ゴジラ (1954)
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『ゴジラ』は1954年に公開された日本映画で、ゴジラの東京襲来を描いたゴジラシリーズの第1作。日本の怪獣映画の元祖である。1954年公開。観客動員数961万人。上映時間は97分で、モノクロにて製作された。登場する怪獣はゴジラのみ。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
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[編集] 概要
水爆実験により海底に潜んでいた怪獣「ゴジラ」が東京に襲いかかるという初代ゴジラ映画。この作品により特撮技術者・円谷英二の名が広く知れ渡った。
作中で鍵となる装置「オキシジェンデストロイヤー」(参考:東宝特撮映画の登場兵器)が有名。
本作は『原子怪獣現わる』(1953年)を、世界唯一の被爆国という立場と、第五福竜丸の被爆という情勢に乗って焼き直したものである。
反戦等の描写や、戦時中を連想させるシーンが頻繁に登場する。第1作目でありながら、太平洋戦争や水爆を大きく取り上げた本品は最初で最後であったりする。
当時としては類を見ないヒットと観客動員数を記録し、ほぼ10人に1人はこの映画を見ていたことになる。 後のシリーズでも『本作を超えるゴジラは無い』とまで言われるほどで、本作の『続篇』とされる映画が複数存在している。 また、手塚治虫、淀川長治など本作を絶賛する著名人も多数いる。
[編集] ストーリー
太平洋で貨物船「栄光丸」が原因不明の沈没事故を起こした。さらに救助に向かった貨物船「備後丸」と大戸島の漁船も次々に沈没。生き残った船員は、怪物に襲われたと証言。そのことを聞いた島の老人は大戸島の伝説に伝わる怪物「ゴジラ」の仕業だと言う。そして暴風雨の夜、島に巨大な生物が上陸し、その生物によって襲われた家屋などが大被害を受けた。生物学者の山根博士は調査団を結成、娘の恵美子や彼女の恋人で南海サルベージ所長の尾形らを同行して大戸島に向かい、ついに巨大生物を目撃した。博士は島の伝説からその巨大生物をゴジラと呼称。「海底に潜んでいた太古の生物が水爆実験で出現したのではないか」とする見解を国会に報告する。 一方、科学者の芹沢博士のもとを訪ねた博士の娘・恵美子は、そこで極秘の実験を見せられ、絶対に他言しないようにと口止めされた。 ゴジラは東京に上陸、街を破壊する。防衛隊は高圧電流を流した有刺鉄条網を張り巡らせ、ゴジラの上陸を阻止しようとするが、ゴジラは防衛隊の攻撃をものともせずに防衛線を突破して再び東京に上陸。テレビ塔をなぎ倒し、ビルや国会議事堂を叩き壊し、白熱光で街を火の海に変えてしまう。 恵美子は被災者たちの救護に当たったが、人々の悲惨な状況を見ているうちに耐えられなくなり、尾形に芹沢の秘密を明かす。芹沢の研究所で見せられたのは、水中の酸素を破壊し、あらゆる生物を消滅させる「酸素破壊剤(オキシジェンデストロイヤー)」であった。これならゴジラを倒すことができると考えた尾形は恵美子を連れて芹沢のもとに向かい、懸命にオキシジェンデストロイヤーの使用を求めるが、芹沢は頑として受け入れない。オキシジェンデストロイヤーは恐ろしい兵器になり得る。これを公表すれば軍事利用されるかも知れない、と。だが、テレビに映し出されたゴジラの被災者たちの姿にある決意を秘め、一度だけの使用に応じる。 東京湾。ゴジラの潜む地点に停泊した船から尾形と芹沢は潜水し、オキシジェンデストロイヤーをセットする。しかし尾形を先に上がらせた芹沢は、オキシジェンデストロイヤーを起動させると潜水服の命綱を自ら切った。彼は自分の命もろともオキシジェンデストロイヤーの秘密を永遠に葬ったのである。 そしてゴジラは東京湾の海底で跡形もなく溶けて消滅した。
[編集] スタッフ
[編集] キャスト
- 尾形秀人:宝田明
- 山根恵美子:河内桃子
- 芹沢大助:平田昭彦
- 山根恭平:志村喬
- 記者・萩原:堺左千夫
- 田辺博士:村上冬樹
- 政治:山本廉
- 新吉:鈴木豊明
- その母:馬野都留子
- 田辺博士助手:岡部正
- 船会社社長:小川虎之助
- 船会社無電課長:今泉廉
- 新聞社デスク/ゴジラ:手塚勝巳
- アナウンサーA:橘正晃
- アナウンサーB:帯一郎
- 変電所技師/ゴジラ:中島春雄
- 対策本部長:笈川武夫
- 国会委員長:林幹
- 大山代議士:恩田清二郎
- 大沢婦人代議士:菅井きん
- 大戸島村長:榊田敬二
- 爺様:高堂国典
- ダンサー:東静子
- 連れの男:鴨田清
- 新聞記者/船上のアベックの男:石原忠(佐原健二)※ノンクレジット
[編集] 後日談
この作品はアメリカに買い取られ『怪獣王ゴジラ(Godzilla,king of the monsters)』として再編集され公開された。この映画は全米のみならず世界50ヶ国で上映されて人気を呼び、400億円もの外貨を得ると共にゴジラの名を世界に轟かせた。なお、スティーヴン・スピルバーグも、この『怪獣王ゴジラ』を幼いころに見て大きく影響を受けたという。
作品中に登場する大戸島は実際には島ではない三重県鳥羽市石鏡町がロケ地である。ただし、助監督として参加した梶田興治によると、撮影当時の石鏡町周辺は幹線道路が貧弱であったため、鳥羽市から船を使用し、2時間もの時間を要して機材を運ぶような「陸の孤島」であったと語っている。なお、この石鏡町の撮影には地元住民約300人がエキストラとして参加している。
カテゴリ: ゴジラシリーズ | 本多猪四郎の監督映画 | 1954年の映画

