一之宮神社 (鹿児島市)
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一之宮神社(いちのみやじんじゃ)は鹿児島市郡元町にある神社で鹿児島三社の筆頭。旧名「御代神社」、元禄頃には「一條宮」、明治時代は町名より「郡元神社」と呼ばれる。
[編集] 沿革
社伝では天智天皇の頃、天智天皇の一の姫宮(十市皇女か?)が枚聞神社を勧請し、現在の鹿児島市南郡元の辺りに建てたとされる。
しかし、確かな史料への初出は1197年(建久6年)の「薩摩国図田帳」に「太宰府領社・郡元社」と書かれているのが初めてである。その後、広大な荘園を抱え、別当寺として延命院をもつ、薩摩国有数の大神社となった。
しかし、江戸時代以降はなぜか藩主である島津氏の庇護を次第に失い、現在のような小さな神社へと縮小していった。
昭和25年に境内を発掘したところ、地上からわずか1mのところで弥生時代の集落が発見された。付近の鹿児島大学郡元キャンパスや鹿児島市立中郡小学校からも弥生時代から平安時代に至る集落や水利施設が発掘されたことから、この一之宮神社周辺が律令制の「鹿児島郡」の中心地だったのではという説がある。
[編集] 祭神
[編集] 所蔵文化財
- 大永の名号板碑(鹿児島県指定有形文化財) ※別当寺・延命院の遺品と考えられる

