ゴールドラッシュ

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この項目では金採掘ブーム(特にアメリカ史における)のゴールドラッシュについて記述しています。その他のゴールドラッシュについてはゴールドラッシュ (曖昧さ回避)をご覧ください。
選鉱パンを使う老人(アラスカ)

ゴールドラッシュとは、新しくが発見された地へ、金脈を探し当てて一攫千金を狙う採掘者が殺到することである。特に、1848年ごろにアメリカ合衆国カリフォルニアで起きたゴールドラッシュのことを指す。

目次

[編集] カリフォルニアのゴールドラッシュ

そもそもの発端は、1848年1月24日に農場主ジョン・サッターの使用人ジェームズ・マーシャルがアメリカン川で砂金を発見したことである。これと前後してカリフォルニアを始めとした西部領土がメキシコからアメリカに割譲されたので、文字通り新天地となったカリフォルニアには金鉱脈目当ての山師や開拓者が殺到することになった。特に1849年に急増したことから、彼らは"forty-niner"(49er)と呼ばれた。

[編集] 影響

結果、1852年にはカリフォルニアの人口は20万人まで急増し州に昇格、西部の開拓が急進展することになった。

また歴史家によっては、1848年革命やその後の革命が、成り勝らなかった一因として「(カリフォルニアやそれ以外の地域の)ゴールドラッシュにより、金を求めてヨーロッパ中から人がいなくなったこと」が、あげられるほどである。当時の記録を見ると、農民、労働者、商人、乞食や牧師までもが、一攫千金を夢見、新大陸を目指したことが記されている。

[編集] エピソード

  • 土佐出身の漂流民であるジョン万次郎は、ゴールドラッシュ期のカリフォルニアに金を採りに来たおそらく唯一の日本人である。
  • 農場主サッターは、金を採りに来た大群衆により農場をめちゃくちゃにされ、別の土地に移らざるをえなくなった。カリフォルニアが無法状態を脱した頃に、サッターは「サンフランシスコの土地は全て自分のものである」「破壊された財産を賠償せよ」「採取された金についても応分の権利がある」という訴訟を提起した。1855年、サッター全面勝訴の判決が下ったが、暴徒化した住民によってサッターの息子三人が殺され、全財産は略奪された。その後サッターはワシントンで裁判所や議会に陳情したが、全く取り合ってもらえないまま1880年に死去した。(サッターについてはシュテファン・ツヴァイク「黄金郷の発見」、野口悠紀雄「ゴールドラッシュの『超』ビジネスモデル」、小室直樹「痛快!憲法学」などに詳しく記されている)

[編集] その他の地域のゴールドラッシュ

カリフォルニア以外の地域で起きた主なゴールドラッシュを挙げる。

[編集] 関連項目

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