トドル・ジフコフ
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トドル・ジフコフ(Тодор Христов Живков, Todor Hristov Zhivkov, 1911年9月7日 - 1998年8月5日)はブルガリアの政治家。
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[編集] プロフィール
[編集] 生い立ち
ジフコフはプラベツ(Pravets)近くの小さな村の貧しい家庭に生まれた。青年時代に職を求めてソフィアに移り住んだ。そこでマルクス主義者となり、1932年正式にブルガリア共産党に入党し、コムソモールの一員となった。
[編集] 政歴
第二次世界大戦時は、ナチス・ドイツに対するレジスタンス運動に加わり、戦後はブルガリア人民軍司令官として帰国した。その後のブルガリアは王制を廃して人民民主主義国となり、事実上ソビエト連邦の衛星国となった。
1951年ジフコフはブルガリア共産党の政治局員となり、1954年3月に党第一書記に就任する。1962年にはブルガリア人民共和国閣僚評議会議長(首相)を兼任。1971年7月7日からは、新設のブルガリア人民共和国国家評議会議長(国家元首)を務める。
しかし、冷戦崩壊と体制変化を受け、1989年11月10日に党第一書記を辞任し、続いて11月17日に国家評議会議長を辞任した。その後は事実上の隠遁生活を送り、1998年に死去した。
[編集] 叙勲
- 1971年:ソ連邦英雄称号
[編集] 関連項目
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