任天堂
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| 種類 | 株式会社 |
| 市場情報 | |
| 本社所在地 | 601-8501 京都府京都市南区上鳥羽鉾立町11-1 |
| 電話番号 | 075-662-9600(代表) |
| 設立 | 1947年11月20日 |
| 業種 | その他製品 |
| 事業内容 | 家庭用ゲーム機器をはじめとした玩具の製造・販売 |
| 代表者 | 岩田聡(代表取締役社長) |
| 資本金 | 100億6,540万円(2006年3月現在) |
| 売上高 | 単体:8,986億円(2007年3月期) 連結:9,665億円(2007年3月期) |
| 従業員数 | 1,403名(2007年4月1日現在) |
| 決算期 | 3月 |
| 主要株主 | 山内溥 |
| 主要子会社 | Nintendo of America Inc.(アメリカ合衆国) Nintendo of Europe GmbH(ドイツ) Nintendo France S.A.R.L(フランス) Nintendo Benelux B.V.(オランダ) Nintendo Australia Pty. Ltd.(オーストラリア) |
| 関係する人物 | 宮本茂(代表取締役専務) 山内溥 横井軍平 |
| 外部リンク | www.nintendo.co.jp |
任天堂株式会社(にんてんどう)は、玩具・ゲームを製造する日本の株式会社。特に家庭用ゲーム機業界では日本、世界問わず最大級の企業。麻雀、囲碁、将棋用具のメーカーとしても知られている。
本社は京都市に所在する。1889年9月23日創立。ゲームソフトのクオリティの高さには定評があり、人気のゲームソフトシリーズを多数抱えている。特に1985年に発売した『スーパーマリオブラザーズ』は全世界で大ヒットし、同社はゲームソフト市場で不動の地位を獲得することになった。
Nintendo(ニンテンドー)は、1990年代まで主に北米でビデオゲーム一般を指す俗語としても使われた。
目次 |
[編集] 沿革
- 1889年 - 山内溥の曽祖父、山内房治郎によって「任天堂骨牌」として創業。主な事業は花札の製造
- 1902年 - 日本で初めてトランプの製造を行う
- 1929年 - 山内積良が2代目社長に就任
- 1933年 - 「合名会社山内任天堂」設立
- 1947年 - 「株式会社丸福」設立
- 1949年 - 山内博(のちに溥と改名)が代表取締役に就任
- 1951年 - 「任天堂骨牌株式会社」に社名変更
- 1953年 - プラスチック素材を取り入れたトランプを開発、販売
- 1959年 - ディズニー・キャラクタートランプを生産するためにウォルト・ディズニー・プロダクションとの取引を結び、販売
- 1963年 - 「任天堂株式会社」に社名変更、大阪証券取引所2部に上場
- 1965年 - 横井軍平が入社
- 1973年 - 「光線銃SP」(1970年発売)をアーケードゲームとして使う為、子会社の任天堂レジャーシステムを創立、ボウリング場跡地に「レーザークレー射撃場」を展開
- 1975年 - 任天堂レジャーシステムより、競馬の実写映像を使ったメダルゲーム「EVRレース」を発売。
- 1977年 - 『テレビゲーム15』、『テレビゲーム6』を発売。宮本茂が入社
- 1978年 - 任天堂レジャーシステムより、同社初のアーケードゲーム式ビデオゲーム「コンピューターオセロ」発売。続いて同年には3種類のブロックくずしが遊べる「ブロックフィーバー」発売
- 1979年 - 任天堂レジャーシステムより、スペースインベーダーのコピーゲーム「スペースフィーバー」発売
- 1980年 - 「ゲーム&ウオッチ」を発売、電子ゲームブームが起こる。ニューヨーク州に現地法人(NOA)を設立
- 1981年 - アーケードゲーム『ドンキーコング』を発売
- 1982年 - NOAの規模を拡大し、ワシントン州シアトルに移転
- 1983年 - 家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」を発売。ソフトに恵まれ大ヒット
- 1983年 - 任天堂レジャーシステム、任天堂に吸収合併
- 1983年4月13日 - 公正取引委員会が任天堂に対し、電子玩具の小売価格を守らない業者への出荷停止はヤミ再販として排除を勧告
- 1985年 - ファミコン用ソフト『スーパーマリオブラザーズ』を発売。NOAがNintendo Entertainment Systemを発売
- 1986年 - 『vs. スーパーマリオブラザーズ』を最後に、アーケードゲーム事業から撤退。ファミコン用の周辺機器、ファミリーコンピュータ ディスクシステムを発売。同時発売ソフトは『ゼルダの伝説』。業務用ファミリーコンピュータ『ファミコンボックス』を発売
- 1989年 - 携帯ゲーム機「ゲームボーイ」を発売
- 1990年 - ファミリーコンピュータの後継機として「スーパーファミコン」を発売。旧西ドイツフランクフルトに現地法人(NOE)を設立
- 1995年 - 衛星データ放送(サテラビュー)サービス開始(1999年4月に撤退)。「バーチャルボーイ」を発売
- 1996年 - 「NINTENDO64(ニンテンドウ64)」を発売。「ゲームボーイポケット」、『ポケットモンスター 赤・緑』を発売
- 1997年 - ローソンにてゲームソフト書き換えサービス「ニンテンドウパワー」を開始。
- 1998年 - 「ゲームボーイカラー」を発売
- 1999年 - 「64DD」を発売。同機を利用したインターネット接続サービス「ランドネット」を開始(2001年2月28日に撤退)
- 2000年 - 本社を現在地に移転
- 2001年 - 「ゲームボーイアドバンス」、「モバイルアダプタGB」を発売。「ニンテンドーゲームキューブ」を発売
- 2002年 - 岩田聡が代表取締役に就任
- 2002年10月30日 - 欧州委員会が並行輸入妨害を行ったとして任天堂らに対し合計1億6780万ユーロの課徴金決定
- 2003年 - 「ゲームボーイアドバンスSP」を発売。ファミリーコンピュータ、スーパーファミコンの生産を終了。中国に現地法人神游科技を設立し、「iQue Player」を発売。「クラブニンテンドー」サービス開始
- 2004年 - 『ファミコンミニ』シリーズを発売。「ニンテンドーDS」を発売
- 2005年 - 「ゲームボーイミクロ」を発売。「ニンテンドーWi-Fiコネクション」サービス開始
- 2006年 - 「ニンテンドーDS Lite」、据え置き型ゲーム機「Wii」を発売
- 2007年 - 「ニンテンドウパワー」サービス終了
[編集] 事件
2001年にはゲーム雑誌『ファミ通』の出版社であるエンターブレインの発売したプレイステーション用ソフト『ティアリングサーガ』に対して訴訟を起こした。 『ティアリングサーガ』が任天堂の『ファイアーエムブレム』シリーズの類似作であるとして、著作権侵害と不正競争防止法違反でエンターブレインと開発会社を訴えたものである。 最高裁まで争った末、不正競争防止法違反との主張の一部は認められたが、著作権侵害との主張は認められなかった。 詳細はファイアーエムブレムの項を参照のこと。
ポケットモンスターのキャラクターを用いた同人誌に関わる事件については、ポケットモンスターの項を参照のこと。
[編集] テレビゲーム事業
[編集] 変遷
[編集] 参入まで
元々は京都で花札屋として創業した玩具企業であった。任天堂という社名は「運を天に任せる」「人事を尽くして天命を待つ」という言葉に由来すると言われているが、初代社長が死去しているため詳しいことは不明である。ただし、前社長の山内博もどちらかというと運命的な要素を信じる傾向にある。
第二次世界大戦前、日本専売公社(現JT)と手を組み、タバコと同じ箱のサイズである花札などのカードゲームを全国販売した。
戦後、1949年になり社長の山内積良が急逝。孫の山内溥が22歳の若さで就任した。この若い社長に対し100名余りの社員がストライキを起こすものの、彼の発案によりプラスチック製のトランプをいち早く製造するなど、国産のカードゲーム、ボードゲームの製造販売を行ない、日本国内の証券取引所の立会場で「手の中のカードを繰る」仕草が任天堂を指す手サインとなるほどに成長した。一時期はベビーカー「ママベリカ」など、育児関連用品やタクシー事業やホテル経営、文具販売など、多数の事業を手がけたこともあったが、これらはヒットすることはなく撤退した。
1970年代頃からは、「ラブテスター」や「光線銃」などといった電気電子技術を使ったオリジナルの玩具も開発製造しており、これが後の「ゲーム&ウオッチ」につながった。
[編集] テレビゲーム産業への参入
1980年にゲーム&ウオッチを発売し、大ヒットした。
1983年に発売し、爆発的に普及したファミリーコンピュータ(通称ファミコン)では、他社からのゲームソフト製造・販売に対してライセンス制度を導入。これにより、市場をほぼ独占して今日のテレビゲーム産業の基礎を作った。任天堂自身もゲーム機のハードウェア、ソフトウェアを製造販売する大手企業の一つとなった。携帯型ゲーム機市場では、今日でも世界トップのシェアを誇る。
日本では、"ファミコン"という言葉が家庭用ゲーム機全般を示すこともあった。日本国外においてはファミコンを Nintendo Entertainment System(略称NES)と称して発売したことから、特に北米で、"Nintendo" といえばビデオゲーム一般の俗称として用いられた。
1990年代ごろからは「Nintendo」の示す意味が「仮想現実の」などと拡大解釈されるようになり、湾岸戦争のTV報道においてはビデオカメラを搭載したミサイルが標的に命中するシーンがテレビゲームのように見えたため、「Nintendo War」とまで呼ばれた。このことについて宮本茂は「見せ方によって人が死んでるように見せることもできるし、全く死者が出ていないように見せることもできる」と語り、遠回しながらメディアに対し遺憾の意を示した。現在でも内視鏡手術のことを俗に「Nintendo Operation」と呼ぶことがある。
[編集] 苦境
家庭用ゲーム機の世界トップシェアの座は、1994年に新規参入したソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のプレイステーションに譲ることになった。ソニーと交わしていたスーパーファミコン用CD-ROM機開発の契約を、契約書を見た荒川實の助言の下、任天堂が破棄したことが、SCEの独自製品発売への引き金を引いた。その契約の代わりにフィリップス社と契約したスーパーファミコン版CD-ROM機も結局日の目を見ずにお蔵入りとなった。SCEが任天堂に対抗して打ち出した新規参入を促進するための規制の緩和、子供のおもちゃというゲーム機の印象からの脱却策などによって、多くのサードパーティーは任天堂を離れてしまった。
他の要因として、低品質なゲームの氾濫を防ぐためのサードパーティー厳選、販売ソフト数の制限など、『量より質の少数精鋭主義』にこだわりすぎたこと、他社がメディアを生産性の高いCD-ROM形式に移行する中、ユーザーへロードのストレスを排除するためロムカセットに拘った結果、ソフトの価格が割高になったことなどが挙げられる。
これら複数の要因からスーパーファミコン時代のサードパーティーが離れてしまい、古参メーカーなどの限られたパートナーとともに市場を支えることを余儀なくされ、NINTENDO64はプレイステーションに販売数で敗北する結果となった。
松下電器産業との共同開発で誕生した次世代機ニンテンドーゲームキューブで独自仕様の光ディスクを採用するなどの対策はしたものの、慢性的なソフトのラインナップ不足は大きく改善されず、シェアでプレイステーション2に及ばなかった。
任天堂はゲーム機に必要なプロセッサをIBMやATI Technologiesに外注しているため、チップ原価が変動しにくく本体価格の引き下げ、価格性能比の向上や設計自由度において不利と言われている。プロセッサを自社で開発し、グループの半導体製造工場を使って生産量からチップ原価の低減が可能であると主張していたSCEとは対照的である。
[編集] トップシェア奪還
近年に起こった、山内溥社長の退陣による組織の若返り、スクウェアとの和解、業務用ゲーム基板『トライフォース』のセガ、ナムコとの共同開発、オンライン家庭用ゲームの流行など、変革の要素も大きい。
そして、DSやWiiのヒットにより、任天堂はゲーム機市場全体においては、SCEから大きくシェアを奪回する結果となった。
一時期、マイクロソフト社による買収話が出たが<ref>MSが任天堂を250億ドルで買収する計画だった? - ITmedia</ref>、任天堂は全面的に否定している<ref>http://xbox2news.com/hawkins.php</ref><ref>任天堂がMicrosoftからの買収提案を否定 - ITPro</ref>。
[編集] ターゲット
任天堂は、既存の性質のゲームと共に、これまで家庭用・携帯ゲーム機購買に関心を持たなかった大人をはじめとする年齢層へのゲーム機への理解と消費拡大を追求している。自社製品に関しては、年齢や性別に関わりなく寄り集まって楽しめる、社会に安定と幸福をもたらすゲームという理念の追及を自社ブランドの重要要素としている。一時は1対1の格闘ゲームですら女性への攻撃がある為に規制対象であった(現在はない)。そのため、児童の視聴や購入に相応しくない作品(ポルノ・ポルノ系製品、及び過度で残忍な暴力を嗜好・演出するゲーム等)の安易な販売は今後も行われないと見られている。Touch! Generationsシリーズ等を見ても、健全なソフトを開発するイメージがついていることがわかる。実際、任天堂から発売されたソフトのほとんどはCERO基準における全年齢対象である。<ref>ゲームソフトパッケージの対象年齢マークについて</ref>。
だが、NINTENDO64、ニンテンドーゲームキューブの時代は、その“全年齢向け”の姿勢が、“低年齢向け”と揶揄されることも多く、実際に“低年齢向け”を理由に任天堂から距離を置く会社もあった。またメディアワークスのデンゲキニンテンドーDS、エンターブレインのファミ通DS+Wii等の専門誌も過去にはいずれも全年齢向けの内容であったのだが、途中から低年齢層にのみ親しみやすい内容にシフトさせてしまい、全年齢向けの雑誌は、毎日コミュニケーションズのニンテンドードリームのみという時期もあった。
しかし、DSやWiiの大ヒットにより、『任天堂は間口が広くて奥が深い“全年齢向け”』とのイメージも徐々に広まってきており、これまで任天堂ハードに対して消極的だったサードパーティも参入しつつある。任天堂ハード専門誌においても、メディアワークスが2006年10月よりゲーム情報媒体としての色合を濃くしたDENGEKI DS Style(2007年4月よりDENGEKI DS&Wii Style)を発刊。結果として、現時点では、多くの出版社が「幅広く受け入れられている任天堂ハード」というイメージ作りに努めつつある。
また、クリーンなイメージを大きく逸脱しない範囲ではあるが、ゼルダの伝説シリーズ、MOTHER3における狂気・無情な描写(著名なファンタジー作品の表裏的世界を再現した表現)、ピクミン,巨人のドシンにおける無邪気な残酷さ、どうぶつの森のカッペイの歌、ポケットモンスター ダイヤモンド・パールの小ネタ等におけるセクハラ的表現、スーパーペーパーマリオにおけるオタク向け表現等、表現を必ずしも制限しないところも見受けられる。
サードパーティーから発売されるソフトに対しては、カプコンの『バイオハザード4』,『キラー7』等CEROの規制対象(前者はD:17歳以上対象、後者はZ:18歳未満購入禁止)となるソフトが出てきたことから、柔軟な対応を採り始めた事が窺える。また、バイオハザード4ではPS2版より敵の首が飛ぶ描写が多く、キラー7では残酷描写は勿論、PS2版には収録されていない露骨な性表現(目に見えるヌードではない)が存在する。このため、独自の規制基準が存在するSCEよりも規制は緩いことが伺える。
これまで距離を置いていた、性的な描写、美少女ゲームにおいても、魔法先生ネギま!のメディアミックス作品,スカッとゴルフ パンヤのWii移植作品(ともに規制対象(B及び12))等妥協点を探し始めている。また、DSのタッチスクリーンを利用した性的表現は、テクモのデッドオアアライブシリーズで有名な板垣伴信が、「かすみちゃん(デッドオアライブのキャラクター)に触るゲームとかも、いいですか?」と尋ね「別にいいですよ」と任天堂が返答していたり、どきどき魔女神判!が発売されたりと、柔軟な姿勢を示している。
[編集] ボイス
任天堂はゲーム中に登場するキャラクターにあまり声優をあてない事も知られている。その理由としては、声優の声質がユーザーに違和感を与えてしまうケースを避けるためであると端的に説明されることが多い。しかしながら、ゲームの大容量化が進みフルボイスでキャラクターが喋るゲームも珍しくなくなった昨今においては、任天堂の姿勢があまねくユーザーの支持を受けている訳ではなく、ゲームのキャラクターに声をあてるべきか否かという点はしばしばユーザーの間で熱心に議論される。
ボイスがない方がよいというケースの根拠としては、
- ボイスが無かった時代に登場したキャラクターに今から声を割り当てる場合は、違和感について特に配慮されるべきである
- 声優の喉の衰えや引退を考慮に入れると、同社が長く使ってきたキャラクター(そして今後も長く使っていくであろうキャラクター)に安易に声をあてない方がよい
- 主人公がプレイヤーの分身である場合は、そのキャラクター性を薄めるために無口な方がよい
- ボイスを付けることが、必ずしもゲームのクオリティアップに繋がらないので、ボイスは不要である
等と言われる事が多い。
ボイスがある方がよいというケースの場合、
- ボイスがキャラクターに与える悪影響を過大評価している
- ボイスが無いと臨場感や迫力に欠ける
- アニメ文化が興隆した昨今、もはや声優を起用することは当たり前である
- 現にボイス有りのゲームが増えている以上、ボイスが無いのは時代遅れである
と主張されることが多い。
[編集] ライセンス
ビデオゲーム市場の発展段階では、自社の市場を守るために技術ライセンスを取得せずに製造販売されたソフトウェア(同人ソフト、当時は裏ソフトと呼ばれていた)の市場からの締め出しを実行した。これは、特にファミコン全盛時代に性的描写を含む裏ソフトが市場に多く出回ったため、警察やPTA、市民団体からのクレームが集中したことに起因している。
この施策は主に、同社が保有している特許技術や意匠・商標の無断使用を指摘するという形で行われ、これ以降、任天堂の方針が当時の日本家庭用ゲーム業界の自主規制に大きな影響を与えるようになった(俗に「ファミ倫」とも言われた)。北米圏におけるファミコン、Nintendo Entertainment Systemでは10NESと呼ばれる鍵に相当するチップをカートリッジに搭載し、起動時に本体との間で認証を行なう仕組みを設けた。そしてこのチップを特許と著作権によって保護することで、正規ライセンスを取得していないソフトを排除した。
ただし、コンピュータプログラムに対する著作権が確立される前の話ではあるが、任天堂はインベーダーゲームブーム時にスペースインベーダーの亜流を販売し、TVのインタビューで山内溥が「遊びにパテントは無い」旨の発言をしていたことがある。
[編集] メディアミックス展開
かつては、メディアミックスに消極的な代表会社のひとつであった。それは「このようなソフトウェアは、たとえ内容的に素晴らしかろうとあくまで日陰に存在する物であり、大手を振って認知されるべき物ではない」という主張に基づいている。そのため、ファミリーコンピュータの発売以前から関わっている、小学館発行の学年誌や『コロコロコミック』等に限定的情報を提供して、特集記事の形で掲載している程度でとどめていた。
しかし、人気シリーズであるポケットモンスターのNINTENDO64への移植のための実験も兼ねたアニメ化において、自社でスポンサー等の調達がうまくいかなかったことから、小学館プロダクションに一任したことが転機となった。アニメを発端とするポケットモンスターのメディアミックスは、展開初期に大規模なトラブル(ポケモンショック)が発生したものの、日本経済新聞においても紹介された、メディアミックスの成功例になった。これ以降、『星のカービィ』や『F-ZERO』『どうぶつの森』といった、自社のゲームソフトのアニメ化等のメディアミックスを積極的に推し進めるようになりつつある。
ゲームで声優を起用することは少ないが、アニメにおいては声優にも力を入れており、『F-ZEROファルコン伝説』や『劇場版 どうぶつの森』では、それぞれ主演に森川智之、堀江由衣といった大物を多数起用している。
雑誌等へのメディアミックス展開について、ソフト供給量絶対数の少なさによる情報提供量の少なさ、エンターブレイン等大手有力雑誌会社との対立等、不利な材料も少なくない。とはいえ、小学館グループをはじめとした漫画雑誌への連動企画等は現在も継続中であるし、ソウルキャリバー2のように他社のブランドのゲームへのキャラクターの貸し出しも行っている。
[編集] ハードウェア
岩田聡社長は、「ゲームの高性能化、複雑化だけでは今までの“ゲーム熟練者”に飽きられ、さらに“ゲーム初心者”にとってもとっつきにくいものになってしまい、市場の縮小を招く恐れがある。これからは“初心者”にとっつきやすく、“熟練者”には新鮮で驚きに満ちた新しいゲーム機が必要である」と主張している。
NINTENDO64やニンテンドーゲームキューブではゲーム機のハイスペック化にもアプローチしてきたが、次世代機Wiiではこの方針を転換し、SCEやマイクロソフトとのスペック競争から身を引き、最新の映像表現や高性能を実現させるハードウェアの追求とは一線を引いた。具体的には、ニンテンドーDSにタッチパネル、Wiiのコントローラーではポインティング、及び高度なコントローラー位置把握機能を採用したことが挙げられる。
2006年12月現在、ニンテンドーDSは、ほぼ同時に発売されたライバル機と言えるSCEIのプレイステーション・ポータブル(PSP)に対して国内や海外での販売数・ソフトウェア販売数等で大きくリードしている。2006年12月2日に発売された、新型のゲーム機Wiiは、発売前から多くの期待を集めており、瞬く間に完売となった。2007年1月現在、ライバル機のプレイステーション3を大きくリードしている。
[編集] 丈夫さ
ハードウェアの堅牢性の高さに定評がある。何故なら玩具として発売されたテレビゲーム機は、子供に乱暴に扱われることを前提にした耐衝撃性の高いハード設計が必要だからである。
たとえばファミリーコンピュータは、製造から20年以上経った現在でも正常に動作する個体が少なくない。初代ゲームボーイ開発時には、試作機を渡された社長がいきなりゲームボーイを床に叩きつけて強度を確かめたといった逸話や、「任天堂本社ビルの屋上から落として壊れるようなハードは出さない」という伝説もある。その思想は歴代のハードに受け継がれ、育成機能付歩数計ポケットピカチュウでさえ、大人が踏んでも壊れないほど頑丈に作られている。事実、海外のメディアがゲームキューブ・プレイステーション2・Xboxの耐久実験をした際、鉄製の大型ハンマーで叩かれてもなお起動したのはゲームキューブのみという結果が出ている。また、湾岸戦争で爆撃を受けた建物内部にあったゲームボーイは、外装がボロボロになったものの、きちんと動作することが確認されている(現在はニューヨークの任天堂直営店「Nintendo World Store」に展示)。
また、部品一つ一つも他社が勝手に改造などをできないように独自規格品を用いていることも特徴である。たとえば、前述の通り子供などが悪戯で分解したりできないようにネジの形状が通常の+や-ではなくY型をした特殊形状のものを用いている点などである。
[編集] ソフトウェア
ソフトウェア面では、脳を鍛える大人のDSトレーニング、nintendogs等Touch! Generationsをはじめとするソフトウェア群でそれまでゲームに興味がなかった層も巻き込み市場拡大に成功したといわれている。
また、かつてのような厳しい規制も現在は緩くなってきており、これまでプレイステーション向けにソフトを開発していたサードパーティーの新規参入も見られるようになった。結果として、かつてのような『少数精鋭主義』は無くなり、『量より質』ではなく『量と質』を重視するようになってきている。
また、2004年に消費税を含めた価格の総額表示が義務付けられた際、任天堂は自社が発売するゲーム機、ゲームソフトの価格についてはそれまでの税別価格が税込価格となるよう実質値下げを行った。それ以降に発売されるソフトについても、他社が税別4800円や税別5800円となっているのに対し任天堂は税込4800円や税込5800円というように、税込みできりのいい価格となるよう設定されている(なお任天堂は1989年の消費税導入時~1996年頃までも同様の税込価格表記を行っていたが、それ以降は他社と同様の税別価格表記となっていた)。
[編集] サービス
サービス面では、任天堂ゲーム機対応のゲームソフトにポイントを添付し、ポイントを貯めることにより任天堂のオリジナル商品が貰えるといった、「クラブニンテンドー」という制度を作り他社との差別化を図っている。
さらに、クラブニンテンドーのウェブサイトでのポイントの登録時に、購入者に対し製品への簡単なアンケートを取るため、その統計がマーケティング戦略等に活かせるようにもなっている(前述の購入者層拡大も、このアンケート統計から明確になったものである)。
[編集] オンライン販売
近年では『プレイやん(現在の名称はPLAY-YAN micro)』や『ニンテンドーDSブラウザー』など、自社のゲーム機をゲーム以外の面にも活用できるような周辺機器を次々と発売している。それに伴いオンラインでのみ購入可能な商品が増えてきている傾向にある。
これ以外にも『大合奏!バンドブラザーズ追加曲カートリッジ』、『ニンテンドーWi-Fi USBコネクタ』、『DS振動カートリッジ』、『海外専用DS ACアダプタ』、『ゲームキューブSDカードアダプタ』『ゲームキューブ版ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』、他にもWiiのセンサーバーや、DSのバッテリーパックなどがオンラインでのみ購入できる形となっている。これらの商品をオンライン限定にした理由について、「PLAY-YAN microやUSBコネクタはパソコンの知識が必要な商品であるため、誤購入をふせぐためにネット限定が最適」「ゼルダは、Wii版と同時発売であるため、2つのバージョンが店頭に並んでユーザーが混乱するのを防ぐため」と公表している。
しかしながら、インターネットを利用した通信販売は、パソコンが使える者なら誰でも利用できる、というほど普及してはおらず、特に未成年のユーザーは、親からこれを制限されている家庭もあったり、インターネット販売に不信感を抱いている者もいる。また、DSブラウザーなどは明確な理由がはっきりしていないため、この商法はそのようなユーザーからは不評である。現在一部の大型店舗にて行われているUSBコネクタとDSブラウザーの店頭販売や、ゼルダの注文を電話でも受け付けていることのように、これらのユーザーの不満を解消することが、今後の任天堂の課題と言える。
[編集] 会社概要
- 社名:任天堂株式会社
- 英文社名:Nintendo Co.,Ltd.
- 資本金:10,065,400,000円
[編集] 事業所一覧(日本国内)
- 本社
- 京都府京都市南区上鳥羽鉾立町11番1号
- 東京支店
- 東京都台東区浅草橋5丁目21番5号
- 大阪支店
- 大阪府大阪市北区本庄東1丁目13番9号
- 名古屋営業所
- 愛知県名古屋市西区幅下2丁目18番9号
- 岡山営業所
- 岡山県岡山市奉還町4丁目4番11号
- 札幌営業所
- 北海道札幌市中央区北9条西18丁目2番地
[編集] 工場一覧(日本国内)
[編集] 代表取締役一覧
- 代表取締役会長:浅田篤
- 代表取締役社長:岩田聡
- 代表取締役専務:森仁洋(経営統括本部・本部長)
- 代表取締役専務:波多野信治(営業本部・本部長)
- 代表取締役専務:竹田玄洋(総合開発本部・本部長)
- 代表取締役専務:宮本茂(情報開発本部・本部長)
- 代表取締役専務:永井信夫(開発技術本部・本部長)
[編集] 取締役一覧
- 常務取締役:鈴木英一(総務本部・本部長)
- 常務取締役:松本匡治(管理本部・本部長)
- 取締役:河原和雄(東京支店・支店長)
- 取締役:君島達巳(米国任天堂・前社長)
[編集] 歴代社長
- 創業家出身
- 創業家以外の出身
- 現社長:岩田聡
[編集] 関連する人物(順不同)
[編集] 関連開発会社
任天堂発売のゲームソフトの開発を担当したことのあるゲームソフト開発企業。資本関係の有無、専属関係にあるかどうか、は問わず挙げた。(五十音順)
- アルファドリーム (マリオ&ルイージRPG など)
- アミューズメントビジョン(現・セガに統合) (F-ZERO GX)
- アンブレラ (ピカチュウげんきでちゅう など)
- iNiS (押忍!闘え!応援団)
- インディーズゼロ (エレクトロプランクトン など)
- インテリジェントシステムズ (ファイアーエムブレム など)
- エイティング (くるくるくるりん など)
- SRD
- Nintendo Software Technology (ウェーブレース ブルーストーム など)
- エニックス(現・スクウェア・エニックス) (銀河の三人)
- エヌディーキューブ (F-ZERO FOR GAMEBOYADVANCE、どこでも対局 役満アドバンス など)
- カプコン (ゼルダの伝説ふしぎのぼうし など)
- ガンバリオン (ジャンプスーパースターズ など)
- キャメロット (マリオテニスGC など)
- クエスト (タクティクスオウガ外伝 The Knight of Lodis など)
- Kuju Entertainment (突撃!ファミコンウォーズ)
- クリーチャーズ (ポケットモンスター など)
- ゲームフリーク (ポケットモンスター、スクリューブレイカー轟振どりるれろ など)
- コナミ (Dance Dance Revolution with MARIO)
- サルブルネイ (動物番長)
- ジニアス・ソノリティ (ポケモンXD 闇の旋風ダーク・ルギア、ポケモントローゼ など)
- ジュピター (ポケモンピンボール ルビー・サファイア など)
- シリコンナイツ (エターナルダークネス 招かれた13人)
- CING (アナザーコード 2つの記憶、ウィッシュルーム 天使の記憶)
- スキップ (ちびロボ など)
- 朱雀 (F-ZERO CLIMAX など)
- スクウェア(現・スクウェア・エニックス) (スーパーマリオRPG、マリオバスケ 3on3)
- スタジオフェイク (カスタムロボ バトルレボリューション)
- セタ (レジェンドオブゴルファー)
- Software Creations (マリオアーティスト ペイントスタジオ)
- ソラ (大乱闘スマッシュブラザーズX)
- ダイス (糸井重里のバス釣りNo.1 決定版! など)
- T&E SOFT (大人のDSゴルフ)
- トーセ (伝説のスタフィー など)
- トレジャー (罪と罰 地球の継承者 など)
- ナムコ (ドンキーコンガ など)
- Next Level Games (スーパーマリオストライカーズなど)
- ノイズ (カスタムロボ など)
- バウロズ (巨人のドシン など)
- パオン (ぶらぶらドンキー など)
- パックス・ソフトニカ (新・鬼ヶ島 など)
- パラダイム エンターテインメント (パイロットウイングス64 など)
- ハドソン (マリオパーティ など)
- HAL研究所 (星のカービィ など)
- ビバリウム (ザ・タワーSP など)
- ファクター5 (スターウォーズ 出撃!ローグ中隊)
- Fuse Games Limited (スーパーマリオボール など)
- ブラウニーブラウン (マジカルバケーション など)
- フラグシップ (星のカービィ 鏡の大迷宮 など)
- ミッチェル (直感ヒトフデ など)
- モバイル21 (コロコロパズル ハッピィパネッチュ! など)
- MONSTER GAMES (エキサイト トラック)
- ルーカスアーツ (スターウォーズ エピソード1 レーサー など)
- レア (ゴールデンアイ007 など)
- レトロスタジオ (メトロイドプライム など)
[編集] 同業他社
- ソニー・コンピュータエンタテインメント
- マイクロソフト
- 下記は任天堂ハード用ソフトを発売している会社
[編集] 主な製品
[編集] テーブルゲーム
[編集] 玩具
- ゲーム&ウオッチ
- ワイドスクリーン
- マルチスクリーン
- ラブテスター
- 光線銃
- N&Bブロック(レゴとの互換性ゆえに訴訟を起こされた)
- エレコンガ
- ドライブゲーム
- 光線電話LT
- タイムショック
- レフティRX
- チリトリー
- テンビリオン
- ウルトラハンド
- ウルトラマシン
- ウルトラスコープ
- ポケットピカチュウ、ポケットピカチュウカラー 金・銀といっしょ!、ポケットハローキティ、ポケットサクラ
[編集] 家庭用ゲーム機
[編集] 据え置き型
- ファミリーコンピュータ、AV仕様ファミリーコンピュータ
- スーパーファミコン、スーパーファミコンジュニア
- NINTENDO64
- ニンテンドーゲームキューブ
- Wii
[編集] 携帯型
- ゲームボーイ、ゲームボーイポケット、ゲームボーイライト
- ゲームボーイカラー
- ゲームボーイアドバンス、ゲームボーイアドバンスSP、ゲームボーイミクロ
- ポケモンミニ(発売は株式会社ポケモン)
- ニンテンドーDS、ニンテンドーDS Lite
[編集] その他
[編集] 周辺機器
- ファミリーベーシック
- ファミリーコンピュータ ディスクシステム
- サテラビュー
- スーパーファミコンマウス
- スーパースコープ
- スーパーゲームボーイ
- スーパーゲームボーイ2
- ポケットカメラ
- 64DD
- モバイルアダプタGB
- ゲームボーイプレーヤー
[編集] ゲームソフト
この他の作品は、任天堂発売のゲームタイトル一覧を参照。
- ドンキーコング
- スーパーマリオブラザーズ
- マリオカート
- マリオパーティ
- ゼルダの伝説
- メトロイド
- MOTHER
- ファイアーエムブレム
- F-ZERO
- 星のカービィ
- スターフォックス
- ポケットモンスター
- 大乱闘スマッシュブラザーズ
- どうぶつの森
- ピクミン
- メイド イン ワリオ
- 新・鬼ヶ島
- カスタムロボ
- ファミコン探偵倶楽部
- テトリス (ゲームボーイ、ゲームボーイカラー、ニンテンドーDS版)
- nintendogs
- 東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング
- やわらかあたま塾
- アイスクライマー
- Wii Sports
- マジカルバケーション
- 黄金の太陽
- ヨッシーアイランド
- パネルでポン
- ドクターマリオ
[編集] その他の製品、サービス
現在はすべて撤退。
- ママベリカ:シンプルな構造のベビーカー
- コピラス:家庭用の小型コピー機。当時の市場価格の10分の1だったが、構造は玩具的で性能も低かった
- ダイヤタクシー:任天堂が経営していたタクシー会社。現在は南ヤサカ交通として、残っている
- ノート、文房具やラブホテル経営など:すべて販売ノウハウの不足により失敗
以下はかつて存在した子会社「三近食品」名義。すべて撤退。
- ディズニーフリッカー:ディズニーキャラクターを使ったふりかけ
- ポパイラーメン:ポパイの版権を使って出したラーメン
- インスタントライス:現在のように電子レンジを使うのではなく、お湯を注いで3分待つものだった。お粥のようでとても不味く、当時の山内社長も落胆したそうだが、それでも強行発売して失敗した
これらは、かつて任天堂が不安定なエンターテイメント商品以外にも、安定して売れる食品や実用品の販売を目指して、1960年代~1970年代前半まで行っていた多角化経営戦略の代表的なものの一覧である。特に食品に関しては、「これからはインスタントの時代になる」との山内社長(当時)のかけ声により多額の資金を投入し、「三近食品」なる企業を立ち上げてまで行われた。しかし、本来「おもちゃ屋」である任天堂はそのような方面の技術を持たず、この計画は失敗する。さらに「レーザークレー射撃場」の失敗も相まって、1979年のゲーム&ウオッチのヒットまで多額の借金を抱え込むことになる。
この厳しい経験から、現在の任天堂は「娯楽以外の市場には進出しない」ことを不文律として定めており(任天堂に社訓は存在しない)、ゲーム機の開発においてもその思想が現れている(DVD-Video再生機能がない代わりに、値段が競合機種より10000円以上低いゲームキューブなど)。
[編集] 関連作品
任天堂のゲームソフトから派生した作品を以下に挙げる。
[編集] テレビアニメ作品
この4作品中、星のカービィのみCBC/TBS系列、他はTX系列他で放映。 また、ドンキーコングについてはフランスで製作された。他3作品は日本製である。
[編集] その他のアニメ作品
- スーパーマリオブラザーズ ピーチ姫救出大作戦(劇場映画)
- ゼルダの伝説(日本国外)
- ファイアーエムブレム 紋章の謎(OVA)
- 劇場版 どうぶつの森(劇場映画)
[編集] 実写版
- スーパーマリオ 魔界帝国の女神 (1993)
[編集] 任天堂ハードで発売のゲームタイトル
任天堂ハードで発売された、または発売予定のゲームタイトルは、下記のリンク先にて表記。