井上陽水
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| 井上陽水 | ||
|---|---|---|
| 基本情報
<tr><td>出生名</td><td colspan="2">井上陽水 (いのうえあきみ)</td></tr><tr><td>出生地・日</td><td colspan="2">1948年8月30日(60歳)</td></tr><tr><td>学歴</td><td colspan="2">福岡県立西田川高等学校卒業</td></tr><tr><td>出身地</td><td colspan="2">福岡県</td></tr><tr><td>ジャンル</td><td colspan="2">フォークソング |
井上 陽水(いのうえ ようすい、1948年8月30日 - )は、日本のシンガーソングライター。血液型AB型。身長178cm。
目次 |
[編集] 人物
福岡県飯塚市幸袋町出身。本名は井上陽水と書いて「いのうえ あきみ」と読む。1970年代には吉田拓郎、かぐや姫と並んでフォークソングあるいはニューミュージックの中心人物だった。その後も1984年のアルバム『9.5カラット』が売り上げ100万枚、1999年のベストアルバム『GOLDEN BEST』は売り上げ200万枚を達成するなど、長いキャリアを通して高い人気を維持している。
フランスのミッシェル・ポルナレフに強い影響を受けており、ミッシェルを真似てモジャモジャの長いカーリーへアーをし、決してサングラスを取らないというスタイルを70年代は通していた。また、特徴の強い歌詞と歌い方でも知られている。1976年ごろまで、歌詞は繊細で切実な感情を素直に表現したものが多く、高く細い声を絞り出すようにして歌っていた。時代を下るにつれて、歌詞は言葉の響きを重視した一見ナンセンスなものになり、ねっとりとした独特の発音で甘く歌うようになった。
デビュー前からビートルズの熱狂的なファンである。コンサートやテレビ番組の中でしばしばビートルズの作品を歌うほか、ビートルズの影響は数多く指摘される。
2人目の妻である石川セリとの間に一男二女がいる。
[編集] 経歴
[編集] デビュー前
陽水の父、井上若水は福岡県の歯科医であり、元は軍医でもあった。1948年に福岡県嘉穂郡幸袋町目尾(現飯塚市)で生まれた陽水は若水の長男にして唯一の男子であり(ほかに姉1人、妹1人がいる)、家業を継いで歯科医になることを期待されていた。なお、五木寛之などにより、陽水と幸徳秋水に血縁があるとの説が唱えられたことがあるが、真相は不明である。
1953年、福岡県田川郡糸田町に引っ越す。以来、デビュー時の上京まで約15年間を糸田町で過ごす。糸田小学校、糸田中学校、西田川高校と進学する。 糸田小学校時代に陽水の大好きだった大きな瞳の月森先生の為に町内会の「のど自慢大会」で合格の鐘を鳴らした事がある。同時に宿題を忘れたことを帳消しにしてもらっている。また、糸田中学時代にラジオのFM放送を聞こうとして アンテナを設置する際、自宅の屋根から隣の友達宅の庭先に転落した事もある。しかし無傷だったらしい。 西田川高校時代に所属していた「弓道部」では男性用の弓ではなく女性用を使っていたとのこと。 その弓で昇段試験に挑んだが、会場が小高い丘の上にある田川体育館だった為、強風にあおられて 矢がひどく揺れ、悲しい結果となってしまった。1963年、ラジオで知ったビートルズに熱中する。1966年前後に、はじめて歌を作る。この歌は当時付き合っていた女の子を歌ったもので、ごく短く、題名もついていないが、デビュー後にはコンサートでときおり歌われることになる。1967年、九州歯科大学を受験するも失敗し、予備校に通い始める。この年は小倉育英館に通ったが、翌年には九州英数学舘に変える。浪人時代も音楽に熱中していた。このころ「帰ってきたヨッパライ」(ザ・フォーク・クルセダーズ)を聞いて、「これなら自分にもできる」と思ったのが、のちに歌手を目指すきっかけになったという。1968年、再度の受験にも失敗する。1969年、3度目の受験に失敗し、大学進学を諦めて歌手を志す。受験に失敗した原因について、のちに「天才的頭脳がない」「裏口入学させられるほど金持ちの親がいない」(『断絶』の歌詞カード)「ビートルズ」「女性」「受験慣れ」(『もどり道』のインナースリーブ)などとコメントしている。
[編集] アンドレ・カンドレ時代
1969年6月に生活の本拠を東京に移すが、しばらくは転々と居所を変えていたい。
同年、RKB毎日放送のラジオ番組「スマッシュ!!11」が放送開始される。この番組には視聴者が作った音楽を流すコーナーがあり、それを知った陽水は「カンドレ・マンドレ」を自宅録音し、4月16日、テープをRKB毎日に持ち込む。このとき陽水は「マンドレ」という芸名を考えていたが、「スマッシュ!!11」のディレクターの野見山実が難色を示し、芸名は「アンドレ・カンドレ」に決まる。「カンドレ・マンドレ」は「スマッシュ!!11」で放送され、数多くのリクエストを受ける。ただしリクエストのかなり多くは、陽水が友人にはがきを配って頼んだためのものだったという。
この(仕組まれた)反響から、「カンドレ・マンドレ」は東京で改めてレコーディングされ、同年9月1日、CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)からアンドレ・カンドレのデビューシングルとして発売される。演奏は六文銭、編曲は小室等が担当した。陽水は「カンドレ・マンドレ」のヒットを確信していたが、実際にはほとんど注目されず、続く「ビューティフル・ワンダフル・バーズ」も、松山猛と加藤和彦から楽曲提供を受けた「花にさえ、鳥にさえ」(1970年)も不振に終わる。
シングル3枚でアンドレ・カンドレの活動は終わることになるが、これらの作品では、以後にない、無理をしない甘い歌唱が聞ける。またジャケットの写真にはいずれもサングラスをかけ、髪はなでつけて写っている。
この時期に知り合った小室等、安田裕美(六文銭のギタリスト)、星勝(モップスのギタリスト)、RCサクセションの忌野清志郎などとは以後長く深い交際になる。特に小室等からは、以後のヒットに恵まれるまでの間にさまざまな形で援助を受ける。
[編集] ポリドール時代
1971年、ポリドール・レコードのディレクター多賀英典に誘われて移籍し、初のアルバム『断絶』のレコーディングを始める。このとき来生たかおがフォークギターで参加している。翌1972年、芸名を井上陽水(ようすい)と改めて、シングル「人生が二度あれば」で再デビューを果たす。ここで陽水は歌唱に嗚咽を交えるなど、感傷を強調しており、『氷の世界』(後述)までの作品は同様の作風で貫かれることになる。また「人生が二度あれば」を編曲した星勝は、以後しばらく、陽水の作品の大部分を編曲することになる。5月に『断絶』がリリースされると、『断絶』に収録された「傘がない」は富澤一誠などの批評家に注目される。翌1973年3月のシングル「夢の中へ」が初のヒット作(オリコン17位、以下売り上げ順位はすべてオリコン)となり、同年7月には初のライブアルバム『もどり道』がリリースされるに至る。人気上昇の切り口となった「夢の中へ」は、自身が「みんなで歌えるように作った」とコメントしているとおり、単純で明るく、親しみやすい曲である。
同年12月のアルバム『氷の世界』が陽水をトップスターの座に押し上げることになる。『氷の世界』はリリース直後から1年半にわたってチャート1位を争い続けるなどした結果、1975年に、アルバムとしては日本初のミリオンセラーとなる。1974年のアルバム『二色の独楽』も10週連続1位を獲得する。これらのことによって、陽水は「フォークの帝王」と呼ばれるに至る(しかし本人はビートルズが大好きだったことがあり、「フォーク」と呼ばれることに釈然としていなかった)。1980年代、1990年代にも人気のピークがある(後述)が、陽水がポピュラー音楽の世界でもっとも重い位置を占めていたのはこの時期である。それはチャートの順位によってもわかるし、以後のベストアルバムに収録される頻度、カバーされる頻度がこの時期の作品で特に高いことなどにも現れている。
『氷の世界』の影響で以前の作品が注目され、「人生が二度あれば」「愛は君」「傘がない」「つめたい部屋の世界地図」「東へ西へ」「夜のバス」「夏まつり」「神無月にかこまれて」「紙飛行機」「能古島の片想い」などが人気を博する。これらの作品は四畳半フォークに通じる叙情的な色合いを持っている。また「東へ西へ」などには超現実主義的な歌詞がすでに現れている。これについて陽水は「ボブ・ディランの影響を受けた」と語っている。さらに「たいくつ」「自己嫌悪」など内省的な作品が多いこともこの時期の大きな特徴である。ただし『二色の独楽』はロサンゼルスでレコーディングされ、演奏にジャック・ニッチェやジーン・ペイジを迎えたものであり、サウンドが『氷の世界』以前のフォーキーな作風から一転してロック色を帯びている。
以後の「癖毛にサングラス」というイメージは、1974年前後から始まったものと思われる。陽水はポリドール時代には一度もテレビに出演せず(理由は諸説あり)、外見が一般の目に触れる機会はレコードのジャケット写真がもっとも多くを占めていた。シングル「人生が二度あれば」から『氷の世界』までのジャケットでは、髪型がアフロヘアー、サングラスはなしで写っている。しかし『氷の世界』のインナースリーブにある写真の一枚ではサングラスをかけており、サングラスなしの写真は1975年のシングル「御免」を最後に見られなくなる(のちに著書『綺麗ごと』のために撮られたものなど少数の例外がある)。
1974年1月17日、熊本県出身の女性と結婚する。同年のシングル「闇夜の国から」はこの結婚を意識した作品とされている。
1975年、陽水・吉田拓郎・泉谷しげる・小室等が中心となって、フォーライフ・レコードを発起する。また、後に結婚する石川セリと出会う。
[編集] フォーライフ時代~第二次陽水ブームまで
1976年2月、離婚する。2年余りの短い結婚生活だった。同年にフォーライフからリリースした『招待状のないショー』は9週連続1位を獲得する。1977年、石川セリのアルバム『気まぐれ』に「ダンスはうまく踊れない」ほか2曲を提供する。「ダンスはうまく踊れない」は、陽水の部屋に遊びに来たセリの目の前で30分ほどで作られたという。同年9月10日、大麻所持容疑で逮捕される。同時に芋づる式に内藤やす子、ジョー山中、内田裕也、にしきのあきら、桑名正博ら60人余りが逮捕される芸能界大スキャンダル事件に発展。井上は9月22日に保釈され、10月11日には懲役8ヶ月、執行猶予2年の判決を受ける。この事件が大きなきっかけとなって急速に人気を失い、シングル「青い闇の警告」は100位、「ミスコンテスト」はチャートインしないというセールス不振に陥る。
1978年8月30日、石川セリと入籍する。入籍日は陽水の誕生日である。入籍からおよそ3ヵ月後の12月16日には長男の准介が産まれている。
1979年のアルバム『スニーカーダンサー』では高中正義が5曲の編曲を努め、1980年のアルバム『EVERY NIGHT』では星勝が編曲から外れるなど、この時期にはサウンドが大きな転換を遂げている。さらに1981年のアルバム『あやしい夜をまって』から編曲に加わった川島裕二は、その後BANANAなどの名前で陽水の作品に多く携わり、星勝と並んで重要な位置を占めるようになる。上述のとおりセールスは伸びなかったが、この時期の作品には後に代表作とされる「なぜか上海」「海へ来なさい」「ジェラシー」「とまどうペリカン」「カナリア」「リバーサイドホテル」などが含まれており、創作面は充実していたとも言える。この時期の歌詞には、英語を多用する、語呂合わせなど音韻を重視する、その結果として意味がわかりにくいものになる、性的な含みがある、などの特徴がある。曲は明るく、ポリドール時代から比べるとかなり複雑なものが多く、歌唱は伸びがあって力強い。
1982年、陽水のバックバンドを務めていた安全地帯がデビューし、1983年には陽水の作詞による「ワインレッドの心」をヒットさせる。さらに1984年には安全地帯に歌詞を提供した「恋の予感」、中森明菜に歌詞と曲を提供した「飾りじゃないのよ涙は」、そして自身の「いっそセレナーデ」がヒットする。12月10日付のチャートでは「飾りじゃ~」が2位、「恋の予感」が3位、「いっそ~」が4位と、陽水の手がけた作品が上位を占める。同月21日にはこれらのヒット曲をはじめとする提供曲を陽水が自ら歌ったアルバム『9.5カラット』がリリースされ、翌1985年にかけてヒットする。『9.5カラット』は1985年のアルバム年間売り上げ1位を獲得し、陽水にとっては『氷の世界』以来2作目のミリオンセラーとなる。このヒットにより第27回日本レコード大賞で作曲賞とアルバム賞を獲得する。1986年8月にはライブアルバム『クラムチャウダー』がリリースされ、9月には同じ題名のライブビデオも発売される。さらに8月20日から2日間、安全地帯とのジョイントで「STARDUST RENDEZ-VOUS」と題したコンサートを神宮球場で行う。このコンサートは6万人の聴衆を動員し、同年内にテレビ放映されたほか、ライブアルバム、ライブビデオにも収録される。これらのことは『氷の世界』前後の陽水ブームにたとえて、「第二次陽水ブーム」と呼ばれた。「第二次陽水ブーム」を担った『9.5カラット』の収録曲は、歌詞にも曲にも陽水独特の癖が抑制され、よりポップに作られている。
[編集] フォーライフ時代~『九段』まで
1988年9月、日産自動車より新発売されたセフィーロ(初代・A31型)のCMに出演し、アドリブで「みなさん、お元気ですか」と発言する。ところがこのCMが公開されて間もなく、昭和天皇が危篤に陥ったため、陽水の台詞はカットされてしまう。つまり陽水の映像は「口パク」になっていた(昭和天皇の崩御後、元に戻される)。このことが話題を呼び、「お元気ですか」が流行語になる。それから間もない10月、フジテレビ系のドラマ『ニューヨーク恋物語』の主題歌に使われた「リバーサイドホテル」がヒットする(11位)。「リバーサイドホテル」は1982年に発表されていた作品だが、リリースから6年を隔ててのヒットとなった。
翌1990年から1991年にかけて、映画『少年時代』の主題歌として作られた「少年時代」がヒットする。リリース直後はそれほどでもなかったが、ソニー・「ハンディカム」のCMに使われてから売り上げを伸ばした。「少年時代」は夏の終わりを歌った季節感が好まれ、TVでしばしばBGMに使われるほか、音楽教科書に掲載されるなどして、陽水の作品ではもっともよく知られている。特に1980年代以降生まれの世代にとって、陽水と言えば真っ先に連想されるのが「少年時代」だろう。このことは『GOLDEN BEST (井上陽水)』(後述)の1曲目に「少年時代」が置かれていることからも読み取れる。
1993年、フジテレビ系のドラマ『素晴らしきかな人生』の主題歌に使われた「Make-up Shadow」(現在、トヨタ自動車「ブレイド」のTVCFソング)がヒットし、日本レコード大賞の金賞を受賞する。2000年代の陽水に見られるような、ねっとりとした発音が、このころから目立ってきている。
このころからリリースのペースが落ちはじめる。1994年にアルバム『永遠のシュール』を発表してから、次のアルバム『九段』(1998年)までには3年半のブランクがある。また、この時期はコンサートも少なく、1994年末から1999年9月までのおよそ5年間は全国ツアーを一度も行っていない。
1996年、PUFFYのデビュー曲として歌詞を提供した「アジアの純真」がヒットする。「アジアの純真」の作曲は、以前から交流のあった奥田民生である(1994年には「月ひとしずく」(小泉今日子)を共作している)。同じく作詞陽水・作曲民生でPUFFYに提供した「渚にまつわるエトセトラ」もヒットする。続いて「井上陽水奥田民生」というアーティスト名でリリースしたシングル「ありがとう」、アルバム『ショッピング』はこれらのヒットを受けたものと言えよう。「ありがとう」はリリースされた1997年にサッポロビール・「黒ラベル」のCMに使われたことも手伝ってヒットする。「アジアの純真」「渚にまつわるエトセトラ」は自演の作品にない元気のよさから、以後のコンサートではしばしば歌われる。
[編集] 『GOLDEN BEST』とその後
1999年、アンドレ・カンドレとしてのデビューから30周年になることを記念して、2枚組のベストアルバム『GOLDEN BEST』がリリースされる。『GOLDEN BEST』は自身3作目のミリオンセラーとなった後も売り上げを伸ばし続ける。このヒットを受け、『GOLDEN BEST』のリリースからちょうど1年後には「裏ベスト」として『GOLDEN BAD』が、『GOLDEN BEST』の売り上げが200万枚を突破した2003年には記念として『GOLDEN BEST SUPER』が発売されている。
2001年、「コーヒー・ルンバ」「花の首飾り」のカバーがヒットし、日本のポピュラー音楽において2003年ごろまで続くカバー・ブームの先駆けとなる。これに続いてリリースしたカバーアルバム『UNITED COVER』は80万枚を売るヒットとなり、その期間のライヴ映像はDVD『UNITED TOUR』として発売される。
『GOLDEN BEST』以後の活動は、『UNITED COVER』とセルフカバーアルバムの『Blue Selection』をリリースし、1999年から2006年まで、2004年を除いて毎年全国ツアーを行うなど、歌うことに関しては活発だが、自作の新曲は少ない。この期間で新曲を含むリリースは、シングルが6枚、アルバムは『カシス』『LOVE COMPLEX』の2枚にとどまる。陽水が作曲とリードボーカルを兼ねた作品は合計25曲である。それが『九段』以後8年間の仕事であり、デビュー以来30年で250曲ほどを作曲・リリースしたことに比べれば、この面の活動は大幅に減ったといえる。近年は、曲のリズムにあわせた詩が多くなってきており、言葉を音で捉えたような作品が増えている。宇多田ヒカルの作品が同様のカテゴリーに入る。
[編集] 逸話、関連人物など
- NHK紅白歌合戦にはキャリアを通じて出演したことがない。1993年に紅白のオファーがきた時には「恥ずかしいから」と断っている。2005年度には、「今年は出る気がない。今後の紅白の出演を検討する。」と語った。
- 陽水は「第二次陽水ブーム」を代表として、無数の楽曲をほかの歌手に提供している。経歴で挙げた例のほかには、沢田研二のアルバム『Mis cast.』の全曲を作詞作曲した例が有名である。また一青窈は自ら陽水のファンと称しており、アルバム『一青想』のうち2曲は陽水の作曲による。
- 陽水の曲をカバーした歌手には、「夢の中へ」の斉藤由貴、「氷の世界」の筋肉少女帯、「東へ西へ」の本木雅弘、「Make-up Shadow」の上原多香子、「カナリア」に英語の歌詞を付けて歌ったジェーン・バーキンなどがいる(本職の歌手でないところでは、お笑い芸人の友近が「Tokyo」をカバーしている)。
- 2004年に放送されたテレビ番組「空想ハイウェイ」には、持田香織、三上寛、加川良、高田渡(故人)、友部正人、小室等、押尾コータロー、ジェイク・シマブクロ、山下洋輔、高田漣、菊地成孔に加え、陽水へのトリビュートアルバム『YOSUI TRIBUTE』に参加したトライセラトップス、布袋寅泰、平原綾香、小野リサ、UA、一青窈、奥田民生、忌野清志郎、DOUBLEが出演した。この顔ぶれは陽水の影響力を示すものと言える。ただしこの中の何人かとは初対面だったと思われる。
- 陽水は文壇との交際が広い。1976年に『青空ふたり旅』として出版された五木寛之との対談をきっかけに、デビュー前から愛読者だったという色川武大(故人)、吉行淳之介(故人)、黒鉄ヒロシなどと親しくなったのがその始まりである。ほかにも沢木耕太郎は歌詞集『ラインダンス』に、村上龍は『綺麗ごと』に寄稿し、町田康は「新しい恋」を作詞している。活動分野は違ってくるが、三谷幸喜は「You are the top」を作詞しており、またタモリとは同郷でもあって親しい。昨今はリリー・フランキーを週末毎に呑み友達(後輩)として連れまわしているという。
- 小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるによるオムニバスアルバム『クリスマス』収録中「今日のわざ」録音時、4人でマイクを囲んで歌ったが、陽水の声だけ突出して大きく入ってしまうので、陽水だけがまず一歩下がり、それでも変わらず、少しずつ下がり、最後は壁に向かって背を向けて歌ってようやく他の三人とバランスがとれた。
- 奥田民生に「僕のようになるにはまだまだ働かなきゃ」といいながら、レコーディング中の彼に電話で「休んでる?休まなきゃダメだよ」と言い、唖然とさせたことがある。にっこり笑った顔文字だけのメールが突然送られてくる事もあるという。
- 奥田民生との交流の中で、陽水の息子がファンということで奥田(ユニコーン)の楽曲を聴いたところ、そのうちの1曲「雪が降る町」に感動し、この曲の歌詞を手書きし歌詞のみを「奥田民生様へ」と手紙で送った。受け取った奥田は大先輩である井上陽水から自分の作詞した歌詞のみが送られた事に驚き「陽水さんはボクに何を求めて・・」と困惑した。
[編集] 作品リスト
[編集] シングル
タイトルの後のc/wはカップリング。シングルに3曲以上が収録された場合は半角スラッシュ(/)で区切る。同一曲のインストゥルメンタル・バージョン、カラオケ・バージョンは無視する。
[編集] CBSソニーから、アンドレ・カンドレとして
- カンドレ・マンドレ c/w 終りがないのは(1969年9月1日)
- ビューティフル・ワンダフル・バーズ c/w 闇の中で(1969年12月5日)
- 花にさえ、鳥にさえ c/w さあ、おぬぎ(1970年10月)
[編集] ポリドールから
- 人生が二度あれば c/w 断絶(1972年3月1日)(1989年5月25日再発)
- 傘がない c/w 感謝知らずの女(1972年7月1日)
- 夢の中へ c/w いつのまにか少女は(1973年3月1日)(1989年5月25日再発)
- 心もよう c/w 帰れない二人(1973年9月21日)(1989年5月25日再発)
- 闇夜の国から c/w いつもと違った春(1974年4月1日)
- 夕立 c/w ゼンマイじかけのカブト虫(1974年9月1日)
- 御免 c/w 旅から旅(1975年6月21日)
[編集] フォーライフから
- 青空、ひとりきり c/w Flight(1975年11月25日)
- Good,Good-Bye c/w 子供への唄(1976年2月25日)
- 夏願望 c/w 青空、ひとりきり/招待状のないショー/子供への唄(1977年5月25日)
- 「青空、ひとりきり」のみ微妙に編集が違うが、ほか3曲は既出。
- 青い闇の警告 c/w 映画に行こう(1978年8月10日)
- ミスコンテスト c/w 八月の休暇(1978年10月21日)
- 「八月の休暇」を再録した「8月の休暇」が『EVERY NIGHT』に収録された。シングルバージョンはここでしか聞けない。
- なぜか上海 c/w 娘がねじれる時(1979年8月5日)
- BRIGHT EYES c/w 答えはUNDERSTAND(1980年7月5日)
- 「BRIGHT EYES」はアート・ガーファンクルのカバー。歌詞は日本語。
- クレイジーラブ c/w 空はブルーエンジェル(1980年11月21日)
- 1999年5月21日の再発ではカップリングが「答えはUNDERSTAND」になっている。
- ジェラシー c/w 夏星屑(1981年6月21日)(1988年5月21日再発)
- 風のエレジー c/w 海はどうだ(1981年11月21日)
- リバーサイドホテル c/w 俺の事務所はCAMP(1982年7月5日)(1988年10月21日再発)
- とまどうペリカン c/w Music High(1982年10月21日)
- 愛されてばかりいると c/w 背中まで45分(1983年2月5日)
- 「愛されてばかりいると」は『LION & PELICAN』に収録されたものと違うシングルバージョン。
- 誘惑 c/w Frozen Eyes(1983年12月5日)
- 悲しき恋人 c/w ダンスのチャンス(1984年7月21日)
- いっそ セレナーデ c/w Speedy Night(1984年10月24日)(1988年5月21日再発)
- WHY c/w 揺れる花園(1987年11月21日)
- 新しいラプソディー c/w ダメなメロン(1988年5月21日)(1996年2月21日再発)
- 今夜、私に c/w 恋は自分勝手に(1988年9月7日)
- 夢寝見 c/w 紅すべり(1989年7月21日)
- 最後のニュース c/w BACK SIDE(1989年12月21日)
- 少年時代 c/w 荒ワシの歌(1990年9月21日)
- Tokyo c/w 夢の背中(1991年3月21日)
- 結詞 c/w 野イチゴ(1992年10月21日)
- 「結詞」は再録。『ガイドのいない夜』に収録されたものと同じ。
- 「野イチゴ」は再録で、『ReMASTER』に収録された。
- 5月の別れ c/w Be-Pop Juggler(1993年3月19日)
- Make-up Shadow c/w プレゼント(1993年7月21日)
- 2006年12月トヨタ・ブレイドのCMソングにきよう。
- カナディアン アコーデオン c/w 引き揚げ者の唄(1993年11月3日)
- 移動電話/カミナリと風(1994年10月21日)
- ジャケットの表記に従って、両A面シングルと判断した。
- 嘘つきダイヤモンド c/w OVER TIME(1995年12月6日)
- TEENAGER c/w 積み荷のない船/HAWAIIAN LOVE SONG(リリウオカラニ女王に捧ぐ)(1998年2月21日)
- コーヒー・ルンバ c/w 星のフラメンコ/ドミノ/旅人よ(2001年1月24日)
- 花の首飾り c/w お嫁においで(2001年4月1日)
- この世の定め c/w 毛ガニ/名古屋食べ物事情(2001年11月21日)
- 「毛ガニ」、「名古屋食べ物事情」はコンサートで即興演奏したもの。
- Final Love Song c/w ヤギのミルク(2002年4月3日)
- 森花処女林 c/w 決められたリズム(Single Version)(2002年8月21日)
- 飾りじゃないのよ 涙は c/w 決められたリズム(2002年10月23日)
- 「飾りじゃないのよ 涙は」は再録。『Blue Selection』に収録された。
- 「決められたリズム」は『カシス』に収録されたものと同じ。
- 新しい恋/長い猫(2006年3月29日)
- 両A面シングル。
- 「長い猫」は娘と共同で作詞した。娘は「依布サラサ」という筆名を使っている。
[編集] オリジナルアルバム
[編集] ポリドールから
- 断絶(1972年5月1日)
- 初のアルバム。
- 陽水II センチメンタル(1972年12月10日)
- 陽水ライヴ もどり道(1973年7月1日)
- ライブアルバム。
- 氷の世界(1973年12月1日)
- アルバムとしては日本初のミリオンセラーとなる。
- 二色の独楽(1974年10月1日)
[編集] フォーライフから
- 招待状のないショー(1976年3月25日)
- 陽水にとってはフォーライフ設立後初のアルバム。
- 東京ワシントンクラブ(1976年12月5日)
- ライブアルバム。LPのみ。
- white(1978年7月25日)
- 大麻事件後初のアルバム。レコーディング期間中に事件が起こったらしい。
- スニーカーダンサー(1979年9月21日)
- EVERY NIGHT(1980年12月5日)
- あやしい夜をまって(1981年11月21日)
- LION & PELICAN(1982年12月5日)
- ファンの間では代表作とされることが多い。陽水自身も多く言及し、コンサートでよく登場する曲も多い。
- バレリーナ(1983年12月5日)
- 9.5カラット(1984年12月21日)
- 陽水2作目のミリオンセラー。
- クラムチャウダー(1986年8月27日)
- ライブアルバム。
- Negative(1987年12月16日)
- ハンサムボーイ(1990年10月21日)
- ガイドのいない夜(1992年11月20日)
- セルフカバーアルバム。
- 「Just Fit」は沢田研二に提供した曲で、陽水の作品としてレコーディングされたのはこのときだけ。
- セルフカバーアルバム。
- UNDER THE SUN(1993年9月15日)
- 永遠のシュール(1994年10月21日)
- 九段(1998年3月18日)
- UNITED COVER(2001年5月30日)
- カバーアルバム。
- カシス(2002年7月24日)
- Blue Selection(2002年11月20日)
- セルフカバーアルバム。全曲にジャズアレンジが施されている。
- LOVE COMPLEX(2006年6月28日)
[編集] ベストアルバムなど
多数あるが、特記すべきと判断したものだけを記載する。
- 井上陽水ベスト20(1980年9月21日)
- カセットテープのみ。ここでしか聞けない音源を含んでいる。
- 井上陽水メタル・スペシャル(1981年3月21日)
- カセットテープのみでの発売。
- 陽水ライブ<ジェラシー>(1982年4月5日)
- カセットテープのみのライブ音源。
- NO SELECTION 井上陽水全集(1991年12月11日)
- ポリドール時代の4枚と、フォーライフ時代の10枚で合わせて14枚のアルバムにシングル曲集の『SPECIAL EDITION 1』『SPECIAL EDITION 2』を加えて16枚ボックスとしたもの。
- 『SPECIAL EDITION1』にはアンドレ・カンドレ時代の6曲が含まれている。
- 非売品のVHS『SELECTION』が付属しており、ここには初期のプロモーションビデオが収録されている。
- ポリドール時代の4枚と、フォーライフ時代の10枚で合わせて14枚のアルバムにシングル曲集の『SPECIAL EDITION 1』『SPECIAL EDITION 2』を加えて16枚ボックスとしたもの。
- 平凡(1985年3月5日)
- 「招待状のないショー」はここでしか聞けない再録。「愛されてばかりいると」はシングルバージョン。
- GOLDEN BEST (井上陽水)(1999年7月28日)
- 2枚組のベスト。200万枚以上のセールスを記録している。
- GOLDEN BAD(2000年7月28日)
- ヒットしなかった曲から陽水自身が選んだ「裏ベスト」。
- 井上陽水 ReMASTER (2001年5月30日)
- フォーライフ時代のアルバム15枚にシングル曲集の『ReMASTER extra-1』『ReMASTER extra-2』を加えて17枚ボックスとしたもの。
- ボーナストラックとして、ここでしか聞けない「少年時代」のライブバージョンが収録されている。
- 井上陽水 CONCERT 1999~2001 UNITED TOUR(2001年12月5日)
- ライブDVD。
- GOLDEN BEST SUPER (2003年6月25日)
- 『GOLDEN BEST』に『GOLDEN BEST SUPER Disc3』を加えて3枚組とした限定盤。
- 『Disc3』に含まれるライブ録音の一部は、期間限定でネット配信された。
[編集] グループ『井上陽水奥田民生』
アルバム『ダブルドライブ』 全13曲
- 1.アウトバーンの狼 井上陽水奥田民生
- 2.パラレル・ラブ 井上陽水奥田民生
- 3.HIROSHIMA 奥田民生
- 4.海の中道 井上陽水奥田民生
- 5.パスタ・セレナーデ 奥田民生
- 6.京都に電話して 井上陽水奥田民生
- 7.恋はハーモニー 井上陽水奥田民生
- 8.砂漠のデザート 井上陽水奥田民生
- 9.羽飾りMOKKO 奥田民生
- 10.にじむ虹 井上陽水奥田民生
- 11.神の技 井上陽水奥田民生
- 12.クリスマス・バニラシェイク 井上陽水奥田民生
- 13.南国の雪 井上陽水奥田民生
このアルバムでは、奥田民生のソロ曲はあるものの、井上陽水のソロ曲はない。
砂漠のデザートではボーカルは井上陽水だけだが、ギターなどは奥田民生が担当している。
[編集] その他
- 陽水生誕(1975年7月29日)
- ライブ音源など、ここでしか聞けないトラックを含んでいるが、陽水の同意を得ないでリリースされたため発売停止となったLP。
- クリスマス(1976年11月10日)
- 小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるによるオムニバスアルバム。
- クラムチャウダー<NHKホールライブ> (1986年9月1日)
- ライブ映像。VHS、LD、β。
- 夏の終りのハーモニー c/w 俺はシャウト!(1986年9月25日)
- アーティスト名は「井上陽水・安全地帯」。
- STARDUST RENDEZ-VOUS 井上陽水・安全地帯LIVE at 神宮(1986年11月5日)
- アーティスト名は「井上陽水・安全地帯」。ライブアルバム。
- 井上陽水ライブ'88サントリーホール 夜のシミュレーション(1989年4月21日)
- ライブ映像。VHS、LD、β。
- 夢寝見(1989年10月21日)
- プロモーションビデオ。VHSとLD。
- ありがとう c/w 佗び助(ボツテイク)(1997年2月13日)
- アーティスト名は「井上陽水奥田民生」。
- ショッピング(1997年3月19日)
- アーティスト名は「井上陽水奥田民生」。
- 115人のイラストレーターが描く井上陽水の115曲(1997年12月10日)
- 115点のイラストに合わせて陽水の歌が流れるCD-ROM。ここでしか聞けない録音が含まれている。
- Queen's Fellows: yuming 30th anniversary cover album(2002年12月11日)
- 松任谷由実へのトリビュートアルバム。陽水は「甘い予感」で参加している。
- Rendez-vous(2004年3月30日、日本版は31日)
- ジェーン・バーキンのアルバム。Canary Canaryは陽水の曲「カナリア」に英語の歌詞をつけたもので、バーキンと陽水がデュエットしている。
- 陽水の参加作品が海外に向けて発売された唯一の例である。
- いつのまにか少女は c/w ミステリー あなたに夢中(2004年10月20日)
- YOSUI TRIBUTE(2004年11月10日)
- 愛を謳おう c/w 教えてジィジ(2005年7月27日)
- アーティスト名は「忌野清志郎 with 井上陽水」。
- はじめてのやのあきこ(2006年3月8日)
- 矢野顕子のアルバム。陽水は「架空の星座」を作詞し、矢野とデュエットしている。
- 『LOVE COMPLEX』には再録された「架空の星座」が収録されている。
- 矢野顕子のアルバム。陽水は「架空の星座」を作詞し、矢野とデュエットしている。
[編集] タイアップ
- 夢の中へ(1973年、映画『放課後』主題歌、JR東日本カシオペアCMソング、auCDMA 1X WINおよびEZフラット CMソング)
- BRIGHT EYES(1980年、映画『ウォーターシップダウンのうさぎたち』主題歌)
- とまどうペリカン(1982年、日本テレビ系スペシャルドラマ『季節が変わる日』(山田太一脚本)エンディングテーマ)
- いっそセレナーデ(1984年、サントリー角瓶CMソング、同CMに出演)
- WHY(1987年、日立製作所AV用品CMソング)
- 今夜、私に(1988年、日産セフィーロCMソング、同CM「皆さんお元気ですか」に出演)
- リバーサイドホテル(1988年、フジテレビ系ドラマ『ニューヨーク恋物語』テーマ曲)
- 夢寝見(1989年、日産セフィーロCMソング、同CMに出演)
- 最後のニュース(1989年、TBS系列『筑紫哲也 NEWS23』エンディングテーマ 、1997年9月まで使用。陽水はNEWS23にレコード・CDとも未発売のオープニングテーマも提供した)
- 少年時代(1990年、東宝映画『少年時代』主題歌 1991年ソニー8mmビデオCMソング)
- Tokyo(1991年、サントリーローヤルCMソング)
- 結詞(1992年、JR東日本「その先の日本へ」テーマソング)
- 5月の別れ(1993年、キリンラガービール「日本の恵みシリーズ」CMソング)
- Make-up Shadow(1993年、フジテレビ系ドラマ『素晴らしきかな人生』主題歌 2006年、トヨタ・ブレイドCMソング)
- カナディアン・アコーデオン(1993年、NHK連続テレビ小説『かりん』テーマ曲)
- 愛は君(1994年、TBS系ドラマ『スチュワーデスの恋人』主題歌)
- 移動電話 / カミナリと風(1994年、TBS系ドラマ『夢見る頃を過ぎても』主題歌・挿入歌)
- 嘘つきダイヤモンド(1995年、フジテレビ系『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』エンディングテーマ)
- 新しいラプソディー(1996年、「サッポロ<生>黒ラベル」CMソング)
- 積み荷のない船(1996年、テレビ朝日系ドラマ『深夜特急』主題歌)
- ありがとう(1997年、「サッポロ<生>黒ラベル」CMソング)
- HAWAIIAN LOVE SONG~リリウオカラニ女王に捧ぐ~(1997年、ハワイ観光局CMソング)
- TEENAGER(1998年、日本テレビ系ドラマ『三姉妹探偵団』エンディング曲)
- 最新伝説(1998年、MBS-TBS系テレビ番組『世界ウルルン滞在記』4・5月エンディングテーマ曲)
- クレイジーラブ(1999年、フジテレビ系ドラマ『アフリカの夜』主題歌)
- 花の首飾り(2001年、キリンビバレッジ聞茶CMソング)
- Final Love Song(2002年、キリンビバレッジ聞茶CMソング)
- 森花処女林(2002年、フジテレビ系『ランチの女王』劇中歌)
- 決められたリズム(2002年、松竹映画『たそがれ清兵衛』主題歌)
- 歌に誘われて(2004年、九州・西鉄バスCMソング)
- 新しい恋(2006年、ザ・サントリーオールドCMソング)
[編集] 楽曲提供
- 岡本知高「E-I-E-N」(作詞:井上陽水 作曲:筒美京平)
- Akeboshi「Yellow Moon」(作詞:Yosui Inoue 作曲:Akeboshi)
- 一青窈「一思案」「面影モダン」(両曲とも作詞:一青窈 作曲:井上陽水)
[編集] 書籍
[編集] 著書
- 音のそとがわで(エッセイ集、サンリオ、1974年6月)
- 青空ふたり旅(1976年、五木寛之との対談、角川書店、ISBN 4041294150、1985年4月)
- ラインダンス(歌詞集、新潮社、ISBN 4101282013、1982年12月)
- 綺麗ごと(ロングインタビューなど、集英社、ISBN 4087800857、1985年6月)
- 歌う見人(ケンジン)-井上陽水カセットブック(小学館、ISBN 4093632510、1986年11月)
- 媚売る作家(作品解説など、角川書店、ISBN 4048833294、1993年2月)
- 夢の旅人(絵本、詩: 井上陽水、絵: ギー・ビルー、新潮社、ISBN 4105299018、1994年11月)
[編集] 評伝など
- 「井上陽水・孤独の世界」([塩沢茂]著、講談社発行「ビッグ・バックス」]、 [1975年]
- 井上陽水 全発言(えのきどいちろう編集、福武書店、ISBN 4828817360、1994年2月15日)
- 陽水の快楽―井上陽水論(竹田青嗣著、筑摩書房、ISBN 4480034587、1999年3月24日)
- 満月、空に満月(海老沢泰久著、文芸春秋、ISBN 4167414112、単行本1995年5月、文庫2003年10月10日)
[編集] 外部リンク
- Yosui @ Inoue Mangrove Studio:公式サイト。
- -PARADISE DIGITAL-:フォーライフミュージックエンタテイメントによる公式ページ。
- The ART of Yosui:ファンサイト。
カテゴリ: 日本のフォーク(ポピュラー音楽) | 日本のシンガーソングライター | 日本の音楽プロデューサー | 日本の作詞家 | 1948年生 | 福岡県出身の人物 | 過去のホリプロ所属者

