ゴッドファーザー (映画)

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ゴッドファーザー
The Godfather

<tr><th>監督</th> <td>フランシス・フォード・コッポラ</td></tr><tr><th>製作</th> <td>アルバート・S・ラディ
ロバート・エヴァンス </td></tr><tr><th>脚本</th> <td>フランシス・フォード・コッポラ
マリオ・プーゾ </td></tr><tr><th>出演者</th> <td>マーロン・ブランド
アル・パチーノ</td></tr><tr><th>音楽</th> <td>ニーノ・ロータ</td></tr><tr><th>撮影</th> <td>ゴードン・ウィリス</td></tr><tr><th>公開</th> <td>1972年3月15日
1972年7月15日 </td></tr><tr><th>上映時間</th> <td>175分</td></tr><tr><th>製作国</th> <td>アメリカ</td></tr><tr><th>言語</th> <td>英語</td></tr><tr><th>制作費</th> <td>$6,000,000</td></tr><tr><th>次作</th> <td>ゴッドファーザーPARTII</td></tr><tr><th style="font-size: 100%; text-align: center;" colspan="2">allcinema</th></tr><tr><th style="font-size: 100%; text-align: center;" colspan="2">IMDb</th></tr>

 

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ゴッドファーザー(The Godfather)は1972年に公開されたアメリカ映画。マリオ・プーゾの小説「ゴッドファーザー」の映画化。 アカデミー作品賞アカデミー主演男優賞アカデミー脚色賞を受賞した。


目次

[編集] あらすじ

夏のコルレオーネの屋敷。そこでは彼の娘コニーの結婚式が行われていた。書斎ではカーテンが降ろされ、その中でドン・ヴィトー・コルレオーネ(マーロン・ブランド)が友人たちの頼みごとを聞いていた。彼は相手がどんなに貧しく無力でも助けを求めてくれば、親身になって問題を解決していた。彼への報酬と言えば、ささやかな友情の証と、“ドン”あるいは“ゴッドファーザー”という尊称と、いつでも彼の呼び出しに応じ、恩を返すことだった。これが彼らの世界であり、掟であった。

そんなある日、麻薬を商売にしている危険な男ソロッツォ(アル・レッティエリ)が仕事の話を持ちかけてきた。裏社会に顔がきくコルレオーネを必要とした判断だった。しかしドンはその話を丁重に断る。ソロッツォはドンさえ殺せばこの取り引きはうまくいくと見てとり、その日からドンを殺す機会を窺っていた。

ある冬の日。一族が経営しているオリーブ・オイル社から出てきたドンは、街頭でソロッツォの一派に襲われた。銃弾を受けてしまったドンは、強靭な体と生命力で奇跡的に一命を取り留める。これは、ドンが築いてきた強大なコルレオーネ・ファミリーとその支配力に対する初めての挑戦だった。ソロッツォの背後にはタッタリア・ファミリーがあり、すでにニューヨークの他のファミリーも動きだした。こうして一族の戦いは始まってゆくのだった。


[編集] 概要

映画『ゴッドファーザー』の歴史は、『マフィア』というタイトルのマリオ・プーゾの小作品の映画化権をパラマウント社が買い取ったことから始まった。プーゾは『マフィア』を大幅に加筆して小説『ゴッドファーザー』を書き上げ、パラマウント社から脚本の執筆も依頼された。原作はベストセラーとなり、映画化への期待も高まっていた。

パラマウントは監督としてイタリア系のフランシス・フォード・コッポラに白羽の矢を立てた。当時のコッポラは批評家からの評価は高かったが、興行的にはまだ成功がなかったいわばマイナーな監督であった。コッポラはプーゾと組んで脚本を作っていったが、脚本の改稿が進む中で徐々に物語の中心が父ヴィトから息子のマイケルに移っていった。

キャスティングにおいてヴィト役にはプーゾが想定したマーロン・ブランドが起用された。ブランドは当時すでに大物俳優であったが、落ち目と見られており、さらにわがままで現場をかき乱す俳優だと思われていたのでプロデューサーたちは敬遠した。ブランドは同作品の企画を知り、ヴィト役に自分を売り込むため、自分のイメージ・フィルムをコッポラに送った。このとき口に綿を含み、渋みの演技が行えることを強調した。この努力が功を奏し、彼は見事ヴィト役を獲得することが出来た。

さらに製作者側はマイケル役に当時若手の売れっ子俳優ロバート・レッドフォードを起用したかったが、コッポラは無名のアル・パチーノこそが適役といって譲らず、もめにもめたすえにイタリア系(母方の先祖はシチリア島出身)のパチーノの起用にこぎつけた。この配役は結果的に成功だったと考えられている。

また若手であったコッポラをサポートするために、スタッフにもトップクラスの人材が集められることとなった。コッポラは彼らとの綿密なミーティングを重ねた。撮影中はコッポラの作家主義により、トラブルも多かったが、結果的には最高の結果を残すこととなった。その中でも撮影監督であるゴードン・ウィリスと美術を担当したディーン・タラボリスの功績は素晴らしく、壮大でドラマチックなストーリーを、完璧な時代考証で彩り、かつ格調高い映像美を提供した。特に、ゴードン・ウィリスはトップシーンを、当時としては型破りともいえる陰影で表現し、巷の評判をさらった。

1972年に映画が公開されると爆発的なヒットとなり、『ジョーズ』(1975年)に破られるまでのハリウッドの興行収入記録を打ち立てた。

マーロン・ブランドはヴィト役での年齢を重ねていく演技が絶賛され、アカデミー主演男優賞を獲得した。アル・パチーノやロバート・デュヴァルなど共演した俳優たちもこの作品によって一気にスターダムにのし上がった。

物語終盤、マイケルがコニーの子供の洗礼式に立ち会う場面と、マイケルの指示によってニューヨークの5大ファミリーのボスたちが次々に殺害される場面の静と動、生と死のコントラストもまた映画史に残るワンシーンである。

[編集] キャスト

マーロン・ブランド(1963年)
ロバート・デュヴァル(2003年)
  • マーロン・ブランド - ドン・ヴィトー・コルレオーネ
  • アル・パチーノ - マイケル・コルレオーネ
  • ジェームズ・カーン - サンティノ・“ソニー”・コルレオーネ
  • ジョン・カザール - フレデリコ・“フレド”・コルレオーネ
  • ダイアン・キートン - ケイ・アダムス・コルレオーネ
  • ロバート・デュヴァル - トム・ヘイゲン
  • リチャード・カステラーノ - クレメンザ
  • タリア・シャイア - コニー・コルレオーネ・リッジ
  • スターリング・ヘイドン - マクラスキー
  • ジョン・マーリー - ジャック・ウォルツ
  • リチャード・コンテ - ドン・エミリオ・バルジーニ
  • アル・レッティエリ - ソロッツォ
  • フランコ・チッティ - カーロ
  • エイブ・ヴィゴダ - サル・テッシオ
  • ジャンニ・ルッソ - カルロ・リッジ
  • ルディ・ボンド - オッティリオ・キュネオ
  • アレックス・ロッコ - モー・グリーン
  • シモネッタ・ステファネッリ - アポロニア・コルレオーネ
  • アンジェロ・インファンティ - ファブリツィオ

[編集] 関連項目


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