スマトラ島

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スマトラ島

場所 大スンダ列島
人口 45,000,000
面積 473,600 km²
人口密度 981/km²
アチェ北スマトラ州、西スマトラ州、南スマトラ州、ブンクル州、ジャンビ州、ランプン州、バンカ=ブリトゥン州、リアウ州、リアウ諸島州
最高地点 3,805 m
スマトラ島 写真左上から右下に延びる面積世界第5位の島。水平の青線は赤道、垂直の青線は東経100度の緯線

スマトラ島Sumatra)はインドネシア共和国大スンダ列島に属する島。スマテラSumatera)とも。西海岸沿いに火山活動を伴うバリサン山脈が走り、最高点はクリンチ山 (3,805m) 。メダン南のトバ湖はここ200万年で地球最大の噴火が起こった跡のカルデラ湖。避暑地・観光地として有名で、湖に浮かぶサモシール島はバタック人の伝統家屋や舞踊などが楽しめる。中部高原はスマトラの人口の集中地をなすが、東海岸の大部分は湿原が展開し、人口は希薄。北部アチェ州は古くから交易が盛んで、インドネシアで最も早くイスラム教を受け入れた場所である。ほぼ中央部を赤道が走り、高温多雨。主要都市はメダンパレンバン、パダン。

目次

[編集] 要目

[編集] 歴史

マラッカ海峡に臨み東西交通の要衝であるため、古代からシュリーヴィジャヤ王国などの諸王朝が興った。古くはヒンドゥー教仏教が優勢だったが、14世紀初めからイスラム勢力が進出した。16世紀以後ポルトガルイギリスオランダが進出。北部アチェ王国が最後まで抵抗したが、1873年1914年アチェ戦争後、オランダの支配権が確立した。パレンバンの豊富な石油資源を求めて日本1942年に占領したが1945年に撤退。

1949年のインドネシア独立後は、豊富な石油資源をもとに経済開発の中心の1つとなっている。インドネシア政府のジャワ島人口分散の一環として、1970年代以降200万人以上がスマトラに移住した。一方北部では、アチェ王国の流れをくむ武装勢力が、アチェ州の分離独立を求めてインドネシア軍と戦闘を行っている。

2004年12月26日スマトラ島沖地震特にそれに伴う津波によって、北部アチェ州を中心に10万人以上が死亡した。

[編集] 交通

[編集] 関連項目

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