コンモドゥス
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コンモドゥス(Marcus Aurelius Commodus Antoninus,マルクス・アウレリウス・コンモドゥス・アントニウス 161年8月31日 - 192年12月31日、在位期間180年 - 192年)は、ローマ皇帝である。マルクス・アウレリウスの子。しばしばローマ帝国史上最悪の皇帝のひとりとして言及され、「暴虐帝」とも呼ばれる。コンモドゥスの登極により、いわゆる五賢帝の時代は終わりを告げた。
年老いた父と共同統治する形で177年に政権に就き、180年より皇帝となる。哲学を好み「哲人皇帝」といわれた父と違い、息子であるコンモドゥスは国政を省みず、皇帝自ら円形闘技場で剣闘士試合に参加し、ギリシア神話の英雄ヘラクレスに扮して<ref>ギリシア神話の神々はその着衣で差別化されていた。ヘラクレスの場合、獅子の皮を被って棍棒を持っているとされていた。見ての通り、このページにある「コンモドゥスの胸像」はヘラクレスに扮したコンモドゥスの胸像である</ref>、1万2千人の剣闘士を殺害したという。また、ある都市では、市民の一人がコンモドゥスを敵意あるまなざしで見たという理由で、軍に市民を虐殺させた。190年にローマの半分が火事により消滅すると、再建した市によって自らの栄光を現わす好機と捉えた彼は、再建された部分に自らの名を冠して「コローニア・コンモディアーナ」と命名した。また年の半分の月を自分にちなんだ名前に変えさせた。
コンモドゥスは自分の肉体能力に非常に自信を持っていたそうだが、それは全く根拠のないものではなかったようである。カッシウス・ディオやローマ皇帝群像によればコンモドゥスは弓を扱うのが非常にうまく、全力疾走しているダチョウの頭を射落とす事ができたそうである。
192年、コンモドゥスは翌日に剣闘士の装束で元老院へ行く計画を立てて寝ているところ、一剣闘士によって暗殺された。彼の死後、元老院は記録抹殺刑を宣告したが、のちに皇帝セプティミウス・セウェルスが、アウレリウス家の好意を得ようとしてこの刑の適応を免除し、コンモドゥスの記録は回復され、またコンモドゥスは神として祀られた。
コンモドゥス暗殺によって軍が政治の実権を握り、次代のペルティナクス以降、軍人による皇帝の擁立が行われるようになって、後に帝国は「軍人皇帝時代」と呼ばれる停滞期に入る。
映画『グラディエーター』(2000年)は、コンモドゥスをモデルにして作られている。
ゲーム『グラディエーター』では自分をヘラクレスの化身だといい主人公と対決する。
[編集] 関連項目
[編集] 注釈
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