ユダの手紙

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新約聖書

ユダの手紙(-てがみ)は新約聖書中の一書。わずか25節の短い書簡である。ユダ書ともいわれる。

[編集] 著者および成立時期

本文中で著者は自らを「イエス・キリストの僕にしてヤコブの兄弟ユダ」(イスカリオテのユダでない方の弟子ユダ)となのるが、著者が文字通りその人物であるということを信じる研究者はほとんどいない。教会の伝承においてもユダをイエスとヤコブの兄弟とするものからそうでないとするものまでさまざまである。

聖書学者ノーマン・ぺリン(Norman Perrin)は著作『新約聖書への招待』(The New Testament: An Introduction, p. 260)の中で「この手紙は新約聖書の他の書物と同じように単にユダの名を借りて書かれたものである」という。著者が本当に「ラビ」(マタイによる福音書10:3)とよばれ「タデオ」(マルコによる福音書3:18)とも呼ばれたユダなのかどうかは議論に決着がついていない。著者の問題を最初に提起したのはオリゲネスであった。オリゲネスは断定はしなかったものの著者はユダではないと遠まわしに言った。エウセビオスは本書簡を「論争中の書」であるとしている。しかし最終的に正典に受け入れられた。(ムラトリ断片正典表にも含まれている。)ほかの新約聖書の諸書と大きく異なるのは外典からの引用を含んでいることである。

具体的にいうと、「ユダの手紙」(以下ユダ書)で議論となってきたことは旧約聖書外典でエチオピア正教会のエチオピア語聖書正典であるエチオピア語の『エノク書』1章9節からの引用を含んでいることである。『エノク書』は死海文書に含まれるとおり、もともとユダヤ教の間で読まれ、キリスト教徒たちにも引き継がれたが、ヤムニア会議においてユダヤ教の正典から除外され、歴史の中から抹消された。

宗教改革期には再びユダ書の正統性が議論となったが、20世紀に入って聖書の学術的研究が進むと、ユダ書は2世紀の前半に無名の著者によって書かれたものという認識が研究者の間で固まっていく。特に著者について、旧約聖書の引用がセプトゥアギンタに基づいていること、『エノク書』や『モーゼの黙示録』などの知識があることからおそらく使徒を直接知るものがユダヤにおいて書いたということが定説になっていく。

[編集] 様式・内容

『ユダの手紙』はわずか25節しかない。本書はもともと個人や特定のグループにあてたものでなく。各地の共同体で広く読まれるために書かれたものである。文面から読みとれることは著者が『エフェソの信徒への手紙』などのパウロ書簡を読んでいるということである。

さらにギリシア語原文の文体を見ると著者がギリシア語に通じていたことがわかる。書簡は冒頭にあるように「すべてのキリスト者」にあてられており、偽教師の教えに警戒するよう説いている。本書の成立時、教会には仮現論(ドケティズム)、マルキオン派の教え、グノーシス主義などが入り込んでいて、警戒されていた。書簡の文体はきわめて攻撃的で情熱的なものである。著者は反対者たちの悪行を批判し、警戒を求める。本書に見られる批判の言葉は新約聖書中でもっとも激しいものであるとさえいえる。

本書簡の最後にある栄光唱は聖書に現れるものの中でももっとも完成度の高い美しいものである。

ユダ書と『ペトロの手紙二』との類似性は早くから指摘されており、どちらかが片方を参照して書いたということがわかる。研究者たちはユダ書の方が短いことや、表現方法が多彩なことから『ペトロの手紙二』の著者がユダ書を参照して書いたのであろうという結論に達している。

[編集] 外部リンク

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