ストックホルムオリンピック

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第5回ストックホルムオリンピック
V Olympiska sommarspelen
参加国・地域 28
参加人数 2437
実施種目 15競技102種目
開会式 1912年5月5日
閉会式 1912年7月27日
開会宣言 グスタフ5世
主競技場オリンピアスタディオン

ストックホルムオリンピックGames of the V Olympiad Stockholm 1912)は、1912年5月5日から7月27日まで、スウェーデンストックホルムで行われた夏季オリンピックである。

目次

[編集] ハイライト

  • この大会で初めて日本がオリンピックに参加した。短距離の三島弥彦とマラソンの金栗四三の2名が出場したが、三島は400メートルの準決勝で棄権、金栗は一万メートル走を棄権してマラソンに出場、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3で世界一遅いマラソン記録を残している(経緯は後述)。

[編集] 実施競技

[編集] 各国の獲得メダル

ストックホルムオリンピック
国・地域別メダル獲得数
国・地域
1アメリカ25191963
2スウェーデン 24241765
3イギリス 10151641
4フィンランド 98926
5フランス 74314
6ドイツ 513725
7南アフリカ 4206
8ノルウェー 4149
9ハンガリー 3238
カナダ 3238

[編集] 主なメダリスト

[編集] エピソード

  • 1912年8月11日、吉沢商会(後の日活)が浅草電気館で『オリンピック大競技会第一報』を封切り。日本初の「オリンピック」公開映像。
  • 1967年、ストックホルムオリンピック開催55周年を記念する式典が開催されたが、開催に当たって当時の記録を調べていたスウェーデンのオリンピック委員会が、陸上競技の男子マラソンにおいて金栗四三が「競技中に失踪し行方不明」となっていることに気付いた。このため、オリンピック委員会は金栗を記念式典でゴールさせることにし、金栗を式典に招待した。招待を受けた金栗はストックホルムへ赴き、競技場内に用意されたゴールテープを切った。ゴールの瞬間、場内には「只今のタイムは55年間、これで第5回ストックホルム大会は総ての競技を終了しました」とのアナウンスが響いた。金栗はゴール後のスピーチで「長い道のりでした。この間に孫が5人できました」とコメントしている。

[編集] 関連項目

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[編集] 外部リンク

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オリンピック競技メダル獲得数NOCコード
メダリストシンボル
夏季オリンピック:1896, 1900, 1904, 1906¹, 1908, 1912, (1916)², 1920, 1924, 1928, 1932, 1936, (1940)², (1944)², 1948, 1952, 1956, 1960, 1964, 1968, 1972, 1976, 1980, 1984, 1988, 1992, 1996, 2000, 2004, 2008, 2012, 2016, 2020
冬季オリンピック:1924, 1928, 1932, 1936, (1940)², (1944)², 1948, 1952, 1956, 1960, 1964, 1968, 1972, 1976, 1980, 1984, 1988, 1992, 1994, 1998, 2002, 2006, 2010, 2014, 2018

     ¹IOC非公認大会     ²戦争のため中止

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