鮮は現在も停戦状態のまま南北に分断されており、分断が固定された状態は50年以上続いている。
朝鮮民主主義人民共和国は、金日成が建国当初から1994年の死去まで最高指導者の位置を占めた。金日成の死後、実子である金正日が1997年に朝鮮労働党総書記に就任した。そして1998年には、憲法改正で国家主席制を廃止すると共に、最高人民会議で国防委員長に再任されることで事実上の最高指導者となった。一方で独裁体制のもとで経済が低迷し、冷戦構造の崩壊によって国際的にも孤立した状態となった。政府は経済支援を引き出すために、多くの国に対し国交樹立に向けて取り組みを行なった。その結果、1999年以降に相次いで国交を樹立した他、2000年には南北首脳会談の開催に成功した。しかし、核兵器開発計画を巡って、アメリカとの間では緊張状態が継続した他、日本との国交締結交渉は、日本人拉致問題や植民地支配の賠償などで意見が対立し、締結には至っていない(植民地支配の賠償に関しては、日韓基本条約により問題が更に複雑化している。当該項の北朝鮮に関する記述を参照)。
朝鮮戦争後、朝鮮民主主義人民共和国は、他の社会主義国家から支援を受けながら経済を発展させ、1970年代までは大韓民国に対し国力で優位を保っていた。しかし、その後は経済事情が悪化した。特にソ連崩壊によってソ連からの重油供給がストップした打撃が引き金となって1990年代半ばにかけて国の経済は衰退していった。それと同時に、国内各地では食糧不足が深刻化した。各国の支援にもかかわらず、食料配給制度の崩壊などにより内陸の農村部を中心に餓死者が出る事態となった。それに伴い、多くの人々が食料を求めて中華人民共和国へと密入国し、脱北者問題が国際的に注目されるようになった。ただし、1999年以降は、中韓両国の経済協力などによって、GDPは回復しつつある。もっとも、経済状況は、いまだ1970年代の水準で停滞したままでいる。
[編集] 政治
政治体制はチュチェ思想に基づく共産主義体制をとる。しかし、事実上の一党独裁体制を担う朝鮮労働党(注)の支配組織としての形骸化が指摘されており、1990年に「主体思想とは立場を異にしている」としてマルクス主義を放棄しているため、現在は国防委員長である金正日の個人独裁体制となっていると推測する声も根強い。
数多くの人権問題が起きたとして、人権団体や国際連合、アメリカ合衆国等の諸外国は、北朝鮮を強く批判している。金正日は朝鮮人民軍を中心とした先軍政治を掲げている。元首は、1998年に国家主席職が廃止されて以降、外国使節の信任状などを取り付ける役割を果たす最高人民会議常任委員会常任委員長がそれに相当するものとされている。1998年より金永南が同職にある。ただし、朝鮮労働党の事実上のトップ職・総書記であった金正日が国防委員長として最高実力者の地位にある。1994年、金正日が国防委員会委員長に推戴される際、国防委員長職は「国家最高の職責」と表現された。
長らく国家主席だった金日成が1994年に没してからは、実子・金正日が朝鮮労働党総書記、朝鮮人民軍最高司令官、共和国国防委員長を兼ねて、最高実力者・最高権力者の地位にある。
また北朝鮮核問題も参照。
[編集] 北朝鮮の階級
出身成分を参照
[編集] 軍事
詳細は朝鮮人民軍を参照
「先軍政治」を掲げ、何よりも周辺諸国からの脅威に備えるため軍備拡充に力を入れている。過去数十年にわたり国防のために莫大な資源をつぎ込み、世界で5番目に大きい100万人を超える軍隊を有し、GDPに占めるその比率が高いが、その装備は旧式で特に航空機等の近代兵器で性能、練度ともに韓国軍よりも劣ると言われる。核弾頭搭載可能な弾道ミサイル(テポドン)を保有しているとされる。
[編集] 国際関係
国境を接する中華人民共和国およびロシア連邦と密接な関係を維持してきた。しかしロシアからの経済支援は、ベルリンの壁崩壊後、ほぼ途絶えている。中国政府とは今でも緊密な関係を維持している。
アメリカ合衆国はこの国をテロ支援国家の一つと位置づけ、日本などと共に、この国の長期にわたるミサイル開発計画と核開発を牽制している。一方で、朝鮮民主主義人民共和国も米国に対し、敵視政策を止めるよう要求している。これらの問題解決そして緊張緩和に向けた具体的な動きとして、2003年8月以降、核問題を中心に、日本、韓国、ロシア、中華人民共和国、アメリカと共に六者会合を実施しているが、朝米が互いに譲歩せず、膠着状態が続いている。
この他、韓国人、日本人、レバノン人などを始めとした複数国の国民の拉致、日本・韓国に存在する工作員、諸外国に対する麻薬の密輸、過去にも当局が否定する大韓航空機爆破事件、ラングーンでの韓国要人爆殺大統領殺害未遂、北朝鮮国内の人権問題などの問題がある。工作員については、以前は国内でも中波657kHzのAMラジオで聞ける「平壌放送」にて暗号電文を使い指令を送っているとされてきたが、2000年に終了。現在はモールス信号や、携帯電話やコンピュータの電子メールを使って指令しているとの説もある。
1980年に、大韓民国に対して高麗民主連邦共和国創設を提案した。
他に1992年4月20日に平壌宣言が採択された。正式名は「社会主義偉業を擁護し前進させよう」。 この宣言は金日成主席の80歳の誕生日(4月15日)に際して集まった世界70の政党代表(うち48人は党首)が署名した。その中には旧ソ連や東欧で新たな社会主義運動を展開している諸政党も含まれており、一言で言って、「社会主義再建宣言」である。
詳細は平壌宣言(社会主義偉業を擁護し前進させよう)を参照
[編集] 日本国との関係
日本政府は1965年の日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約により、大韓民国を朝鮮半島唯一の国家としているため、北朝鮮を国家として承認していない。従って、正式な外交関係(いわゆる国交)はない。かつてはパスポートに "This passport is valid for all countries and areas except North Korea(Democratic People's Republic of Korea)."(=「このパスポートは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を除く全ての国と地域で有効です」の意味)と記載される渡航先適用除外条項があったが、現在ではこの条項は削除されている--削除については1991年に金丸信自民党副総裁(当時)が訪朝した際に合意したとの説が有力である--実施は1991年。貿易関係はそう大きくないものの存在し、とりわけ、北朝鮮への戦略物資や高度技術の流失が問題である。日本への合法的な船舶の入港は年間千数百隻に上っているが、日本海沿岸の漁協には北朝鮮の工作船(特殊部隊の上陸およびその支援船)へ警戒を呼びかけるポスター等が掲示されるほど、非合法な船の往来は活発である。
2002年9月17日に「日朝平壌宣言」により、国交正常化が暫定的に合意された。しかし正常化交渉は北朝鮮の不誠実な態度から暗礁に乗り上げている。2006年10月9日の北朝鮮の核実験を受けて、日本は「厳重に抗議し、断固として非難する」と声明を発表し、拉致被害者の解放を目指し、日本独自の制裁を実施は、現在も続いているが、北朝鮮の支援者達はそれに反対している。
日本人の拉致殺害事件の発覚(拉致および拉致被害者殺害の問題)。北朝鮮人と夫婦関係をもって渡航後、日本人妻の大量の消息不明(虐殺説が有力)などがある(日本人妻問題)。これらの問題は決して北朝鮮人やその支援者は認めない事実である。日本人妻問題は北朝鮮籍に本来的に日本国籍の者はなれない(国籍法などで)為に、これらの日本人を保護する第一義的義務が日本国にはある。日本人妻で脱北した者は本人は日本人と認められるが、その夫や子や孫は大抵は無国籍とみなされる。
[編集] 韓国との関係
1950年におこった朝鮮戦争で朝鮮半島の分断は決定的となった。その後も、南北双方ともに相手方の支配地域は自らの領土であると主張しつづけていた。北朝鮮はながらく首都をソウルと定めていたが、1972年の憲法改定によって初めて首都を平壌と定めた。これは近いうちの南北統一を断念したものと受け止められた。
北朝鮮に対して激しい敵視政策をとっていた韓国は金大中政権発足のころからクリントン政権期のアメリカに歩調をあわせて(または歩調をあわせざるを得ずに)融和的な政策に転換した。融和的態度を国内から批判され敵対的言動へとシフトした金泳三政権の反省から金大中政権は対北朝鮮政策の融和化を「太陽政策」と呼んで説明した。しかし北朝鮮による2006年の核実験以降、韓国国内でも北朝鮮への批判が高まり経済支援は停止された。詳細は朝鮮民主主義人民共和国の核実験 (2006年)参照。韓国国民の世論は、血縁や兄弟が北朝鮮に住む者も多く、北朝鮮に同情的だが、核実験後は太陽政策への批判が一時起こった。
また、韓国人拉致(拉北)問題、北朝鮮の経済的な破綻や人権問題などもあり、南北統一の実現には未だ多くのハードルが残されている。1980年には、北朝鮮から高麗民主連邦共和国創設と、低い段階での連邦制を提示した。冷戦終結以後は雪解けが進み、韓国と北朝鮮の国連同時加盟や共同声明に結実した。 詳細は朝鮮統一問題を参照。
[編集] 地理
朝鮮半島全域を領土であるとし、そのうちの軍事境界線(38度線)以北及びその属島を統治している(38度線以南は、実際には大韓民国政府が統治しているが、朝鮮民主主義人民共和国では地域をさす表現としての「南朝鮮:남조선 ナムチョソン」が用いられている)。
ちなみに、大韓民国も同じく朝鮮半島全域を領土であるとしている。韓国では、朝鮮民主主義人民共和国を、自ら統治できない38度線以北の地域をさす意味で「北韓:북한 プッカン」と呼ぶ。
また、朝鮮民主主義人民共和国の憲法で定められる首都は、1972年までソウルとなっており、平壌は当時「臨時首都」の扱いだった。しかし1972年憲法制定で、首都は公式に平壌に変更された。もちろん、実質的な首都機能はそれ以前から平壌に存在した。
気候は寒冷で、亜寒帯に属する。
[編集] 行政区域
詳細は朝鮮民主主義人民共和国の地方行政区画を参照
조선일보 NKchosun.com - 지리(행정구역 현황)等を参考にした。
- 直轄市
- 平壌直轄市(ピョンヤン=ジカルシ)
- 特別行政区
- 新義州特別行政区(シニジュ=トゥクピョルヘンジョング)
- 工業地区
- 開城工業地区(ケソン=コンオプチグ)
- 観光地区
- 金剛山観光地区(クムガンサン=グァングァンジグ)
- 道
- 江原道(カンウォン=ド)
- 両江道(リャンガン=ド)
- 慈江道(チャガン=ド)
- 平安南道(ピョンアンナム=ド)
- 平安北道(ピョンアンプク=ト)
- 咸鏡南道(ハムギョンナム=ド)
- 咸鏡北道(ハムギョンプク=ト)
- 黄海南道(ファンヘナム=ド)
- 黄海北道(ファンヘプク=ト)
[編集] 経済
第一次産業である、農業、漁業、林業などが中心。もともと農業に適する地域が少ないため、化学肥料や農薬を大量に利用して食料自給を維持していたが、ソ連崩壊によるエネルギー不足の影響で農業生産が大幅に減退した。その結果、食糧が乏しくなって各地で飢えが発生し、海外からの食糧支援に大きく依存している。
日本統治時代には南部(現大韓民国)の農業に対して、北部は鉱工業を促進する政策を取っていたが、独立後は設備投資の失敗により老朽化が目立つ。さらに外貨不足、質の悪い石炭や送電ロスに起因する電力不足、資材不足により工業の生産能力は非常に低い状態となっている。
資源としては石炭や鉄鉱石、タングステン他の希少金属をはじめとした鉱物資源が比較的豊富。また松茸や魚介類なども豊富で、日本などに輸出して貴重な外貨獲得源になっている。しかし、採掘する設備が非常に旧式である為、生産性は高くない。
1990年代中盤には、慢性的な不況状態にあり国民の餓死も多かったと言われている。発電所が動かないため国内の電力事情が極度に悪く、工場や鉄道が動かないことが多く生産活動にもかなりの支障を来しているとされていたが、2004年以降、電力事情は好転している。2000年以降は中華人民共和国との経済関係が活発化し、鉄鉱石や石炭鉱山の権利を中華人民共和国の企業に売却するなどして、経済状況がやや好転したと言われる。しかし核実験に伴う経済制裁のため、2006年後半以降再び経済が悪化していると言われている。しかし、実際には非国営部門の活発化などから、国民生活がそれほど悪化しているとはいえない。ただし、所得格差の問題など、新たな問題が発生している。
[編集] 人口と人権、食糧問題
北朝鮮政府は人口統計を1993年末に1回だけとったのみであり、正確な人口は北朝鮮政府自体が把握していない。米国CIAのWorld Factbookによれば2005年の推定人口は22,912,177人である。
1980年代以降、ソ連など共産圏からの援助が激減しエネルギー不足となったのをきっかけに、国内の食糧事情が極度に悪化し、数十万人以上の国民が餓死したと言われる。北朝鮮政府は、食糧危機の原因を水害や旱害などの天災としているが、それは主たる原因ではない。真の原因は、エネルギー不足により肥料生産が減り、肥料や食料の運搬が困難になったことと、各地域の天候や現状は無視して、首都から各地方へ画一的な主体農法を押しつけた、北朝鮮政府の非現実的な食糧生産政策が原因とされる。また、生産された食糧のかなりの部分を、各地の労働党幹部が確保し、一般国民へ食糧が届かないことも、餓死の大きな原因とされる。
その他に、刑務所や政治犯収容所などの強制収容施設で多数の人々が死亡したと言われるが、北朝鮮政府は政治犯収容所の存在を否定している。しかし政治犯収容所の収容者や警備兵などの多数の証言によれば、収容所内で裁判なしに多くの人が日常的に殺害されているということである。
餓死と強制収容施設での問題の他、食糧問題と人権問題を原因とする、多数の国民の北朝鮮からの脱出、いわゆる脱北も、人口減の原因である。北朝鮮と接する中国東北部には、北朝鮮から逃れた人々が数千人以上滞在しているために中華人民共和国は国境地帯の警備を強化している。
[編集] 国民
朝鮮半島東北部は古くは女真人などツングース系民族の流入が相次いだが、李氏朝鮮時代から日本の支配期にかけて住民の均質化が進み、ほとんどが朝鮮民族となっている。
[編集] 宗教
現在、北朝鮮国内における宗教に関することは明らかになっていない。当局は、外国人が訪朝した際に、平安南道にある妙香山の普賢寺を見せて「朝鮮では信教の自由がある」と説明している。また、憲法にも信教の自由が保障されている事が明記されている。このことから無神国家または無宗教国家ではない、とされている。
だが、憲法の中の信教に関する項目が何度も改正されている事実を考えれば、宗教政策が何らかの理由でしばしば変更を強いられていることがうかがえる。また、諸外国でも、「普賢寺そのものが、あくまで外国人にそう説明するための手段に過ぎず、実際のところ、朝鮮民主主義人民共和国公民にはほぼみな、信教の自由がない」とする見方が主流である。多くの共産主義国と同じように宗教の存在が党の指導思想(北朝鮮の場合は主体思想)と対立するためである。
平壌はかつて日本統治時代にキリスト教徒が多く、「東洋のエルサレム」と呼ばれた。金日成の父も牧師である。解放後から金日成政権が安泰になるまでもキリスト教徒が多く、キリスト教系新興宗教も存在していた。統一教会の文鮮明もそうした新興宗教グループの出身である[要出典]。しかし現在は、北朝鮮には地下教会の信者が多くおり、他の宗教同様キリスト教に関しても、信教の自由は確立されてはいない。北朝鮮ではキリスト教を弾圧していると言う情報が流れているのも、このためとされている。
しかしながら、北朝鮮の場合は中華人民共和国などの他のソ連衛星国に比べて、宗教が弾圧された経緯が漏れ伝わってこない。また、その形跡も確認しづらい。金日成自らはかつて美濃部亮吉と対談した際、教会はすべて朝鮮戦争において「アメリカの爆撃で焼けてしまいました」と語り、キリスト教徒も南部へ逃げてしまったと語っている。弾圧の必要がなかったと語っているこの発言は、決してキリスト教を弾圧する意志がなかったことを意味しておらず、また弾圧の可能性があったことを前提とした文脈であるために、ある程度の信憑性をもって受け止められている。
[編集] 文化
基本的には、同じ民族が暮らしている韓国と似ている。衣装はチョゴリ、食べ物はキムチや平壌冷麺が有名。亜寒帯に属し気候が寒冷なので、冬になると建物の床下に薪や練炭、石炭の煙を通し暖を取る昔ながらのオンドルを使用しているところが多い。オンドルの使用で毎年多くの一酸化炭素中毒死者を出している。
[編集] 世界遺産
国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産の高句麗古墳群がある。
[編集] 音楽
ポチョンボ電子楽団、ワンジェサン軽音楽団、朝鮮人民軍功勲国家合唱団、朝鮮人民軍軍楽団、朝鮮民主主義人民共和国国立交響楽団などが存在する。日本の音楽の無許可カバーを行っていたりもする。
「金日成将軍の歌」や「金正日将軍の歌」、抗日闘争を題材としたオペラ「血の海」などが有名。
平壌には、東アジアを代表する作曲家尹伊桑の音楽を研究する為に設立された、尹伊桑音楽研究所がある。
なお、朝鮮民主主義人民共和国はベルヌ条約に加盟しているものの、日本政府は国家としてみなしていないため、事実上朝鮮民主主義人民共和国の著作物主にテレビ画像は日本国内で「使い放題」の状態になっているのが現実であった。
著作権料の取り立てが何度か行われた事もあるが、ほとんどのメディアは払っていないなどの話もあったが、現在では、朝鮮民主主義人民共和国側の主張により、日本各メディアの対応は変化し、衛星テレビ画像などは報道引用のみとしている。
なお、著作権についての詳細はポチョンボ電子楽団の項を参照のこと。
[編集] スポーツ
スポーツでは韓国と同じテコンドーやシルム(韓国ずもう)があるが特に北朝鮮主催の「スポーツと平和の祭典」と呼ばれる国際競技大会が行われている。アントニオ猪木も参加した。後はソウルオリンピックに対抗して行われている「世界青年学生祭典」がある。マスゲームも盛んに行われている。
[編集] 祝祭日
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 正月 | 양력설 | |
| 2月16日 | 民族最大の名節 | 김정일령도자의 탄생일 | 金正日総書記誕生日 |
| 4月15日 | 太陽節 | 태양절(김일성주석의 탄생일) | 金日成主席誕生日 |
| 4月25日 | 人民軍創建記念日 | 조선인민군 창건일 | |
| 5月1日 | 国際労働者節 | 전세계로동계급의 명절 | 所謂「メーデー」 |
| 7月27日 | 祖国解放戦争勝利記念日 | 조국해방전쟁승리의 날 | 1953年の朝鮮戦争休戦記念日 |
| 8月15日 | 解放記念日 | 조국광복의 날 | 日本統治からの解放(光復)を祝う日。 |
| 9月9日 | 共和国創建記念日 | 조선민주주의인민공화국창건일 | 建国記念日 |
| 10月10日 | 朝鮮労働党創建記念日 | 조선로동당창건일 | |
| 12月27日 | 憲法節 | 조선민주주의인민공화국 사회주의헌법절 | |
| 陰暦1月1日 | 旧正月 | 설명절 | 民族の名節 |
| 陰暦1月15日 | 小正月 | 정월대보름 | 民族の名節 |
| 陰暦5月5日 | 端午 | 수리날 | 民族の名節 |
| 陰暦8月15日 | チュソク(秋夕) | 설명절 | 民族の名節 |
[編集] 関連項目
- 朝鮮民主主義人民共和国関係記事の一覧
- 自由青年同士会
- 朝鮮統一問題
- 朝鮮人民軍
- 脱北者
- 太陽政策
- 朝鮮民主主義人民共和国の核実験 (2006年)
- 北朝鮮人権侵害問題啓発週間
- 瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件
- 在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)
- 朝鮮民主主義人民共和国の政党一覧
- 朝鮮民主主義人民共和国の著名人一覧
- 朝鮮民主主義人民共和国国防委員会
- 朝鮮中央放送
- 高麗航空
- 平壌国際空港
- 日朝政府間協議
- テロ支援国家
- 六者会合
- 日本社会党
[編集] 外部リンク
[編集] 公式サイト
[編集] その他
- 世界の国々 > アジア</dt>
-
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- * は国際連合非加盟。</dd>
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