マナー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マナー(manner)とは、(その)場で、あるいは社会全体で、居合わせた者あるいは構成員がそれに従って行動すれば、不必要な競争や、無駄な不快感を引き起こさない所作・振る舞い。その精神と形式。字義は行儀、作法、礼儀、態度、様子、仕方、やり方 、方法、態度、様子、挙動、風習、習慣、流儀、様式、作風、種類、手法、習癖。
目次 |
[編集] 概要
国や民族、文化、時代、宗教のさまざまな習慣によって、マナーの形式は変化する。ある国では美徳とされている事が、他の国では不快に思われることもある(日本ではげっぷをすれば不快に思われるが、ある国では食後にげっぷをするのが礼儀とされている、など)。
「他者を気遣う」という精神を所作として形式化し、わかりやすくしたものが形式としてのマナーである。それらは一般常識として、あるいは特殊な知恵の体系として世の中に存在しているが、普通これらは、身に付けるまでは意義を自覚出来ず、苦痛な場合も多い。
日本においては20世紀末-21世紀初頭にかけて必要性が意識されはじめた。現在ではマナーに関する書籍が多く出版されている。また、各地でマナー教室も開かれている。
[編集] 整った形式が存在しているマナー例
以下の例は、日本において整った形式が存在していると見られるマナー例である。日本以外の国においてはマナー違反になる場合、日本においても地域やコミュニティによってはマナー違反となる場合もある。
[編集] 食事のときのマナー
- 箸のマナー(やってはいけないとされる行為)
- 握り箸
- 握り拳でお箸を扱わない。(箸をきちんと操れないと、往々にしてこうなる)
- 渡し箸
- お碗の縁にお箸を乗せない。
- 刺し箸
- 食べる物にお箸を突き刺さない。
- 迷い箸
- お箸を卓上で彷徨わせない。
- 違い箸
- 長さの違うお箸を使わない。
- その他は嫌い箸を参照のこと。
- ナイフとフォークのマナー
- 通例、フランス料理店などで食事をするとナイフとフォークが出される。
- 食物を切る時は右手でナイフを、左手でフォークを持つ(左利きの人も同じ 但し食べる時はこの限りではなく、持ち替えてよい)。フォークとナイフは外側に置かれている物から使う。
- 皿の上にナイフとフォークをクロスさせて(または「ハ」の字を描くように)置くと”まだ下げてはいけない”のサイン、並べて置くと“もう下げてよい”のサイン。
- 他にも、スープを音を立てて吸わない、皿に口をつけない、物を噛む時に喋ってはいけない、など。
- その他、食べ方全般で「マナー違反」に類される行為
[編集] 茶菓の出し方
基本的には両手で出すが、以下の手順で出す。
[編集] 一般的なマナー
- レディーファースト:欧米諸国、特にイギリスから伝わったマナー。女性をさまざまな場面で優先的に扱うこと。ただし、これは男性が自主的に気をつけるものであって、女性自身が大きな顔をしてよい、という意味ではない。しかし日本でレディーファーストを主張する女性の多くは、男性のマナーではなく女性の特権として認識していることがままある。
- 乗り物におけるマナー
- バスや鉄道等の停留所・駅では整列し、割り込みはしない。
- 下車する者を優先する。
- 体の弱いお年寄り、身体の不自由な人、妊婦、乳幼児を抱きかかえている人がいたら車内の座席やホームベンチを譲る。
- 乗車中に化粧を整えない。
- 混雑時は飲食を控える。
- 床に座り込まない。
- 車内の座席やホームベンチはできるだけ詰めて座る。
- 車内の座席やホームベンチ、また通路に長時間荷物を置かない。
- 車内やホームでは大声でお喋りをしない。
- 車内で電子機器などの音量は小さめにする。
- 携帯電話については電源を切るかマナーモードに設定する。
- 立つときはたくさんの面積を確保しないで1人分の面積だけ取る。
- 座席が空いたら前に立っている人が優先的に座る。
- つり革は1人で2つ以上持たない。
- 車両を通り抜けるためのドアの開け閉めはなるべく控える。
- 近郊型車両などにあるトイレは1人で長時間も占領しない(最高でも入室は10分程度にする)。
- 車内ではふらふら移動せずじっとしている。
- 混雑時はドア付近は避け、なるべく中ほどに詰める。
- 子供を座席に座らせる時は靴を脱がせる。
- 一般歩道・駅(通路・ホーム)でのマナー
[編集] マナーの問題点
マナーとはその集団の成員が快適に生活していくための一手段に過ぎない。しかし、時にマナーは絶対視され、その行為が好ましくないから不快に感じるのではなく、マナーを守らないからという理由でその行為が不快に感じられることがある。また時に、文化などによるマナーの違いを理解せず、自身のマナーを他者に押しつける行為や、マナーを守らないからといってその人間の全人格を否定するような言動が見られるが、これらは「他者を気遣う」というマナーの本質から外れた行為である。
たとえば、よく誤解されがちなマナーは「エスカレーターは歩く人のために(中部地方以東では)右側をあける」「電車の中で物を食べてはいけない」「道端に座り込んではいけない」などである。
まず、エスカレーターはそもそも歩くものではない。エスカレーターを歩くというのは危険な行為であり、右側を空けるよう推奨するのはあまりよくない。また「電車の中で物を食べてはいけない」であるが、新橋-横浜間に鉄道が開通されたのと同じような時期に、すでに弁当が売り出された(おにぎりとたくあん)。もともと電車の中というのは食事をしていい場所であったが、近年の都市化により「混雑した車内では食事は控える」というのが一般的なマナーとなっている。しかしこれは「電車内で食事をしてはいけない」ということではない。現に地方や田舎では、電車の中で物を食べるのは一般的に見られる光景である。「道端に座り込んではいけない」というのも、欧米諸国や日本特有のマナーであるといえる。そもそも日本でも、戦前や戦後すぐ人々が道端に座り込むという光景が日常的に見られた。日本も都市化し生活が欧米化したため「道端に座り込むのは美しくない」というのが一般的な認識としてひろまったが、農村社会では道端に座り込むというのは日常的に見られた風景である。
ただし、もともとマナーには「無用なトラブルを回避する」役割がありマナー違反を注意すること自体がマナー違反であるという前提に立てばそもそも罪状を認定するという刑法の価値観を否定することになる。道端に座りこむという行為ひとつとってもそれは単に見た目が悪いというだけではなく場合によっては往来妨害に相当し治安の悪化や重大な事故を招く可能性がある。そもそも互いの意思や権利を尊重するという理念は「相互認証」が前提であり「一方が一方の人格を否定する行為」をマナー肯定者とマナー否定者の主張の正しさを判定する基準とするならば「マナー違反をした時点で他人の意思を踏みにじった」とも解釈できる為、マナー違反をする者は全人格を否定されても仕方がないという立場もある。
マナーとはそもそも「理念」ではなく「生活の知恵」に相当するもので現実に随伴するものであり、田舎の電車と都会の混雑した電車では同じ食事をするという行為においても結果の現れに相違がある。食べこぼしによる汚染や周囲の人間に押されて食器をひっくり返す危険や場合によっては食べ物の悪臭が問題を起こす度合いの相違である。 行為が及ぼす結果は状況によって左右されるのであり同じ座り込みという行為ひとつとっても「行為が同一であれば環境を無視してよい」という立場において田舎の電車と都会の電車のどちらにすわりこんでもよいという理論は 道路に座りこんでも線路にすわりこんでもよい という結論を同一の公式によって導くことになる。現実に線路上の座り込みを許容する社会は存在しない。 以上の理由によりマナー条項の正当性に対して異議を申し立てる際に時間軸や環境条件を無視して行為の正当性を主張することは論理的ではない。
マナー議論の場において論ずるべきは「状況において適切か否か」であり行為の起源や昔やってよかったことなら今やってもいい、他所でやっていいことならここでもやっていいということではないし本人の価値観と行動の因果関係はまったく関係ないのだがマナーの影響下にある当事者達にとっては「行為の正当性」に論点を絞ることは都合がいいようである。
[編集] 関連項目

