ヴァーサ王朝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヴァーサ王朝(House of Vasa)は16世紀から17世紀にかけてスウェーデンを支配した王朝。この王朝の下でスウェーデンは北方の大国となり、ヴァーサ家はポーランド王にも迎えられた。スウェーデンでは、獅子王グスタフ2世アドルフの即位から、次のプファルツ王朝時代までを「バルト帝国」と呼んでいる。
目次 |
[編集] 概要
グスタフ・ヴァーサは、14世紀末のカルマル同盟以来120年続いたデンマーク王権の支配に叛旗を翻し、スウェーデンを独立に導いてヴァーサ王朝を興した。その後もデンマークとの戦争が続いたが、デンマークがスウェーデンを奪回することはできなかった。
第3代ヨハン3世の息子シギスムンド王はポーランド・リトアニア連合王国の王に推戴され、ヴァーサ王朝はポーランド王国にまで広がった。ヨハン3世の死後、シギスムンドはスウェーデンに帰国し、ポーランド王を兼ねたままスウェーデン王位に即位した。当時スウェーデンでは新教ルター派が広まっていたが、ポーランドはカトリック国であり、シギスムンドはスウェーデンをカトリックに戻すことを図った。このため弟カールらスウェーデン側はシギスムンドに対する反感を強め、シギスムンドがポーランドに戻ると反乱を起こした。シギスムンドはポーランド軍を率いて反乱討伐に再来したが敗退し、カール(カール9世)がスウェーデン王に即位した。この争いのため、スウェーデンとポーランドのヴァーサ家の間で反目が続き、17世紀にはスウェーデン軍がポーランド領であったリヴォニア方面に侵攻し、リガの町を落とした(スウェーデン・ポーランド戦争)。
さらにヨーロッパ諸国から「北欧の獅子」と恐れられたグスタフ2世アドルフは三十年戦争に介入し、ドイツでカトリックの盟主ハプスブルク家(神聖ローマ皇帝)と戦った。グスタフ2世アドルフ自身はリュッツェンの戦いで戦死したが、スウェーデン軍はその後もドイツで戦いを続け、ヴェストファーレン条約で北ドイツに広大な領土を獲得、一躍北方の大国となった(スウェーデン・バルト帝国)。
しかし、クリスティーナは個人的な理由から退位を望み、クリスティーナの従兄でドイツのプファルツ選帝侯であったカール・グスタフ(カール10世)が即位したため、スウェーデンのヴァーサ王朝は断絶し、プファルツ王朝に代わった。ポーランドのヴァーサ王朝も、未曾有の内戦、「大洪水時代」に第3代のヤン2世カジミェシュが廃位され、ポーランド人の王が選出されるようになり終焉を迎えた。ヤン2世はフランスに渡り、修道士となった。
[編集] 主要年表
- 1520年 「ストックホルムの血浴」、対デンマーク独立戦争開始
- 1523年 グスタフ1世即位(カルマル同盟崩壊)
- 1544年 ヴァーサ家の世襲制確立。スウェーデン海軍の設立
- 1558年 リヴォニア戦争(~1583年)
- 1563年 北方七年戦争(~1570年)、デンマーク艦隊撃破
- 1581年 スウェーデン=フィンランドのエステルランドを中心に「フィンランド公国」を建国
- 1583年 リヴォニア戦争終結、エストニア(エストラント)領有
- 1587年 シギスムンド、ポーランド王即位。ポーランド・ヴァーサ王朝成立
- 1598年 ヴァーサ家の分断。プロテスタント国家スウェーデンの成立
- 1608年 スウェーデン王太子グスタフ・アドルフ、ロシア大動乱に介入(~1613年)
- 1609年 ポーランド王ズィグムント3世、ロシア大動乱に介入(~1618年)
- 1611年 グスタフ2世アドルフ即位(~1632年)、ヴァーサ王朝の最盛期
- 1611年 カルマル戦争(~1613年)
- 1621年 ポーランド領リガ占領(スウェーデン・ポーランド戦争~1629年)
- 1629年 アルトマルクの和議、ポーランド屈服
- 1630年 三十年戦争に介入
- 1632年 リュッツェンの戦い、グスタフ2世アドルフ戦死。クリスティーナ即位
- 1632年 ドルパート大学(タルトゥ)設置
- 1638年 北米へ植民地を築く(現在のアメリカ合衆国デラウェア州)
- 1640年 トゥルク大学設置
- 1643年 トルステンソン戦争(~1645年)
- 1645年 ブロムセブローの和議、デンマークの屈服
- 1648年 ウェストファリア条約(ヴェストファーレン条約)
- 1648年 ポーランド、大洪水時代始まる
- 1654年 クリスティーナ退位、スウェーデン・ヴァーサ王朝の終焉
- 1654年 ロシア帝国、ポーランド内戦に介入
- 1655年 北方戦争(ポーランド・スウェーデン戦争~1661年)
- 1656年 ワルシャワの戦い
- 1660年 オリヴァー条約、スウェーデン・プファルツ朝自立
- 1667年 ポーランド・ロシア戦争終結(大洪水時代の終結)
- 1668年 ポーランド・ヴァーサ王朝の終焉
[編集] スウェーデン・ヴァーサ王朝歴代国王
- グスタフ1世(生没年1496年~1560年、在位1523年~1560年)
- エリク14世(生没年1533年~1577年、在位1560年~1568年) グスタフ1世の長男
- ヨハン3世(生没年1537年~1592年、在位1568年~1592年) エリク14世の弟
- シギスムンド(生没年1566年~1632年、在位1592年~1599年) ヨハン3世の息子
- カール9世(生没年1550年~1611年、在位1599年~1611年) グスタフ1世の末子
- グスタフ2世アドルフ(生没年1594年~1632年、在位1611年~1632年) カール9世の息子
- クリスティーナ(生没年1626年~1689年、在位1632年~1654年) グスタフ2世アドルフの娘
[編集] ポーランド・ヴァーサ王朝歴代国王
- ズィグムント3世(生没年1566年~1632年、在位1587年~1632年) スウェーデン王シギスムンドと同一人物
- ヴワディスワフ4世(生没年1595年~1648年、在位1632年~1648年) ジクモント3世の息子
- ヤン2世カジミェシュ(生没年1609年~1702年、在位1648年~1668年) ヴワディスワフ4世の異母弟
[編集] 関連カテゴリ
- スウェーデン=フィンランド
- スウェーデン君主一覧
- ポーランド君主一覧
- バルト帝国
- 三十年戦争
- ゴート起源説
- アクセル・オクセンシェルナ
- カール・フィリップ (セーデルマンランド公)
- ヴァーサ
- ヴァーサ (戦列艦)
- グスタフ (ヴァーサ公) - スウェーデンの元王太子でオーストリアの軍人。ヴァーサ家に由来する称号を有するが、ホルシュタイン=ゴットルプ家に属する。
- カロラ・ヴァーサ - グスタフの娘
[編集] 外部リンク

