トドル・ジフコフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

トドル・ジフコフТодор Христов Живков, Todor Hristov Zhivkov, 1911年9月7日 - 1998年8月5日)はブルガリア政治家

目次

[編集] プロフィール

[編集] 生い立ち

ジフコフはプラベツ(Pravets)近くの小さな村の貧しい家庭に生まれた。青年時代に職を求めてソフィアに移り住んだ。そこでマルクス主義者となり、1932年正式にブルガリア共産党に入党し、コムソモールの一員となった。

[編集] 政歴

第二次世界大戦時は、ナチス・ドイツに対するレジスタンス運動に加わり、戦後はブルガリア人民軍司令官として帰国した。その後のブルガリアは王制を廃して人民民主主義国となり、事実上ソビエト連邦衛星国となった。

1951年ジフコフはブルガリア共産党の政治局員となり、1954年3月に党第一書記に就任する。1962年にはブルガリア人民共和国閣僚評議会議長(首相)を兼任。1971年7月7日からは、新設のブルガリア人民共和国国家評議会議長(国家元首)を務める。

しかし、冷戦崩壊と体制変化を受け、1989年11月10日に党第一書記を辞任し、続いて11月17日に国家評議会議長を辞任した。その後は事実上の隠遁生活を送り、1998年に死去した。

[編集] 叙勲

[編集] 関連項目


先代:</dt>
チェルベンコフ</dd>
ブルガリア共産党第一書記</dt>
1954年 - 1989年</dd>
次代:</dt>
ペータル・ムラデノフ</dd>
先代:</dt>
アントン・ユーゴフ</dd>
ブルガリア人民共和国閣僚評議会議長</dt>
1962年 - 1971年</dd>
次代:</dt>
スタンコ・トドロフ</dd>
先代:</dt>
(創設)</dd>
ブルガリア人民共和国国家評議会議長</dt>
1971年 - 1989年</dd>
次代:</dt>
ペータル・ムラデノフ</dd>

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB