ペニー・ファージング
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ペニー・ファージング(Penny Farthing)は19世紀後期に製作された自転車の形態。「ペニー・ファージング」の名称の由来はイギリスのペニー硬貨とファージング硬貨を前後輪に見立てた事に由来する。後に「セーフティ型」と比較され「オーディナリー型自転車」と呼ばれるようになった。米国では「High Wheel bike」「High Wheeler」と呼ばれる事が多い。日本では「ダルマ型自転車」と呼ばれた。
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[編集] 登場
ペニー・ファージングは1870年頃にジェームズ・スターレーとウィリアム・ヒルマンが設立したアリエル自転車から販売され、他の自転車職人もこれに追従し、急速に普及した。1880年頃が最盛期であり、このペニー・ファージング型自転車を使ってイギリス、フランス、アメリカなどでサイクリングや様々なレースが催された。この自転車はレースなどのスポーツ用途には最適だった。
[編集] 特徴
ベロシペードの構造を基礎としている。そこからよりスピードを出すため、ペダルと直結した前輪を最大限にまで大きくした自転車で、大きなものでは直径が1.5メートルを超えるものもあった。乗り手に応じて様々な直径の車輪が、大抵は最高速度を稼ぐため内股目一杯の大きさで作られた。前輪は鉄製で、固形ゴムがタイヤとして貼られている程度のものだったが、直径が大きくスポークが長いのである程度は路面の衝撃を吸収できた。ハンドルは、幅の広い多少カーブをつけたストレートなものが、前輪をはさんで垂直にのびたフロントフォークの天辺につけられた。そのすぐ後ろに革サドル、そしてそのさらに後方に前輪と比べて非常に小さい鉄製の後輪が、付け足すようにフレームでつなげられていた。ブレーキはついてはおらず、後期になって申し訳程度についたものもあったが、ブレーキをかけすぎると転倒するのでほとんど意味をなさなかった。
ペニーファージング型の前輪の直径をインチ長で表した数値がギア比計算の基準の一種「ギアインチ(Gear Inch)」となっている。「ギアインチ72.0が適切な乗り手」とは「ペニー・ファージング型において前輪直径72インチが適切」という意味となる。
全てを速度のために犠牲にした設計だったので、速度に関しては現在のロードレーサーと比較しても遜色はなく、また無駄な部分がまるでないので100年前の乗り物とは思えないほど軽い。ただし乗り降りに手間を取り、低速では非常に不安定で、高速で走行していてもちょっとした道路の段差などでバランスを崩し加速したまま前に倒れて頭を強打する(イギリスではこういうヘマをやった人を"cropper"と呼んだ)危険性があった。また前述のように構造上ブレーキが意味をなさず、ペダルとホイールが直接結びついているため、とくに下り坂をそのまま下っていく事は非常に危険で、大抵は降りて歩くか、見通しが良く誰もいない下り坂だとハンドルの上に両足を乗せてそのまま下っていった。一見奇妙な格好だが、これはいつ転倒しても受け身が取れるように配慮しての事である。
ただこのような危険な乗り物を歓迎したのは中流階級のみで、労働者階級はブレーキのかからない非常に危なっかしい乗り物であるペニー・ファージングを交通を妨害する邪魔者として歓迎はしなかった。自転車が階級と問わず幅広い歓迎を受けるには次の安全型自転車の登場を待たなければならない。
[編集] 衰退
1884年には、ハンバー、マッカモン、BSAなどがチェーンによる後輪駆動の自転車の販売を開始した。ジェームズ・スターレーの甥であるジョン・ケンプ・スターレーが1885年に「ローバー」安全型自転車(セーフティ型)として販売した車両が好評となり実用車としての自転車市場が開かれた。実用車としてはペニー・ファージング型は主流ではなく、この頃からペニー・ファージング型は安全型と比較されオーディナリー型自転車(一般型)と呼ばれるようになり、安全型自転車と入れ替わる形で姿を消していった。
[編集] 文化
このように欠点の多いペニー・ファージングであったが、この人力で高速を出せる新しい乗り物にイギリスの中流階級の若い男性が飛びつき、サイクリングは危険を伴うスリリングなスポーツとして愛好された。そして愛好家同士が集まり、各地で様々なサイクリングクラブが設立された。イギリスのサイクリングクラブはこの時代から起源を持つクラブが多い。
サイクリングクラブでは同一の派手なユニフォームを来て、厳格なクラブ会則を守り、集団でサイクリングを嗜むようになったが、これは愛好家同士の親睦を促すという理由と同時にペニー・ファージングが持つ欠点を補うという現実的な理由もあった、すなわち転倒の危険性のある路面の凹凸に全員が気を配り、邪魔者扱いして進行方向を横切る馬車などに対して自らを目立たせ周りに注意を促す意味で派手な格好での集団走行は役にたった。
またこの時代にはサイクリスト・ツーリング・クラブ(Cyclists' Touring Club-CTCと呼ばれる)が1878年に発足、イギリス各地でペニー・ファージングでは危険すぎる下り坂には警告の看板を表示していくなど愛好家同士での情報交換、ルート調査など地道な活動が始まり、スポーツとしての自転車文化が盛んとなった。
驚くべき事だが、現在でもペニー・ファージング愛好家は存在しており、オーストラリアのタスマニア島では毎年2月にナショナルカップが開催されている。またイギリス人ジョフ・サマーフィールドがペニー・ファージングで世界一周旅行を敢行している。

