ライオン・キング

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ライオン・キング』 (The Lion King) は、1994年に公開されたディズニーによる長編アニメーション映画

32番目のディズニーアニメーション作品。上映時間87分。

続編に『ライオン・キング2/シンバズ・プライド』(1998,The Lion King2:Simba's Pride)、『ライオン・キング3/ハクナ・マタタ』(2004,The Lion King 1 1/2)がある。


目次

[編集] ストーリー


注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。


動物たちの王国、プライド・ランド。その王として尊敬を集めるライオンのムファサは、息子であるシンバに、自然界を支配するバランス(Circle of life)について、また王としての心構えについて教える。しかし、子供であるシンバは友達のナラと遊んでばかりいた。そんな中、シンバが王になる事を望まないムファサの弟スカーは、ムファサ親子を亡き者にしようと画策する。そしてムファサは殺され、シンバはその死の責任を負わされて王国から追放された。

父親を失い、故郷を追われ、絶望に支配されていたシンバは、ミーアキャットイボイノシシのコンビ、ティモンとプンバァの2匹と出会った。シンバは2匹と一緒に「ハクナ・マタタ(くよくよするな、の意味)」をモットーとした暮らしを続け、成長していく。一方プライド・ランドは、暴君となったスカーによって荒廃していた。シンバは、助けを求めて故郷を出てきたナラと偶然にも再会し、王国の現状を知らされる。過去と向き合うことに躊躇し、葛藤するシンバだったが、ついに王国へ戻ってスカーと対決することを決意する。

[編集] キャラクター

  • 以下の紹介には、テレビでの設定も含む。
シンバ
本作品の主人公。プライド・ランドの王であるムファサとサラビの息子。
詳細はシンバを参照
ムファサ
プライド・ランドの王で、シンバの父親。
詳細はムファサを参照
サラビ
ムファサの妻で、シンバの母親。
詳細はサラビを参照
スカー
ムファサの弟で、陰険なライオン。
詳細はスカーを参照
ナラ
サラフィナの娘で、シンバとは幼馴染。
プライド・ランドの危機には、群れを離れ単身で助けを求めにきた。勝ち気なメスライオン。
詳細はナラを参照
プンバァ
イボイノシシ
砂漠で倒れていたシンバを見つけ、助けようとした。気が優しい。
ティモンと出会う前は、体臭やおならの臭いが酷く、そのせいで友達がいなかった。
ティモンより頭の回転がやや鈍いが、基本的には彼のほうが頭がよい(TV版では、頭の中のコードが抜けていることがわかった。ちなみにコードをつなぐと天才になる)。しかし、優しい性格のためティモンにふりまわされ、損な役回りになることが多い。オリジナルビデオでは物事を回りくどくいうくせもあったが、そのうち言わなくなった。ティモンを頭の上に乗せて移動しているが、スピードをあげさせるために耳を引っ張るのを止めてほしいと思っている。
その他詳細はティモンとプンバァを参照
ティモン
ミーアキャット
シンバの子育ての時にはザズー同様、やんちゃぶりに手を焼いた。その苦労をティモンは、「子育て地獄」と称した。
口は悪いが気は小さく、面倒見がいい。だが金や権力には弱い。またとても頭の回転が速く、いろんなところで作戦を思いつく。(ライオンキング3で、二匹でハイエナ達をシンバから引き離して、母親と叔父がトンネルを何本も掘った落とし穴へ誘い込んだのが一例)また、プンバァの言った言葉を真似する癖がある。母親曰く、「何でも文字通り受け取る性格」が影響しているからである。
TV版では群れを離れた原因として、仕事をサボったことが原因で事件を起こしてしまったため追放されたという設定がある。後に追放の刑は、事件で死んだと思われていたミーアキャット太閤の娘を助けたことで取り消しになっている。ミドルネームはレスリーだが、本人はそのことを隠している。友人には、人を悪質な冗談でからかうのが趣味のフレッドがいる。一度ティモンの母親に変装し、ティモンとプンバァをきりきり舞いさせたことがある。
その他詳細はティモンとプンバァを参照
シェンジ・バンザイ・エド
スカーの手下であるハイエナのトリオ。
詳細はシェンジ・バンザイ・エドを参照
ラフィキ
年老いたヒヒ。呪術師であり、王子誕生の儀式では欠かせない存在となっている。自分を見失って悩んでいたシンバを導いた。また、ティモンにハクナ・マタタを教えた人物である。
ザズー
プライド・ランドの王に仕える執事のサイチョウ。幼少期のシンバ、ナラの面倒をみることもあり、そのやんちゃぶりには手を焼いていた。
サラフィナ
ナラの母親。
詳細はサラフィナを参照
  • 以下は『ライオン・キング2/シンバズ・プライド』に登場するキャラクター
キアラ
シンバとナラの間に生まれた娘。
ある日、アウトランドでコブというオスライオンに会い、友達になる。しかし、プライド・ランドのライオンと、アウトランドのライオンは犬猿の仲だったため引き離される。大人になってから再会し、コブと恋に落ちる。
コブ
ジラの息子。
父親はスカーではないが、スカーによって跡取りに指名された。シンバを憎むように教育されて育つ。
ジラ
アウトランドのメスライオン。
スカーと結婚し、息子ヌカと娘ビタニを生んだ。コブをスカーの跡取りとして育てる。
ヌカ
スカーとジラの息子。
実の息子でもないのに、スカーの跡取りとして育てられているコブを快く思っていない。
間抜けなところはあるが、母親を愛し、良いところを見せようと頑張る。
ビタニ
スカーとジラの娘。
コブやキアラとはほぼ同年齢だと思われる。
  • 以下は『ライオン・キング3/ハクナ・マタタ』に登場するキャラクター
ティモンの母親
ティモンは「ママ」と呼ぶ。少々過保護な点が見られる。
マックスおじさん
ティモンのおじ。(伯父なのか叔父なのかは不明)

[編集] 挿入歌

  • "Circle of Life" (サークル・オブ・ライフ)
  • "I Just Can't Wait to Be King" (王様になるのが待ちきれない)
  • "Be Prepared" (準備をしておけ)
  • "Hakuna Matata" (ハクナ・マタタ)
  • "Can You Feel the Love Tonight" (愛を感じて)
  • "Morning Report" (朝の報告)
オリジナル版の映画にはなく、ブロードウェイ・ミュージカルのために作られ、2003年にホーム・ビデオ用に再リリースされたスペシャル・エディションにも追加された。
尚、収録時には映画の公開から数年が経っていたため、当時幼年期のシンバを演じていたキャストは既に声変わりしており、このシーンのみ代役がたてられた。(続編の『ライオン・キング3/ハクナ・マタタ』も同様)

[編集] トリビア

  • ライオンキング2でコブがアラジンのアラジンとジャファーの対決時のジーニーの真似をしている。
  • 挿入歌"Hakuna Matata"(ハクナ・マタタ)では、プンバァがハクナ・マタタ精神に目覚めるまでの経緯が語られているが、制作段階ではティモンのミーアキャットの群れでの生活や、群れを離れるまでの経緯を描いた"ティモン・バージョン"が用意されていた。
  • ムファサの声を担当しているジェームズ・アール・ジョーンズは、スター・ウォーズダース・ベイダーの声を担当していることで有名であるが、本作の中でシンバに語りかけるセリフのひとつに「お前は私の息子だ」というのがある。これは「帝国の逆襲」の中でダース・ベイダーが息子であるルーク・スカイウォーカーに語りかけたセリフと同じである。

[編集] キャスト

[編集] 日本語吹き替え版

[編集] スタッフ

  • 監督:ロジャー・アレーズ、ロブ・ミンコフ
  • 製作:ドン・ハーン
  • 脚本:ジョナサン・ロバーツ、アイリーン・メッキ
  • 音楽:ハンス・ジマー
  • 主題曲:『愛を感じて』(Can You Feel the Love Tonight)(歌・作曲:エルトン・ジョン、作詞:ティム・ライス)

[編集] 功績

  • 1994年 アカデミー賞 作曲賞
  • 1994年 アカデミー賞 主題歌賞
  • 1994年 LA批評家協会賞 アニメーション賞
  • 1994年 ゴールデングローブ賞 作品賞(ミュージカル・コメディ部門)
  • 1994年 ゴールデングローブ賞 音楽賞
  • 1994年 ゴールデングローブ賞 歌曲賞

[編集] 盗作騒動

発表された当時、手塚治虫による1960年代のアニメーションシリーズ『ジャングル大帝』とプロット・キャラクターが酷似していることから、ディズニーによる盗作ではないかという議論がなされた。全米でもニュースで話題になり、非難活動の運動まで起きたが、製作者の多くは盗作について否定している。しかし、手塚サイドが、手塚治虫自身がディズニーのファンであり、もし故人が生きていたら「手塚治虫がディズニーに影響を与えたというのなら光栄だ」と語っただろうと言うことで不問としたため、騒ぎは収束した。

ディズニーによる盗作問題は『アトランティス 失われた帝国』『トレジャー・プラネット』でもおきている。

[編集] ミュージカル

ディズニーが舞台ミュージカルとして製作、1997年11月13日、ニューヨークのニューアムステルダム劇場で初演された。演出を担当した芸術家のジュリー・テイモアは、アフリカンアートと影絵や文楽といったアジアの伝統芸能を融合し、パペットやマスクを駆使した舞台美術を生み出した。1998年トニー賞では、最優秀演出賞、最優秀衣裳デザイン賞を受賞。ニューアムステルダム劇場での公演は2006年6月4日まで続き、同月13日からはミンスコフ劇場に舞台を変えて引き続きロングラン公演中。

日本では劇団四季1998年から東京都港区の劇団四季専用劇場「JR東日本アートセンター四季劇場[春]」などで上演をしており、連続9年目という前人未到のロングラン記録を樹立している。 他にも上演地は、ドイツやオランダなど8ヶ国12都市(閉幕した公演地も含む)に広がっている。近年では、劇団四季が韓国での上演が話題となった。

[編集] ミュージカルにおける逸話

  • ミュージカル版ライオンキングは大掛かりな舞台装置を使うことでも有名で、その最たるものに高さ4メートルを誇る「プライドロック」がある。

ミュージカルでは螺旋状で、そりたつような造りになっている、王国を象徴する巨大な岩であり、王位や王の権力を示す目的でも使われ、映画でもミュージカルでも観る者の目に非常に強い印象を残す。

奈落から迫り出して使うため、当然、奈落収納時は深さ4メートルの奈落が必要になるが、ニューヨーク初演で使用されたニューアムステルダム劇場の奈落にはプライドロックを収納するに足るだけの十分な深さがなかった。そのため、プライドロックを三段に畳んで収納することにした。 しかし、たたみ目が段になっているのが外見で分かってしまう為、美術面の点で制作スタッフには不満が残った。

世界で2番目の公演地となった東京、四季劇場[春]での公演では、奈落にプライドロックを収納できる十分な高さを確保できたため、本来考えられていた姿形そのままのプライドロックが製作された。それを見たディズニーの制作スタッフは「これが我々の求めたプライドロックだ」と喜んだという。

また、こういった舞台装置を使うために、ライオンキングを公演する際には劇場の舞台の床の構造や骨組みを一度取り払わねばならない。 しかしこのような贅沢な工事が行える劇場は限られており、また費用の面でもツアー公演を行うには大きな課題があった。 ツアー公演の需要が高いアメリカでこれを実現させるため、福岡での(ビルの中にある)福岡シティ劇場公演では、盆やせりを使わず、プライドロックを小さくして舞台袖から出し入れするなど、大掛かりな工事を伴わない「リニューアル版(ツアー版)」での上演が試みられた。 このツアー版公演の成功によって、アメリカでは2002年に「ガゼルツアー」、翌03年には「チーターツアー」という二つのツアーカンパニーが結成され、全米ツアー公演が実現した。

基本的に、劇場が本来の演出で上演を行えない構造の場合にのみツアー版で上演されるようで、福岡公演閉幕後の名古屋公演(新名古屋ミュージカル劇場、本来の舞台装置を設置できるだけの舞台機構を有していた)では、オリジナル版での上演が行われた。

  • 以前、とある番組内でミュージカル版ライオン・キングでスカーを演じていた劇団四季(当時)の俳優が「スカーの左目の傷は幼い頃ムファサにつけられたもの」と語ったことがある。この設定がディズニーによる公式なものなのかは定かではないが、俳優という立場の人間による公の場での発言という点を考慮すれば、信憑性は高いといえる。しかし、アニメ映画でも同様の設定なのかどうかは不明。

[編集] 功績

  • 1998年 グラミー賞 最優秀キャストアルバム賞
  • 1998年 グラミー賞 最優秀ミュージカル賞
  • 1998年 NY演劇批評家賞 最優秀ミュージカル賞

[編集] 歴史

劇団四季

  • 1998年5月15日 「ライオンキング」日本版製作発表
  • 1998年12月20日 東京公演開幕(四季劇場[春] こけら落し公演)
  • 1999年4月18日 大阪公演開幕(大阪MBS劇場 こけら落し公演)
  • 2000年4月14日 総入場者数100万人突破
  • 2000年9月20日 岡村隆史ナインティナイン)が「めちゃイケ」の企画で東京公演に出演
  • 2001年1月14日 大阪公演千秋楽(公演期間21ヶ月、公演回数673回、入場者数約67万人)
  • 2001年4月1日 東京公演入場者数100万人突破(日本最短記録)
  • 2001年4月17日 福岡公演開幕(福岡シティ劇場
  • 2001年8月18日 東京公演通算公演回数1000回達成(日本最短記録)
  • 2003年3月23日 福岡公演千秋楽(公演期間24ヶ月、公演回数700回、入場者数約70万人)
  • 2003年5月10日 通算公演回数3000回達成(日本最短記録)
  • 2003年6月8日 名古屋公演開幕(新名古屋ミュージカル劇場
  • 2003年8月21日 東京公演入場者数200万人突破(日本最短記録)
  • 2004年10月23日 通算公演回数4000回達成(日本最短記録)
  • 2006年1月9日 名古屋公演千秋楽(公演期間31ヶ月、公演回数930回、入場者数約85万人)
  • 2006年6月7日 「ライオンキング」ソウル公演製作発表
  • 2006年7月30日 通算公演回数5000回達成(日本最短記録)
  • 2006年10月28日 「ライオンキング」ソウル公演開幕

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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