ゴッドファーザーPARTII
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| ゴッドファーザーPARTII The Godfather Part II <tr><th>監督</th> <td>フランシス・フォード・コッポラ</td></tr><tr><th>製作</th> <td>フランシス・フォード・コッポラ |
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「ゴッドファーザー Part II」は1974年、フランシス・フォード・コッポラによる映画。脚本はコッポラとマリオ・プーゾの共著による。 映画の内容は前作「ゴッドファーザー」の前編と続編に当たる。コルレオーネ・ファミリーのその後を語ると共に、若き日のヴィト・コルレオーネが力を手にして浮上していく様をていねいに描き出す。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
目次 |
[編集] ストーリー
映画では、2つの物語が同時進行で語られる。1つめの物語の舞台は1958年から1959年で、前作「ゴッドファーザー」に続くマイケル・コルレオーネの姿が描かれる。もう一方の物語は回想シーンとして彼の父ヴィト・コルレオーネの若き姿を描く。シチリアでの生活からニューヨークに出てきてコルレオーネ・ファミリーを立ち上げるまでの、1901年から1925年にかけて20世紀最初の四半世紀がフラッシュバックする。
[編集] 1901年 : ヴィトの子供時代
映画は1901年から始まる。 シチリアのコルレオーネ村で、ヴィト少年の父アントニオ・アンドリーニの葬儀が行われている。彼は地元マフィアのボス、ドン・チッチオへの上納金を拒んだため殺されたのである。 葬列に銃声が響いて一人の女性が叫ぶ。ヴィトの兄パオロが殺された、ドンに復讐を誓ったからだというのである。 ヴィトの母は彼を連れてドン・チッチオのところに赴き慈悲を請うが、チッチオは拒否する。9歳のヴィトも将来いつか復讐を誓うようになると知っているからである。母は刃物でチッチオを人質に取り、息子を逃がす。チッチオの部下はヴィトの母を殺し、少年を求めて街を捜索する。 ヴィトは街の住人の援助を得て脱出し、ニューヨーク行きの船に乗り込む。 エリス島の入国管理官が彼に名前を尋ねるが、ヴィトは答えない。別の男が彼の名札から「ヴィト・アンドリーニ、コルレオーネ(から)」と答え、彼は「ヴィト・コルレオーネ」と登録されるのである。
[編集] 1958年 : ドンとしてのマイケル
1950年代後半、第1作のオープニングと同じ様に、マイケル・コルレオーネが、コルレオーネ・ファミリーのゴッドファーザーとして、ビジネスやファミリーの様々な問題に対処している。その間、レイク・タホの 彼の館では彼の息子アンソニー・コルレオーネの初聖体式を祝うパーティーが華やかに開かれている。 彼は自分を軽蔑するネヴァダ州の上院議員パット・ギアリーに会って、ファミリーが手に入れたカジノホテルのゲームのライセンス料金について話し合う。 マイケルは聞き分けのない妹コニー・コルレオーネにも手を焼いている。彼女は離婚したばかりだが、すでにマイケルの意に沿わない男と再婚するつもりでいる。 マイケルはさらにジョニー・オラとも話し合う。彼はユダヤ系ギャング、ハイマン・ロスの右腕で、ギャンブル産業に進出するマイケルの動きを助けている。
遅れてマイケルは”ファイブ・エンジェル”のフランク・ペンタンジェリに会う。ペンタンジェリはピーター・クレメンザの死後そのテリトリーを世話してきた人物であり、今やハイマン・ロスを後ろ盾にしたロサト兄弟とトラブルを抱えていた。 話はこじれ、ペンタンジェリは「おまえの父はハイマン・ロスと取引したし、おまえの父はハイマン・ロスを尊敬していた。でもおまえの父は決してハイマン・ロスを信用しなかった」と言い放つ。
その夜遅く、マイケルは暗殺者に襲われる。彼の妻ケイ・アダムスが寝室のカーテンがなぜか開いていることに気づいたため、暗殺は未遂に終わる。
この後マイケルは、暗殺は誰か身近な人間が関わっていること、自分が死ぬかもしれないこと、家族を守るために全権を彼にゆだねることをトム・ヘイゲンに話す。
[編集] 1917年 : ヴィトの最初の犯罪
1917年、ヴィト・コルレオーネ青年は友人のジェンコ・アッバンダンドとニューヨークの食品雑貨店で働きながら生活していた。 近隣は”ブラック・ハンド”のドン・ファヌッチの支配下にあり、地元の業者はみかじめ料を納めるよう強要されていた。 ヴィトは仕事をファヌッチの甥に獲られる。ヴィトはクレメンザと出会い、一緒に最初の重罪を犯す。地元のアパートから赤い絨毯を盗み出すのである。
[編集] 1958年 : マイケルのロス内偵
マイケルはフロリダでハイマン・ロスに会って、暗殺の裏にはフランク・ペンタンジェリがいるらしいこと、ペンタンジェリはその代償を払うことになるだろうことを語る。
ブルックリンに戻るとマイケルは、背後にロスがいることには気づいていると、ペンタンジェリに知らせる。自分には計画があるので、ロスを安心させるためにフランキーにはロサト兄弟と手を結んで欲しいと持ちかける。
マイケルの兄フレド・コルレオーネは深夜、ジョニーと名乗る男から意味ありげな電話を受ける。 ペンタンジェリがロサト兄弟を訪れると「マイケルがよろしくと」と告げられる。彼は襲撃され、放置されて死ぬ。ボディガードのウィリー・チッチは轢き逃げされる。
トム・ヘイゲンがネヴァダの売春宿に呼び出されていくと、ギアリー上院議員が追い詰められていた。気が付いたら殺された売春婦と取り残されていたのである。 彼女は手首を縛られたまま、残忍に切り裂かれていた。 フレドはその場所に行き、トムは問題解決の交換条件として上院議員にファミリーとの友好を提示する。 ヘイゲンは女の身元は分からず、彼女が売春婦として働いていたことを知る家族もいないと話す。 アル・ネリが手をタオルでぬぐっているのがちらりと見える。 ギアリーにはなんの記憶もなかった。彼はヘイゲンに「彼女は笑っていた。以前にも会ったことがある」と話した。ヘイゲンはギアリーに、事務所に電話してタホのマイケル・コルレオーネ邸にいると言わせる。ギアリーはもはやコルレオーネ・ファミリーに逆らうことはできなかった。
1958年末、マイケルはキューバのハバナでロスにあう。この時期バティスタ政権がアメリカからの投資を求める一方、共産ゲリラはキューバ革命に向けて活発に活動していた。 他のビジネスマンと一緒に彼らはロスの誕生日を祝い、新しい取引についてアメリカでの合法ビジネスをどう割り振るか議論していた。 ある点でマイケルは、反乱軍が勝つかもしれないと言っている。マイケルが協力関係を作るための200万ドルを届けなかったと、ロスが気づくよう促したのである。
フレドはブリーフケースに200万ドルを詰めてハバナに到着した。 マイケルがハイマン・ロスとジョニー・オラに言及したときフレドは、彼らに自分は会ったことがないと言った。 ギアリー上院議員と政府関係者がワシントンから到着し、マイケルはフレドに街の観光案内を頼む。
マイケルは兄フレドに、自分を殺そうとしたのはロスだと打ち明ける。 そして、ロスがいつも自分が死の運命に近づいていると話しているにも拘らず、彼は自分の富を分け与える気はなく、新年のパーティーの後、マイケルを暗殺するつもりだと語る。 マイケルは自分がすでに行動を起こしたことを保障し、「ハイマン・ロスが新年を迎えることはないだろう」と語る。
ブリーフ・ミーティングでマイケルが、フランク・ペンタンジェリを殺害する許可を与えたのは誰か尋ねた時、ハイマン・ロスは第1作中でのモー・グリーンの殺害を思い起こす。 アメリカの政治家とクラブで過ごしている間、フレドはジョニー・オラを見分けられなかった。 しかし間もなくセックス・ショーが始まると、フレドは大声で、以前オラとこういう場所に来たことがあると口を滑らせる。 マイケルは、裏切り者は自分の兄であると知って、自分のボディガードを派遣してロスを始末させる。 ジョニー・オラは絞め殺されるが、ロスは危ういところで病院に運び込まれる。 マイケルの殺し屋はロスを病院のベッドで殺そうとするが、任務を果たす前にボディガードに撃たれる。
新年のパーティーで、マイケルはフレドの頭をきつく握ってキスをする。「おまえだということは分かっている。おまえは私の心を傷つけた。」
共産主義者による革命が勝利し、大部分の客は逃げ出す。フレドはまだマイケルの兄弟であり、それが唯一の逃げ道だというマイケルの嘆願にもかかわらず、彼はマイケルと共に行くことを拒否する。
合衆国に戻ると、マイケルはフレドについてヘイゲンに尋ねる。 ロスは脳卒中の後キューバを脱出してマイアミで回復中だということ、ボディガードは死んだこと、フレドはおそらくニューヨークに潜伏中であることを伝える。ヘイゲンはまたケイが流産したこともマイケルに伝える。
[編集] 1919年 : ヴィトのファヌッチ殺害
ここでヴィトの物語に戻る。ドン・ファヌッチも今はヴィト、クレメンザ、テッシオが築いた協力体制に気づいており、分け前を欲しがっている。 ヴィトはファヌッチに払うことを嫌がるが、友人たちに頼んですべてを彼の手に任せてもらいファヌッチに渡らないようにする。 この後、近所で大きな祭りがあり、ヴィトはこの機会を利用して彼のアパートでファヌッチを殺害する。ファヌッチがいなくなると、ヴィトは近所の尊敬を得て、地元の論争を仲裁するようになる。彼の経営するジェンコ・オリーブオイル商会は今や上り調子であった。
[編集] 1959年 : マイケル一家の瓦解
マイケルは家に戻り、子供の死産や家族の緊張状態と向き合わなければならなくなる。 一方、ギアリー上院議員のいる上院委員会は、コルレオーネ・ファミリーの事件を調査している。 彼らはコルレオーネ・ファミリーから離反したウィリー・チッチに質問するが、マイケルが直接彼に命令したことはないので、彼の証言はたいした役には立たない。
マイケルは委員会に出向く。 ギアリー上院議員はイタリア系アメリカ人への彼の支持を示して、手続きから逃れる言い訳をする。 マイケルは委員会に、自分への告訴を裏付ける証人を喚問するよう委員会に要求する。 次のシーンで、フランク・ペンタンジェリが存命していることが明らかにされる。 彼はFBIと協定を結んでおり、マイケルに不利な証言をする気でいた。 トム・ヘイゲンとマイケルはこの問題について議論し、ロスの策略に嵌まったことを認める。 マイケルは兄のフレドと個人的に面会する。フレドは、疎外感を感じたこと、自分はばかではなく尊敬を欲していたことを語る。 ロスを支持したのは何か自分の得になると思ったからだが、彼らがマイケルを殺そうとしていたとは知らなかったと言う。 彼はまた、上院議員の弁護士もロスの側だと言う。マイケルは、フレドは完全に兄弟を失った、二度と会いたくないと静かに彼に告げる。
フランク・ペンタンジェリが証言のため上院審理に現れる。マイケルは、見知らぬ人物と共に現れる。 その人物を見てフランクは証言を翻す。 ペンタンジェリは、マフィアのピーター・クレメンザの元で動いていたかと質問されたときにも否定し、自分がFBIに語ったことはすべて嘘だと答える。 見知らぬ人物について尋ねられるとヘイゲンは、彼はフランクの兄ビンセンツォ・ペンタンジェリで、弟を助けるために来たのだと答える。 更なる証言はなく委員会は休止し、ヘイゲンは謝罪を要求する。
ホテルの部屋で、マイケルとケイは激しく言い争う。ケイは子どもを連れて去ろうとしているのである。 子供を失った悲しみは分かるが、また作ればいいと言うマイケルに対し、ケイの答は「マイケル、あなたは分かってないわ。流産じゃないわ、中絶よ」であった。 この言葉はマイケルを激怒させる。彼はケイの顔を殴り飛ばし、子供は渡さないと告げる。
[編集] 1925年 : ヴィトのシチリアへの帰還
ヴィトと家族はシチリアに旅行し、オリーブオイルの輸入会社の商業契約と、ドン・トマシノとのビジネスを強化しようとしていた。 ヴィトとトマシノは年老いたドン・チッチオを訪ね、彼の承認を求める。 自分の父について尋ねられると、ヴィトは「私の父の名はアントニオ・アンドリーニ、これはおまえにだ!」と言ってナイフで彼を刺す。 彼らが所有地から逃げ出すと、チッチオの最後の忠実なボディガードがトマシノの足を撃つが、彼は生き残る。 第1作でトマシノの足が不自由だった理由はここにある。 「ヴェンデッタ(復讐)」を果たし、ヴィトと家族は故郷を去る。
[編集] 1959年 : 多くの死
1950年代、カーメラ・コルレオーネ、すなわちヴィトの未亡人であり子供たちの母である女性の死に際し、コルレオーネ・ファミリー全体が顔を合わせる。 ケイは葬儀には参加せず、マイケルはいまだフレドを処置することには気乗りがしなかった。しかし、以前より成熟したコニーが彼に話をし、マイケルとフレドは最終的に抱き合う。
この後、フレドとマイケルの息子アンソニーは釣りを通じて親しくなる。 同時期、マイケルとヘイゲン、ロッコ・ランポーネはハイマン・ロスの最終処理について話し合っていた。ロスは引退したビジネスマンとしてイスラエルに亡命保護を申請し、拒否されていたのである。 ヘイゲンは「ロスとロサトスは逃走中だ・・・君は勝ったんだよ。なのに、皆殺しにするのか?」と尋ね、マイケルは「皆殺しにするわけじゃないさ、トム。殺すのは敵だけさ。」と答える。
ヘイゲンはフランク・ペンタンジェリを軍事基地に訪ね、自殺するよう提案する。 第1作の映像構造を反映して、物語は暗殺と死のモンタージュの中クライマックスを迎える。
レイク・タホのコルレオーネ邸では、フレドとアンソニーが釣りに出かけられるようアル・ネリがボートを用意する。 フレドはアンソニーに、自分が少年の頃アヴェ・マリアの祈りを捧げているときに魚が釣れた話をする。 しかしコニーはアンソニーに、マイケルが息子をリノに連れて行きたがっているから釣りに行ってはいけない、と話す。 アル・ネリとフレドだけで湖に出る。 ハイマン・ロスは空港に到着し、拘留されようとしている。彼はジャーナリストを装ったロッコ・ランポーネに殺害されるが、ランポーネも撃たれる。 軍事基地ではフランク・ペンタンジェリがバスタブで手首を切って自殺する。 最後に、フレドは釣りボートの上でアヴェ・マリアの祈りの最中に、ネリに殺害される。
[編集] 1941年と1959年 : ラスト・シーン
映画は1941年にフラッシュバックする。 家族はヴィト・コルレオーネのために、サプライズ・パーティーを計画していた。 ソニーはカルロ・リッツィ(第1作で粛清されたコニーの夫)を兄弟や妹のコニーに紹介する。 日本人による最近の真珠湾攻撃が話題になると、マイケルは海兵隊に入隊したと発表して皆にショックを与える。 ソニーはマイケルの決断をあざける。 トム・ヘイゲンは父ヴィトがマイケルにどれほど大きな期待をかけていたかを語る。 フレドだけが弟の決意を支持する。 マイケル以外全員で、偉大なドン、ヴィト・コルレオーネを玄関に迎えに行く。
1959年、マイケルが一人、枯葉舞う庭で椅子に座っている。 目元がわずかに老け、孤独と虚無が滲んだ表情を映し出して、映画は終わる。
[編集] キャスト
- アル・パチーノ - ドン・マイケル・コルレオーネ
- ロバート・デュヴァル - トム・ヘイゲン
- ダイアン・キートン - ケイ・アダムス・コルレオーネ
- ロバート・デ・ニーロ - 若き日のヴィト・コルレオーネ
- ジョン・カザール - フレッド・コルレオーネ
- タリア・シャイア - コニー・コルレオーネ
- リー・ストラスバーグ - ハイマン・ロス
- マイケル・V・ガッツォ - フランキー・ペンタングリ
- G・D・スプレイドリン - パット・ギアリー上院議員
- リチャード・ブライト - アル・ネリ
- ドミニク・チアネーゼ - ジョニー・オラ
- ジェームズ・カーン - ソニー・コルレオーネ(カメオ出演)
[編集] 作品の評価
「ゴッドファーザー Part II」は、正編・続編がそれぞれアカデミー作品賞を獲った初めての映画である。「羊たちの沈黙」は1991年のアカデミー作品賞を受賞したが、刑事グラハム/凍りついた欲望の正式な続編とは認められていない。「ロード・オブ・ザ・リング」のシリーズは作品賞候補に終わっているため、現在でも「ゴッドファーザー」シリーズは2つの作品賞を獲った唯一の例である。
「ゴッドファーザー」と「ゴッドファーザー Part II」との間に、コッポラは「カンバセーション…盗聴…」も監督している。これはジーン・ハックマン演じる偏執的な盗聴監視官が、自分に実行可能な殺人計画に巻き込まれてゆく物語である。「カンバセーション」は1974年に劇場公開され、作品部門の候補作にもなった。 その結果コッポラはハリウッドの歴史上、同じ年に2つの作品が公開、作品賞にノミネートされてアカデミー賞を争った2人目(1人目はアルフレッド・ヒッチコック監督)の監督となった。
作品賞に加え「ゴッドファーザー Part II」では、助演男優賞(ロバート・デ・ニーロ)、美術賞、監督賞(フランシス・フォード・コッポラ)、 作曲賞(ニーノ・ロータとカーマイン・コッポラ)、脚色賞でオスカーを受賞した。 またノミネートは主演男優賞(アル・パチーノ)、助演男優賞(マイケル・V・ガッツォ、リー・ストラスバーグ)、助演女優賞(タリア・シャイア)、衣装デザイン賞に上がった。 映画は1993年、アメリカ国立フィルム登録簿の保管作品にも選ばれている。
[編集] アカデミー賞受賞
| 受賞 | 人物 | |
| 助演男優賞 | ロバート・デ・ニーロ | |
| 美術・装置賞 | ディーン・タブラリス アンジェロ・グラハム ジョージ・R・ネルソン | |
| 監督賞 | フランシス・フォード・コッポラ | |
| 作曲賞 | ニーノ・ロータ カーマイン・コッポラ | |
| 作品賞 | フランシス・フォード・コッポラ グレイ・フレデリクソン フレッド・ルース | |
| 脚色賞 | フランシス・フォード・コッポラ マリオ・プーゾ | |
| ノミネート | ||
| 主演男優賞 | アル・パチーノ | |
| 助演男優賞 | マイケル・V・ガッゾ | |
| 助演男優賞 | リー・ストラスバーグ | |
| 助演女優賞 | タリア・シャイア | |
| 衣装デザイン賞 | テオドラ・ヴァン・ランクル | |
[編集] 続編化
2002年に発売された映画DVDの監督解説の中でコッポラは、タイトルに「Part II」を使用した大作映画はこの作品が初めてだと述べている。 パラマウント社は最初、映画の名前を「ゴッドファーザー Part II」にしようという彼の案に反対した。
コッポラによればスタジオは、そのような題の映画は観客に避けられるだろうと思って反対したと言う。 すでに「ゴッドファーザー」を見た観客は、原作にはもうほとんど追加するものがないと感じるだろうというのが理由である。 「ゴッドファーザー Part II」の成功により、続編にナンバーをつけるのはハリウッドの伝統となった。
さらなる続編「ゴッドファーザー part III」は、1990年に公開された。 この映画には「マイケル・コルレオーネの死」という題をつけてコッポラは先例を壊したがったが、1980年代の不評続きの後で彼の影響力は落ちていたため、スタジオはこの決定を拒否した。
[編集] トリビア
- 「ゴッドファーザー Part II」は1973年10月1日から1974年6月19日の間に撮影された。
- ロバート・デ・ニーロはドン・コルレオーネを演じて助演男優賞を獲得した。第1作でドン・コルレオーネを演じたマーロン・ブランドは主演男優賞を受賞している。同じ人物を演じてオスカーを得た俳優は、ブランドとデ・ニーロの2人のみである。
- デ・ニーロはもともと第1作のマイケル役のオーディションを受けていたが、コッポラ監督はよりシチリア人らしい容貌を持つアル・パチーノにマイケル役を演じさせたかった。コッポラはデ・ニーロの演技力を心に留めており、スコセッシ監督の「ミーン・ストリート」のデ・ニーロを見て、ヴィトの青年期を演じるのにふさわしい俳優だと確信した。
- 初期の原稿には、トム・ヘイゲンがソニーの未亡人と関係を持ち、コルレオーネ・ファミリーに摩擦を生じさせるという案もあった。この部分はすぐに廃案になったが、コッポラは同様のエピソードを「ゴッドファーザー Part III」に採用した。
- 当初コッポラは、ブランドならどんな年齢の役でも演じられると思い、若いヴィトの役をブランドにオファーした。ブランドはパラマウントの待遇に不満があったので、1日だけの撮影に参加することを拒否した。コッポラは誕生日の回想シーンだけでもブランドを起用したがったが、ブランドは役を断った。
- ジェームズ・カーンはソニー役で回想シーンに再び登場することに同意した。その条件は、自分が最後に出演した映画と同額のギャラであり、これが了承された。
- 「ゴッドファーザー Part II」はテクニカラーで撮影された最後のアメリカ映画である。
- ブルーノ・カービー(クレジットではB.カービー.Jr.)は若い頃のクレメンザを演じたが、第1作でクレメンザを演じたのはリチャード・S・カステラーノだった。テレビシリーズの「The Super」では、カービーはカステラーノと親子を演じている。
- ヴィトがドン・ファヌッチと交渉するシーンはジョージ・ルーカス監督の「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」で、ハン・ソロがジャバ・ザ・ハットと金額交渉する場面に再現されている。このシーンは劇場版ではカットされたが、DVDには収録されている。
- ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノはこの映画で初競演した。2人が映画で再び競演したのは20年以上後の1995年、マイケル・マン監督の「Heat」である。
- ウィリー・クッチ、マイケル・コルレオーネ、フランキー・ペンタンジェリに質問する上院議員の中に、映画プロデューサーのロジャー・コーマンやフィル・フェルドマン、SF作家のリチャード・マシスンの姿がある。
- 映画の半分は原作から脚本を書き起こしたものであるが、脚色賞ではなく脚本賞を獲得した。ヴィトの物語は原作から採られたが、マイケルの物語はオリジナルだったからである。[1]
[編集] 関連項目
- マイヤー・ランスキー
- ハイマン・ロスのモデル。
- なお、ロスがマイケルに「1919年のワールドシリーズ以来、野球は見ない」と語り、両者が密やかに笑みを交わす場面がある(ブラックソックス事件参照)
- ラスベガス
- ハバナ
- キューバ革命
- フルヘンシオ・バティスタ
[編集] 外部リンク
|
1961: ウエスト・サイド物語 |
1962: アラビアのロレンス |
1963: トム・ジョーンズの華麗な冒険 |
1964: マイ・フェア・レディ |
1965: サウンド・オブ・ミュージック | |
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