今治市
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| 今治市のデータ | ||
| 国 | 日本 | |
| 地方 | 四国地方 | |
| 都道府県 | 愛媛県 | |
| 団体コード | 38202-7 | |
| 面積 | 419.56km². | |
| 総人口 | 171,437人 (推計人口、2007年4月1日) | |
| 隣接自治体 | 松山市、東温市、西条市、上島町 広島県福山市、呉市、尾道市、大崎上島町、 竹原市 | |
| 今治市役所 | ||
| 所在地 | 〒794-8511 | 愛媛県 |
| 今治市別宮町一丁目4番地1 | ||
| 電話番号 | 0898-32-5200 | |
| 外部リンク | 今治市 | |
| 位置 | </td><td colspan="2" style="border-style: solid none none solid; border-color: #aaa; text-align: right;">||
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今治市(いまばりし)は、愛媛県東北部に位置する市。今治城の城下町であり、造船とタオルの生産、焼き鳥などで知られる。人口は松山市に次ぎ、愛媛県下第二位である。古くから瀬戸内海の海上交通の要所であったことから、古代においては伊予国国府が置かれていたこともある。
西瀬戸自動車道(しまなみ海道)によって広島県尾道市と橋で結ばれている。
目次 |
[編集] 地理
瀬戸内海沿岸に位置し、愛媛県北部の高縄半島の北東部を占める陸地部と、瀬戸内海特有の多島海景観を誇る島しょ部をも含めた多様な市域を有している。
旧今治市を中心とした「陸地部」と伯方島、大島、大三島を中心とした「島しょ部」という分け方も広く浸透している。
[編集] 中心市街地
- 市役所、税務署、地方局などの行政機関の他、大手企業の営業所・支店、百貨店・大型スーパーなどが集中している。
- 特に昔は小売店が集中し、大型小売店のほとんどが市街地に集まっていたが、90年代から市の郊外に大型小売店が移転し、商店街の客足も減少した。またしまなみ海道開通により今治港から各地を結ぶ航路が廃止され商店街の客足はさらに減少している。
- 市役所から少し離れたところには、四国で一番の高さを誇る超高層ホテル今治国際ホテルが立地している。
[編集] 今治駅周辺
- 駅の南側は戦後に住環境の悪化などが問題となっていたため土地区画整備事業が行われた。駅周辺の交通渋滞解消のために予讃線が高架化されている。駅の南側には図書館、病院、学校(愛媛県立今治北高等学校、今治明徳高等学校等)があり、中心市街地に近いこともあり公営住宅、マンション、一戸建て住宅が集中している。
- 駅の北側は、ビジネスホテルやオフィスビルなどが立地している。
[編集] 今治港周辺
- ターミナルビルがあり、港の象徴となっている。近年はしまなみ海道開通で多くの航路が廃止・縮小され衰退している。そのため港湾の再開発を進めることを検討している。
高速バスや路線バスの停留所もある。
[編集] 今治IC周辺
- 今治SATYや大型専門店が国道沿いに立地している。
このIC周辺では今治新都市開発事業が着々と進んでいる。今治ICから今治湯ノ浦ICの高速道路(今治小松自動車道)も事業着手されて完成すれば西瀬戸自動車道(しまなみ海道)と松山自動車道が結ばれる。
[編集] 鳥生地域
[編集] 富田地域
- 今治港の富田地区(富田新港)にはガントリークレーンが1基設置され、コンテナ埠頭が整備されている。また周辺には日本食研の本社・工場、吉野石膏の工場などが立地している。
- 国道、バイパス沿いには、大型ショッピングセンター(ワールドプラザ)や大型専門店が多数立地している。
[編集] 波止浜地域
- 波止浜湾には多数の造船所が立地していて大型船の建造が行われている。
[編集] 隣接している自治体
[編集] 歴史
- 1889年(明治22年) 市町村制の施行により今治町が誕生。
- 1905年(明治38年) 四阪島に住友の銅製錬所(現在は住友金属鉱山四阪工場)ができる。
- 1920年(大正9年) 2月11日 今治町と日吉村が合併し市制施行。
- 1924年(大正13年) 2月11日 讃予線(現:予讃線)今治駅開業。
- 1927年(昭和2年) 今治港が重要港湾に指定される。
- 1933年(昭和8年)2月11日 近見村を編入した。
- 1938年(昭和13年) 青木石油(現:太陽石油)が進出。
- 1940年(昭和15年)1月1日 立花村を編入した。
- 1955年(昭和30年)2月1日 桜井町、波止浜町、清水村、富田村、乃万村、日高村を編入した。
- 1955年(昭和30年)8月1日 吉海町と境界を変更し、大字馬島を編入した。
- 1961年(昭和36年)来島船渠(新来島どっく)進出。
- 1964年(昭和39年) 今治市を含む東予地方が新産業都市に指定される。
- 1971年(昭和46年) 畜産加工研究所(現:日本食研)が本社を移転。
- 1979年(昭和54年)5月13日 西瀬戸自動車道大三島橋開通。
- 1980年(昭和55年) 今治城の天守閣などが再建される。
- 1988年(昭和63年)1月17日 西瀬戸自動車道伯方・大島大橋開通。
- 1996年(平成8年)吉野石膏が進出。
- 1999年(平成11年)5月1日 来島海峡大橋、多々羅大橋が完成し、西瀬戸自動車道(尾道・今治ルート、通称:しまなみ海道)開通。
- 2001年(平成13年)3月24日 芸予地震が発生。
- 2001年(平成13年)7月9日 今治小松自動車道が今治湯ノ浦インターチェンジまで延伸。
- 2002年(平成14年) 今治新都市開発の工事着工開始。
- 2005年(平成17年)1月16日 旧今治市、及び越智郡11町村(朝倉村、玉川町、波方町、大西町、菊間町、吉海町、宮窪町、伯方町、上浦町、大三島町、関前村)が合併し、新しい今治市となった。この結果、愛媛県から村が消滅。
- 2006年(平成18年)西瀬戸自動車道(しまなみ海道)愛媛県の大島道路と広島県の生口島道路が完成し全線開通。これにより愛媛県今治市と広島県尾道市の所要時間が短縮された。
[編集] 行政
[編集] 市長
- 新市になって以降
- 初代 越智忍 2005年 -
[編集] 主な公共施設
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[編集] その他行政機関
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[編集] 市町村合併
12市町村の合併を巡っては、大西町や波方町との合併を模索する菊間町が一時合併協議会から離脱したが、3町との合併が難しくなっために合併協議会に復帰した。12市町村が合併したことで人口は約18万人になり、愛媛県下では松山市に次ぐ第二位の都市、四国地方でも県庁所在地、松山市、高松市、高知市、徳島市に次ぐ5番目の大きい自治体になった。
議会の在任特例を巡っては、一部特例を適用しようという動きがあったが、膨大な議員数となることから行政改革に反するとして、繁信順一今治市長(当時)らが町村を説得し在任特例の適用を行わずにすんだ。このことはサンデープロジェクトの合併に関する企画で放送された。
[編集] 市長・市議会議員選挙
- 12市町村という大規模な合併で市議会選挙は激戦となると予想され立候補を控えたりする動きがあったが一部の町村では複数の立候補者が出馬し全員落選したところがあった。
- 市長選では今治新都市開発が大きな争点となり、推進派や凍結派、見直し派がそれぞれ出馬した。選挙の結果、見直しを訴えた越智忍氏が当選した。
- また同時に県議会の今治・越智郡区の補欠選挙が行われ、トリプル選挙となった。
[編集] 経済
[編集] 農業
朝倉地域や玉川地域などで農業が盛んである。主にみかんなどのかんきつ類やれんこんなどの野菜、米、裸麦の生産が行われている。
[編集] 漁業
- 今治漁業協同組合
- 来島漁業協同組合
- 大西町漁業協同組合
- 上浦漁業協同組合
- 伯方漁業協同組合
- 波方漁業協同組合
- 小部漁業協同組合など
- 主な漁獲物
[編集] 製造業
- 東予新産業都市であり、製造業で栄えた。特にタオルや造船の製造で栄えタオルは日本一の生産地に造船は日本でも有数の生産地となった。またそれ以外にも造船関連産業・電機・食品工業、エネルギー産業も発達した。しかし、タオル産業は中国や韓国の安いタオルの輸入が増加したことで大きな打撃をうけた。
- タオル産業は市内のタオルメーカーが工場を中国などに移転し生き残りを図ったり、タオルのブランド化や品質の良いタオルの開発などを進めており、品質良いタオルの開発に成功したりしている。また市内のタオルメーカーがアメリカの国際展示会でグランプリを受賞し、小泉純一郎前首相の施政方針演説でも引用されている。
- 造船産業は造船不況で苦しみながらも現在では、船舶需要増大で市内の造船メーカーでは工場やドッグを新設・拡大している。現在では、今治市には今治造船、新来島どっくなどの造船所が波止浜地域や大西地域などに集中しており国内の造船の4分の1を生産している。
- 造船業の発達によって船舶用の機械、部品などの製造が盛んになり渦潮電機、潮冷熱、四国溶材などが売上を伸ばした。
- 電機では、東芝の関連会社のハリソン東芝ライティングが液晶バックライト用冷陰極放電灯の製造で売上を伸ばし、今治工場で増産を行っている。
- 食品では、調味料の製造大手の日本食研の愛媛本社、工場があり、伯方地域には塩を製造する伯方塩業の本社、工場がある。
- そのほかの工業では、菊間地域に太陽石油の拠点工場の四国事業所があり石油の精製が行われている。また富田新港に吉野石膏の工場があり、宮窪地域には住友金属鉱山の工場があるが工場のある四阪島までは新居浜市から船でいかないといけない。
[編集] 鉱業
[編集] 小売業
- 合併前は12万人程度の人口であったにもかかわらず、1980年代前半には百貨店では今治大丸、今治高島屋、大型スーパーではマイカルの前身であるニチイ、ダイエーグループであった今治ショッパーズプラザ、さらには地元系のフジ(こちらは比較的小規模の店舗だった)が市内中心部にひしめきあっていたが流石に競争は激しく、今治高島屋は1984年に撤退した。
- その後郊外大型店舗への転換が進み、フジは1997年にフジグラン今治をオープンさせた。1998年には複合ショッピングセンターのワールドプラザがオープン。またマイカルもニチイに変わって今治インター近くに今治サティをオープンさせた。
- 今治ショッパーズプラザはダイエーグループを外れ、同じ場所で「ザ・ショッパーズ」と店名を変え、今治デパートのスーパーマーケットや100円ショップや書店などが出店している。
- 今治大丸から今治港方面に伸びる通りに商店街(銀座商店街など)があるが、閉店した店も少なくない。通常商店街は大型スーパーなどができると嫌がるケースが多いが、大丸とニチイ(および高島屋)に来たついでに商店街による客が多かったため、ニチイ閉店(移転)の際には商店街が存続運動を起こすという珍しい現象が起きた(現在のニチイ跡地は平屋建てのマルナカが入居)。
- 商店街は相次ぐ大型スーパーの撤退や西瀬戸自動車道開通による今治港の利用客減少で空き店舗が増加している。商店街ではイベントを行ったりして客足の減少に歯止めをかけようとしている。
- 今治市波止浜に大黒天物産(本社・岡山県)のスーパー、ディオ今治北店が出店。
- マックスバリュ西日本(イオングループ)が四国エリア初出店となるイオン今治阿方ショッピングセンター内にマックスバリュ今治阿方店を出店。
- 小規模・中規模の店舗ではママイ、木村チェーン、Aコープ、波止浜スーパーなどの店舗がある。
- 専門店も中心市街地から四国電業の本店がワールドプラザに移転したりしたが、ユニクロやレディ薬局などが逆に中心市街地に進出している。
- 2006年には、今治新都市開発の用地の一部に大型商業施設誘致を検討している方針が議会の特別委員会における今治市の説明で明らかになった。
- そして2007年4月の競争入札で今治市と都市再生機構が所有する今治新都市予定地(大型商業施設用地)をイオン (企業)が落札して予約契約。これにより2009年1月にイオンと本契約を結び、今治市に愛媛県新居浜市の県内最大級のイオン新居浜ショッピングセンターに次ぐ規模の大型ショッピングセンターが進出する見通し。しかし進出により中心市街地の既存店の撤退など市内が空洞化する可能性が問題になっている。そのため今治市では中心市街地活性化にも力を入れるとしている。そのひとつで今治港再開発などを明らかにしている。
- 越智今治農業協同組合が日本最大の野菜直売所をオープンしている。
- 主な大型小売店
- 主な書店
- 主な家電量販店
- 主なファッション・衣料品店
- 主なホームセンター
- ダイキ
- コメリ
- コーナン
- タイム(リックコーポレーション)
[編集] 金融業
- 市内に大手・中堅企業が所在していることから多数の金融機関の支店がある。また海事関係の企業が多いことから市内に支店を置く保険会社には海上保険担当の部署を今治の支社に置いている会社も数社存在する。
- 支店を置く都市銀行
- 支店を置く地方銀行
- 支店を置く信用金庫
- 支店を置く労働金庫
- 支店を置く証券会社
- 支店等を置く主な保険会社
- 日本生命保険
- 第一生命保険
- 住友生命保険
- 明治安田生命保険
- 三井生命保険
- 大同生命保険
- 朝日生命保険
- アクサ生命保険
- AIGスター生命保険
- AIGエジソン生命保険
- 損害保険ジャパン
- あいおい損害保険
- 三井住友海上火災保険
- 共栄火災海上保険
- ジブラルタ生命保険
- 東京海上日動火災保険
- ニッセイ同和損害保険
- 日本興亜損害保険
- 富士火災海上保険
- マニュライフ生命保険
[編集] 観光業
- えひめ瀬戸内リゾート構想を基に湯ノ浦地区などに観光施設などを整備していったがバブル崩壊によって計画は、ほぼ凍結された。また瀬戸内海リゾート構想は現在廃止されている。
- 1999年のしまなみ海道開通時は、しまなみブームと呼ばれるほど賑わい島部を中心にかなりの観光客が集まったがしだいに観光客は減少した、2006年には、西瀬戸自動車道が全線開通し、通過地点となる島部では観光客の減少を懸念していたが5月の連休は逆に観光客が増加した。しかし、これは全線開通の珍しさや気象条件のおかげであると考える人が多い。
- 高虎号と呼ばれる観光地を回るバスが運行されている。
[編集] 運輸業(旅客)
- 西瀬戸自動車道開通前は、今治港から広島、関西へのフェリー航路があったが開通後は、フェリー航路廃止の廃止が相次いだ。しかし、西瀬戸自動車道の通行料が高いことから島部の人々にはフェリーを利用する人も多い。しかし、近年の原油高や島部の過疎化進行で民間のフェリー航路の廃止・縮小も相次いでいる。市では、市営フェリーの増便などで対応しているが事業の赤字が続いており航路再編を検討している。
- 1989年に運行開始された東京行き夜行高速バス「パイレーツ号」は運行開始当初から東京への唯一の直通交通手段として現在でも週末には続行便を運行する程の盛況ぶりで瀬戸内運輸のドル箱路線となっている。
[編集] 運輸業(貨物)
- トラック輸送の効率化のためトラックターミナルが立地している。
- 西瀬戸自動車道はトラック輸送には本州四国連絡橋の他の2橋と比べると利用されていないが、全線開通による効果で増える可能性もある。
- 海上輸送では、富田埠頭をはじめとする港湾が整備され、韓国への定期航路が開かれている。
- 市内には、交通が便利なことから、運送会社の支店や営業所が多数立地している。
[編集] サービス業
[編集] 海事都市
- この地域は古代より瀬戸内の海上交通の要衝として栄えてきた歴史や文化を有し、古くから「船どころ」として高名であった。
- 旧・今治市内にも造船・海運の集積はもちろんあったが、大西町、波方町、伯方町などとの合併により、新・今治市は世界にも類を見ない造船・海運業に厚みを持つ海事関連産業の一大集積地となっている。
- 造船
- 造船業においては隣接の上島町も含めると19造船所あり、建造隻数では国内の4分の1を占めており、造船関連産業(舶用工業)を含めた日本一の造船業集積地となっている。有力造船所では、これまで、過去の造船不況時の救済、近年では業容拡大を図るための戦略的買収などを含め、いくつかの造船所を傘下におさめてきている。その支配下にある造船所は、対岸の広島県や隣県の香川県、高知県、徳島県などにあり、実質的に大手造船重機メーカーと同等かそれ以上の建造実績を有している。中でも今治造船グループは、近年は建造量でユニバーサル造船と、売上高で三菱重工と日本一を競っており、従来大手造船所でしか建造されなかったVLCC(30万トン以上の原油を運搬する大型タンカー)やLNG船(液化天然ガスを運搬するタンカー)も建造するに至っている。
- 海運業
- 今治は、古くから瀬戸内の海運の要衝であったため、船主も集積している。
- 当地の船主は、地元造船所とともに歩み、また建造資金の調達等で地元金融機関との連携を保ってきた。今日では有力船主は外航船を保有するに至っており、その存在は「エヒメセンシュ」として海外にも名を轟かせている。外航船主は、市内に約50社あるといわれ、その保有隻数は約500隻、現在日本の海運企業が運航する外航船約2,000隻の4分の1は今治船主のものといわれる。
- 内航船においても、もともと愛媛は「海運王国」と言われているが、今治地域はその中でもとりわけ重要な地位を占めている。船会社が市内に約350社あり、船腹量においては県内シェアの約6割を占め、貨物船を中心とした全国でも有数の船主のまちとして知られている。
- 愛媛県自体も日本随一の船どころであるが、特に今治市内の波方町地域、伯方町地域(伯方島)は大規模船主が集中。エヒメ・オーナー(愛媛船主)、ナミカタ・オーナー(波方船主)は、香港、ギリシャの船主と並び称されている。
- このように、日本の片田舎とも言える地域において海運業が栄えた理由として、
- 近隣に有力造船会社(今治造船グループ、新来島どっくグループ、檜垣造船、浅川造船、山中造船、伯方造船、村上秀造船等)が集中していること
- 地元金融機関が海運に対する融資に積極的であること(地元の伊予銀行、愛媛銀行以外にも広島銀行、百十四銀行、四国銀行といった県外の地方銀行や、今治造船のメインバンクであるみずほ銀行(今治市内唯一の都市銀行)、松山に支店を置く住友信託銀行などが活躍)。
- などがあげられる。
- 近年は愛媛船主の所有する船舶も大型化。ケープサイズと言われる15万トンを超える大型貨物船の所有も珍しくなく、今治造船系列の正栄汽船は2007年秋に日本の船主として初めて世界最大級のLNG船を所有する計画である。また商社(三井物産、三菱商事、住友商事、丸紅、双日が愛媛船主対応のため今治に事務所を置く)の仲介による海外海運会社との取引も一般的となっている。
- 有力外航船主に、愛媛BIG3と言われる正栄汽船・瀬野汽船・日鮮海運のほか、洞雲汽船、福神汽船、瑞穂産業、春山海運、敷島汽船など。
- これらの地域産業特性を最大限に活かすための指針となる「今治海事都市構想」を策定した(2004年)。
- 1)次世代の人材育成
- 2)海事クラスターの構築
- 3)海事文化の振興と交流の促進
- などの事業が進められる。
[編集] 伝統産業
[編集] 主な企業
- 製造業
- 浅川造船本社・工場
- 一広本社・朝倉工場・本社流通センター
- 今治造船本社・今治工場
- 潮冷熱本社、本社工場、赤崎工場
- 渦潮電機本社、大西工場、波方工場、今治工場
- 四国溶材本社・工場
- 新来島波止浜どっく本社・工場
- 新来島どっく大西工場・総合事務所
- 新来島広島どっく本社
- 住友金属鉱山四阪工場
- セトウチデリカ本社・工場
- 太陽石油四国事業所
- 田窪工業所本社
- 日本食研愛媛本社・愛媛工場・食品研究工場・ハム研究工場・KO宮殿工場
- 伯方塩業(伯方の塩)伯方工場、大三島工場
- ハリソン東芝ライティング本社・本店・今治工場
- 檜垣造船本社・本社工場
- 山中造船本社・工場
- 吉野石膏今治工場
- 愛知時計電機四国工場
- ワールドインテック今治事業所
- 伯方化学
- 建設
- 交通・ライフライン
- 情報
- 卸売・小売業
- 高速道路会社
- 本州四国連絡高速道路しまなみ今治管理センター
[編集] 産業人口
- 第1次産業(農林水産業) 8.3%
- 第2次産業(工業・鉱業・建設業) 35.0%
- 第3次産業(商業・サービス業など) 56.7%
[編集] マスコミ
[編集] 新聞社
[編集] テレビ局
[編集] ケーブルテレビ局
[編集] ラジオ局
[編集] 姉妹都市
[編集] 国内
[編集] 海外
[編集] 文化
[編集] 伝統文化
- 村上水軍とその遺跡
- 継獅子(各地)
- お供馬(菊間)
[編集] 食文化
- 独自の食文化がある。
[編集] その他
- 猿飛佐助は、今治出身の山田阿鉄(おてつ)などが「立川文庫」のなかで創作した想像上の人物で、今治駅前と、山田家の菩提寺である観音禅寺には、佐助の銅像が据えられている。今治市の合併前の広報にも時々、佐助を模したマンガキャラクターが登場していた。
- 月賦販売が生まれたところでもある。
[編集] 教育
[編集] 大学・短期大学・大学校
[編集] 高等学校
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[編集] その他
- 今治看護専門学校
- 今治コンピュータガレッジ
- 今治商業専門学校
- 愛媛県今治高等技術専門学校
[編集] 中等教育学校
- 愛媛県立今治東中等教育学校(2006年4月、今治東中学校から移行)
[編集] 中学校
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[編集] 特殊学校
- 愛媛県立今治養護学校
[編集] 小学校
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[編集] 幼稚園・保育園
[編集] 地域
- 少子高齢化の影響や過疎地域の人口減少などで昭和50年ごろをピークに人口が減少している。さらに2005年の国勢調査では6000人程度の人口が減少した。しかし、人口が多いため人口減少率は約3パーセント程度である。
- 島部には、団塊世代のUターンを促進するための施設を整備している。
[編集] 健康
- 主な病院
- 愛媛県立今治病院
- 今治地区事務組合伝染病院
- 今治医師会市民病院
- 済生会今治病院
- 真泉会第一病院
- 瀬戸内海病院
- 広瀬病院
- 今治セントラル病院
- 木原病院
- 大三島中央病院
- 波方中央病院
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
[編集] 道路
[編集] 高速道路
[編集] 一般国道
[編集] 都道府県道
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[編集] 道の駅
[編集] 港湾
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 旧今治市
- 今治城
- 糸山公園
- 来島海峡展望館
- 愛媛文華館
- 今治市河野美術館
- 世界食文化博物館(日本食研)
- 伊予桜井漆器会館
- 野間馬ハイランド
- 湯ノ浦温泉
- 風の顔らんど・小島
- サンライズ糸山
- クアハウス今治
- 唐子浜
- 桜井総合公園
- 桜井海浜ふれあい広場
- 桜井石風呂
- じばさんプラザ
- テクスポート今治(今治繊維リソースセンターが運営)
- 市民の森
- 小島芸予要塞跡
- 今治市営球場
[編集] 大西地区
- 藤山歴史資料館
[編集] 波方地区
- 塔の峰展望台
- 国立大角海浜公園
- 海山城展望台(波方運動公園)
- 波方運動公園(野球場、テニスコート、武道館、体育館、多目的広場、アスレチック)
- 波方歴史民俗資料館