ドイツ

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ドイツ連邦共和国</dt>
Bundesrepublik Deutschland</dt>

国旗(国章)

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国の標語 : Einigkeit und Recht und Freiheit
(ドイツ語: 統一と正義と自由)</dd>
国歌 : ドイツ国歌</dd>
</dd>

公用語 ドイツ語¹
首都 ベルリン
北緯 52度30分
東経 13度22分
最大の都市 ベルリン
大統領 ホルスト・ケーラー
首相 アンゲラ・メルケル
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第61位
357,021km²
2.2%
人口
 - 総計(2004年
 - 人口密度
世界第14位
82,424,609
231人/km²
GDP(自国通貨表示)
 - 合計(2005年

2兆2,119億ユーロ ² (EUR, €)
ドイツのユーロ硬貨
GDPMER
 - 合計(2005年
世界第3位
2兆9,066億ドル
GDPPPP
 - 合計(2004年
 - 1人当り
世界第5位
2兆3,620億ドル
28,700ドル
形成
統一(ドイツ帝国)
連邦共和国成立
東西統一
843年
1871年
1949年5月23日
1990年10月3日
通貨 ユーロ ² (EUR, €)
ドイツのユーロ硬貨EUR
時間帯 UTC +1(DST: +2 UTC)
ccTLD DE
国際電話番号 49

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注1: デンマーク語ソルブ語は公認され、少数言語として保護されている。低ザクセン語欧州連合により保護されている。
注2: 1999年以前はドイツマルクを使用。 </dd>

ドイツ連邦共和国(ドイツれんぽうきょうわこく、Deutschland)、通称ドイツは、ヨーロッパ中部にある連邦制の共和国。首都ベルリン。北はデンマーク、東はポーランドチェコ、南はオーストリアスイス、西はフランスルクセンブルクベルギーオランダと国境を接する。また、北部は、北西側が北海、北東側はバルト海に面する。

領域は1990年ドイツ再統一によって、ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)を構成していた15県が6州として編入されて、現在の16州となった。アメリカ合衆国日本に次いで世界第3位(為替レート換算値による)のGDPを誇る経済大国であり、欧州連合 (EU) の中核国である。

目次

[編集] 国名

正式名称は、Bundesrepublik Deutschland(ドイツ語:ブンデスレプブリーク・ドイチュラント)。通称は、Deutschland。略称は、BRD(ベーエルデー)。Bundesは「連邦」の意、Republik英語Republic(共和国)にあたる。Deutschの原義は「民衆、大衆」という意味で、フランク王国時代にラテン語系の言語ではなく、ゲルマン語系の語を用いるゲルマン人系一般大衆をこう呼んだことに由来する。

公式の英語表記はFederal Republic of Germany。通称はGermany。略称はFRG。Germanyは民族名の「ゲルマン」から来ている。

日本語表記はドイツ連邦共和国。通称はドイツ。「ドイツ」は原語(ドイチュラント)、若しくはオランダ語起源だといわれている。日本語では独逸獨乙などと漢字表記され、(獨)と略されるが、中国語では徳国または徳意志と漢字表記される。

[編集] 歴史

1848年から1849年にかけてフランクフルト・アム・マインで開催されたフランクフルト国民議会
1871年~1918年のドイツ帝国
1945年以降、ドイツの分割占領
ベルリンの壁崩壊を祝う東西ベルリン市民

詳細はドイツの歴史を参照

現在のドイツを含む西ヨーロッパ地域に人類が居住を始めたのは石器などが発見された地層から約70万年前と考えられている。60万年から55万年前の地層ではハイデルベルク原人の化石が、4万年前の地層ではネアンデルタール人の化石が確認されている。新人は約35000年前から現れ、紀元前4000年頃の巨石文明を経て紀元前1800年頃までに青銅器文明に移行している。紀元前1000年頃にはケルト系民族によってドナウ川流域にハルシュタット文明と呼ばれる鉄器文明が栄えた。

紀元前58年から51年までのガイウス・ユリウス・カエサルガリア遠征などを経てゲルマン人は傭兵や農民としてローマ帝国に溶け込んで行き、紀元後375年には西ゴート族の移動を初めとする大移動によって現在のヨーロッパに定着する。西ローマ帝国の滅亡後、ケルト系民族を北方に追いやったゲルマン人は各地に王国を建てたが、フランク王国が統一した。843年のヴェルダン条約によって三分割されたうちの1つである東フランク王国が現在のドイツの原型となった。

東フランク王国の国王オットー1世は962年アウグストゥス(古代ローマ帝国皇帝の称号)を得て、いわゆる神聖ローマ帝国と呼ばれるゆるやかな連合体を形成した。しかし中世におけるドイツには国家としての統一や民族意識はほとんどなく、各地に領邦国家が分立した歴史は現在に続く連邦主義の基盤となっている。各領邦は近隣諸国に比べて弱体で、また宗教改革では新旧両教に分かれて互いに争ったため三十年戦争ではドイツのほとんど全土が徹底的に破壊された。1600万人いたドイツの人口が戦火によって600万人に減少したと言われる。

北部の領邦君主ホーエンツォレルン家は17世紀半ばから勢力を拡大し、1701年にはプロイセン王国を形成した。ドイツ人はナポレオンによる侵略を経て民族意識と統一国家への志向を強め、19世紀前半にはプロイセンに主導的な役割を期待する機運が高まった。1806年まで神聖ローマ皇帝位を世襲していた「大ドイツ主義」派のオーストリアのハプスブルク家は、「小ドイツ主義」派のホーエンツォレルン家とドイツ統一の役割を争ったが、1871年、プロイセン国王ヴィルヘルム1世の戴冠によってドイツは、ドイツ系オーストリアを除く、小ドイツとしてのドイツ国ドイツ帝国)として統一され、ベルリンを首都とした。

1918年第一次世界大戦の敗北によってドイツは共和制に移行したが、ヴァイマル共和政は小党乱立により政局は不安定で、驚異的なインフレなど経て1931年には、アドルフ・ヒトラーの指導下で極右的民族主義ユダヤ人の出国(※)、再軍備を唱える国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)が選挙で国民からの支持を受け1933年に政権を握ると、ナチス・ドイツとなり、軍事力の増強や周辺諸国の併合などを行った。1939年9月に緊張関係にあった隣国ポーランドを攻略し、第二次世界大戦が始まった。 ※ユダヤ人を迫害していたわけでは無い

1945年、第二次世界大戦に敗北したドイツはオーデル・ナイセ線以東の、東プロイセンシュレジェン地域を領土として完全に喪失。さらにはアメリカイギリスフランスソビエト連邦の四カ国に分割占領され、1949年ボンを暫定的な首都とするドイツ連邦共和国西ドイツ)とベルリンの東部地区(東ベルリン)を首都とするドイツ民主共和国(東ドイツ)に分裂した。冷戦の時代を通じて東西ドイツは資本主義共産主義が対立する最前線となったが、1989年ソビエト連邦のペレストロイカに端を発した東ドイツの民主化運動(東欧革命)をきっかけにベルリンの壁が崩壊し、翌1990年再統一を達成し、再びベルリンを首都と定めた。以降、旧東ベルリンを中心とするベルリンの再開発・インフラ整備と、ボンからベルリンへの連邦政府機関移転による実質的な首都機能移転が順次進められ、2001年5月2日にベルリンへの首都機能移転が完了した。

ドイツは現在ではヨーロッパで最大の国家のひとつとなっているが、長期間の分裂を原因とする東西の経済格差がそれまでの順調な成長を妨げている。一方で、歴史的に統一されたドイツが周辺諸国に対して脅威となってきた問題を懸念する見方もあるが、反対に米ソによってドイツが冷戦後の強国の一つになることを容認されたとの分析もある。実際、統一ドイツはフランスと共に欧州連合の中核国として発言力を増し続けている。

[編集] 政治

詳細はドイツの政治を参照

国家元首は、連邦大統領で、その権能は儀礼的なものに限られる。任期5年で、ドイツ連邦議会(下院)の全議員と各州議会代表の選挙人とで構成される連邦会議において選出される。ドイツ連邦議会の解散権は連邦大統領にある。

行政府の長である連邦首相は、任期4年で、大統領の提案を受け連邦議会で選出され、下院の信任を必要とする議院内閣制を採用する。内閣の閣僚は、首相の指名に基づき、大統領が任命する。

議会両院制。国民の直接選挙で選出される連邦議会と、上院に相当する州政府の代表の連邦参議院とで構成される。下院は、603議席(ただし小選挙区比例代表併用制の関係で超過議席(en)が出るため、選挙のたびに実際の議席数は変わる)で任期4年。上院は、69議席で各州政府が任命する。

[編集]

ドイツの16連邦州

詳細はドイツの地方行政区分を参照

ドイツには16の連邦州がある。ベルリンハンブルクは都市州と呼ばれ、各々単独で連邦州を形成する。ブレーメンブレーマーハーフェンも合わせて都市州となる。

名称 人口(人) 州都/主府/本部 備考
バーデン=ヴュルテンベルク州
Baden-Württemberg
10,717,419 シュトゥットガルト
Stuttgart
15
バイエルン自由州
Freistaat Bayern
12,443,893 ミュンヘン
München
16
ベルリン
Berlin
3,387,828
6
ブランデンブルク州
Brandenburg
2,567,704 ポツダム
Potsdam
7
自由ハンザ都市ブレーメン
Freie Hansestadt Bremen
663,213 ブレーメン
Bremen
4
自由ハンザ都市ハンブルク
Freie und Hansestadt Hamburg
1,734,830
3
ヘッセン州
Hessen
6,097,765 ヴィースバーデン
Wiesbaden
12
メクレンブルク=フォアポンメルン州
Mecklenburg-Vorpommern
1,719,653 シュヴェリン
Schwerin
2
ニーダーザクセン州
Niedersachsen
8,000,909 ハノーファー
Hannover
5
ノルトライン=ヴェストファーレン州
Nordrhein-Westfalen
18,075,352 デュッセルドルフ
Düsseldorf
9
ラインラント=プファルツ州
Rheinland-Pfalz
4,061,105 マインツ
Mainz
13
ザールラント州
Saarland
1,056,417 ザールブリュッケン
Saarbrücken
14
ザクセン自由州
Freistaat Sachsen
4,296,284 ドレスデン
Dresden
11
ザクセン=アンハルト州
Sachsen-Anhalt
2,494,437 マクデブルク
Magdeburg
8
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州
Schleswig-Holstein
2,828,760 キール
Kiel
1
テューリンゲン自由州
Freistaat Thüringen
2,355,280 エアフルト
Erfurt
10


[編集] 代表的な都市

[編集] 地理

ドイツの地図
ドイツの標高レベル

ドイツにおける火山活動は先カンブリア代に収束している。先カンブリア代末から始まったカレドニア変動や、後期古生代におこったバリスカン(ヘルシニアン)変動はいずれも主要活動帯がドイツを横切っているものの、地表には痕跡が残っていない。バリスカン変動は2000kmにおよぶ規模の大陸間の変動であった。

現在のドイツの地形を決定したのは新生代における褶曲運動である。アルプス変動帯の活動により、最南部は標高1200mにいたるまで隆起した。ドイツにおけるアルプス変動帯は東アルプスと呼ばれている。同時に西部フランス国境に近いライン川に相当する位置に、ライン地溝を形成する。ライン地溝は、約500kmに渡って南北に伸びる。

ドイツ北部の地表は氷河地形の典型例である。最終氷期においては北緯51度線に至るまで氷河が発達し、ヨーロッパを横切る数千km規模の末端堆石堤を残した。その100から200kmの海岸線方面にはモレーンが残る。末端堆石堤とモレーンの北側にそっていずれも氷食性のレスが堆積し、農業に適した肥沃な土壌が広がる。いっぽう、モレーンの南側は土地が痩せている。ドイツに残る長大な河川はいずれも最終氷期の河川に由来するが、ポーランドのヴィスワ川、ポーランド国境に伸びるオーデル川エルベ川、ドイツ西部のヴェーザー川が互いに連結し、網目状の流路を形成するなど、現在とは異なる水系が広がっていた。

バイエルン州南方での美しい景色

[編集] 経済

ドイツの経済中心地であるフランクフルト
フランクフルトに本拠地を構えるドイツ銀行本店

対米ドル為替レートによる単純換算値では、ドイツはアメリカ合衆国日本に続く世界第3位のGDPを誇る経済大国であり、EU加盟国第一の経済力を持つ。

主要な産業は自動車鉄鋼化学機械などである。ドイツは戦前から科学技術に優れており、ガソリン自動車やディーゼルエンジンを発明したのはドイツ人であった。また現在見られる液体燃料ロケットスペースシャトルソユーズアリアンH-IIAなどのM-Vロケット等を除くほぼ全てのロケット)は戦時中にナチスが開発した技術が基礎となっている。現在でも技術力には定評があり、自動車はメルセデス・ベンツポルシェBMWアウディフォルクスワーゲンといったブランドが世界的に有名であり、人気も高い。その他、化学・薬品大手のバイエル、電機大手のシーメンスルフトハンザドイツ航空ドイツ銀行など、世界的に活動している大企業は多い。

  • 実質GDP: 1兆9,796億ユーロ(2001年)
  • 一人当たりGDP: 2万5,000ユーロ(2001年)
  • インフレ率: 2.5%(2001年)
  • 失業率: 9.6%(2001年)

旧西ドイツは日本同様、第二次世界大戦後に急速な経済発展を成し遂げたが、1990年の東西統一以降旧東ドイツへの援助コストの増大、社会保障のためのコスト増大などが重荷となって経済が低迷。また旧東ドイツでは市場経済に適応できなかった旧国営企業の倒産などで失業が増え、旧東側では失業率が17.2%に達し、深刻な問題となっている。また最近では企業が人件費の安いポーランドチェコなどへ生産拠点を移転させようとしているために、ますます失業が増えるのではないかと懸念されている。


[編集] 交通

航空
ルフトハンザドイツ航空が世界各国に航空路線を持っている。また、フランクフルト国際空港は欧州でも有数のハブ空港である。
鉄道
ドイツ鉄道が全国に路線を張り巡らせ、超高速列車ICEや都市間を結ぶインターシティ、ヨーロッパ各国との間の国際列車が多数運行されている。また、都市部では近郊電車のSバーンや地下鉄(Uバーン)、路面電車の路線網が発達している。
モノレール
現在運行している世界最古のモノレールがある。
道路
自動車大国であるだけに道路網も発達しており、アウトバーンと呼ばれる高速道路が主要都市を結んでいる。

[編集] 軍事

ドイツ連邦軍の構成は陸海空の3軍から成る。ドイツでは現在も徴兵制度が有り、健康な満18歳以上の男子には兵役義務が課せられる。但し、所定の手続きを経れば良心的兵役拒否の扱いになり、定められた期間慈善活動に従事することで、その義務を回避できる。

軍当局は徴兵制を廃止したいと考えており、何度か徴兵制の廃止を政府に提案している。しかし、徴兵制を廃止すると、それまでボランティアとして慈善活動に従事させられた兵役拒否者がいなくなってしまう。それは、つまりは安い費用で賄えた福祉関係者がいなくなってしまうのと同義であり、老人介護などの福祉に多大な経済的負担が発生する懸念から、未だに徴兵制の廃止が実現できていない。

[編集] 国民

ドイツ中央政府は、ドイツ人口は2050年までに約7千5百万人に縮まるだろうと予測している。

[編集] 民族構成

ゲルマン人スラブ人ラテン人ケルト人などの混成民族であるドイツ人が多数を占め、他にバウツェンにはスラヴ系のソルブ人が、シュレースヴィヒにはゲルマン系のデンマーク人などがおり、帰化ポーランド人も多数居住している。また国籍は有していないが、トルコ人クルド人も移民者とその子孫として存在している。経済情勢の悪化などから、ネオナチなどによる外国人襲撃など人種差別が深刻な問題となっている。

[編集] 言語

公用語ドイツ語。地域によってはデンマーク語ソルブ語なども使用されている。

[編集] 宗教

キリスト教カトリック(33.4%)、同プロテスタント(33.4%)、イスラム教(3.1%)、ユダヤ教(0.1%)、無神論(30%)

[編集] 教育

[編集] 教育課程

初等教育4年、中等教育以降は職業人向けと高等教育向けの学校は厳格に分けられている。いわゆる「マイスター制」。12歳までは基礎学校(義務教育)で、子どもの能力の見極めが重要になる。13歳から15歳では、就職のための専門的な職業教育が行われる。大学への進学を希望する場合は、ギムナジウムという進学校に進学し、大学進学に必要なアビトゥア資格の取得を目指す。

日本においては、俗に「ドイツでは工業職人がマイスターと呼ばれ、尊敬を受けている」という話がまことしやかに語られているが、正確ではない。第二次世界大戦後の高度成長の過程においては確かに事実であったが、近年では多く子どもたちがギムナジウムに進学する傾向が見られ、これがドイツの財政(教育費)を圧迫する原因にもなっている。また、工業職人のイメージが強いマイスター制度だが、これも近年ではコンピュータ技術者といった従来のイメージとは異なる職種の学校が増えつつある。

近年、国際化によりマイスター制度が先進工業の発展に寄与しなくなったことや、12歳で人生が決まってしまう学校制度に疑問が上がり、近年は義務教育からアビトゥア資格取得までの義務教育から中等教育を一貫したシュタイナー学校や総合学校が広まっている。

[編集] ドイツの大学

近年、ドイツの大学は変革の時期を迎えている。ドイツの大学はほぼすべてが州立大学で、学費は基本的に納める必要がない。(ただし、ドイツは州により学費徴収を行うケースもある)しかし、近年のドイツの不況の影響を受け、大学は授業料を徴収するかどうか、検討を始めている。

かつてのドイツは大学卒業した者はエリートコースを歩み、大学卒業資格は社会で相当に高い評価を得ていたと言える。しかし、近年、ドイツの財政界からは、もっと柔軟な思考ができる学生が欲しいとの声が強まり、大学のカリキュラムも変革の時期を迎えている。

[編集] 文化

[編集] 文学

[編集] 哲学

[編集] クラシック音楽

ドイツは音楽史上に残る作曲家・演奏家を多数輩出している。またベルリン・フィルをはじめとする世界的レベルのオーケストラも多く、数多くの音楽祭も行なわれている。 オペラコンサート演劇への関心は強く、ある程度の規模の街には国立ないし州立の劇場・オーケストラがおかれている。

[編集] ポピュラー音楽

日本においては、ドイツはクラシック音楽では世界一の大国として知られているが、ポピュラー音楽については、1979年にリリースされたジンギスカンの『Dschinghis Khan(ジンギスカン)』や、1980年代にNENA(ネーナ)がアメリカ合衆国などでもヒットさせた『99 Luftballons』(ロックバルーンは99)ぐらいしか知られていない。また最近では、旧・東ドイツの都市ライプツィヒの聖トーマス教会の少年合唱団出身者などにより結成されたDie Prinzen(ディー・プリンツェン)が、2002年サッカーFIFAワールドカップ日韓大会」で活躍し、最優秀選手に選出されたドイツ代表のゴールキーパーであるオリバー・カーンをモチーフにした曲『OLLI KAHN』が話題を呼び、急遽、日本にも輸入された程度である。

(アメリカや日本でもヒットしたドイツ語のポピュラー音楽はほかに、著名な作曲家であるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトをモチーフにしたFalco(ファルコ)の『Rock Me Amadeus(ロック・ミー・アマデウス)』もあるが、モーツァルトもファルコもともにオーストリア人である。)

しかしロック音楽では、むしろヨーロッパ大陸の中心である。プログレッシブロックタンジェリン・ドリームテクノ・ポップの元祖クラフトヴェルク(クラフトワーク)、 ハードロックスコーピオンズマイケル・シェンカー・グループヘヴィメタルハロウィンフェア・ウォーニング、またガンマ・レイカイ・ハンセンは有名である。しかし、アメリカ、イギリスなどの英語圏の国々では、スコーピオンズなどの数少ない例外を除いて、全くと言って良いほど受け入れられてこなかったことも事実である。最近ではラムシュタインが、ドイツ語の歌詞の曲で国内外の人気をよんでいる。またパンク関係でもドイツのグループは根強い存在でもある。

また、テクノトランスといったエレクトロニック・ミュージックにおいては世界で最も普及している国であると言えよう。例えばルフトハンザ・ドイツ航空の機内ラジオ放送にさえ、テクノ・トランス専門チャンネルがあるほどである。世界最大規模のテクノ・レイヴの祭典であるラブパレードがその最も顕著な例である。世界で最も権威のあるクラブ系雑誌「DJ Magazine」が毎年行うDJ人気投票で、2006年度1位に輝いたPaul van Dykもドイツ人である。

[編集] 美術

ドイツ・ロマン派カスパー・ダーヴィト・フリードリヒフィリップ・オットー・ルンゲなどの画家名やドイツ表現主義などの項目を参照。

第一次世界大戦中から戦後、ドイツは表現主義新即物主義を生み出し、デザイン建築でもバウハウスを中心に革新的な動きを起こした。しかしナチスの「退廃芸術」絶滅政策により主だった美術家・建築家はアメリカ合衆国に移民し、ドイツの芸術は打撃を受けた。1960年代以降、フルクサスの運動やヨゼフ・ボイスアンゼルム・キーファーゲルハルト・リヒターなど、世界に影響を与える芸術家が多数登場し、ドイツの美術・建築・デザインなどは復興を遂げている。

[編集] 世界遺産

ドイツ国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が28件、自然遺産が1件ある。さらにポーランドとにまたがって1件の文化遺産が登録されている。詳細は、ドイツの世界遺産を参照。

[編集] その他

  • ビールが主たるアルコール飲料である(ただし、フランクフルトなど地方によってはリンゴのワインの方が人気)。ミュンヘンのオクトーバー・フェストは世界最大のビール祭りだといわれる。
  • ソーセージ(Wurst)・ハム(Schinken)・チーズ(Käse)などの冷製食品・カルトエッセン(Kaltessen; 火を通さない食事)などに地域ごとの特色がある。
  • 民族衣装などの伝統文化保全には強い関心が集まっている。
  • ワインは白ワインが主体。リースリング種をつかった甘口のワインが多い。→ドイツ料理も参照。
  • 「閉店法」という法律で、小売店は平日(月曜~土曜)は20時から翌朝6時まで、日曜・祝日は終日営業できない規制がある。このため、コンビニエンスストアは存在しない。2006年FIFAワールドカップ開催期間中の開催都市に限り緩和される模様。ただ、トルコ・イタリア・ギリシャ・中国など外国人が経営する店は土日も開店している場合が多い。
  • カルト団体対策

宗教的多様性と国家干渉主義の両方の伝統を持つ中央ヨーロッパ。とりわけ旧東ドイツの各州においてゼクト(カルト)団体が増加しているドイツでは、予防啓発とゼクト脱退者保護の政策が、地方レベルで実施されている。ゼクト担当委員のポストが各州に創設された。中央レベルでは、教会法人格の取得に関する認証基準が定められた。情報交換を目的とした作業会議が、州職員と州代表者の間で何度も開かれた。とはいえ市民社会には秩序があり、国家宗教は揺るいでいないため、この問題への関心は限定的である。現在のところ、禁止されたゼクトはない。その上、国家権力の行動の幅は狭くなっている。(WikiSource2004年度Miviludes報告書日本語訳より 抜粋、一部変更。)

[編集] スポーツ

詳細はドイツのスポーツを参照

[編集] サッカー

ドイツはサッカーが非常に盛んである。ほとんどのドイツのスポーツ競技団体はドイツスポーツ連盟(DSB)に加盟しているがドイツサッカー連盟(DFB)は会員数630万人以上で他を圧して規模が大きい。

ドイツ代表FIFAワールドカップの常連である。3度の優勝(旧西ドイツ時代)と4度の準優勝を誇るなど、安定した強さを見せるヨーロッパ屈指の強豪である。旧西ドイツ時代の1974年FIFAワールドカップを開催して優勝しており、2006年には1974年以来32年ぶり2度目(統一ドイツとしては初)のFIFAワールドカップ ドイツ大会が開催され、3位入賞した。FIFAワールドカップ優勝3回は5回のブラジル、4回のイタリアに次いで世界第3位である。

国内のクラブチームの活動も盛んで、トップリーグであるフースバル・ブンデスリーガ(連邦リーグ)は年間数十万の観客動員数を数え、バイエルン・ミュンヘンなどの強豪がしのぎを削っている。

[編集] ウィンタースポーツ

寒さが厳しい地方ではウィンタースポーツが盛んで、冬季オリンピックにも毎回多数のすぐれた選手を輩出している。なお、1936年にはオーストリアとの国境付近の町ガルミッシュパルテンキルヒェンで冬季オリンピックが開催されている(ガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピック)。

[編集] モータースポーツ

古くから自動車産業が盛んなことからモータースポーツの伝統国の1つとして知られ、1950年代までグランプリレースなどを席巻したメルセデス・ベンツ、1980年代を中心にスポーツカーの分野で数度のチャンピオンを獲得し、ル・マン24時間レースにおいては最多勝を誇るポルシェ、1960年代から2000年代にかけヨーロッパツーリングカー選手権(ETCC)で最多勝(18勝)を挙げるなどツーリングカーの分野において圧倒的な強さを持つBMWの3社を筆頭に、自動車会社各社が目覚しい記録を残している。

自動車会社各社の活躍に比べれば見劣りする感はあるが、優秀なレーシングドライバーを数多く輩出している国でもある。

1950年代~
1970年代~
1980年代~
1990年代~

[編集] その他のスポーツ

[編集] 祝祭日と年中行事

祝祭日
日付日本語表記現地語表記備考
1月1日元日Neujahrstagドイツでは祝日は1日だけで、2日からは仕事が始まる
1月6日公現祭 東方の三博士の訪問Erscheinung des Herrn Heilige Drei Könige
2月初旬~3月謝肉祭Karneval
復活祭の前日曜日PalmsonntagPalmsonntag
復活祭の前々日(金曜日)聖金曜日Karfreitag
移動祝日(日曜日)復活祭Ostersonntag
復活祭の翌日(月曜日)復活後月曜日Ostermontag
4月30日ヴァルプルギスの夜Walpurgisnachtハルツ地方で行われる仮装行列
5月1日メーデーMaifeiertag
復活祭より40日目(木曜日)キリストの昇天Christi Himmelfahrtバイエルン州バーデン=ヴュルテンベルク州ザクセン=アンハルト州
5月~9月鼠捕り男の野外劇Rattenfänger-Freilichtspieleハーメルンの笛吹きにちなんだ祭り
5月中旬ローテンブルク歴史祭りRothenburger Meistertrunk und Schäfertanz
復活祭