レジェップ・タイイップ・エルドアン

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ブッシュ大統領と握手するレジェップ・タイイップ・エルドアン(左)

レジェップ・タイイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdoğan, 1954年2月26日 -)は、トルコのカスムパシャ(Kasımpaşa)生まれの政治家で、首相

1973年イマームハティップ高校(イスラム系宗教学校)卒業後、マルマラ大学経済商業学部入学。 在学中、国民救済党(MSP:Milli Selamet Partisi)にて政治活動を開始。

1983年、「1980年9月12日」クーデター(トルコでは革命と表現するときもある)からの民政移管後、福祉党(RP:Refah Partisi)に入党、政治活動を再開。

1994年3月27日イスタンブル市長に当選。イスタンブル市長として活動中の1997年に政治集会でイスラム教を賛美する詩を朗読したことがイスラム原理主義を煽動したしたとして告発され1999年3月26日、国家治安法廷(現在は廃止)により、刑法第312条2項(国民間の宗教および人種差別扇動)の罪により4年半の実刑判決。憲法第76条により被選挙権を剥奪される。服役開始。1999年9月4日釈放。

2001年6月22日美徳党(FP:Fazilet Partisi)解党。その後2001年8月14日に結成した公正発展党(AKP:AK Parti:Adalet ve Kalıkma Partisi)において、被選挙権剥奪のまま党首に就任。

2003年12月27日トルコ大国民議会により憲法第76条が改正(2003年12月13日憲法改正案をトルコ大国民議会が可決するが、2003年12月19日セゼル大統領は改正案を差し戻し。2003年12月27日トルコ大国民会議が再可決、2003年12月31日セゼル大統領が国民投票に付託せずに承認。法的な改正日付は2003年12月27日。)され、被選挙権を回復。

2003年3月9日シイルト(Siirt)県補欠選挙で当選。それにともない、公正発展党副党首で首相のアブドゥラー・ギュルから首相職を譲り受け、2003年3月16日首相に就任(ギュルは外相として内閣に残った)。

先代:</dt>
アブドゥラー・ギュル</dd>
トルコ共和国の首相</dt>
第59代:2003年-</dd>
次代:</dt>
現職</dd>

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