コーサ・ノストラ

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コーサ・ノストラLa Cosa Nostra)とは、イタリア語で「我らのもの」を意味し、一般的にはマフィアと呼ばれる犯罪集団。元々シチリア島に発生したが、イタリア移民とともにアメリカにも定着し、「コーサ・ノストラ」と名乗るようになった。 なお、コルシカ島の犯罪組織は、フランス圏という地勢学上の観点からも伝統的にミリューと呼ばれるフランスの闇社会の勢力に含まれる。コーチシナヘロイン輸送で活躍したのは彼らだが、マスコミがマフィアと混同したため混乱した。本来は別である。

ボスを頂点とするピラミッド型の構造を持ち、忠誠心と暴力による恐怖支配によって組織を維持した。秘密結社でもあり、沈黙の掟(オメルタ)によってその実態が表面化することは少なかった。麻薬売春などの犯罪はもとより公共工事への介入など、その活動は多岐に渡る。

イタリアとアメリカのマフィアには根を同一にするものとして交流があると言われるが、世代の交代や時間の経過とともにその関係は薄くなっていると考えるのが妥当であろう。

[編集] イタリア

起源は古く、シチリアの外国支配に対する抵抗組織が犯罪集団化したと言われるが定説はない。その影響はイタリア社会の隅々にまで浸透していると言われ、1980~1990年代、公共工事をめぐる不正を端に大物ボス(1993年、サルヴァトーレ・「トト」・リーナの逮捕)や首相経験者を含む有力政治家が摘発され逮捕された。その際に司法への報復テロが頻発し、イタリア社会に暗い影を落とした。2006年にはシチリア島で、「トト」・リーナの後を継いだボス(ドン)、ベルナルド・プロヴェンツァーノが逮捕された。

[編集] アメリカ

1890年ころからアメリカでの活動が見られるようになっていたが、1920年代の禁酒法時代、ムッソリーニ政権による強力なマフィア取締を受けて大物ボス達までが出国してアメリカに渡り、密造酒製造・販売に携わり巨万の富を築いた。そして、カステラマレーセ戦争に勝利したサルヴァトーレ・マランツァーノが「ボスの中のボス(Capo di tutti capi,boss of all bosses)」を名乗ったときに組織名を「コーサ・ノストラ」と命名したとされている。その後アル・カポネなどの派手な大物ボスが現れて世間の脚光を浴びたことから(→ギャングスター)、アメリカ政府の集中取締を受けるようになった。

組織力に優れたラッキー・ルチアーノ(Charles "Lucky" Luciano)は組織の潜在化につとめ、ニューヨークの縄張りを五大ファミリーに固定化するなど各地のイタリア系組織を整理・統合し、他国系移民の犯罪組織とも連携して犯罪シンジケートを構築した。

長い間沈黙の掟によって組織の詳細は分からなかったが、1963年、アメリカ上院調査小委員会で中堅幹部だったジョゼフ・ヴァラキが、コーサ・ノストラという正式名を明らかにし内幕を暴露した。

[編集] 内部リンク

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