伊太祁曽神社

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<tr> <td colspan="2" style="padding:0;background:#fff;text-align:center">
拝殿</td> </tr> <tr> <th>位置</th> <td style="background: #fff">北緯34度12分05秒
東経135度15分00秒
</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">社格等</th> <td style="background: #fff">式内社(名神大)・紀伊国一宮・官幣中社・別表神社</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">例祭</th> <td style="background: #fff">10月15日</td> </tr>
伊太祁曽神社
所在地 和歌山県和歌山市伊太祈曽558
主祭神 五十猛命
大屋都比賣命
都麻津比賣命

伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)は、和歌山県和歌山市にある神社である。旧称山東宮

五十猛命(いたけるのみこと、別名 大屋毘古神)を主祭神とし、左脇宮に妹神の大屋都比賣命(おおやつひめのみこと)、右脇宮に同じく妹神の都麻津比賣命(つまつひめのみこと)を配祀する。いづれもスサノオの子であり、木の神として信仰される神である。

目次

[編集] 歴史

御鎮座の時期については詳らかでないが、『続日本紀』の文武天皇大宝2年の記事が初見になる。古くは現在の日前宮の地に祀られていたが、垂仁天皇16年に日前神・国懸神が同所で祀られることになったので、その地を開け渡したと社伝に伝える。その際、現在地の近くの「亥の杜」に遷座し、和銅6年に現在地に遷座したと伝えられる。

延喜式神名帳では名神大社に列し、紀伊国一宮とされる。大正7年に官幣中社に列格し、戦後は神社本庁別表神社となった。

[編集] 祭事

[編集] 卯杖祭

卯杖祭(うづえさい)は古くは宮中でも行われていた祭祀で、卯杖という杖で土中の邪気を祓ったという。当神社の卯杖祭は、この卯杖の儀に小正月の小豆粥による厄除け信仰と、作物の豊凶をみる粥占いの3つが融合している。占いの神事は1月14日夕刻に行われ、取り出された竹筒は一晩神前に奉奠される。15日早朝に筒を開き入っている粥の量で豊凶を占う。15日は午前10時より祭典が行われ神楽舞が奏される。同日は厄除け祈願の参拝者、また粥占の結果が記された「お管の写し」を求める参詣者で賑わう。この日振舞われる小豆粥を頂くと1年間無病息災であるといわれている。

[編集] 木祭り

4月第1日曜日に行われる祭典で、日頃の木々の恩恵に感謝する祭典。古くは家屋や船など全て木でつくられており、日常生活に木製品は切っても切ることができないものであった。この日は全国の木材関係者をはじめ、多くの崇敬者で境内は賑わうという。

[編集] 茅輪祭

茅輪祭(わくぐり)は、半年に1度行われる大祓の祭事。6月晦日に行われる大祓は「水無月祓い」とも呼ばれ、茅萱(ちがや)で編んだ輪をくぐることで罪・穢が祓われるといわれる。当神社の茅輪祭は7月30日夕刻にくぐり初め神事が行われる宵宮に始まり、翌31日午前中に本殿祭が行われる。また30・31日は夕刻より各種奉納行事があり賑わう。

[編集] 例祭

10月15日に行われる、稲の収穫を祝う祭典。本殿の神事の後、3基の神輿が4km北方の奥宮まで往復する。また子供神輿や稚児行列も行われる。

[編集] 施設

[編集] 境内社

  • 蛭子社
  • 祇園神社
  • 御井社
  • 櫛磐間戸神社

[編集] 境外社

  • 三生神社(亥の森) -- 当社の旧社地。南東500mの地点にある。
  • 丹生神社

[編集] 交通

最寄駅
和歌山電鐵貴志川線伊太曽駅下車 徒歩5分

日前宮(にちぜんぐう)と竈山神社(かまやまじんじゃ)と当神社を詣でることを「三社参り」と言い、貴志川線はこの三社の参拝者を運ぶことが目的の一つであった。貴志川線の開業当初の終点は伊太祁曽駅(当時は山東駅)であった。「貴志川線の未来をつくる会」の事務局は当社社務所内に置かれており、境内でつくる会のイベント(貴志川線祭り)が開かれたこともある。

[編集] 外部リンク

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