旧約聖書
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
旧約聖書(きゅうやくせいしょ)は、ユダヤ教およびキリスト教の正典。また、イスラム教においてもその一部(モーセ五書、詩篇)が啓典とされている。その大部分はヘブライ語で記述され、一部にアラム語が用いられている。一般には、一番初めの「創世記」が有名である。
目次 |
[編集] 様々な呼称
『旧約聖書』とは、『新約聖書』の『コリントの信徒への手紙二』3章14節の「古い契約」という言葉をもとに、2世紀頃からキリスト教徒によって用いられ始めた呼称である。しかし、「古い契約」とは単にモーセの律法契約を指すのではないかとする意見が散見されるようになり、また「旧約」という表現ではユダヤ教徒を刺激することもあって、最近では『ユダヤ教聖書』、『ヘブライ語聖書』とも呼ばれるようになった。しかし、ユダヤ教が改宗を積極的に勧めない宗教であることや、日本でのユダヤ教コミュニティの少なさなども手伝ってか、日本語では依然として『旧約聖書』と呼ばれることが多い。
ユダヤ教においては、Torah(トーラー:律法)、Nevim(ネイビーム、ネビイーム:預言者)、Ketubim(クトビーム、ケスビーム、ケトゥビーム:諸書)の頭文字、TNK に母音を付した 『Tanakh(タナク、タナーク、タナハ、タナッハ)』と呼ばれる他、『Miqra(ミクラー:朗誦するもの)』と呼ばれることもある。ミクラーはクルアーンと語源を同じくする。
[編集] 内容と意義付け
『旧約聖書』の内容は、律法と呼ばれる祭儀と行動規範の書(律法=モーセ五書)と、神の世界創造に始まり、イスラエルの興廃を中心とする歴史、および将来の救済を予告する預言書、さらにユダヤ教では諸書と呼ばれる詩や知恵文学からなる。なおユダヤ教では歴史と預言を大きく「預言者(の書)」として扱う。
ユダヤ教にとっては、唯一の正典であり、現在も行動を律する文字通りの法である。また民族の歴史を伝え、イスラエルの地を民族の故地とする精神的な基盤を与え、もって行為と歴史の両面において文化的な一体性を与える書でもある。
対して、将来にユダヤを復興するメシア王を約束する『旧約聖書』を、キリスト教徒はイエス・キリストの出現を約束する救済史として読む。『旧約聖書』の代名詞にも使われる「律法」はキリスト教徒の戒律ではもはやないが、キリスト教徒にとって、『旧約聖書』の完成がイエス・キリストとその使信であり、依然として重要な意義をもっている。
[編集] 正典化の過程
『旧約聖書』の各文書が完成されるまでは、断続的ではあるが、長い期間に渡り、多くの人々や学派のようなグループによって各自の新しい信仰を盛り込むために手が加えられ、何度も大きな増補改訂が行われてきたと考えられる。このため、1つの文書の中で、様々な信仰が含まれ、相反する内容の部分も生じている(中には、一人または少数の人の作成と考えられるものもあるが)。批判的に、これらの個々の文書の作成過程、その中での複数の作成者たちの各々の固有な信仰を明らかにし、更にその信仰の間の影響関係を研究する学問を「旧約聖書学」という。
それによれば、「モーセ五書」の成立がもっとも早く、成立をもっとも遅く取る場合でも前6世紀までに成立したとする。その過程に前7世紀 に「申命記革命」と呼ばれる律法の再編纂を想定する学説では、ユダ王国末期の申命記編纂時に「ヨシュア記」「列王記」に至る4書の原型も編纂されていたと考える。モーセ五書と前の預言書の形態が最終的に確定するのは、捕囚期の前6世紀中ごろから前5世紀にかけてである。「後の預言書」「諸書」にはばらつきがあり、ユダ王国およびイスラエル王国末期のものから捕囚期、さらにその後前4世紀頃に執筆されたものへと渡る。
「モーセ五書」は、紀元前4世紀頃には正典的な権威が与えられていた。「ヨシュア記」「列王記」に至る4書は、その後まもなく正典的な扱いを受けた。これをユダヤ教では「前の預言書」という。
「後の預言書」「諸書」は、紀元前2世紀頃に正典的な地位が確立された。最終的には、1世紀の終わりごろユダヤ教においてキリスト教を排斥したヤムニア会議で正典を確認した。このヘブライ語本文を、8世紀以降、マソラ学者が母音記号等を加えて編集したものがマソラ本文で、全24書である。
別に、紀元前250年頃からギリシア語に翻訳された「七十人訳聖書(セプトゥアギンタ)」がある。特にパウロを含めキリスト教徒が日常的に用い、信仰を形成したもとになったためキリスト教研究にとって重要であり、また現在の写本に失われたと思われる古い形態を残している点で文献学上も重要である。マソラ本文と七十人訳聖書では構成と配列が異なる。また「七十人訳聖書」に基づいたラテン語訳の「ヴルガータ」では、収められている文書は同じだが、正典を39書としている。
マソラ本文とキリスト教の『旧約聖書』では巻数が異なる。これは数え方の相違により、「七十人訳聖書」にある一部の文書を前者が除外することの他、キリスト教が12書と数える「十二小預言書(小預言書)」をマソラ本文が1書として扱うこと、キリスト教が2書と数える『エズラ記』と『ネヘミヤ記』をマソラ本文が1書として扱うことによる。
ユダヤ教の正典は上記のとおり1世紀に決められているが、キリスト教では教派によって異なる。教会内で早くから議論になった『新約聖書』の正典化と異なり、『旧約聖書』の正典性について本格的な議論が起こったのは、16世紀の宗教改革以降である。これは西方教会内の論争にとどまり、東方教会には影響を与えていない。たとえば東方正教会は七十人訳聖書に含まれていた文書を正典とする。。カトリック教会も同様であるが、ただしその配列は幾らか異なり、また東方正教会が正典とみなす文書の一部を外典とする。聖公会およびプロテスタント教会はマソラ本文に含まれる文書のみを正典と認めている(後掲の一覧参照)。プロテスタント諸派が「外典」として排除する書物の一部は、『新共同訳聖書』では「旧約聖書続編」として扱われている。)
[編集] テキスト
1世紀の終わりごろユダヤ教においてキリスト教を排斥したヤムニア会議で正典を確認した。このヘブライ語本文を、8世紀以降、マソラ学者が母音記号等を加えて編集したものがマソラ本文で全24書である。現行ヘブライ語校訂版は、みなこのマソラ本文を基礎としている。
いっぽう、キリスト教徒のなかには、七十人訳のテキストを基礎とするものもいる。七十人訳は翻訳であり、そのテキストは一部がマソラ本文と微妙に違うことがあるが、テキスト自体はマソラ本文の写本より古く、古い読みを保存しているばあいもある。したがって一概に誤訳・意訳として退けることは出来ない。
またマソラ本文とは別に、サマリア人が使っていた「サマリア五書」などの古代のテキストも存在する。さらに古代のテキストを復元するには、以下に述べる古代訳を参照することも時として必要になる。
現在、学術校訂版としてしばしば参照されるものは、ドイツ聖書協会が発行するキッテルによる校訂版(Biblia Hebraica Schtuttgartensia)である。
[編集] 翻訳
本項目:聖書翻訳
『旧約聖書』の翻訳は紀元前から行われている。そのような古い翻訳を古代訳という。古代訳は、現存するどのヘブライ語写本よりも古く、当時の解釈だけでなく、テキストそのものを推察する上でも貴重な資料となる。
『旧約聖書』の現在知られる最古の翻訳はアラム語聖書である。これは捕囚期後、当時のパレスチナで日用語となったアラム語にヘブライ語聖書を翻訳したものである。ついで紀元前4世紀から2世紀までに、ギリシア語への翻訳がアレクサンドリアでなされた。これが「七十人訳聖書(LXX)」である。キリスト教成立後、七十人訳はキリスト教徒の聖書という印象がつよまると、ユダヤ教内部で新たなギリシア語翻訳を求める動きが起き、いくつかのギリシア語翻訳が作られた。またこの時期、シリア語訳の聖書も作られた。
またキリスト教のなかで、主にラテン語を使うグループのためにラテン語訳が作られた。これを「古ラテン語訳」という。ヒエロニムスは、ヘブライ語から翻訳したラテン語翻訳聖書を作り、これがラテン教会では公式の翻訳として認められた。ヒエロニムスの翻訳を「ウルガータ」という。また中世初期にはキュリロスとメトディオスによって教会スラブ語訳が作られた。
また中世盛期から末期にかけて、フランスやドイツなど西ヨーロッパでは近代語訳の『聖書』が作られたが、これは教会で公認されなかったこと、複製の難しさなどからあまり広まらなかった。中世末期から近世初期の主な翻訳者には、ウィクリフ、エラスムス、ルター、カルヴァンなどがある。その後、『聖書』の翻訳は主にプロテスタント圏で盛んになり、その必要に後押しされるように、本文批評の発展に伴う校訂版テキストの整備が進んだ。近代に入ると、カトリックでも『聖書』の読書が奨励されるようになったことに伴い、各国語で翻訳がなされるようになった。
なおユダヤ人は、非キリスト教的な『聖書』翻訳の必要性から、上記とは系統をことにする独自の翻訳『聖書』を持っている。
[編集] 『旧約聖書』とは何か
旧約聖書学は、批判的に、これらの個々の文書の作成過程とその中での複数の作成者たちの各々の固有な信仰を明らかにし、更にその信仰の間の影響関係を研究する学問である。
その研究で明らかになったことは、『旧約聖書』は、「現在でいう客観的な歴史書」というものでなく、また、「科学的事実を述べる書」でもなく、「信仰の書」であるということだ。「自分は神ヤハウェをどの様に信仰・理解しているか、生きる意味は何々か…」という極めて主観的な「告白の書」である。これは、自分の考えを小説で伝えるのと同じ行為である(勿論、その内容を信仰し信じた上で書いてはいるが)。
現在では、小説⇒事実でない⇒嘘⇒無価値という否定的な考えが強いが、小説でないと伝える事ができない真実もある。この為、「事実か、事実でないか」を論争するのは、『旧約聖書』の読み方としては、正しい姿勢ではない。事実でなくて真実なことはあり、もっとも重要な事は、「この物語で、この著者は何を言いたいのか?」を考えるべきである。
一つの典型的な例として『創世記』1章の天地創造の物語を取り上げ考える。
これは、「記述されている物語」は時代が太古の出来事である。しかしこれを記述している著者は、紀元前587年に新バビロニア帝国に敗れ、バビロニアに強制連行された祭祀記者と言われている人々である。その当時の民族の戦いは、民族の神同士の戦いでもあった。具体的には神ヤハウェと新バビロニアの主神マルドゥクとの戦いであり、ユダヤ民族が負けた事は、その神ヤハウェが負けたということになる。
今まで救済してくれた神、エジプトでの奴隷から救い出し約束の土カナンに導いてくれた神はどうなっているのか?本当に負けて逃げてしまったのか?
この様な今までの救済信仰が崩れ去る、ユダヤ民族の信仰の危機に陥っていた時に書かれたのが天地創造 物語である。この物語で主張しているのは、「この全世界のものを創造したのは神ヤハウェであり、ネブカドネツァル王さえも神が創造し、人間には分からないが神の深い意図の下で行動しているのだ」ということであり、この創造信仰がその後のユダヤ民族に生きる力を与えることになった。
この捕囚というユダヤ民族が滅びる瀬戸際で、神ヤハウェは「生めよ殖えよ。地に満ちよ」と言って下さる。
以上のような見解は、四資料学説という一つの学説に基づくものであるが、最近ではこの学説にも多くの問題点が指摘されているため、一つの学説に過ぎないことに留意せよ。
『旧約聖書』内では、エジプトからの脱出時に神ヤハウェとイスラエルが交わした律法契約をイスラエルが破ったことで、神ヤハウェはイスラエルの保護をやめ、民をバビロニア帝国に渡されたことになっている。尚、『旧約聖書』内ではイスラエルの民が律法契約を幾度も破り、その度に痛い目を見ては、預言者達に諭されて改心するという描写がある。
[編集] 『旧約聖書』の史実性
『旧約聖書』の多くのエピソード、たとえばアブラハム、モーセ、ソロモン王の物語は、実際にはヨシヤ王(紀元前7世紀)の書記たちが、ヤハウェ信仰を一神教として整理する目的で書いたと一部の聖書学者は主張する。その証拠として挙げられるのは、エジプトやアッシリアなどの近隣諸国が、きわめて多くの記録を残しながら、『聖書』中の人物や物語について紀元前650年より以前には言及していないことである。
当然にこうした人物の実在性も否定される。他の考古学者は、同じ素材を『聖書』の史実性の証明に用いているが、他の地方での記録は『聖書』の中の記録と完全に一致するわけではない。
パリのルーブル博物館に保存されている「モアブ碑石」は西暦前900年頃存在したモアブの王メシャの手による戦勝記念碑であり、そこではイスラエルに対する反乱に関する説明があり、「イスラエルの王オムリ」について言及している。
大英博物館に保存されている「テイラー・プリズム」は、西暦前700年以前に存在したアッシリアの皇帝センナケリブの手による年代記であり、そこではユダヤ人ヒゼキヤ王の王国を攻囲したことの言及がある。
とくに『創世記』の記述に関しては、親子とされている人物の物語が、実際にはそれぞれ違う民族の始祖伝承であり、文書編纂過程で結合された可能性も指摘されている。これは裏返せば、複数の部族連合が統合され、ユダヤ民族というひとつの民族に融合していった可能性を示唆している。
[編集] マソラ本文の配列
以下の区分に従い、分類また配列する。詳細は下記の表を参照のこと。
- 律法(トーラー)
- 預言者(ネビーイーム)
- 前の預言者
- 後の預言者
- 小預言者
- 諸書(ケスービーム)
- 真理(エメス)
- 巻物(メギロース)
[編集] セプトゥアギンタ/ヴルガータの構成
ユダヤ教と若干分類法が異なり、そのため配列も異なっている。「歴史書」はユダヤ教聖書の前の預言者・後の預言者・巻物に対応し、加えてユダヤ教で旧約外典とするものを含む。またユダヤ教で認める書でも「補遺」とされるユダヤ教にない部分をもつものがある。詳しくは下記の表を参照。
(†セプトゥアギンタに含まれない書物、‡ヴルガータに含まれない書物、#東方正教会で正典扱いではない書物*カトリック教会で正典扱いではない書物 “”日本ハリストス正教会における名称)
- モーセ五書
- 歴史書
- うち
- 教訓書(知恵書)
- うち
- 預言書
[編集] 諸教派の旧約聖書配列の一覧
[編集] 脚注
- プロテスタントの旧約聖書には含まれない。
- カトリックと正教会のエステル記にはプロテスタント版では含めない103節がある。
- カトリックの聖書ではバルク書はエレミヤの手紙という第6章を含む。バルク書はプロテスタントの聖書には含まれない。
- カトリックと正教会ではダニエル書はプロテスタント版にはない3つの章がある。それは「アザルヤの祈りと三人の若者の賛歌」「スザンナ」「ベルと竜」である。新共同訳聖書ではこれらを「ダニエル書補遺」としている。
- ヴルガータ聖書ではマカバイ書1・2はマラキのあとにおかれている。
- カトリックとプロテスタントの聖書には含まれない。
- オデス書はマナセの祈りを含む。これはカトリックとプロテスタントにはない。
- 東方正教会の聖書はバルク書とエレミヤの手紙が独立している。
- 東方正教会は詩篇が1つ多い。この1篇はダビデに帰され、カフィズマには含まれない。
- ユダヤ教(マソラ本文)では1書にかぞえる。
- 東方正教会の聖書では、カトリックとプロテスタントにはない「結び」がある。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 石田友雄、木田献一、左近淑、西村俊昭、野本真也『総説 旧約聖書』(1984年5月 日本基督教団出版局)ISBN4-8184-2025-5
- エルンスト・ヴュルトヴァイン(鍋谷堯爾、本間敏雄 訳)『旧約聖書の本文研究―「ビブリア・ヘブライカ」入門』(1997年1月20日、日本基督教団出版局)ISBN 4-9194-0192-7
- 左近淑『旧約聖書緒論講義』(1998年2月10日、教文館) ISBN 4-7642-2607-3
- 榊原康夫『旧約聖書の写本と翻訳』(1972年5月20日、いのちのことば社) ISBN 4-264-00023-8
- 榊原康夫『旧約聖書の生い立ちと成立 増補改訂版』(1994年11月1日、いのちのことば社) ISBN 4-264-01501-4
[編集] 外部リンク

