スピードネット
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スピードネットは、東京電力が運営していた、ラストワンマイルとして無線(FWA)を用いた、定額ブロードバンドインターネット接続サービスである。2006年5月31日にサービス終了した。
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[編集] 背景
1999年夏当時、大半の地域において一般家庭や小規模事業所では3分10円の従量制の電話料金がかかり速度も遅いダイヤルアップ接続しかインターネットへの接続手段がなく、当時はメタルケーブル加入者回線を独占的に保有しているNTTが、既に多大な投資をしたISDNへ固執するあまりADSLなど定額接続に積極的でなかったこと、CATVやFTTHは、コストや社会的な理解の不足から、マンション等集合住宅への敷設が困難であったことなどから、これらのインフラは日本では普及しないと見込んだ東京電力、ソフトバンク、マイクロソフトが同年9月に合弁会社を設立し(構想発表は同年7月頃)、NTT回線に依存しない無線網を使った定額インターネット接続サービスを行うことが企画された。
[編集] 接続方法
インターネットから電柱上の基地局までを東京電力の光ファイバーで接続し、そこから加入者宅までを2.4GHzの周波数ホッピング方式の無線で接続する。 加入者宅には10cm四方のアンテナと受信装置を取り付ける。 最高速度は上下とも1.5Mbpsのベストエフォート型回線である。また、料金プランにより最大データ転送量に制限があり、それを超過すると64kbpsになる。
[編集] 整備の状況
当初は2000年夏のサービス開始予定であったが、電波の干渉などトラブルが相次ぎ、たびたび延期された。 問題を解決後、2000年8月14日に埼玉県浦和市・大宮市・与野市(現さいたま市)で試験サービスが開始され、2001年5月25日にさいたま市を皮切りに、1年遅れでようやく本サービス開始にこぎつけた。
しかし、その間に東京めたりっく通信(現:ソフトバンクBB)の登場などにより定額接続への流れに逆らえないことを認識したNTTがADSL等定額接続に積極的に取り組む方向に転換したほか、総務省の後押しもありADSL事業者が次々に開業した。
ケーブルテレビ会社もインターネットの普及に伴いインターネット接続サービスが付加価値になることに気がつき始め次々にインターネット接続事業に参入、さらにADSLも技術面での改良により到達距離が伸びエリアを拡大、価格競争も激化した。
- 具体的に浦和・与野地域では、1998年10月から現在のジェイコムさいたま前身のUCTが、ケーブルテレビインターネットの有料モニターサービスが開始されており、2000年以降ジェイコムさいたまの前身2社それぞれが実用化サービス開始をすると、既に当地でインフラと営業力のあったJ-COMの方が(双方向回線を宅内敷設出来ない、およそ築10年以上の集合住宅を除いて)設置コストやリンクアップの安定性が優位となった他、ADSLも2000年以降順次接続出来る様になった関係や、スピードネットの広告媒体がウェブサイトと折り込み広告が中心(一時期テレビCMも流してた)であった為、サービスイン当初のスタートダッシュを除いて認知度もイマイチとなった状況でもある。
そのため、遅れて開業した時点で既に存在意義の大半を失っており、最終的に2003年には東京電力に営業譲渡の上清算され、その後はTEPCOひかりの無線接続サービスとなっていた。当時の会員は約3万人。また、スピードネットの一角を占めていたソフトバンクも、子会社であるソフトバンクBBが東京めたりっく通信を合併してYahoo! BBを開始、ADSLへ舵を切ってしまった。
そして2005年3月31日、新規受付を終了し、2006年5月31日にスピードネット「無線アクセスサービス」のサービスを終了した。

