ナショナリズム

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ナショナリズムNationalism)は思想や運動の一種。文脈により多様に使い分けられており、その一義的な定義は困難である。主要な論者のひとりであるアーネスト・ゲルナーは「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」と定義しており<ref>ゲルナー、2000年、p.1</ref>、十全とは言えないものの、この定義が議論の出発点としてある程度のコンセンサスを得ている<ref>姜、2001年、p.5あるいはホブズボウム、2001年、p.10など</ref>。

日本語が"nation"に直接相当する語を持たず、「ネイション」という語が訳語として使用されるのと同様に、"nationalism"も通常は無理に訳さずに「ナショナリズム」の語が用いられる。ただし文脈から意味が限定される場合、"nation"を「民族」、「国民」、「国(国家)」と訳し分けることがあるように、"nationalism"も国家主義国民主義民族主義と訳し分ける場合もある<ref>対応する訳語については、その性質上、海外研究者の研究において言及されることはまずない。E.H.カー『ナショナリズムの発展(新版)』(みすず書房、2006年)あるいはB.アンダーソン『増補 想像の共同体』(NTT出版、1997年)の「訳者あとがき」などを参照のこと。</ref>。

目次

[編集] 概説

ナショナリズムには二つの大きな作用があり、文化が共有されると考えられる範囲まで政治的共同体の版図を拡大しようとする作用と政治的共同体の掌握する領域内に存在する複数の文化を支配的な文化に同化しようとする作用がそれである。前者は19世紀の国民主義運動にその例を見て取ることができ、後者の例は「公定ナショナリズム」として幾つかの「国民国家」において見出すことができる。

しばしばナショナリズムはパトリオティズム(愛国心、郷土愛)と混同されるが、郷土(パトリア)への愛情であるパトリオティズムは近代になって初めて登場したナショナリズムよりも遙か以前から存在しており、両者は厳然と峻別される現象である<ref>橋川、1968年、p.16</ref>。現在ではネイションがパトリオティズムの対象となる場合が多いが、これはむしろゲルナー、スミス、アンダーソンらが指摘するようにゲマインシャフト的共同体がゲゼルシャフトであるネイションへと再編成されていったのと軌を一にして、各地域ごとに無数に存在した帰属対象としてのパトリアを、ナショナリズムが文化的同化作用によって、ネイションへと帰属対象を集約していった結果として理解される。

こういったネイションの近代性は国家主義の立場からしばしば忘れられたり無視されたりしがちであるが、ネイションとナショナリズムの近代性と作為性については、均質なネイションは近代における社会と産業の必要性から生まれたという点で学問的にはほぼ決着を見ている。ゲルナーとスミスの近代性についての師弟対決はネイションが全くの無から発明されたのか、それとも前近代から何らかの遺産を相続しているのかという点を巡って行われたのであり、古代・中世においてネイションが存在したのかについての論争ではない。結局の所、身分の差が歴然としており越境が困難な社会において、あらゆる社会階層を横断しする共属感情を形成することは不可能とは言わないが極めて困難であり、よしんば成功したとしても、後世引かれる国境線の内側すべてを覆うほどの広がりを持たせる手段を近代以前の社会は欠いていた<ref>アンダーソンは出版資本主義を近代に特徴的な要素として挙げ、ゲルナーは国家による教育制度を指摘する</ref>。しかしこのことはゲルナーやホブズボウムの言うようにネイションとナショナリズムが近代に無から生み出されたことを意味しない。スミスは言う、近代以前に存在した歴史や神話を核にしてネイションは生まれたのだと。スミスは近代以前の身分を横断しなかったり、地理的広がりを持たず、ネイションのような政治単位と成り得なかった共同体を「エトニ」と呼び、あるエトニが周辺のエトニを糾合し、自らを基準に同化していった結果成立したのが「ネイション」であるとした。このスミスの理解は、如何に小規模なゲマインシャフト的集団が広範で雑多なゲゼルシャフトに変じたかという点でアンダーソンと相互に補完しあっており<ref>スミス、1999年およびアンダーソン、1997年参照。</ref>、現在のナショナリズム論の基本的な考えとなっている。

[編集] ナショナリズムの多義性

このように「ナショナリズム」という語が多義化する理由は、「ネイション」(nation)という語が、各時代地域において様々に解釈されることを一因とする。フランス革命後のフランスでは「ネイション」とは近代市民社会の普遍的諸理念を共有する個人・市民によって構成される共同体として考えられるが、一方でナポレオンの侵攻によって「ナショナリズム」に覚醒するドイツでは、「ネイション」とは固有の言語歴史を共有する民族共同体として考えられる。あえて単純化すれば、前者は「国民≠民族」であり「民族主義」という訳語が必ずしも正確とはいえないが、後者は「国民=民族」であり「民族主義」という訳語に近いともいえよう。

さらに、ナショナリズムが高揚した19世紀においては、「国民主義」であれ「民族主義」であれ、自由意志を持つ個人が構成員であることを前提としていたが、20世紀前半に大衆社会へと突入すると、自らの自由に耐えかねて権威に盲従する大衆が出現する中で、ファシズム政権が彼らを妄信的に「ナショナリズム」へと駆り立てさせた。そして、時には国家の構成員である国民一人一人の権利を抑圧することすらも受容させていくことになった。こうした類の「ナショナリズム」を「国家主義」と訳出することもある。

[編集] 「ネイション」概念の変遷

詳細は国民を参照。

古代ローマ帝国において用いられていた、「生まれ」を意味するラテン語「natio」(動詞「natum」から派生)が、ネイションの語源となる。この「natio」という概念は、本来的には国家と結びつくものではなく、むしろローマ帝国期には「よそ者」というニュアンスで用いられた。中世ヨーロッパにおいても、この語によって想起されるのは宗教会議などに集まる同郷集団であり、やはり国家との結びつきがあったわけではない。ネイションと国家が結びつけられるのは、ヨーロッパにおいて主権国家体制が確立する17世紀頃だと考えられる。17世紀のイギリス革命においては、「ネイション」の概念は聖職者やある特定の集団のみを指し示すのではなく、幅広い人民を包含するようになった。ただし、フランス「絶対王政」の下では、主権者である国王に対する臣民としてネイションが理解されていた。この場合、ネイションと国家が結びついているが、あくまでも身分制社会の枠組みの中でのものであり、ネイションや国家を構成する一人一人が人権を有する対等な存在にはなっていない。1789年に勃発するフランス革命は、フランスにおける国民国家形成の契機となった。すなわち、身分制社会が否定され、近代市民社会の諸権利が保障される中で、基本的人権という普遍的な権利を持つ一人一人が対等な形でネイション、そして国家を構成する時代へと突入した。そのネイションという共同体が、ある普遍的な理念に基づいて形成されるものなのか、それとも歴史・伝統に根ざした民族に基づくものなのか、それとも他の新たな観点から説明できるものなのか、これらが錯綜してナショナリズムの定義を難しくさせているのが現状である。

[編集] ナショナリズムの「起源」

ナショナリズムの「起源」をめぐっては、大きく二つの見解が挙げられる。ひとつは、ナショナリズムは近代に生じた現象であり、その「起源」を近代以前にさかのぼって求めることはできないとする考え方(近代主義)である。もうひとつは、近代のナショナリズムを成立させるための「起源」が古代より継承されているとする考え方(原初主義)である。アーネスト・ゲルナーベネディクト・アンダーソンらは前者の代表的な学者として知られる。前者は前近代においては階級・職業・言語・地理的要因などにより「国民」は分断されており、包括的な共属感情は存在していなかったことを指摘し、後者はガイウス・ユリウス・カエサルに対し団結し抵抗したガリア人など、ナショナリズムに類似した現象が存在したと主張した。両者の主張を統合し、新たな包括的な視座を提示したのがアントニー・D・スミスである。スミスはエスニックな共同体である「エトニ」という概念を導入し、近代のネイションと近代以前でも存在したエトニを区別するとともにその連続性を説いた。この連続性に関するスミスの主張は一見、「ネイションは完全に近代の発明である」というゲルナー、アンダーソン、ホブズボームらの見解に反している。しかし同時にスミスは、過去に存在したエトニが現在まで間断なく存在し続けたとは限らず、またエトニとネイションの水平的な広がりも一致しないとして原初主義をも否定している。

[編集] ナショナリズムの歩み

[編集] 理念としてのナショナリズム

ナショナリズムは、18世紀後半のフランスから勃興していった。1789年に始まったフランス革命は、これまでの身分制社会の構造(旧体制・アンシャンレジーム)を解体するに至った。周辺諸国による対仏大同盟など革命が危機に陥る中で、革命の理念を継承したナポレオン・ボナパルトは、自由かつ平等な国民の結合による国民国家をうち立て、一時はヨーロッパ大陸を支配した。

ナポレオンによって組織された国民軍は、各地に遠征して凄惨な被害を与えていった。しかし、その一方で、身分制が残存するヨーロッパ各国に、フランス革命が生んだ普遍的理念としての自由・平等の精神を広めていくことにもなった。従って、ナポレオンの失脚後は、ヨーロッパ各国の君主は革命の再発をおそれてウィーン体制を構築し、ナショナリズムの抑圧を図った。その点で、この時代のナショナリズムは、国家権力や旧社会秩序からの解放と主体性の回復であり、自由主義といった理念と結びつくものであった。

1848年革命によってウィーン体制が崩壊したことで、いわゆる「諸国民の春」が到来し、ヨーロッパに新たな状況が生み出された。フランスのナポレオン3世は、初代ナポレオンの威光に依存しつつもナショナリズムの擁護者として振る舞い、イギリスでは、漸進的に自由主義的改革が進められ、国民の諸権利が保障されていった。また、ラインラントピエモンテに勃興した産業資本家は、統一市場の必要性からそれぞれドイツ・イタリアの軍事統一を支持することになり、1860年代から70年代にかけて、ナショナリズムに基づくイタリア・ドイツの武力統一を完了させた。これ以降は、積極的に国家が国民統合を深化させる(国民化)運動としてのナショナリズムへと移行していくことになる。

[編集] ナショナリズムと国家

いわゆる帝国主義の時代において、列強間の競争が激化していくと、後発的に国民国家を形成させて富国強兵殖産興業を図った国家では、自由主義な運動とナショナリズムが結合するという経験を欠いたまま、国民統合が進められることになった。そのため、例えばドイツにおいては、国内のマイノリティ(カトリック・社会主義者)などを抑圧することでマジョリティをまとめあげるような反・自由主義的(=権威主義的)な国民統合が進められるようになった。また、各国では公教育が導入され、識字率の向上や標準語の定着を通じて、国家が均質な国民を創出していくことに尽力した。一方で、当時の西欧・中欧では一層の工業化が進み、社会・労働問題も深刻化していった。こうした中、高揚する国際的な社会主義運動(インターナショナルなど)に対抗していくためにも、各国政府は国内の社会・労働問題に積極的に対処し、社会政策の拡充などを通じて労働者を国家につなぎとめようとした。このため、国家と国民とのつながりは一層強固になっていった。

東欧世界では、オーストリア帝国ロシア帝国オスマン帝国などの桎梏から主にスラヴ系民族が解放を求めていた。この中で、弱体化の進むオスマン帝国からは諸民族の独立が徐々に進んだが、多くの小国がナショナリズムに駆られて独立したことで、戦争が頻発したほか列強間の世界戦略にも翻弄される結果となった。こうしてバルカン半島に集約された対立は、第一次世界大戦を引き起こすことになった。第一次世界大戦は、国民国家同士の衝突であり、「総力戦」としての性格を有した。戦争維持のために各国においてナショナリズムが鼓舞され、「ネイション」と国家はより一体化していった。

[編集] 帝国の解体とアジア・アフリカの動向

第一次世界大戦中に、社会主義革命が起こったことでロシア帝国が崩壊した。また、ドイツ帝国・オーストリア帝国・オスマン帝国などが敗戦国となった。そのため、パリ講和会議では民族自決の理念のもとに敗戦国における諸民族の独立が承認され、ナショナリズムを肯定することで「帝国」を解体させた。しかし、戦勝国のイギリス・フランスもまた広大な植民地帝国であったため、アジア・アフリカでの民族自決は否定された。

第一次世界大戦中、アジア・アフリカでも総力戦体制のもと、多くの人的・物的資源が動員されていた。こうしたことは、アジア・アフリカの民衆にナショナリズムを目覚めさせることになった。その矢先にパリ講和会議で民族自決が否定されたことは、アジア・アフリカの深い失望を招くものであった。このように植民地・半植民地とされた従属地域では、まずは民族の解放が最優先の課題であったが、そうした中で世界社会主義革命を目指すソ連が、その戦略の一端としてアジア・アフリカの民族運動に理解を示す行動を取ったため、こうした地域ではナショナリズムと社会主義が結合する事態が生じた。そのため、中国やベトナムの共産党などのように、コミンテルンの主導で結成された社会主義政党がやがて民族運動の中心勢力となり、第二次世界大戦後には国家建設を担うということも起こった。

[編集] メディアの発達と大衆の国民化

[編集] 主な研究者とその主張

[編集] 19世紀

[編集] ルナン

エルネスト・ルナンは、講演『国民とは何か?(Qu'est-ce qu'une nation?)』で、フィヒテに代表されるような民族・言語の共通性などに立脚する「ネイション」概念を否定した。彼によれば、「ネイション」とは民族・言語・宗教・地勢などによって定められるのではなく精神的な原理に立脚するものであり、彼の代表的な言葉を借りれば「日々の国民投票」によって形成されるものとされる。

[編集] 20世紀後半

[編集] アンダーソン

ベネディクト・アンダーソンの主著『想像の共同体』は「新しい古典」とも言われ、ナショナリズム論に関する必読書の一つとなっている。書名にもなっている「想像の共同体」とはネイション自体を指す。ネイションは言語、文化、遺伝的近親性(人種)などを共通項として形成されるとされるが、ネイション内にも文化的差違は存在するし、全成員が血で結ばれているネイションはほとんど存在しないなど、いずれも決定的な要因ではない。むしろ実際に血が繋がっているかということなどは問題ではなく、これらの要素を共有していると想像し、成員が「共同幻想」を共有することによってネイションは成立しているとされる。すなわちネイションとは「心に描かれた想像の政治的共同体である」。アンダーソンは前近代の小さく同質性の高い共同体が「想像の共同体」であるネイションに拡張された要因を出版資本主義の発展に求め、ネイションの公用語たる世俗語による新聞が「想像の共同体」形成に大きく寄与したとする。この様にネイションの形成過程の考察に関して事実上の標準に近い位置にあるアンダーソンであるが、最近ではグローバル化に対応したナショナリズムである「遠隔地(遠距離)ナショナリズム」という概念を提示している<ref>遠隔地ナショナリズムについてはアンダーソンの"New World Disorder"および『比較の亡霊』参照。なお『比較の亡霊』では「遠距離ナショナリズム」の訳語が用いられているが、ここでは1992年の"New World Disorder"以来使われてきた「遠隔地ナショナリズム」を訳語として使う</ref>。

[編集] スミス

スミスは前近代に見られたネイションに似た民族集団を「エトニ」と名付け、近代の産物であるネイションとは区別した。ネイションはあるエトニが他の周辺エトニを包摂していくことによって成立したとされ、近代以前からの古いエトニの伝統を引き継ぎつつも、近代に成立した新しい存在であるとされる。またスミスはエトニを貴族的な水平エトニと平民的な垂直エトニに分け、両者の性質の違いから個々のエトニの動員力や連続性、拡張性を説明している。スミスは近代主義を批判しているが、必ずしもアンダーソンと主張が対立する訳ではない。むしろ、中核エトニが周辺エトニを包摂していく過程に関してはアンダーソンと想像の共同体を援用すらしている<ref>スミス、1999年、p.199</ref>。アンダーソンも前近代における共同体の存在は否定しておらず、血縁などによるなど狭い範囲の共同体が近代になり、より広い共同体の一部となったとしていることから、スミスとアンダーソンの主張は、近代主義とその批判というよりも、相互に補完しあうものとなっている。アンダーソンが「遠隔地ナショナリズム」と呼ぶ現象についても、スミスは「代償ナショナリズム」として言及している。

[編集] 読書案内

  • アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』加藤節監訳、岩波書店、2000年
  • アンソニー・D・スミス『ネイションとエスニシティ-歴史社会学的考察』巣山靖司他訳、名古屋大学出版会、1999年
  • ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体-ナショナリズムの起源と流行』白石隆・白石さや訳、NTT出版、1997年(増補版)
  • エリック・J・ホブズボーム『ナショナリズムの歴史と現在』浜林正夫他訳、大月書店、2001年

[編集]

<references />

[編集] 参考文献

  • ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体-ナショナリズムの起源と流行』白石隆・白石さや訳、NTT出版、1997年(増補版)
  • ベネディクト・アンダーソン『比較の亡霊』糟谷啓介他訳、作品社、2005年
  • マウリツィオ・ヴィローリ『パトリオティズムとナショナリズム-自由を守る祖国愛』佐藤瑠威、佐藤真喜子訳、日本経済評論社、2007年
  • エドワード・H・カー『ナショナリズムの発展』大窪愿二訳、みすず書房、2006年(新版)
  • アンソニー・ギデンズ『社会学 第四版』松尾精文他訳、而立書房、2006年
  • 姜尚中『ナショナリズム』岩波書店、2001年
  • アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』加藤節監訳、岩波書店、2000年
  • アンソニー・D・スミス『ナショナリズムの生命力』晶文社、1998年
  • アンソニー・D・スミス『ネイションとエスニシティ-歴史社会学的考察』巣山靖司他訳、名古屋大学出版会、1999年
  • 橋川文三『ナショナリズム-その神話と論理』紀伊国屋書店、1968年
  • エリック・J・ホブズボーム『ナショナリズムの歴史と現在』浜林正夫他訳、大月書店、2001年
  • Anderson,Benedict. The New World Disorder. The New Left Review No.193,V/VI. 1992
  • Scott,John. Marshall,Gordon.ed. Dictionary of Sociology(Third Edition). Oxford UP:Oxford. 2005


[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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