ホルテンシウス法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ホルテンシウス法 (Lex Hortensia) は、古代ローマ紀元前287年独裁官クィントゥス・ホルテンシウスによって制定された。ホルテンシウス法の名は制定者の名前から。この法によってパトリキ(貴族)とプレブス(平民)の法的な平等が実現され、両身分の間で起こった身分闘争は終結したとされる。

前287年に起こったプレブス達の総退去に面して独裁官ホルテンシウスによって制定された。プレブス達の退去は護民官設置の際にもパトリキ側から譲歩を得ていた方法であった。この法によって、平民会の決定が、元老院の承認を得なくてもローマの国法となることが定められた。これによって、パトリキとプレブスの法的平等が実現された。

この法の制定について、当時のプレブス上層は実力的にパトリキに劣るものではなく、こうした有力プレブスが不満を持っていた下層プレブスを利用してパトリキ達からさらなる譲歩を勝ち取ったとの見方も存在する。また元老院側の譲歩もノビレスと呼ばれパトリキと一体化してローマの支配層となっていたこうした上層プレブスが、平民会の趨勢を当時すでに左右しえたために行なわれたと考えることもできる。

こののち重要性を増した平民会はパトリキも含めたトリブス民会を生み、これはローマの主要な民会の一つとなった。

[編集] 関連項目

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB