スコットランド

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スコットランド</dt>
Scotland英語
Caledoniaラテン語
Albaゲール語)</dt>

国旗(国章)

</dd>

国の標語 : Nemo me impune lacessit (ラテン語)
No one injures me with impunity
(何者も我を傷つけることはできない)</dd>
国歌 : [[スコットランドの国歌|スコットランドの花]]</dd>
</dd>

公用語 英語スコットランド・ゲール語が公用語。スコットランド語(または英語スコットランド方言)、イギリス手話も使用される。
首都 エディンバラ
最大の都市 グラスゴー
連合王国国王 エリザベス2世
首相 アレックス・サルマーンド MSP
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第位
78,772km²
1.9%
人口
 - 総計(2005年
 - 人口密度
世界第位
5,094,800
64人/km²
GDP(自国通貨表示)
 - 合計(2002年

UKポンド
GDPMER
 - 合計(
世界第位
ドル
GDPPPP
 - 合計(
 - 1人当り
世界第位
ドル
ドル
建国 841年ケネス1世
通貨 UKポンドGBP
時間帯 UTCDST: +1 UTC)
ccTLD
国際電話番号 44

</dd>

スコットランド(Scotland)は北西ヨーロッパに位置するグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国イギリス) の構成主体のひとつである。1707年の合同法によってグレートブリテン王国が作られるまでは独立した王国であった。スコットランドの名称は、この地を統一したスコット人(Scots)に由来する。スコットランド・ゲール語では「アラパ」(Alba)と呼ぶ。

スコットランドはグレートブリテン島の北部3分の1を占め、南部でイングランドと国境を接する。東方に北海、北西方向は大西洋、南西方向はノース海峡およびアイリッシュ海に接する。本島と別に790以上の島から構成される。首都のエディンバラは同国第二の都市であり、ヨーロッパ最大の金融中心のうちの一つである。最大の都市であるグラスゴーは大グラスゴーの中心であり、スコットランドの人口の40%が集中する。スコットランドの沿岸部は北大西洋及び北海に接し、その海洋油田の石油埋蔵量はヨーロッパ随一となっている。

スコットランドの法制度、教育制度および裁判制度はイングランドウェールズ北アイルランドとは独立したものとなっており、そのために、公的および国際私法において個別の管轄を構成する。スコットランド法、教育制度およびスコットランド教会は連合王国成立後のスコットランドの文化および独自性の三つの基礎であった。しかしながらスコットランドは独立国家ではなく、国連及び欧州連合の直接の構成国ではない。


目次

[編集] 地理

グレートブリテン島の北部、およびシェトランド諸島オークニー諸島ヘブリディーズ諸島などの島々からなる。北部地域(ハイランド)は山岳地帯であり、氷河に削られた丘陵や陸地に食い込んだフィヨルドなど北欧に近い地形である。グレートブリテン島最大の淡水湖であるネス湖もある。それに対し、南部(ローランド)は、なだらかな丘陵地帯が続き、イングランドの地形に近い。

[編集] 気候

典型的な西岸海洋性気候で、北大西洋海流メキシコ湾流の延長)と偏西風の影響により緯度の割に比較的穏やかである。

  • は緯度の割には暖かく、最寒月平均気温は2〜6℃で、日本関東中~北部にかけてと同じぐらいの気温にしか下がらない。
  • は最暖月でも14~19℃程度とすずしく、年較差が小さく過ごし易い。

[編集] 歴史

詳細はスコットランドの歴史を参照

[編集] 政治

1707年の連合法(Act of Union)によって、それまで同じ君主を冠してきたものの別々の王国であったイングランド王国とスコットランド王国は合邦し、グレートブリテン王国が成立した。この合邦は形式的には対等とされていたが、新国家の議会や王宮など主な機関は旧イングランド王国に座することになり、イングランドによる不公平な併合であったと考えるスコットランド人が少なくない。

スコットランドは伝統的に労働党の支持者が多いが、先述の経緯からスコットランド独立を掲げる民族主義的な政党(スコットランド国民党)も多くの支持を集めている。

[編集] ウェストミンスター議会

2005年5月現在、スコットランドに割り当てられているイギリス議会(ウェストミンスター議会)下院の議席数は59である。2005年総選挙で各政党が獲得した議席数は次のようになった。

[編集] スコットランド議会

1707年の合同法でスコットランド議会は閉鎖され事実上廃止となったが、1998年スコットランド法の制定により1999年に再開された。スコットランド議会は一定範囲で所得税率を変更することができる他、スコットランド法でウェストミンスター議会留保事項と規定されている事柄以外について、独自の法令を成立させることができる。これまでに、福祉政策や狐狩り規制、公共施設内での禁煙などに関して、スコットランド独自の法令が施行されている。ウェストミンスター議会留保事項には、外交、軍事、財政・金融、麻薬取締り、移民の規制など、全国的に取り組む必要がある事柄が規定されている。

[編集] 2003年の選挙結果

2003年5月1日に開催され、圧倒的な労働党支持の中、スコットランド労働党党首ジャック・マコンネルが首相に任命された。

  • 労働党 - 50議席
  • スコットランド国民党(SNP) - 27議席
  • 保守党 - 18議席
  • 自由民主党 - 17議席
  • 緑の党 - 7議席
  • スコットランド社会党 - 6議席
  • その他 - 4議席

[編集] 2007年の選挙結果

2007年5月3日に開催され、スコットランド国民党が第一党の座を獲得。5月16日にはスコットランド国民党党首のアレックス・サモンドが首相に選出された。

  • スコットランド国民党(SNP) - 47議席
  • 労働党 - 46議席
  • 保守党 - 17議席
  • 自由民主党 - 16議席
  • 緑の党 - 2議席
  • その他 - 1議席

[編集] エリザベス女王の呼称問題

1952年にエリザベス王女が連合王国の国王に即位した際、その呼称が「エリザベス2世女王」(Queen Elizabeth II)となることをめぐって問題が生じた。というのも、イングランドには過去に同名の国王(エリザベス1世)がいたが、スコットランドには過去に同名の国王がいなかったので、イングランドを基準にすれば新国王の呼称は「エリザベス2世女王」であるが、スコットランドを基準にすれば新しい国王の呼称は「エリザベス(1世)女王」(Queen Elizabeth)となるからである。

そこで、スコットランドの民族主義政党であるスコットランド国民党の指導的立場にいたジョン・マコーミックは、新国王がスコットランドにおいて「エリザベス2世女王」と名乗ることは1707年連合法違反だとして裁判を起こした。裁判の結果はマコーミックの敗訴であった。王がどう名乗るかは国王大権(royal prerogative)に属することであり、マコーミックに裁判で争う権利は認められないとされたのである。これでエリザベスはイングランドでもスコットランドでも「エリザベス2世女王」と堂々と名乗れるようになった。

なお、イギリスの郵便ポストには王の名が頭文字で刻印されているが、エリザベス2世即位後にスコットランドに設置された郵便ポストは王冠が描かれているのみで王の名は書かれていない。これは、彼女の呼称に不満を抱いた一部の過激な民族主義者がエリザベス2世の名が刻印された郵便ポストを破壊したり、「2世」の部分を削り取ったりしたためである。

エリザベス2世は後に将来においても発生し得るこの問題を公平に解決するための新基準を提案している。スコットランド基準とイングランド基準で呼称の「~世」の部分が異なる場合、数値が大きな方を採用するというものである。たとえば、将来ジェームズという名の王が即位する場合、イングランド基準では「ジェームズ3世男王」(King James III)となるが、スコットランド基準では「ジェームズ8世男王」(King James VIII)となるため、大きな方の「ジェームズ8世男王」を採用するというものである。ただし実際にこのようなことが起きたとしても、この基準を新国王ジェームズが採用するとは限らない。裁判所が表明したように、どう名乗るかは国王大権に属することであるから、「ジェームズ3世」と「ジェームズ8世」のどちらを名乗るかはそのジェームズに委ねられるからである。

この新基準は過去に遡って適用することが容易である。1707年以降この呼称上の問題が生じるイギリス国王は4人(ウィリアム4世エドワード7世エドワード8世、エリザベス2世)いるが、この新基準の適用を受けても4人の呼称はイングランド基準のままであり、変更の必要がないからである。

[編集] 文化

民族衣装として名高いタータンキルトは、元々はハイランド地方の伝統であった。18世紀半ばに、ジャコバイト反乱後禁止された。その後、1822年ジョージ4世がスコットランド訪問の時にタータン柄のキルトを着用したため、スコットランド全域に広がった。

経済学の父」アダム・スミス、詩人のキーツシャーロック・ホームズの生みの親コナン・ドイル、俳優のショーン・コネリーユアン・マクレガージェラルド・バトラーなどはスコットランドの生まれである。

また、スコッチ・ウイスキーはスコットランドの名産である。スコットランドには、100以上もの蒸留所があり、世界的にも愛好家が多い。

[編集] 経済

古くは炭鉱がスコットランドの主要産業であり、産業革命を支えた。

1960年代に北海油田が開発されると、漁港アバディーンは石油基地として大きな発展をとげた。石油資源の存在はスコットランド独立派の強みとなっている。

1980年代からは半導体産業や情報通信産業の誘致が盛んに行われており、スコットランド中部のIT産業の集積地帯はシリコングレンと呼ばれている。

[編集] 代表的な都市

[編集] 教育

詳細はイギリスの教育を参照

[編集] 著名人

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィクショナリースコットランドに関する記事があります。


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