レイ・セフォー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| [[画像:|200px]] | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | レイ・セフォー |
| あだ名 | シュガーフット 南海の黒豹 |
| 階級 | スーパーヘビー級(WKBA) |
| 国籍 | ニュージーランド |
| 誕生日 | 1971年2月15日 |
| 出身地 | ニュージーランド |
| 命日 | |
| 死地 | |
| スタイル | キックボクシング |
| プロキックボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 72 |
| 勝ち | 58 |
| KO勝ち | 47 |
| 敗け | 13 |
| 引き分け | 1 |
| 無効試合 | |
レイ・セフォー(Ray Sefo、1971年2月15日 - )は、ニュージーランドのキックボクサー、元プロボクサー、格闘家である。ニュージーランド出身。身長180cm、体重106.1kg。血液型B型。
「南海の黒豹」の異名を持つ。
1996年にK-1初参戦。1997年には、まだヘビー級の体が出来上がっていなかったにもかかわらず、ジェロム・レ・バンナに逆転KO勝ちを収め、彼の実力が認められるようになる。
現在、セコンドには、実弟のロニー・セフォーやアーロン・セフォー、極真会館専属トレーナーであり従兄弟のファイ・ファラモエ(レイは日本では極真会館勢とトレーニングを積んでいる)などがついている。
またスティーブン・セガールやジャッキー・チェンなどのアクションスターのファンでもあり、将来はムービースターになるのが彼の夢である。そのため、出演作品となった「ゴジラ FINAL WARS」では、見事な演技を披露した。
目次 |
[編集] ファイトスタイル
ブーメランフックと呼ばれる死角から飛んでくるフックをフィニッシュブローとする。決まるのは特にカウンターが多く、ディフェンススキル、反射神経に優れた彼の一発は一撃必殺となる。
対戦相手が連打もしくはキレのある攻撃をすると、「フォー」と奇声を上げ、とにかく嬉しそうに笑顔を作ると「もっと打って来い」といわんばかりに挑発するのがお決まりである。もの凄く余裕のあるとき、もしくは追いつめられた時、このいずれかの場合にノーガードに入ることが多い(このノーガードは1998年の対フランシスコ・フィリォ戦で初披露された)。余裕がある時に彼がこの状態に入ると、たとえロープ際やコーナーに完全に追い詰められても、相手の攻撃はかする事すらないと思えるほど華麗に回避する。そして、相手が攻め疲れても、さらに腕を振るなどの挑発し、わざと相手に攻めさせる。完全に相手のスタミナが切れた時や、「ここが勝負の決め時だ」と判断した時に止めを刺しに行く。そのため必ず両者に見せ場が生まれるため観客は大いに盛り上がる。ノーガードで回避しまくる姿も印象的だが、ロープ際でがっちりガードを固めている際、彼は下を向いており、相手のパンチは見えないにもかかわらず、完璧に回避する姿がよく見られる。ディフェンス技術も巧みだが、それ以上に豊富なスタミナと、驚異のタフネスぶりが光る。
試合を盛り上げるために、相手に打たせるだけ打たせて、打撃をモロに食らってしまうことが多い。顔面が腫れ上がる場面がしばしば見られる。マーク・ハント戦やカーター・ウィリアムス戦がその例である。
[編集] 来歴
レイ・セフォーは1971年2月15日にニュージーランドで父アイオアンと母アフィオンガの間に生まれる。小さいころはカンフーを習ったりしていた。その後、伝説のボクサーシュガー・レイ・レナードに憧れ、ボクシングを始める。18歳の頃には既にプロボクサーとしてリングに上がっていた。デビューしてから5戦目までは順調に勝ちを重ねるが、6戦目で無名のチェスター・ヒューズ相手に、わずか44秒で1RKO負け。失神してリング外に叩き落された。日本でも衛星放送によりセフォーが白目をむいてロープにもたれた後、リング外へひっくり返る醜態が放送されてしまった。自身のK-1での人気が上昇中ということも手伝い、ボクシング世界王者の夢を断念。以後、K-1に専念する。
2004年12月4日に行われた「アルゼ K-1 WORLD GP 2004 決勝戦」のトーナメント一回戦で武蔵に疑惑の判定で敗れた。判定について、レイやそのセコンド陣は納得いかなかったようだが、復帰戦のゲーリー・グッドリッジ戦(2004年12月31日 FieLDS K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!)では、1R0分24秒でTKO勝ちを収めた。
2005年6月14日に行われた「FieLDS K-1 WORLD GP 2005 in HIROSHIMA」におけるロシアの新鋭ルスラン・カラエフとの試合では秒殺勝利を奪った。また7月6日にはHERO'Sにおいて総合にも挑戦し、初挑戦とは思えない適応力をみせキム・ミンスにKO勝利した。
2006年6月3日に行われた「FieLDS K-1 WORLD GP 2006 in SEOUL」におけるルスラン・カラエフとのリマッチでは、カラエフのヒザの打ち終わりにカウンターのブーメランフックを喰らわせ失神KO、小賢しいと言わんばかりに返り討ちにした。
2006年9月30日に行われた「FieLDS K-1 WORLD GP 2006 開幕戦」でステファン・レコと対戦するも、かみ合わないまま試合は終了し、延長判定で敗北し5年連続東京ドーム進出は消えた。
2007年3月4日に行われた「FieLDS K-1 WORLD GP 2007 in YOKOHAMA」でスーパーヘビー級のベルトをかけてセーム・シュルトと対戦したが、1R終了間際にシュルトからダウンを奪った。しかし2R開始直後にカウンターパンチを喰らい、失神KO負けを喫した。
[編集] 戦績
- キックボクシング(K-1等):71戦57勝47KO13敗1分
- 1996年12月8日、アーネスト・ホーストにKO負け(名古屋市総合体育館レインボーホール)
- 1997年3月16日、ピーター・マエストロビッチに4RTKO勝ち(横浜アリーナ)
- 1997年4月29日、ジェロム・レ・バンナに1RKO勝ち(マリンメッセ福岡)
- 1997年7月20日、ジャン・クロードに判定勝ち(ナゴヤドーム)
- 1998年1月23日、ステファン・レヴェヨンに2RKO勝ち(ニュージーランド/???)
- 1998年4月9日、フランシスコ・フィリォとドロー(横浜アリーナ)
- 1998年5月24日、マット・スケルトンに2RTKO負け(マリンメッセ福岡)
- 1998年9月27日、ステファン・レコに判定勝ち(大阪ドーム)
- 1998年12月13、準々決勝でアンディ・フグに2RTKO負け(東京ドーム)
- 1999年4月25日、アンディ・フグに4RTKO負け(横浜アリーナ)
- 1999年6月6日、ジム・ミューレンに2RKO勝ち(真駒内アイスアリーナ)
- 1999年10月3日、サミール・ベナゾーズに1RKO勝ち(大阪ドーム)
- 1999年12月5日、準々決勝でサム・グレコに判定負け(東京ドーム)
- 2000年4月23日、ピーター・アーツに3RKO負け(大阪ドーム)
- 2000年8月20日、準々決勝でフランク・オットーにKO勝ち、準決勝でシリル・アビディにTKO負け(横浜アリーナ)
- 2000年12月10日、準々決勝で武蔵に1RKO勝ち、準決勝でシリル・アビディに1RKO勝ち、決勝でアーネスト・ホーストに判定負け(東京ドーム)
- 2001年3月17日、マイケル・マクドナルドに1RKO勝ち(横浜アリーナ)
- 2001年4月29日、準々決勝でアダム・ワットに1RKO勝ちするも、負傷のため準決勝を棄権する(大阪城ホール)
- 2001年6月24日、レミー・ボンヤスキーに4RTKO負け(仙台グランディ21)
- 2001年10月8日、準決勝でマーク・ハントに判定勝ちするも、負傷のため決勝戦を棄権する(マリンメッセ福岡)
- 2002年3月3日、マイク・ベルナルドに判定勝ち(名古屋市総合体育館レインボーホール)
- 2002年6月2日、ジュリオ・セザール・サンタナに1RKO勝ち(富山市総合体育館)
- 2002年7月14日、ギルバート・アイブルに2RKO勝ち(マリンメッセ福岡)
- 2002年10月5日、マーティン・ホルムに判定勝ち(さいたまスーパーアリーナ)
- 2002年12月7日、準々決勝でピーター・アーツに判定勝ち、準決勝でアーネスト・ホーストに1RKO負け(東京ドーム)
- 2003年3月30日、ペレ・リードに3RTKO勝ち(さいたまスーパーアリーナ)
- 2003年7月13日、富平辰文に5RTKO勝ち(マリンメッセ福岡)
- 2003年10月11日、カーター・ウィリアムスに判定勝ち(大阪ドーム)
- 2003年12月6日、武蔵に判定負け(東京ドーム)
- 2004年6月26日、ボブ・サップに2RKO勝ち(静岡エコパアリーナ)
- 2004年8月7日、マービン・イーストマンに1RTKO勝ち(アメリカ/ミラージュホテル)
- 2004年9月25日、天田ヒロミに判定勝ち(日本武道館)
- 2004年12月4日、準々決勝で武蔵に判定負け(東京ドーム)
- 2004年12月31日、ゲーリー・グッドリッジに1RTKO勝ち(大阪ドーム)
- 2005年6月14日、ルスラン・カラエフに1RKO勝ち(広島グリーンアリーナ)
- 2005年9月23日、ガオグライ・ゲーンノラシンに判定勝ち(大阪ドーム)
- 2005年11月19日、セーム・シュルトに判定負け(東京ドーム)
- 2006年3月5日、フランソワ・ボタに判定勝ち(ニュージーランド/トラストスタジアム)
- 2006年6月3日、ルスラン・カラエフに1RKO勝ち(韓国/ソウルオリンピック第一体育館)
- 2006年8月12日、アゼム・マクスタイに3RTKO勝ち(アメリカ/ベラージオホテル)
- 2006年9月30日、ステファン・レコに延長1R判定負け(大阪城ホール)
- 2006年12月2日、メルヴィン・マヌーフに1RKO勝ち(東京ドーム)
- 2007年3月4日、セーム・シュルトに2RKO負け(横浜アリーナ)
- プロボクシング:6戦5勝4KO1敗
| 戦目 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
| 1 | 1994年11月24日 | 勝 | 1R | TKO | アレックス・カトゥー | ニュージーランド | - |
| 2 | 1995年03月16日 | 勝 | 4R | 判定 | ポール・ベイカー | ニュージーランド | - |
| 3 | 1996年05月10日 | 勝 | 3R | TKO | ニッキー・ファーマタ | ニュージーランド | - |
| 4 | 2001年02月11日 | 勝 | 1R 0:51 | TKO | スティーブ・グリフィン | アメリカ | - |
| 5 | 2001年06月03日 | 勝 | 1R 0:50 | TKO | ジョー・レンハート | アメリカ | - |
| 6 | 2001年09月02日 | 負 | 1R 0:44 | KO | チェスター・ヒューズ | アメリカ | - |
- 総合格闘技:1戦1勝1KO無敗
[編集] 獲得タイトル
- WMTF世界ライトヘビー級王座(1995年)
- ISKA世界クルーザー王座(1995年)
- ISKA世界スーパークルーザー王座(1996年)
- WMTF世界ヘビー級王座(1996年)
- WKBF世界スーパーヘビー級王座(1997年)
- WKBA世界スーパーヘビー級王座
- K-1 WORLD GP 2000 準優勝(2000年)
[編集] 出演作品
- 「ゴジラ FINAL WARS」(グレン)
[編集] 外部リンク

