ボリビア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
- ボリビア共和国</dt>
- República de Bolivia(スペイン語)
Wuliwya Suyu(アイマラ語)
Bulibiya Mama Llaqta(ケチュア語)</dt> - República de Bolivia(スペイン語)
-
(国旗) (国章) </dd>
- 国の標語 : Morir antes que esclavos vivir
(スペイン語: 奴隷として生きる前に死ぬこと)</dd>- 国歌 : ボリビアの国歌</dd>
- </dd>
公用語 スペイン語、ケチュア語
アイマラ語、グアラニー語首都 ラパス、スクレ 最大の都市 ラパス 大統領 エボ・モラレス 首相 なし 面積
- 総計
- 水面積率世界第27位
1,098,580km²
1.3%人口
- 総計(2005年)
- 人口密度世界第86位
8,857,870人
8人/km²GDP(自国通貨表示)
- 合計(2005年)
713億ボリビアーノ (Bs)GDP(MER)
- 合計(2005年)世界第101位
97億ドルGDP(PPP)
- 合計(2005年)
- 1人当り世界第103位
258億9200万ドル
3,049ドル独立 スペインより
1825年8月6日通貨 ボリビアーノ (Bs)(BOB) 時間帯 UTC -4(DST: なし) ccTLD BO 国際電話番号 591 </dd>
- 註1 : ラパスは、立法府・行政府の所在地。スクレは、憲法上の首都であり、司法府(最高裁判所)の所在地。 </dd>
- 国の標語 : Morir antes que esclavos vivir
国の面積はアメリカ大陸では8番目で世界的には27番目に大きい国である。北と東がブラジル、南がアルゼンチンとパラグアイ、そして西がチリとペルーに囲まれた内陸国である。首都はスクレ、国会はラパスにある。
目次 |
[編集] 国名
正式名称は、スペイン語で、República de Bolivia(レプーブリカ・デ・ボリービア)。通称は、Bolivia。
公式の英語表記は、Republic of Bolivia(リパブリック・オブ・ボリヴィア)。通称は、Bolivia。
日本語の表記は、ボリビア共和国。通称は、ボリビア。英語のカタカナ表記を使ってボリヴィアとも表記されることがあるが、現地公用語であるスペイン語の発音では b と v の区別が基本的には存在しないので、日本語表記ではボリビアと表記することが多い。公式ではないが、漢字表記としては「暮利比亜」「保里備屋」「玻里非」「波力斐」などが使われる。漢字一文字の略称では「暮国」が使われる事が多い。
国名はラテンアメリカの解放者として知られるシモン・ボリバルにちなんで名付けられた。
[編集] 歴史
- B.C.1500年頃からB.C.250年頃 チリパ文化が栄える。
- 5世紀から12世紀頃 ティワナク文化が栄える。
- 12世紀頃から1470年頃 チチカカ湖沿岸にアイマラ諸王国が栄える。
- 1470年頃から1532年 アイマラ諸王国がインカ帝国に編入される。インカ帝国内にてアイマラ諸王国は継続。
- 1532年 インカ帝国崩壊。スペインによる植民地化が始まる。
- 1535年 フランシスコ・ピサロによりペルー副王領が作られる。
- 1545年 ポトシ銀山発見。過酷な労働と病気でインディオは次々に死んでいった。
- 1559年 チャルカス(現スクレ)に聴問庁設置。この頃、現ボリビアの地域は「アルト・ペルー(高地ペルー)」と呼ばれる。
- 1776年 ペルー副王領からラ・プラタ副王領に転入される。スペイン本国生まれの少数支配に反対して土着のスペイン人による独立運動が起こった。
- 1781年 アイマラによる反乱蜂起。(トゥパク・カタリの暴動)
- 1809年 チュキサカでクリオーリョによる独立運動が起こる。(ボリビア最初の独立運動といわれる。)
- 1823年 独立戦争始まる。
- 1825年8月6日 シモン・ボリバルの協力により将軍アントニオ・ホセ・デ・スクレがアルト・ペルーをスペインから独立させる。ボリバルの名に因んで、「ボリビア」という国名になる。
- 1879年 ペルーと同盟を組んでチリに宣戦布告。(太平洋戦争)
- 1884年 チリに敗北。バルパライソ条約で海岸の領土を失い、内陸国になる。
- 1899年 - 1903年 ブラジルと紛争(アクレ紛争)。結果敗北してアクレ地方をブラジルに割譲。
- 1932年 パラグアイに宣戦布告。(チャコ戦争)
- 1938年 チャコ戦争終結。ブエノスアイレス講和条約によりチャコ地方がパラグアイの領土となる。
- 1951年 民族主義的革命運動党(MNR)が大統領選に勝利するも、クーデターにより軍部に政権を奪われる。
- 1952年4月 鉱山労働者らの武装蜂起。MNRによる政権樹立。パス・エステンソロが大統領に就任。(4月革命)
- 1964年 軍によるクーデター。軍部と共産党の対立が進む。
- 1967年 チェ・ゲバラがゲリラ戦の末死亡。その後、軍とMNRなどの政権争いやクーデターが続く。
- 1982年 民政復帰。この頃から激しいインフレが起こる。
- 1986年 100万分の1のデノミで8,000%超のインフレを抑制。
- 1990年 この年代の中頃に天然ガス田が発見された。
- 2000年 コチャバンバ水紛争
- 2003年 ボリビアガス紛争
[編集] 政治
国家元首である大統領は、行政府の長として実権を有する。任期5年。選挙は、大統領候補と副大統領候補がそれぞれペアとなり立候補し、国民は直接選挙により数組の中から1組を選出する。大統領が死亡や罷免により欠ける場合は、副大統領が大統領に昇格し、残りの任期を務める。首相職はなく、大統領が閣議を主宰する。
議会は、両院制。上院は全27議席で、比例代表制選挙により選出される。代議院(下院)は、全130議席で、そのうち68議席は選挙区から選出、62議席は比例代表制で選出される。両院とも議員の任期は5年で、同日選挙である。前回投票は、2002年6月30日に行われ、政党別の獲得議席数は、以下の通り。
- 上院(27)
- 民族革命運動 (MNR) 11
- 社会主義運動 (MAS) 8
- 左派革命運動 (MIR) 5
- 新共和勢力 (NFR) 2
- 代議院(下院)(130)
- 民族革命運動 (MNR) 36
- 社会主義運動 (MAS) 27
- 左派革命運動 (MIR) 26
- 新共和勢力 (NFR) 25
- その他 16
ボリビアの歴代大統領の一覧は、ボリビアの大統領を参照。
2006年7月2日、制憲議会選挙が行われた。定数は255議席。与党・社会主義運動(MAS)が137議席を確保した。第2党は、野党中道右派・民主社会勢力(PODEMOS)で60議席を占めた。同時に実施された地方自治権の拡充の賛否を問う国民投票では、与党の主張が半数を占める。新憲法草案は、1年以内に3分の2以上の賛成で提案され、国民投票に付される。
ボリビアの181周年独立記念日の2006年8月6日に、制憲議会の開会式が行われた。同議会発足を祝って、36の先住民による約3万人のパレードも実施された。
就任2年目になるエボ・モラレス大統領は、2007年1月22日、国会で年次報告を行い、新憲法を制定する重要性を改めて強調した。新憲法には、水を含む資源主権や先住民の権利確立、教育行政に対する国の責任などが盛り込まれる予定である。制憲議会は昨年発足したが、議事運営方法を巡って与野党の対立が続いている。なお、与党・社会主義運動党が定数255のうち142議席を占めている。
[編集] 県
ボリビアには、9つの県が設けられている。カッコ内は、県庁所在地。
- オルロ県 (オルロ)
- コチャバンバ県 (コチャバンバ)
- サンタクルス県 (サンタクルス)
- タリハ県 (タリハ)
- チュキサカ県 (スクレ)
- パンド県 (コビハ)
- ベニ県 (トリニダ)
- ポトシ県 (ポトシ)
- ラパス県 (ラパス)
[編集] 地理
ボリビアの地理は大きく3つに分けられる。
一つはチチカカ湖から南に貫くアンデス山脈の地域で、標高3000m以上あり年中寒冷な気候を持つ。ラパス市・オルロ市にかけて標高4000mくらいの広大な平らな土地が広がり、この地域はアルティプラーノと呼ばれる。
国土の北東側から東側はアマゾンの熱帯地域であり、リャノ (llano)またはオリエンテ (oriente)と呼ばれる。リャノはさらに、熱帯雨林(いわゆるジャングル)が広がる北側と、乾燥しているグランチャコ地方(パラグアイ国境ちかく)とに分かれる。
コチャバンバ県やラパス県ユンガス地方などの、アンデス地帯とアマゾン地帯の中間に位置する場所はバジェ (valle) 地域と呼ばれ、温暖で果樹栽培などに適した気候である。バジェ地域はまた、コカの栽培も盛んである。
ボリビアはかつて太平洋に面する海岸線も領土に保有していたが、1884年に太平洋戦争で敗れ、バルパライソ条約によりそれを全て失った。ボリビアでは3月23日を「海の日 (dia del mar)」として「海を取り戻そうキャンペーン」をおこなっている。
ボリビアの海運での輸出入貨物はチリの港で陸揚げされている。 チリの港にはボリビアが管理する保税上屋(TRANSIT SHED)と呼ばれるタックス・ヘイブンがあり、ここからチリの通関を行わないままボリビア国境へ運ばれ、ここで始めてボリビアの税関が通関を行う。
[編集] 軍事
陸軍、空軍、海軍(水軍とも呼ばれる)を保有している。ボリビアは領土に海岸線をもたないが、“海軍”は大西洋やチチカカ湖で演習を行う。
[編集] 経済・産業
国家統計局の発表によるボリビアの経済指標は以下の通り。(いずれも2003年の値)
| 国内総生産(GDP) | 7,856 百万ドル |
| 同国民一人当たり | 870 ドル |
| 経済成長率(前年比) | 2.45% |
| 公的為替レート(対ドル) | 7.67 Bs/$us |
| 輸出額 | 1,650.7 百万ドル |
| 輸入額 | 1,684.6 百万ドル |
| 国内所得 | 8,085.4 百万ボリビアーノス |
- スズ、鉛などの鉱山物資を産出する。
- 2006年1月、天然ガス事業を国有化する発表があった。
[編集] 農地改革
- 1958年、第一次農地改革。2006年現在では分配された土地の95%、3200万ヘクタールが企業の手に渡っている。
- 第二次農地改革、2006年5月16日、ガルシア副大統領より「第二次農地改革」計画案が発表された。「生産的でない」土地及び国有地を農民や先住民に分配するというもの。
[編集] 国民
国家統計局 (INE : Instituto Nacional de Estadistica) が発表している2001年の国勢調査(Censo Nacional)の結果によると、人口は8,274,325人、うち女性4,150,475 人、男性4,123,850人。 都市部の人口は5,165,230人、地方の人口は3,109,095人。 人口密度は7.56人/Km2。
ユニセフの発表によると、5歳以下で死亡する子供の比率は77/1,000。1歳以下で死亡する子供の比率は60/1,000。 平均寿命は女性64歳、男性61歳、合計63歳。
民族構成はケチュア族が約30%、メスティーソが約30%、アイマラ族が約25%、ヨーロッパ系が約15%であると見られるが、正式な統計は取られていない。 南部にはグアラニー族も若干居住している。 メスティーソのうち、伝統的な衣装を身に着けている女性はチョリータと呼ばれる。彼女らの格好はボリビアを特徴づける習俗となっている。
言語はスペイン語、ケチュア語、アイマラ語、グアラニー語が公用語である。田舎ではケチュア語、アイマラ語、グアラニー語が用いられているが、スペイン語を全く解さない人は近年少なくなってきている。都市部ではスペイン語以外の言葉を話せない人の方が多い。
信仰の自由を認めたうえでローマ・カトリックを国教に定めている。国民の95%がローマ・カトリックを信仰している。
1900年代に日本人移住者が北部のリベラルタやトリニダに移住する。 1954年からは主に沖縄県や九州からの移住者がサンタクルス州に移住し、オキナワ移住地やサンフアン・デ・ヤパカニ移住区を作る。
[編集] 文化
プレ・インカやインカ帝国の文明圏、スペイン統治下のペルー副王領の勢力圏など、ペルーとボリビアはほぼひとまとまりの地域として扱われてきたため、現在でも文化的に近い関係にある。
例えば、アンデス地方を特徴づける文化として世界的に有名なのはフォルクローレであるが、その曲調、使用する楽器などはボリビアとペルーでほぼ同じである。また、スペイン統治時代に広まった伝統的な衣装を着続けるチョリータと呼ばれる女性たちも、両国に共通する特徴的な習俗である。
アンデス地域とアマゾン地域はその気候の大きな違いや町の起こりの経緯の違いにより、互いに文化的な差異を感じているようである。アンデス地方の町の多くはインカ帝国時代の集落がペルー副王領時代に町として興されたものであるのに対し、アマゾン地域の町はパラグアイ方面から開拓されていったものが多い。俗語では、アンデス地域またはそこに住む人々はコージャと呼ばれ、アマゾン地域またはそこに住む人々はカンバと呼ばれる。
ボリビア全体がフォルクローレの里と呼ばれるが、特にオルロとポトシが有名である。オルロでは年に一度カルナバル(カーニバル)が行なわれるが、これは南米三大祭りの一つといわれる。ポトシやその近くのチュキサカの田舎町などには、スペイン侵略以前の習俗を色濃く残しているものと思われる、特異な歌や踊りをいまでも見ることができる。ノルテ・ポトシのプトゥクンという歌や、タラブコの祭りなどがその例である。
食文化としては、パン・ジャガイモ・トウモロコシを主食とし、副食として主に牛肉・鶏肉を食べる。豚肉は高級な食材とされる。クイと呼ばれる天竺鼠の一種も食用としている。温かい地方ではユカイモ(キャッサバ)やパパイヤ・マンゴーなども食べる。
第二次世界大戦前後にドイツなどから逃れてきた人たちがビールを広めた結果、ラパスでは「パセーニャ (Paceña)」、オルロでは「ウァリ (Huari)」、コチャバンバでは「タキーニャ (Taquiña」、サンタクルスでは「ドゥカル (Ducal)」など、それぞれの都市を代表するビールの銘柄がある。
ビール以外の酒類としては、スペイン侵略以前から飲まれているチチャという発酵酒や、ブドウを蒸留して作ったシンガニや、中米から輸入したロン (Ron)(ラム酒)などが飲まれる。
[編集] 世界遺産
ボリビア国内の世界遺産。カッコ内は、登録年。
- ポトシ市街 (1987年)
- チキトスのイエズス会伝道施設群 (1990年)
- 古都スクレ (1991年)
- サマイパタの砦 (1998年)
- ティワナク : ティワナク文化の宗教的・政治的中心地 (2000年)
- ノエル・ケンプ・メルカード国立公園 (2000年)
[編集] 世界無形遺産
ボリビア国内の世界無形遺産。
[編集] 祝祭日
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | Año Nuevo | - |
| 移動祝日 | 謝肉祭(カーニバル) | Carnaval | 2005年は2月7日-8日 |
| 移動祝日 | 聖金曜日 | Viernes Santo | 2005年は3月25日 |
| 5月1日 | 労働者の日(メーデー) | Día del Trabajo | - |
| 移動祝日 | 聖体の祝日 | Corpus Cristi | 2005年は6月9日。 聖霊降臨節の10日後の木曜日。 |
| 8月6日 | 独立記念日 | Aniversario Patrio | - |
| 11月1日 | 諸聖人の日 | Todos Los Santos | - |
| 12月25日 | クリスマス | Navidad | - |
| 2月10日 | オルロ県の日 | Aniversarios Cívicos de Oruro | オルロ県のみ |
| 4月15日 | タリハ県の日 | Aniversarios Cívicos de Tarija | タリハ県のみ |
| 5月25日 | チュキサカ県の日 | Aniversarios Cívicos de Chuquisaca | チュキサカ県のみ |
| 7月16日 | ラパス県の日 | Aniversarios Cívicos de La Paz | ラパス県のみ |
| 9月14日 | コチャバンバ県の日 | Aniversarios Cívicos de Cochabamba | コチャバンバ県のみ |
| 9月24日 | サンタクルス県の日 | Aniversarios Cívicos de Santa Cruz | サンタクルス県のみ |
| 10月1日 | パンド県の日 | Aniversarios Cívicos de Pando | パンド県のみ |
| 11月10日 | ポトシ県の日 | Aniversarios Cívicos de Potosi | ポトシ県のみ |
| 11月18日 | ベニ県の日 | Aniversarios Cívicos de Beni | ベニ県のみ |
[編集] 関連項目
- ボリビア関係記事の一覧
- Category:ボリビアの都市
- Category:ボリビアの歴史
- Category:ボリビアの地形
- Category:ボリビアの文化
- Category:ボリビアの食文化
- Category:ボリビアの人物
- Category:ボリビアの世界遺産
[編集] 外部リンク
[編集] 公式
[編集] その他
- 世界の国々 > アメリカ</dt>
-
アングロアメリカ: アメリカ合衆国 | カナダ 中央アメリカ: エルサルバドル | グアテマラ | コスタリカ | ニカラグア | パナマ | ベリーズ | ホンジュラス | メキシコ 西インド諸島: アンティグア・バーブーダ | キューバ | グレナダ | ジャマイカ | セントクリストファー・ネイビス | セントビンセント・グレナディーン | セントルシア | ドミニカ共和国 | ドミニカ国 | トリニダード・トバゴ | ハイチ | バハマ | バルバドス 南アメリカ: アルゼンチン | ウルグアイ | エクアドル | ガイアナ | コロンビア | スリナム | チリ | パラグアイ | ブラジル | ベネズエラ | ペルー | ボリビア </dd>
このページはウィキプロジェクト 国のテンプレートを使用しています。

