チチェン・イッツァ
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チチェン・イッツァの先史時代の都市 | |
| チェチェン・イッツァ | |
| (英名) | Pre-Historical City of Chichen Itza |
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| (仏名) | Ville préhispanique de Chichen - Itza |
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 登録基準 | 文化遺産(1), (2), (3), |
| 登録年 | 1988年 |
| 拡張年 | |
| 備考 | N20 40 W88 36 |
| 公式サイト | ユネスコ本部(英語) |
チチェン・イッツァ(スペイン語:Chichén Itzá)は1988年に世界遺産に登録されたメキシコのマヤ文明の遺跡。
目次 |
[編集] 概要
ユカタン半島北部の低地にあり「後古典期マヤ」の遺跡。半島のつけ根の密林にあるティカルは「古典期マヤ」の遺跡。
[編集] 構造
ピラミッド自体が大きな9段の階層でできていて、神殿の入り口までは、91段の急な階段を登るようになっている。ピラミッドの最上段には真四角な神殿があり、神を祀っていた。
[編集] 名前の由来
エル・カスティーヨ(城塞)とも。「ククルカンのピラミッド」ともよばれるピラミッド。「ククルカン」はマヤ語で「ケツァルコアトル」(羽毛のあるヘビ)
[編集] 球戯場
腰でボールを打ち、球戯場の石の輪にボールを通すと得点になる。今で言うサッカーのような競技で試合が白熱するほど、雨が降り豊作になると信じられていた。勝った側が生贄になったとも、負けた側が生贄になったとも、言われている。
[編集] セノーテ(聖なる泉)
雨が降らないときに、生贄の人間が投げ込まれた池で、金銅の製品なども投げ入れられた。是に似たもので、人の心臓が捧げられた戦士の神殿がある。
[編集] 天文学
太陽暦の1年をマヤ人は365.2420日と計算していた。現代天文学がコンピューターで計算した1年は365.2422日。天体望遠鏡もないマヤ人はほとんど誤差なく暦をしっていた。カタツムリ型の天文台から何年もかけて肉眼で観測した。これもすべて農耕や戦争の為である。ちなみに城のピラミッドには4面にそれぞれ91段ある為階段は全てで364段あり最上段のククルカン神殿の1段を足すと、丁度365段になる。1年の日数と同じである。
[編集] ヘビの像
春分の日に太陽が沈むとき、ピラミッドは真西から照らされヘビが身をくねらせた姿を現す。ヘビは雨の神である。
[編集] 世界遺産登録基準
この世界遺産は、世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
- (i) 人類の創造的天才の傑作を表現するもの。
- (ii) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (iii) 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠となるもの。

