スクウェア・エニックス

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株式会社スクウェア・エニックス
Square Enix Company, Limited
種類 株式会社
市場情報 <tr><td> 東証1部 </td><td> 9684 </td> </tr>
略称 スクエニ, SQEX
本社所在地 151-8544
東京都渋谷区代々木三丁目22番7号 新宿文化クイントビル
電話番号 03-5333-1555(代表)
設立 1975年9月22日
業種 情報・通信業
代表者 和田洋一(代表取締役社長・前スクウェア社長)

本多圭司(代表取締役副社長・前エニックス社長)

資本金 78億374万680円(2006年3月31日現在)
売上高 1,244億円(2006年3月期、連結)
従業員数 3,050人(2006年3月31日現在、連結)
決算期 3月
主要子会社 SQUARE ENIX, INC.

SQUARE ENIX LTD.
SQUARE ENIX (China) CO., LTD.
UIEvolution, Inc.
株式会社タイトー
株式会社SGラボ
コミュニティーエンジン株式会社
株式会社デジタルエンタテインメントアカデミー

関係する人物 福嶋康博(相談役名誉会長・エニックス創業者)
外部リンク www.square-enix.com

株式会社スクウェア・エニックス英称 Square Enix Co., Ltd.)は日本ゲームソフト制作・開発会社及び出版社である。略称はスクエニ、あるいはSQEX。一般ゲームユーザから基本的にスクエニと呼ばれている。■eという略称もある。

目次

[編集] 沿革

  • 1975年9月22日 - 株式会社営団社募集サービスセンター設立。
  • 1980年 - 営団社募集サービスセンターの完全子会社として株式会社営団社不動産設立。
  • 1981年 - 営団社不動産が商号を株式会社営団社システムに変更。
  • 1982年 - 営団社システムが商号を株式会社エニックスに変更。
  • 1983年 - コニカとの合弁により株式会社小西六エニックス設立。
  • 1986年 - 株式会社スクウェア(以下「旧スクウェア」)設立。
  • 1987年 - 小西六エニックスが商号をコニカエニックス株式会社に変更。
  • 1988年 - エニックスの完全子会社としてエニックスプロダクツ株式会社を設立。
  • 1989年 - エニックスがコニカエニックスを完全子会社化。
  • 1989年 - 営団社募集サービスセンターがエニックス、コニカエニックス及びエニックスプロダクツを合併し、商号を株式会社エニックスに変更。
  • 1991年 - 株式額面金額の変更を目的として株式会社スクウェア(1966年7月11日設立)を存続会社として旧スクウェアを合併。
  • 1999年
    • スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアヴィジュアルワークスを設立。
    • スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアサウンズを設立。
    • スクウェアの完全子会社として株式会社スクアーツを設立。
    • スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアネクスト(株式会社ゲームデザイナーズ・スタジオを経て、現・株式会社SQEX)を設立。
  • 2001年 - スクウェアがスクウェアヴィジュアルワークス及びスクアーツを合併。
  • 2002年 - スクウェアがスクウェアサウンズを合併。
  • 2003年4月1日 - スクウェアとエニックスが合併し、商号を株式会社スクウェア・エニックスに変更。
  • 2003年7月22日 - 本社を東京都渋谷区代々木四丁目31番8号より東京都渋谷区代々木三丁目22番7号に移転。目黒区の旧スクウェア本社及び、出版事業部とで分かれていた本社機能を統合。
  • 2005年8月22日 - タイトー株式公開買い付け(TOB)にて買収すると発表。
  • 2005年(平成17)9月22日 - タイトー株式の93.7%を取得し、9月28日付で連結子会社とする。
  • 2006年3月31日 - 子会社のSQEXとタイトーが合併、SQEXを存続会社とし、合併後タイトーに社名変更。タイトーを完全子会社化した。

[編集] 概要

2003年平成15)4月1日に、株式会社エニックスと株式会社スクウェア合併により誕生した。 (合併直前、スクウェアに対して行われたSCEIからの支援、デジキューブ倒産については後述)。

合併については映画事業で失敗したスクウェアへの救済措置という考えが一般的だが、一方のエニックスも看板の『ドラゴンクエストシリーズ』のソフトが出ない年は売り上げが半減すると言われるなど収益の不安定性、「お家騒動」に絡む出版事業の衰退、『ドラクエシリーズ』以外のタイトルの知名度が低いなどといった問題があり、またエニックスの強いアジア、スクウェアの強い北米欧州という、海外事業の補完関係や、発売スケジュールの調整で『ファイナルファンタジーシリーズ』と『ドラゴンクエストシリーズ』を衝突させないことでの収益機会の確保等、オンラインゲームモバイルゲームの時代に備え、両社のコンテンツ資産の有効活用による相乗効果を図ったもの。和田社長曰く「将来を見越しての勝ち残りのための攻めの合併」である。

また、タイトーの買収については、スクウェア・エニックスに欠けているアーケードゲーム事業への進出を見越したものである。

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[編集] ゲーム部門

旧スクウェアと旧エニックスがそれぞれ抱えていた多くのシリーズが、そのまま新会社の主力となっている。

特に、国産二大RPGと呼ばれる『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』の両シリーズを抱えていることもあり、ハードの売れ行きやゲーム業界に大きな影響を与えるメーカーである。しかし、現在はこの2シリーズやその派生作品以外に、これと言って売上および評価等で高いものを生み出せていないため、新たな分野の開拓が今後の課題である。

[編集] 開発・発売タイトル

()内は発売日(またはサービス開始日)、希望小売価格(一部オープン価格)、ゲームの形態の順。

合併以前の旧エニックス・旧スクウェアそれぞれが開発・発売したソフト、および廉価版「アルティメットヒッツ」「レジェンダリーヒッツ」については当該項目を参照。

[編集] Windows用ソフト

[編集] プレイステーション用ソフト

[編集] プレイステーション2用ソフト

[編集] プレイステーション3用ソフト

[編集] プレイステーション・ポータブル用ソフト

[編集] ニンテンドーゲームキューブ用ソフト

[編集] Wii用ソフト

[編集] ゲームボーイアドバンス用ソフト

[編集] ニンテンドーDS用ソフト

[編集] Xbox 360用ソフト

[編集] その他

[編集] 開発部門

内製のゲームソフト開発の人員は旧スクウェアタイトルに大半が集中され、旧エニックスタイトルは従来通り企画、委託開発の管理のみ行っている。 現在、この下記のような事業部制はなくなっており、「FABULA NOVA CRYSTALLIS」、「FRONT MISSION PROJECT」、「World of MANA」、「Ivalice Alliance」、「Final Fantasy: Crystal Chronicles」、「COMPILATION of FINAL FANTASY VII」、「ファイナルファンタジー生誕二十周年企画」などといったプロジェクトごとにチームが結成されている。旧エニックス社員も旧スクウェアソフトのチームに開発スタッフとして名を連ねていることもあり、特にニンテンドーDSタイトルを早期に複数開発できたのはスクウェア・エニックスの合併の大きな成果と言われている。 

  • 第1開発事業部
    • 部長:北瀬佳範
    • 代表作:ファイナルファンタジーシリーズ(VII、VIII、X、X-2、XIII、ヴェルサスXIII)、キングダムハーツシリーズ
    • 野村哲也所属
  • 第3開発事業部
    • 部長:田中弘道
    • 代表作:ファイナルファンタジーXI、クロノシリーズ、ゼノギアス、デュープリズム
  • 第4開発事業部
    • 部長:松野泰己(発足当時)
    • 代表作:ファイナルファンタジーXII、ファイナルファンタジータクティクスシリーズ、ベイグラントストーリー
    • 旧クエスト
  • 第5開発事業部
    • 部長:平田裕介(発足当時)
    • 代表作:オールスター・プロレスリングシリーズ、日米間プロ野球、武蔵伝シリーズ
    • 大阪事業所所属
  • 第6開発事業部
    • 部長:土田俊郎
    • 代表作:フロントミッションシリーズ
    • 旧ジークラフト
  • 第7開発事業部
    • 部長:時田貴司
    • 代表作:半熟英雄シリーズ、パラサイト・イヴシリーズ、バウンサー
  • 第9開発事業部
    • 部長:三宅有
    • 代表作:ドラゴンクエストシリーズ
    • 旧エニックスドラクエ課
    • 関連:堀井雄二
  • 第10開発事業部
    • 部長:斉藤陽介
    • 代表作:スターオーシャンシリーズ、ヴァルキリープロファイルシリーズ、鋼の錬金術師
    • 関連:トライエース
  • モバイル事業部
    • 部長:洞正浩
    • 携帯電話向けコンテンツの開発

[編集] 主要クリエイター・広報

現在社員として所属するもののみ。順不同。

[編集] かつて在籍したクリエイタ

[編集] オンラインゲーム部門

旧エニックスでは主にPC向け、旧スクウェアでは家庭用ゲームハードとPC向けのオンラインサービスPlayOnline(以下POL)を展開。合併後も継続して様々なオンラインゲームの開発、運営を行っている。

ファイナルファンタジーXI(以下FFXI)』が日本、欧米で順調に会員数を獲得していきオンラインゲーム事業は収益の中核となっていった。またアジア地域では『クロスゲート』を展開中。しかし収益のほとんどが『FFXI』によるものであるため、同作品以外のコンテンツのサービス縮小や撤退が相次いでいる。この流れはPC向けオンラインゲームで顕著だったが、2006年に入ってからはPOL関連コンテンツからも撤退や他社へ運営が移管される作品が現れた。 また2007年に発表された『コンチェルトゲート』のようにスクウェア・エニックスがゲームを制作し、運営を他社が担当するといった動きも見せている。

[編集] サービス中のタイトル

[編集] サービス終了タイトル

[編集] モバイルコンテンツ部門

ゲームや着信メロディ配信など携帯電話向けコンテンツの制作を行っている。

[編集] 主なコンテンツ

※i=iアプリ、EZ=EZアプリ、S!=S!アプリ

他多数

[編集] 出版部門

主に旧エニックスで展開されていた、1988年より開始したドラゴンクエストシリーズの公式ガイドブックやノベライズ作品・ファンブック・ゲームブックの出版が始まりで「ドラゴンクエストIII 新たなる伝説」に掲載された栗本和博4コマ漫画が好評だったことからドラクエシリーズの「4コママンガ劇場」を1990年に発刊。翌年には漫画雑誌『月刊少年ガンガン』を創刊した。現在は「アルティマニア」等、デジキューブ(2003年11月倒産)が行っていた旧スクウェア系の公式ガイドブックなどの出版物の発行も受け継いでいる。また、デジキューブ倒産に伴い絶版となっていた一部の書籍音楽CDも、スクウェア・エニックス名義で再販されている。

ガンガン系各誌は児童誌、少年誌、少女誌の雰囲気が混在する独特の誌面により、「(スクウェア・)エニックス系漫画」というジャンルを確立している。

かつて、いわゆる「エニックスお家騒動」(担当社員によるマッグガーデン設立及びスタジオDNAによる一賽舎設立への参加)により『月刊ガンガンWING』を中心に多数の所属作家を失うというトラブルもあったが、直後に連載開始された「鋼の錬金術師」が大ヒットし、紙面の弱体化は解消している。

また2004年よりスクウェア・エニックス小説大賞を設立し、ライトノベルの発行も行っている。

[編集] 漫画雑誌

[編集] 小説

[編集] マーチャンダイジング部門

主に旧スクウェアが外注で展開していたフィギュアやアクセサリー商品を、自社販売に改めた事業部。

[編集] 販売ルート

  • スクウェア・エニックス プロダクツ オンラインブティック(公式通販サイト)
  • スクウェア・エニックス キャラクターグッズショップ-ショウケース-(公式直営店)
  • カニエダイレクト・メール(ドラゴンクエストの公認グッズショップ)

[編集] 商品

[編集] その他

  • ファミリーコンピュータスーパーファミコン全盛時代、スクウェアとエニックスの2社は任天堂サードパーティーとしては重要な位置に存在していた。特にスクウェアに関して言えば、任天堂との絶大な信頼関係を持っていた小学館ゲーム・オン!編集部)との合同企画としてライブ・ア・ライブを製作したり、任天堂の版権キャラクターを用いたゲーム『スーパーマリオRPG』を共同開発したりなどしてきたほど、お互いに強い信頼関係を持っていた。
    しかし、容量の制約が厳しいカートリッジROMの採用に固執していた任天堂に対して、『スーパーマリオRPG』の開発以前からギクシャクしていたとも言われている。スーパーマリオRPGの発売以降、任天堂とスクウェアとの信頼関係が崩れ始め、『トレジャーハンターG』を最後に任天堂ハードへのソフトの供給を中止する。その後1996年、『ファイナルファンタジーVII』をプレイステーションで開発、発売との発表とともに任天堂との関係の断絶を公言する。
    鈴木尚スクウェア社長(当時)によれば、PSに独占供給した際に任天堂の山内社長は「機種の選択という意味では仕方がない」と言ってくれたが、その際にエニックスをPS陣営に誘い、NINTENDO64は駄目だと吹聴してしまった。これが任天堂との確執を生んでしまう(日経産業新聞2001年10月19日28面記事より)。現在の据え置き型ハードに置けるディスクメディアの搭載率とメリットの大きさから判断すれば、当時スクウェアの選択はほぼ全面的に正しかったと言える。ここで問題となるのは社としての対応から見える企業倫理の問題となる。
    翌年、エニックスが『ドラゴンクエストVII』をプレイステーションで開発、発売と発表し、家庭用ゲーム機業界の力関係を決定付けた事実から、当時の2社の地位の高さが証明できる。なお、エニックスがPS参入後にも問題なく任天堂ハードに参入出来た経緯としては、当時の業界関係者が述べたスクウェアの「(任天堂に)後ろ足で砂をかけて出ていったようなもの」という対応とは異なり、エニックスは社会的・企業的モラルに則った対応を行った事に因る(朝日新聞記事より)。
    スクウェアの映画事業における失敗から、既にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)の資本参加を受けることを決定したものの、任天堂との断絶した関係の回復のために山内溥社長(当時)との交渉を行った。当時好調だったGBA市場への参入が狙いであり、この段階では決裂したものの、その後、任天堂の開発部宮本茂の仲介を持って、1996年からの断絶関係に関する和解が成立したと言われている。
    和解成立については、山内の引退による任天堂経営陣の柔軟化や、SCEI にシェアを奪われたことにより巻き返しを図りたいという任天堂の思惑もあったと思われる。なお、当時の任天堂は据え置きハードのシェアこそPSに全く及んでいなかったが、GBAの好調ぶりと、ソフトウェア販売面での圧倒的な強さは健在だった。その為、デジキューブで任天堂商品が扱えない事について株主総会で問題となり、「土下座してでも任天堂と和解しろ」と意見が出た。この時デジキューブ染野取締役(当時)は「土下座してなんとかなるものなら、いくらでもしますよ」と答えたとされている。
    2005年10月に開催された任天堂のカンファレンスにて、開発をスクウェア・エニックス、発売を任天堂が担当するニンテンドーDSソフト『マリオバスケ 3on3』が発表された。その他にもニンテンドーDSでのソフトの発売が計画され、スクウェア・エニックスからは「これからも任天堂とがっちりコラボレートしていこうと思っている」との旨が語られた。2006年以降もスクエニは多数のソフトをDS・Wii向けに開発中で、DSで発売されたファイナルファンタジーIII(リメイク作品)のようなヒット作も登場している。一時は断絶関係にあった任天堂とスクウェア(現スクウェア・エニックス)は、再び協力体制へと向かっていると見られる。
  • スクウェアはデジキューブ倒産直前、またはそれ以前からも不正な自社株売却が度々問題視されており、東証から査察を受けた事がある。
  • マイクロソフト日本法人社長であった成毛眞が社外取締役として名を連ねている。
  • 2001年に、旧エニックス、旧スクウェア、ナムコとの間で業務提携が結ばれ、エニックスオーナーの福嶋康博、スクウェアオーナーの宮本雅史、ナムコオーナーの中村雅哉との間で各社の株式の4~5%程度を相互に持ち合うこととなった。その結果、スクウェア・エニックスのキャラクター商品をナムコがプライズゲーム用に商品化するなどの協力関係が築かれている。また、スクウェアの格闘ゲームエアガイツ』のアーケード版をナムコが制作したことがある。また、ナムコのアーケードゲーム『太鼓の達人7』において、ドラゴンクエストの楽曲を使用するなどのコラボレーションが実現している。
  • ファイナルファンタジーXI』の一部ユーザーの間で指摘されているユーザーと運営サイドとの確執(ユーザーの求めている品質と運営側の提示するそれの大幅なギャップ、運営側のユーザーに対する向き合い方など)や、それに伴うユーザーの離脱、また『ファイナルファンタジーIVアドバンス』、『フロントミッション5』で不具合が発生し、特に『FFIV』に関してはゲームの進行に関わる重大な不具合が発生したにもかかわらず、ソフトの修正や交換を行わないことなど、顧客満足度に対する意識が問われる事例も発生している。
  • 1999年に、アンチスクウェアユーザーによるスク撲(スクウェア撲滅委員会)というサイトが閉鎖になった。サイトが大学のサーバにあった為、当時のYahoo!掲示板週刊アスキー等では「スクウェアがサイト管理人の大学に連絡して閉鎖させた」と物議を呼んだ(実際に連絡したのは本当だが、過剰反応した学校側がサイト削除/アカウント抹消を行った事を、後にサイト管理人が語っている)。当時サイト内で生まれたスクウェアを表す「■」という記号は近年でも2ch等で見られる。

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