ローマ

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この項目ではイタリア共和国の首都であるローマ市について説明しています。
ローマ
Roma
: イタリア
: ラーツィオ
: ローマ
測地系: 北緯: 41°54′0″
東経: 12°30′0″
標高: 海抜 37 m
面積: 1,285 km²
人口: 2,823,873 2004年12月31日 
密度: 2,197 人/km²
分離集落: Ostia, Ostia antica, Acilia, Vitinia, Infernetto, Trigoria, Piana del sole, Casal palocco, castel di leva, Villaggio prenestino, Castelverde, Corcolle, La storta-olgiata, Massimina, valle santa.
隣接コムーネ: アルバーノ・ラツィアーレアングイッラーラ・サバーツィアアルデーアカンパニャーノ・ディ・ローマカステル・ガンドルフォカステル・サン・ピエトロ・ロマーノチャンピーノコロンナフィウミチーノフォンテ・ヌオーヴァフォルメッロフラスカーティガッリカーノ・ネル・ラーツィオグロッタフェッラータグイドーニア・モンテチェーリオマリーノメンターナモンテ・ポルツィオ・カトーネモンテ・コンパトリモンテロトンドパレストリーナポーリポメーツィアリアーノサクロファーノサン・グレゴーリオ・ダ・サッソラティーヴォリトレヴィニャーノ・ロマーノザガローロ
CAP(郵便番号): 00100 (一般的)、 00121~00199
市外局番: 06
ISTATコード: 058091
IDコード: H501
住人の呼称: romani
守護聖人: 聖ピエトロ(San Pietro)と 聖パオロ(Paolo)
祝祭日: 6月29日
公式サイト


ローマ市Comune di Roma羅馬市)は、イタリア首都ラツィオ州の州都、ローマ県県庁所在地でもある。

目次

[編集] 概要

イタリア半島中部、テヴェレ川の河畔、海岸よりは10kmほど内陸に位置し、歴史的中心にはパラティーノアヴェンティーノカピトリーノクイリナーレ、ヴィミナーレ、エスクイリーノ、チェリオという7つの丘を中心に開けた。

当市に囲まれるようにローマ教皇の居住するバチカン市国があり当市の内側で国境に接しており、そこは全世界のカトリック教徒にとっての中心地で、現在は外国であるが歴史・宗教・文化的にはローマ市地域と密接な関わりがある。

2005年現在の人口は約282万人で、イタリアで最も人口が多い都市である。その歴史の深さと美しさから『永遠の都』と称される。

  • 市長:ワルテル・ヴェルトローニ(Walter Veltroni)

[編集] 紋章

SPQR

ローマ市の盾形の紋章に書かれている「SPQR」の文字は、ラテン語で "Senatus Populusque Romanus" (「元老院とローマの市民」)の略称で、ローマ帝国時代には、領域内のあらゆる地域で公共物に刻まれた。

今日でも、ローマ市内に残るローマ帝国時代の遺跡や当時の建造物の他、現在のローマ市の盾形の紋章に使用されていることから、ローマ市内を走るバスタクシーマンホールの蓋にも紋章が入れられている。

[編集] 歴史

主要記事:Storia di Roma(伊語) History of Rome (英語)

[編集] 起源

伝説によれば、ローマは紀元前753年4月21日にギリシャ神話の英雄アイネイアスの子孫である、双子のロムルスレムスにより建てられた。ロムルスはレムスとローマを築く場所について争い、レムスを殺した。その後、ロムルスは7代続く王政ローマの初代の王となり、またローマの市名の元となったとされる。 史実としては、ローマの起源は、紀元前8世紀もしくは9世紀ごろに北方からイタリア半島に移動してきた民族が、テヴェレ川河畔に定住したことにさかのぼると考えられている。

[編集] ローマ帝国

フォロ・ロマーノ

都市国家ローマから王政ローマを経て、共和政ローマローマ帝国の首都となり、100万人が居住する当時としては世界最大の都市となった。コンスタンティヌス1世第2のローマと呼ばれたコンスタンティノポリスに遷都するまで、世界帝国の中心として君臨し続けた。

395年にローマ帝国が東西に分かれた後は、西ローマ帝国に属したが、西ローマ帝国は首都をラヴェンナに置いためその政治的重要性は大きく低下した。5世紀には西ゴート人ヴァンダル人の掠奪を受けて衰微し、西ローマ帝国も476年に滅亡した。その後は西ローマを滅ぼしたオドアケル、次いで東ゴート王国の支配下に入った。

[編集] 文化の中心地

6世紀以降は東ゴートを滅ぼした東ローマ帝国ランゴバルド王国などのいくつかのゲルマン人の王国の支配を経てフランク王国カール1世が征服。『シャルルマーニュの寄進状』によれば800年にカールによりローマ教皇に寄進されたとされるが、この文書は今日では偽書とする見解が優勢である。中世初期から近世までローマ教皇領の首都として栄え、ルネサンス時代後期には文化の中心となった。

[編集] 統一イタリアの首都

エウル中心地

1871年に、イタリア王国にローマ教皇領が併合されイタリアが統一されると、ローマはフィレンツェに代わって統一イタリアの首都となった。その後1930年代にはファシスト党の独裁者、ベニート・ムッソリーニがローマ郊外にローマ万国博覧会(Esposizione Universale di Roma)のための新都市、EUR(エウル)を建設したが、第二次世界大戦へのイタリアの参戦によりEURの拡大は一時的に中止となった。

[編集] 現在

第二次世界大戦後には、航空機の発達により、日本をはじめとするアジアアメリカなどのヨーロッパ圏外からも多数の観光客が訪れるようになった。現在はパリマドリードなどと並び、ヨーロッパを代表する観光都市として親しまれている。また、イタリアの政治経済文化の中心地的存在であり、市内にはイタリアを代表する大企業の本社や官公庁、外国企業の支店が立ち並んでいる。

[編集] 観光名所

フォルム・ロマヌム
コロッセオ
ヴェネツィア広場
スペイン広場
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂
サンタンジェロ城

[編集] 古代ローマ遺跡

[編集] 広場・公園

[編集] 教会

[編集] 宮殿

  • ヴェネツィア宮殿
  • クィリナーレ宮殿

[編集] 美術館・博物館

[編集] その他の建造物

[編集] 郊外

[編集] バチカン市国内の観光名所

[編集] 交通

[編集] 市内・郊外

イタリア国鉄のフィウミチーノ空港駅

イタリア国鉄(トレニタリア Trenitalia)のローマ駅(ローマ・テルミニ駅)が市の中心駅である。市内の交通はローマ市の運営するバス網が中心である。イタリアの他都市同様、バスの乗車券は乗車前にキオスクなどで購入する。また、ローマ地下鉄が2路線(A、B)あり、ローマ・テルミニ駅や、チネチッタなど郊外を結んでいる。他にもタクシーが安価な交通手段として多用されている。

[編集] 長距離

長距離交通は、テルミニ駅を発着する長距離列車のほか、時速300キロで運行されているユーロスター・イタリア(ES*)などの高速鉄道、航空便や高速道路を使用する長距離バスなどで結ばれている。

なお、日本を含む長距離国際線とEU内国際線、国内線はフィウミチーノ空港(レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港)を使用し、EU内国際線と国内線は主にチャンピーノ空港(ジョヴァン・バッティスタ・パスティーネ空港)が使われる。フィウミチーノまではテルミニ駅から直通列車「Leonardo Express」が運行され、所要時間は30分ほどである。

[編集] 日本から

日本からはアリタリア航空日本航空成田国際空港からフィウミチーノ空港へ直行便を飛ばしている他、ミラノをはじめ欧州主要都市経由で行くことができる。

[編集] 産業

スペイン広場

イタリアの首都であることから、政治・経済の中心地であり、イタリアの大企業の本社や外資系企業の支店、国営放送局RAIや大手新聞社などのマスコミの本社、在外公館が集中している。

また、市内に多く残る古代遺跡や美術館などに世界各国から観光客が集まることから、観光業界が重要な産業となっており、特にヴェネト通りやスペイン広場周辺には高級ホテルレストラン、ブティックが立ち並び一年中賑わいを見せている。

郊外には独裁者ベニート・ムッソリーニが作った世界的に著名な映画撮影所「チネチッタ」があり、フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」や「インテルビスタ」など多数の名作が撮影された。イタリアの映画産業のみならずイタリアの近代文化にとっても重要な場所である。

[編集] 文化

[編集] ローマが舞台の映画、小説、音楽

[編集] スポーツ

サッカー セリエASSラツィオと、ASローマセリエC2のシスコ・ローマの本拠地である。

2009年世界水泳はこのローマで開催する。

[編集] その他

和文通話表で、「」を送る際に「ローマのロ」という。

[編集] 関連項目

ウィキクォートローマに関する引用句集があります。
ウィクショナリーローマに関する記事があります。

[編集] 外部リンク


夏季オリンピック開催都市

アテネ (1896) | パリ (1900) | セントルイス (1904) | ロンドン (1908) | ストックホルム (1912) | アントウェルペン (1920) | パリ (1924) | アムステルダム (1928) | ロサンゼルス (1932) | ベルリン (1936) | ロンドン (1948) | ヘルシンキ (1952) | メルボルン (1956) | ローマ (1960) | 東京 (1964) | メキシコシティ (1968) | ミュンヘン (1972) | モントリオール (1976) | モスクワ (1980) | ロサンゼルス (1984) | ソウル (1988) | バルセロナ (1992) | アトランタ (1996) | シドニー (2000) | アテネ (2004)
今後の開催地: 北京 (2008) | ロンドン (2012)

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