ジャズ

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この項目では音楽のジャンルについて記述しています。同名のNBAチームについてはユタ・ジャズを、ホンダの欧州向け自動車ブランドについてはホンダ・シティをご覧ください。

ジャズjazz)は、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカ南部の都市を中心に発展した音楽形式。アフリカ系アメリカ人の音楽形式と西洋音楽の技術と理論が融合して生まれた。演奏の中にブルー・ノートシンコペーションスウィング、コール・アンド・レスポンス(掛け合い演奏)、インプロヴィゼーションポリリズムなどの要素を組み込むことを特徴的としている。

その自由な表現形式は黒人音楽家のみならず白人音楽家にも注目され、技法や理論など急速に発展した。20世紀半ばには人種の枠を越えた音楽のジャンルとして認識され、現代音楽理論をも内包する高度な体系をつくりあげた。その結果、人種、国籍や狭義のジャンルを越えた音楽芸術の現代的様式の一つとなり、様々な方向性に発展を見せる現代の音楽の源流を形作った存在であると考えられている。

目次

[編集] 歴史

Duke Ellington, 1943年
Buddy Bolden, 1905年頃
Art Blakey, 1985年

ジャズは西洋音楽とアフリカ音楽の組み合わせにより発展した音楽である。スピリチュアルブルースラグタイムの要素を含み、根底的には西アフリカ、西サヘルサハラ砂漠南縁に東西に延びる帯状の地域)、ニューイングランドの宗教的な賛美歌やヨーロッパの軍隊音楽にある。アフリカ音楽を起源とするものについては、アフリカからアメリカ南部に連れてこられたアフリカからの移民(多くは奴隷として扱われた)とその子孫の民族音楽としてもたらされたとされており、都市部に移住した黒人ミュージシャンによってジャズとしての進化を遂げたといわれている。

ニューオーリンズが発祥の地<ref name=saito>斎藤真 他(監修)『アメリカを知る事典』(平凡社、1986年)pp. 210-217</ref>とされており、この地区での当時のスラングで、女性性器性行為をjass、売春宿をJass Houseと呼んでいて、売春宿の待合室や酒場を主な活動場所にしていた演奏家たちのことをJASS BANDと呼んだことが、JAZZの語源となった<ref name=saito />という説もあるが、「JAZZはシカゴで成立した語」「フランス語のjaserから」[要出典]などと、現在でもその語源ははっきりしない。

初期のジャズは、マーチングバンドと20世紀初頭に流行したダンス音楽に影響を受けており、ブラス(金管楽器)・リード(木管楽器)・ドラムスによる組み合わせの形態はこれらの影響に基づくものといえよう。当初は独学でジャズを創作していった者も少なくなかったが、ジャズと音楽理論が融合するようになっていったのは、ジャズが黒人社会に広く普及し、古典的なヨーロッパの音楽理論を取得したアフリカ系黒人ミュージシャンがジャズに反映させていく時点からである。アメリカの禁酒法時代に地下化した酒場に集うミュージシャンによって、あるいはレコードラジオの普及によって、ダンスミュージックなどのポピュラー音楽のスタイルがまだまだ渾然一体となっていた1920年代初頭にはアメリカを代表する音楽スタイルの一つとして、アメリカ国内の大都市に急速に広まった<ref name=saito />。第一次世界大戦から大恐慌までのアメリカの隆盛期が「ジャズ・エイジ」と呼ばれるのはこのためである。1920年代にはジャズはイギリスでも流行り、後のエドワード8世も少年時代にレコードを収集するなど、幅広い層に受け入れられた<ref name=saito />。

1930年代には、ソロ演奏がそれまで以上に重要視されるようになり、ソロを際だたせる手法の一つとして小編成バンドが規模拡大してビッグ・バンドスタイルによるスウィング・ジャズが確立されるようになり、人気を博す。この背景には、人種的障壁で隔てられていた黒人ミュージシャンと白人ミュージシャンの媒介としての役割を果たしたクレオールの存在があった<ref name=saito />。スウィング・ジャズはアレンジャーとバンドリーダーの立場がより重要視されるようになり、特に代表的なバンドリーダーの一人であるルイ・アームストロングの存在は、ジャズとヴォーカルとの融合という側面(アームストロングはトランペット奏者でありながら自ら歌も歌った)において重要な役割を果たした。

その一方で、ソロを際だたせる別の手法として、アレンジを追求したスウィング・ジャズとは異なる方向性を求める(あるいはスウィング・ジャズに反発する)ミュージシャンにより、即興演奏を主体としたビバップ等の新たなスタイルが模索されるようになる。この1950年代の動きは、ビバップからクール・ジャズウエストコースト・ジャズハード・バップとつながるモダン・ジャズの流れを作り出すことになる。

[編集] 日本における歴史

日本に初めてジャズが伝わったのは1900年頃とされている。上陸地はさだかではなく神戸港横浜港大阪港など諸説存在する。

1923年(大正12年)4月に日本で初めてのプロのジャズバンドが神戸で旗揚げした。宝塚少女歌劇団オーケストラ出身の井田一郎をリーダーとするラッフィング・スター・ジャズバンド(ラッフィング・スターズ)である。その後1925年(大正14年)に井田は大阪でチェリーランド・ダンス・オーケストラを結成し活動するが、大正天皇崩御を理由に大阪市がダンスホールの営業を1年間停止したため、大阪を拠点としていた井田や南里文雄ら多くのプロのジャズマンは東京に拠点を移していった。戦前に発売された国産ジャズレコードの中には著しくレベルの低いものも多数見受けられるが、それでも着実にファンを増やしていった。太平洋戦争中は禁令や自主規制などでジャズは鳴りを潜めたが、学生や軍人の中でも密かにレコードを聴いて楽しむ者も多かった。特攻隊員の川柳に「アメリカと戦ふ奴がジャズを聞き」「ジャズ恋し早く平和が来ればよい」などと遺されていることからも分かる。戦後は多くの元陸海軍軍楽隊員がジャズ畑へ転向したり、神戸や阪神間の学生を中心にデキシーランドジャズ・バンドが数多く生まれている。

日本で最初のジャズの祭典「神戸ジャズストリート」は、ラッフィング・スターズ結成60年の記念の年となる1982年(昭和57年)から行われてるものである。

[編集] 主なスタイル/ジャンル

いずれも活発に演奏され、かつ発展している生きたスタイルである。

何がニューオーリンズ・ジャズであり、何がディキシーランド・ジャズであるかという明確な合意はないが、初期の様に黒人によって演奏されるのがニューオーリンズジャズ、白人によって演奏されるのをディキシーランドジャズと区別するのが一般的である。

[編集] 代表的なアーティスト

詳細はジャズ・フュージョンミュージシャンの一覧を参照

[編集] 著名なジャズクラブ等

[編集] ジャズ喫茶

詳細はジャズ喫茶を参照

ジャズを聴きながら楽しむ喫茶店。日本で1950年代後半に流行り、1970年代から下火となる。

[編集] 著名なジャズフェスティバル

[編集] 日本

[編集] 野外(有料)

[編集] 屋内ホール・クラブ(有料)

[編集] 屋内ホール・クラブ(無料)

[編集] 屋内クラブ(有料)・屋外街中(無料)

[編集] 屋外街中(無料)

[編集] 北アメリカ

[編集] ヨーロッパ

[編集] 著名なジャズ学園

[編集] ジャズに関するその他の作品・関連メディア

[編集] ジャズが主体のTV・ラジオ番組

[編集] 現在放送中

[編集] 終了番組

[編集] ジャズ専用ネット・ラジオ放送局(無償配信)

トークなしで音楽を流しっぱなしのラジオ局

[編集] 文学・エッセイ・研究書

  • ジャズ大名(筒井康隆
  • 男たちのかいた絵(筒井康隆)
  • 唄えば天国ジャズソング 命から二番目に大事な歌(色川武大
  • 破壊せよ、とアイラーは言った(中上健次
  • ジャズと爆弾(中上健次vs村上龍
  • 辛口ジャズノート(寺島靖国
  • さよならバードランド(ビル・クロウ)
  • ジャズ・カントリー(ナット・ヘントフ)
  • 奇妙な果実―ビリー・ホリデイ自伝(ビリー・ホリデイ
  • ジャズ解体新書(後藤雅洋 vs 加藤総夫、佐藤允彦、柴崎研二、ピーター・バラカン、細川周平、村上寛、油井正一)
  • ポートレイト・イン・ジャズ、ポートレイト・イン・ジャズ2(村上春樹和田誠
  • ジャズ詩大全(村尾陸男
  • マイルスを聴け!(中山康樹)
  • エヴァンスを聴け!(中山康樹)
  • コルトレーンを聴け!(原田和典)
  • ブルーノートアルバムカバーアート集
  • ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄(中山康樹)
  • マイルス・デイビスの真実(小川隆夫)
  • ジャズマンが愛する不朽のJAZZ名盤100(小川隆夫)
  • JAZZ TALK JAZZ(小川隆夫)
  • ブルーノートの真実(小川隆夫)
  • 戦後日本のジャズ文化(マイク・モラスキー) 

[編集] 映画

アーティスト伝記物、もしくは作品音楽としてジャズを多用した作品

[編集] 洋画

[編集] 伝記物
[編集] 記録映画
[編集] フィクション

あらすじ自体もジャズとの関わりが強い作品

[編集] BGMにジャズを多用

[編集] 邦画

[編集] フィクション

あらすじ自体もジャズとの関わりが強い作品

[編集] BGMにジャズを多用

[編集] アニメ・教育番組等

  • PEANUTS(邦題:スヌーピーとチャーリー・ブラウン)
    • 原作者のチャールズ・M・シュルツがジャズファンで、ジャズアーティストとも何人か交流がある事もあり、TVシリーズ・長編映画、いずれの作品もBGM・挿入歌はジャズ(フュージョン)である。同作品とのコラボレートであるジャズコンピレーションアルバムも多数、存在する。
  • The Aristo Cats(邦題:おしゃれキャット)
    • ディズニー作品。作中でふんだんにジャズが流れ、ジャズ解説本でも採り上げられる事が多い。
  • おじゃる丸
    • NHKアニメ。主役の居候先に住む少年の祖父トミーはアマチュアのジャズバンドメンバーでもあり、時々、ジャズバンドに関連するエピソードが主題の回が登場する。他、同バンドメンバーの一人マイクが経営する ジャズ喫茶 一服 を舞台にした回等。
    • トミー:クラリネット担当 マイク:ピアノ担当 サム:ギター担当 エド:ドラム担当 ピーター:ウッドベース担当
  • おかあさんといっしょ
    • NHKの老舗教育番組。1999年にスタートした「スプーとガタラット」で、は森の中でミラーボールを飾り、スプーが得意の「ラッパ」で「スプラッピスプラッパ」(現在のエンディングテーマ曲)をジャズヴァージョンで演奏した。ドラムスはガタラットが担当している。実際の演奏は、当番組の音楽プロデューサーを担当している堀井勝美
  • pp -ピアニッシモ- 操リ人形ノ輪舞
    • 成人向けPCゲームソフトメーカー Innocent Greyより2006年発売。初回版のみサントラ「Tonality」添付。ジャズ曲である「all the way」「Pluse」「Dusk」などが使用されている。2006/09/22に東京都渋谷区のライブバー「The DOORS」においてライブイベントが開催された。

[編集] コミックス

  • Blow UP! - 細野不二彦小学館
    • 東京都内の有名私大を中退(在学中は同大学の名門ジャズクラブに所属)し、プロのジャズミュージシャン(テナーサックス奏者)を目指す青年の物語。毎回、ジャズのスタンダードナンバーから選んだ題名が付けられている。
    • 文庫サイズ版では、以下四作品が追加されている。
      • SESSION・10 "YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS"
      • SESSION・12 "DON'T BE THAT WAY"
      • SESSION・14 "SONG FOR MY FATHER"
      • SESSION・15 "MACK THE KNIFE"
    • 作品評HP(『BLOW UP!』を読む)
  • 真夜中のジャズマン - 柳沢きみお実業之日本社
    • 趣味とはいえ、相応の才能と人一倍の努力を注いで、プロからも一目置かれる程の技量を持っている(そして真面目な性格なのに、女にはだらしない)三十代のアマチュア・ジャズ・ピアニストが、安定したサラリーマンの職を捨てて、『ジャズ・ミュージシャン』ならぬ『酒場のジャズ・ピアニスト』を目指し成長していく物語。

[編集] 落語

[編集] その他の商品

  • 自動車のホンダ・フィットは欧州を中心とする地域で"ジャズ"(Honda Jazz)の名で販売されている。
日本国内にもホンダ・ジャズというオートバイがある。

[編集] 参考文献

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[編集] 関連書籍

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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