グル・ナーナク

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グル・ナーナクਗੁਰੂ ਨਾਨਕ1469年11月5日 - 1539年9月7日)は、シク教の教祖。グル・ナーナクの誕生日には、各地でお祭りが行なわれる。

ラーホール(現在のパキスタンの都市、インドとの国境近く)近郊のタールワンディー村で、ヒンドゥー教徒の両親の元に生まれた。

その後シク教の開祖となり、インドパンジャーブ地方で布教活動を行った。

身分差別の激しいカースト制には否定的であり、また礼拝後には男女貴賎を問わず、すべての人が同じ場所に座り同じ食べ物を分けあう事を奨励した。これはヒンドゥー教がカーストが異なると一緒に食事をしないことに対する批判である。

宗教改革者カビールとイスラーム神秘主義スーフィズムの影響を受けている。カビールと対面したかどうかはカビールの生没年がはっきりしないこともあって、学者によって意見が異なる。現在主流の説では1440年誕生で1516年死亡なので、これなら出会った可能性はあることになる。

カビールの思想とグル・ナーナクの思想は大変似ている。違う点はカビールがタントラ(密教)の影響を受けているのに対し、グル・ナーナクにはそれがないことである。

グル・ナーナクの教える神は形がなく、人格を持ち、慈愛深く、一神教で、偶像を持たなく、定まった神の名前を持たない、つまりアラーもヴィシュヌも同じ神の異名にすぎないということである。

グル・ナーナクは数珠を首にかけ、頭にターバンを巻きヒンドゥー教とイスラーム教の両方の身なりをしていた。

グル・ナーナクの教えをヒンドゥー教とイスラーム教の折衷であるという人がいるが、ナーナクはヒンドゥー教でもなくイスラーム教でもない諸宗教の本質を追求したのである。

彼は第2代グルに息子を選ばずに、信仰心のあついアンガドを指名した。息子はすねて独立してウダーシー派を結成した。

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